大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)12759号 判決

《目次》

主文・・・一三二

事実及び理由・・・一三三

第一 請求・・・一三三

第二 事案の概要・・・一三三

一 争いのない事実等・・・一三四

1 当事者等・・・一三四

(一) 被告

(二) 原告ら

(三) 平成五年ころの被告における労働組合の組織状況

(1) 被告の従業員構成(平成五年当時)

(2) 労働組合の組織状況(平成五年当時)

ア 日本航空乗員組合

イ 日本航空機長組合

ウ 日本航空先任航空機関士組合

エ 日本航空客室乗務員組合

オ 全日本航空労働組合

カ 日本航空労働組合

(3) 過去の組合構成についての経緯

2 運航乗務員による業務遂行の法規制・・・一三四

(一) 労働基準法による労働時間の規制との関係

(二) 航空法の規定

(三) 運航規程

(1) 運航乗務員の勤務及び休養

(2) 乗務割の基準

(3) 乗務割の運用

(4) 被告の運航規程のこれまでの改定経緯

(四) 就業規則と勤務協定について

3 航空業界をめぐる状況及び被告の経営状況の推移、対応策・・・一三八

(一) 本件就業規程の変更以前の航空業界をめぐる状況

(二) 被告の経営状況の推移

(三) 被告の経営策

4 労働組合等との交渉及び本件就業規程変更に至る経緯・・・一三八

(一) 労使交渉の経過

(二) 勤務協定等の労働協約の解約

(三) 就業規則の変更

5 勤務基準の変更内容・・・一三九

(一) 乗務時間及び勤務時間制限関係

(1) 勤務協定の内容

(2) 改定前の本件就業規程の規定内容

(3) 改定後の本件就業規程の規定内容

(二) 一連続の乗務に係わる勤務完遂について

(1) 勤務協定の内容

(2) 改定前の本件就業規程の内容

(3) 改定後の本件就業規程の内容

(三) 休養時間について

(1) 休養に関する定義について

ア 勤務協定の休養に関する定義規定

イ 改定前の本件就業規程の休養に関する定義規定

ウ 改定後の本件就業規程の休養に関する定義規定

(2) 宿泊地における休養時間について

ア 勤務協定の宿泊地における休養時間の規定

イ 改定前の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定

ウ 改定後の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定

(3) デッドヘッドの際の休養時間について

ア 勤務協定のデッドヘッドの際の休養時間の規定

イ 東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドの際の休養時間に関する覚書

ウ 改定前の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定

エ 改定後の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定

(4) 自宅スタンバイの際の休養時間について

ア 勤務協定のスタンバイの際の休養時間の規定

イ 改定前の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定

ウ 改定後の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定

(四) 国際線基地帰着後の休日について

(1) 勤務協定の内容

(2) 改定前の本件就業規程の内容

(3) 改定後の本件就業規程の内容

(五) 国内線の連続乗務の制限について

(1) 勤務協定の内容

(2) 改定前の本件就業規程の内容

(3) 改定後の本件就業規程の内容

(六) 待機(スタンバイ)について

(1) 勤務協定の内容

(2) 改定前の本件就業規程の内容

(3) 改定後の本件就業規程の内容

二 争点・・・一四五

1 本訴請求における確認の利益の有無・・・一四五

(一) 提訴後機長に昇格している原告らは確認の利益を有するか。

(二) 本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員になった原告らは確認の利益を有するか。

2 航空機の航行の安全に関する法規制と運航乗務員の労働時間その他の労働条件に関する法規制の関係・・・一四六

(一) 運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全

(二) 運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性

(三) 運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利益変更の合理性

3 本件就業規程の定める勤務基準の内容自体の合理性・・・一四六

(一) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(5) 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加の変更の合理性

(6) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基準の内容自体の合理性

(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の内容自体の合理性

4 本件就業規程の変更の必要性の内容及び程度・・・一四六

5 本件就業規程の変更の合理性

・・・一四六

(一) 本件就業規程改定に伴う一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(5) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基準の変更の合理性

(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の変更の合理性

(五) 本件就業規程中の休養時間に関する勤務基準の変更の合理性

(六) 本件就業規程中の国際線基地帰着後の休日に関する勤務基準の変更の合理性

(七) 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する勤務基準の変更の合理性

第三 当事者の主張(請求原因等)

一 請求の原因・・・一四六

二 請求の原因に対する認否・・・一四七

三 抗弁・・・一四七

四 抗弁に対する認否・・・一四七

第四 当事者の主張(争点に関する主張)・・・一四七

一 確認の利益の有無について・・・一四七

1 確認の利益についての総論的主張・・・一四七

(一) 原告らの主張

(二) 被告の主張

2 変更前の勤務条件では実施できなかった乗務のうち争いのあるものについて・・・一四七

(一) 二名編成機導入後の取扱いについて

(1) 原告らの主張

(2) 被告の主張

3 原告らがこれまでに命じられたことのない勤務について・・・一四七

(一) 原告らの主張

二 本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員になった原告らと確認の利益について

・・・一四八

1 被告の主張・・・一四八

2 原告らの主張・・・一四八

三 就業規則の変更の有効性判断についての法的主張・・・一四九

1 原告らの主張・・・一四九

2 被告の主張・・・一五〇

(一) 本件就業規程の変更の有効性について

(二) 本件就業規程の定める勤務基準(特に乗務時間制限及び勤務時間制限)と航空機の航行の安全性との関係について

(三) 労働協約の締結によって獲得された労働条件は労働協約の失効によって消失する。

四 本件就業規程変更の必要性の内容及び程度について・・・一五二

1 被告の主張・・・一五二

(一) 被告の業績の悪化、航空業界の状況に照らした本件就業規程変更の必要性

(1) 平成三年以降の業績悪化の状況及びその原因

(2) 営業収入の減少及びその原因

(3) 営業外収支の悪化

(4) 経営状況の悪化に対して被告の行った対策

(5) 航空業界をめぐる状況

(6) コスト競争力強化の必要性

(二) 旧勤務協定が現状に適合しないために生じた本件就業規程変更の必要性

(三) 本件就業規程の変更による経済的効果及び人員削減効果

2 原告らの主張に対する反論

・・・一五七

(一) 被告の全従業員及び運航乗務員の生産性が高いとの主張について

(二) 事業拡大計画の失敗が業績悪化の原因であるとの主張について

(1) 機材投資について

(2) 特別販売促進費について

(3) 外国人乗務員の導入及び運航委託について

(4) ドル先物予約について

(5) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)について

(6) CAC(シティ・エアリンク株式会社)について

(7) エセックスハウスホテルに代表される日本航空開発(JDC)事業展開について

(8) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGHSPEED SURFACE TRANSPORT(HSST))について

(9) PPH(PAN PACIFICHOTELIERS INC)について

3 原告らの主張・・・一五九

(一) 被告の経営状況について

(二) 被告の経営状況を悪化させた原因

(1) 被告の過大投資

(2) 被告の過大な投資の影響

(三) その他の被告の経営状況悪化の原因

(1) 不明朗な特別販売促進費の存在

(2) 外国人乗員と運航委託

(3) ドル先物予約について

(4) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)

(5) CAC(シティ・エアリンク株式会社)

(6) エセックスハウス・ホテルに代表される日本航空開発(JDC)の事業展開

(7) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGHSPEED SURFACE TRANSPORT(HSST))

(8) PPH(PAN PACIFICHOTELIERS INC)

(四) 被告の放漫経営のその後の実態

五 乗務時間・勤務時間について

・・・一六六

1 変更の必要性の内容及び程度

(一) 総論的主張

(1) 被告の主張

(2) 原告らの主張

2 変更後の不利益性の内容及び程度並びに変更後の内容自体の相当性

・・・一六六

(一) 不利益の内容及び程度

(1) 総論的主張

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(2) 従来の路線別協定における上乗せ条件について

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(3) 二四時間の枠がなくなったことの不利益性

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(4) シングル編成一回着陸の場合

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(5) シングル編成二回以上着陸

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(6) マルティプル編成

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(二) 変更後の規定の内容は安全性に問題がないとする被告の主張と原告らの反論

(1 ) 総論的主張

ア 被告の主張

イ 原告らの主張

(2) 社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA、以下第二分冊においては「JAPA」という。))の行った検証は安全性を実証したものといえるか

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(3) 運輸省航空局技術部長が示している基準は安全性を担保するものか

ア 被告の主張

イ 原告らの主張

(4) 運航規程の基準は安全性を担保するものかどうか

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(5) 外国の基準及び世界の主要航空会社の基準との比較

ア 被告の主張

① 三名編成機についての外国の基準について

② 二名編成機についての外国の基準について

③ 二名編成機の主要航空会社の基準について

④ 全日空について

イ 原告らの主張

(6) 被告の外国人運航乗務員の実績について

ア 被告の主張

イ 原告らの主張

(7) 被告の行ったその他の安全性についての検証について

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(三) 変更後の規定の内容は安全性に問題があるとする原告らの主張と被告の反論

(1) 総論的主張

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(2) 乗務の実情関係

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(3) 現場の運航乗務員の意見について

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(4) 疲労と事故との関係

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(5) NASAの研究結果

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

(6) 乗務員の健康被害と乗務中断の状況

ア 原告らの主張

イ 被告の主張

六 月間・年間の乗務時間について〈省略〉

七 勤務完遂の原則について〈省略〉

八 休養時間について〈省略〉

九 国際線基地帰着後の休日について〈省略〉

一〇 国内線連続業務について〈省略〉

一一 スタンバイについて〈省略〉

第五 当裁判所の判断・・・一七七

一 確認の利益・・・一七七

二 運航乗務員の労働時間その他の労働条件に関する法規制と航空機の航行の安全・・・一八四

1 運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全について・・・一八四

2 運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性・・・一八六

3 運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利益変更の合理性・・・一八七

三 本件就業規程改定後の運航状況

・・・一九〇

1 シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について・・・一九〇

2 シングル編成による三名編成機(B七四七型機)で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について・・・一九〇

3 シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について・・・一九〇

4 シングル編成で予定着陸回数が三回の場合、連続する二四時間中、乗務時間七時間三〇分を超えて、又は勤務時間一二時間を超えて予定された勤務について・・・一九〇

5 シングル編成で予定着陸回数が四回の場合、連続する二四時間中、乗務時間六時間を超えて、又は勤務時間一〇時間を超えて予定された勤務について・・・一九一

6 マルティプル編成で、連続する二四時間中、乗務時間一四時間又は勤務時間二〇時間を超えて予定された勤務について・・・一九一

四 本件就業規程による乗務時間制限に至るまでの経緯・・・一九一

1 米国における乗務時間制限に関する経緯について・・・一九一

2 技術革新と運航乗務員編成数の変化(新世代二名編成機の開発と我が国におけるその導入)について・・・一九二

3 運航乗務員の勤務に関する諸外国の運航基準や運航の実態等に関する調査について・・・一九二

4 B七四七-四〇〇型機の就航と運航規程の改定・・・一九二

(一) 運輸省航空局による日本航空機操縦士協会への検討依頼と中間報告

(二) 運輸省航空局技術部長による基準の制定(平成二年)

(三) 被告の運航規程の改定(平成二年)

(四) 検討委員会の疲労度・仕事量調査と最終報告(平成四年六月から一二月)

(五) 運輸省航空局技術部長による通達の発出(平成四年一二月二一日)

(六) 被告の運航規程の改定

五 B七四七-四〇〇型機の設計思想と在来三名編成機における仕事量との比較について・・・一九七

六 乗務時間制限に関する科学的検討・・・二〇〇

1 米国航空宇宙局(NASA)による運航乗務員の疲労に関する研究・・・二〇〇

(一) 研究の端緒

(二) 短距離運航における睡眠と疲労に関する研究

(三) 長距離運航における睡眠と疲労に関する研究

(四) 米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題する研究

2 DLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究・・・二〇三

3 米国航空宇宙局(NASA)のテクニカルメモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」・・・二〇四

4 睡眠覚醒リズムと時差症候群

・・・二〇九

5 マドリッド、コンプルテンス大学及びブエノスアイレス大学医学部生理学教室の研究・・・二一〇

七 諸外国のシングル編成の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する基準

・・・二一〇

1 検討委員会の最終報告書における調査結果・・・二一〇

2 諸外国の基準・・・二一〇

八 他社におけるシングル編成による二名編成機の運航実績並びに乗務時間制限及び勤務時間制限・・・二一二

1 検討委員会の最終報告書における調査結果・・・二一二

2 1の各路線について平成一一年七月現在で運航している航空機及び運航ダイヤ・・・二一二

3 主要航空会社の基準・・・二一三

4 全日空における勤務基準及び長距離路線の運航実績・・・二一三

九 シングル編成による三名編成機の乗務時間制限について・・・二一四

一〇 シングル編成による三名編成機の運航実績について・・・二一四

一一 諸外国及び他の航空会社によるマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限・・・二一四

一二 過去の航空機事故・・・二一四

1 日航機サンフランシスコ湾着水事故・・・二一四

2 全日空雫石上空自衛隊機接触事故・・・二一五

3 日航羽田滑走路逸脱事故・・・二一五

4 日航ニューデリー事故・・・二一五

5 日航ソウル空港滑走路逸脱事故・・・二一五

6 日航ボンベイ事故・・・二一五

7 日航モスクワ事故・・・二一五

8 日航アンカレッジ事故・・・二一五

9 KLMテネリフェ事故・・・二一五

10 日航クアラルンプール事故

・・・二一六

11 日航羽田沖事故・・・二一六

12 英国航空ガルングン事故…二一六

13 メキシコ航空セリトス上空衝突事故・・・二一七

14 東亜国内航空米子空港事故

・・・二一七

15 フライングタイガー航空クアラルンプール事故・・・二一七

16 アビアンカ航空ニューヨーク郊外事故・・・二一七

17 マークエア航空アナラクリート空港事故・・・二一七

18 アリタリア航空チューリッヒ国際空港事故・・・二一七

19 UALコロラドスプリングス墜落事故・・・二一七

20 全日空乱気流事故・・・二一八

21 日本エアシステム花巻空港事故・・・二一八

22 アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故・・・二一八

23 中華航空名古屋空港事故二一九

24 日航油圧故障・・・二一九

25 日航エンジンフレームアウト

・・・二一九

26 カンザスシティ事故・・・二二〇

27 日航エンジンフレームアウト

・・・二二〇

28 日航香港空港機体尾部接触事故・・・二二〇

29 日航成田空港離陸中断事故

・・・二二〇

30 日航パリ空港自動着陸事故

・・・二二〇

31 日航乱気流事故・・・二二〇

一三 シングル編成による二名編成機の運航業務の実情・・・二二〇

1 サンフランシスコ線の乗務の実情・・・二二〇

2 ロサンゼルス線の乗務における疲労度・・・二二二

一四 シングル編成による三名編成機の運航業務の実情・・・二二三

一五 労働組合等との交渉及び本件就業規程変更の経緯に関する事実・・・二二三

一六 被告が本件就業規程改定前に安全性について検討した内容・・・二二四

一七 被告におけるフィードバックのシステム・・・二二五

1 機長報告書・・・二二五

2 セーフティ・レポート・・・二二六

3 通常の勤務における上司への報告・・・二二六

一八 本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一1)・・・二二六

1 科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性・・・二二六

2 他の航空会社の場合との比較

・・・二二九

(一) 二名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との比較

(二) 三名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との比較

3 過去の運航実績、事故事例に照らしての検討・・・二三〇

4 被告が勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり検討、考慮した内容・・・二三〇

5 労働協約締結交渉等に表われる労働者自身の判断・・・二三一

6 安全性の事後的検討に基づくフィードバックの機能・・・二三一

7 本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の合理性に関する結論・・・二三二

一九 本件就業規程中のシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一1)・・・二三三

二〇 「一連続の乗務に係わる勤務」をもって乗務時間制限及び勤務時間制限を行う規定について・・・二三四

二一 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一2)・・・二三四

二二 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一3及び同一4)・・・二三七

二三 本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一6)・・・二三八

二四 本件就業規程中の勤務完遂の原則に関する規定の内容自体の合理性(請求二)・・・二三八

二五 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限を定める規定の内容自体の合理性(請求三)・・・二三九

二六 本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定の内容自体の合理性(請求六)・・・二三九

二七 本件就業規程変更の必要性・・・二四〇

二八 本件就業規程改定に伴うシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限の変更の合理性(請求一1)・・・二五六

二九 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の変更の合理性(請求一3及び4)・・・二五七

三〇 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加の合理性(請求一5)・・・二五八

三一 本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の変更の合理性(請求一6)・・・二五八

三二 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限の規定の変更の合理性(請求三)・・・二五九

三三 本件就業規程中の休養に関する規定の変更の合理性(請求四)・・・二五九

1 宿泊を伴う場合の最低休養時間の保障について(請求四1)・・・二五九

2 乗務のために目的地に移動するデッドヘッド後の最低休養時間の保障について(請求四2)・・・二六〇

3 自宅待機(スタンバイ)終了後の最低休養時間の保障について(請求四3)・・・二六〇

三四 本件就業規程中の国際線乗務後の基地における休日に関する規定の変更の合理性(請求五)・・・二六一

三五 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する規定の変更の合理性(請求七)・・・二六一

三六 結論・・・二六三

別紙

請求二(ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間制限)・・・二六四

請求七1(路線群の区別)・・・二六四

航空局技術部長通達(平成4年)別表

・・・二六四

運航規程上乗務時間及び勤務時間の基準表・・・二六四

香港の勤務時間制限・・・二六五

英国航空の乗務時間・勤務時間制限

・・・二六五

ルフトハンザ航空の勤務条件・・・二六八

シンガポール航空の勤務条件・・・二六八

カンタス航空の勤務条件・・・二六九

別表1・・・二七〇

別表2・・・二七〇

別表3・・・二七〇

別表4・・・二七〇

別表5・・・二七〇

別表6・・・二七〇

別表7・・・二七〇

別表8・・・二七〇

別表9・・・二七〇

別表10・・・二七〇

日本航空運航本部乗員部・路線室図

・・・二七一

別表 確認の利益-1 原告らの現在の所属路線室等・・・二七二

別表 確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務(請求一1関係)

別表 確認の利益-3 原告らが命じられた具体的勤務(請求一2関係)

別表 確認の利益-4 原告らが命じられた具体的勤務(請求一3、4、5、6、同二、同三関係)

別表 確認の利益-5 原告らが命じられた具体的勤務(請求四1関係)

別表 確認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務(請求四1、2、同五1、2、同六、同七1、2関係)

別表 確認の利益-7 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)B747乗員部(1)

別表 確認の利益-8 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)B747乗員部(2)

別表 確認の利益-9 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)B747-400乗員部(1)

別表 確認の利益-10 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)B747-400乗員部(2)

別表 確認の利益-11 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)DC10乗員部、MD11乗員部、B767乗員部(1)、

別表 確認の利益-12 原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理)DC10乗員部、MD11乗員部、B767乗員部(2)

別表 確認の利益-13 所属乗員部・路線室等ごとの各原告の確認の利益一覧表

他の航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限・・・二七三

平成六年(ワ)第七八八三号事件原告

A

外二二名

平成六年(ワ)第一二七五九号事件原告

X

外一名

平成七年(ワ)第一四九七七号事件原告

Z

外一名

平成八年(ワ)第一四四八〇号事件原告

b

外一名

平成一〇年(ワ)第二三〇三一号事件原告

d

外二二名

平成六年(ワ)第七八八三号事件、同年(ワ)第一二七五九号事件、平成七年(ワ)第一四九七七号事件、

平成八年(ワ)第一四四八〇号事件、平成一〇年(ワ)第二三〇三一号事件各原告ら訴訟代理人弁護士

塚原英治

船尾徹

宮川泰彦

海部幸造

佐藤誠一

則武透

被告

日本航空株式会社

右代表者代表取締役

兼子勲

被告訴訟代理人弁護士

渡邊修

吉澤貞男

山西克彦

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

以下、頭書の各事件を順次「第一事件」、「第二事件」、「第三事件」、「第四事件」及び「第五事件」という。

原告については、右各事件のどの事件の原告であるかを問わず、「原告A」のように、各原告の氏名の前に「原告」の呼称だけを付し、各事件の原告ら全員を指すときは、「原告ら」という。被告についても各事件の表示をせず、単に「被告」という。

主文

一  原告A、原告P、原告W、原告b、原告G、原告M、原告R、原告Y及び原告aの訴えをいずれも却下する。

二1  原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求一1記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第二項1記載の原告らを除く原告らと被告との間で、シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のないことを確認する。

3  第一項及び第二項1記載の原告らを除く原告らの請求一1記載のその余の請求を棄却する。

三  第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のないことを確認する。

四1  原告n、原告s、原告v、原告o、原告r、原告w、原告j、原告x、原告s、原告z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q、原告t、原告e、原告z、原告g、原告l、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求一3記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第四項1記載の原告らを除く原告らの請求一3記載の請求を棄却する。

五1  原告n、原告s、原告v、原告o、原告r、原告w、原告j、原告x、原告e、原告z、原告g及び原告1の請求一4記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第五項1記載の原告らを除く原告らの請求一4記載の請求を棄却する。

六1  原告s、原告z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q及び原告tの請求一5記載の請求を棄却する。

2  第一項及び第六項1記載の原告らを除く原告らの請求一5記載の請求に係る訴えを却下する。

七1  原告N、原告V、原告y、原告X、原告d、原告h、原告m、原告p、原告j、原告x、原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q、原告t、原告e、原告z、原告g、原告l、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求一6記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第七項1記載の原告らを除く原告らの請求一6記載の請求を棄却する。

八1  第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、右原告らが、乗務割上の一連続の乗務にかかわる勤務を開始後その終了前に、既に着陸回数に応じた乗務時間制限又は勤務時間制限を超える事態が発生しており、又は更に勤務を継続すればこれを超えることとなる事態が発生した場合において、機長が他の運航乗務員と協議し、運航の安全に支障がないと判断したときでない限り、右原告らがその勤務を完遂しなければならないとの義務がないことを確認する。

2  第一項記載の原告らを除く原告らの請求二記載の請求に係る訴えのうち、第八項1で認容した部分を除く請求に係る訴えを却下する。

九1  原告j及び原告xの請求三記載の請求を棄却する。

2  第一項及び第九項1記載の原告らを除く原告らの請求三記載の請求に係る訴えを却下する。

一〇  第一項記載の原告らを除く原告らの請求四1記載の請求を棄却する。

一一1  原告d、原告h、原告m、原告p、原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q、原告t、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求四2記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第一一項1記載の原告らを除く原告らの請求四2記載の請求を棄却する。

一二1  原告N、原告V、原告y、原告X、原告d、原告h、原告m、原告p、原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q、原告t、原告e、原告z、原告g、原告l、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求四3記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第三項1記載の原告らを除く原告らの請求四3記載の請求を棄却する。

一三  第一項記載の原告らを除く原告らの請求四4記載の請求を棄却する。

一四1  原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F、原告K、原告q、原告t、原告e、原告z、原告g、原告l、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求五1記載の請求に係る訴えを却下する。

2  第一項及び第一四項1記載の原告らを除く原告らの請求五1記載の請求を棄却する。

一五1  原告d、原告h、原告m、原告p、原告B、原告C、原告D、原告E、原告J、原告Q、原告T、原告U、原告f及び原告iの請求五2記載の請求を棄却する。

2  第一項及び第一五項1記載の原告らを除く原告らの請求五2記載の請求に係る訴えを却下する。

一六  第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、国内線の乗務は連続三日を超えないことを確認する。

一七1  第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、国際線については、待機(スタンバイ)に先立ち、あらかじめその対象便として指定された二つの便とその間の便でない限り、乗務する義務のないことを確認する。

2  第一項記載の原告らを除く原告らの請求七1のその余の請求及び請求七2記載の請求をいずれも棄却する。

一八  訴訟費用は、原告A、原告P、原告W、原告b、原告G、原告M、原告R、原告Y及び原告aと被告との間においては、第一事件から第五事件を通じて被告に生じた費用の六分の一を右原告らの負担とし、その余は各自の負担とし、右原告九名以外の原告四三名と被告との間においては、第一事件から第五事件を通じて原告らに生じた費用と被告に生じたその余の費用とを七分し、その四を右原告九名以外の原告四三名の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告らと被告との間で、原告らの勤務について以下のことを確認する。

一1  シングル編成で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

2  シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

3  シングル編成で予定着陸回数が三回の場合、連続する二四時間中、乗務時間七時間三〇分を超えて、又は勤務時間一二時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

4  シングル編成で予定着陸回数が四回の場合、連続する二四時間中、乗務時間六時間を超えて、又は勤務時間一〇時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

5  シングル編成で、連続する二四時間中、着陸回数が四回を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

6  マルティプル編成の場合、連続する二四時間中、乗務時間一四時間を超えて、又は勤務時間二〇時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。

二  乗務割の一連続の乗務の実施中、機長が他の運航乗務員と協議の上決定した場合を除き、着陸回数、乗務時間、勤務時間についての別紙請求二(ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間制限)記載の制限を超えて、乗務又は勤務する義務のないこと。

三  乗務時間が月間八〇時間、年間八四〇時間を超えて予定された乗務に就く義務のないこと。

四1  あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かにかかわらず、宿泊を伴う休養は、少なくとも一二時間を有すること。

2  東京から連続して一二時間以上、デッドヘッドする(運航乗務員が乗務を目的として、自社又は他社機により基地又は目的地に移動すること-以下同じ)場合、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間の休養時間を有すること。

3  東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについては、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間の休養時間を有すること。

4  自宅スタンバイ(乗務割りの不時の変更に備え、休養施設において乗務に就きうる状態を維持すること-以下同じ)終了後、次の乗務に先立ち、国際線においては少なくとも一二時間の、国内線においては少なくとも六時間の休養時間を有すること。

五1  国際線において離基地日数一日の場合、一日の休日を受けること。

2  国際線において、離基地日数九日の場合四日の休日、離基地日数一二日ないし一四日の場合五日の休日を受けること。

六  国内線の乗務は連続三日を超えないこと。

七  待機(スタンバイ)の起用の場合、

1  国際線については、待機(スタンバイ)に先立ち、あらかじめその対象便として指定された、別紙請求七1(路線群の区別)記載の区分による一便又は同一の路線群に属し、かつ、出発時刻が四時間以内に予定された二便でない限り、乗務する義務のないこと。

2  乗務以外の勤務に就く義務のないこと。

第二  事案の概要

定期航空運送事業者(航空会社)である被告は、従前、労働組合と協定を締結して運航乗務員の勤務基準を定めていたが、構造改革の一環として、国際コスト競争力を強化する目的で、人員効率を向上させて人的生産性を高めるという観点と、路線構成の変化や機材性能の向上に合った更に合理的な勤務基準にするという観点とから勤務基準を改定すべく、労働組合と交渉したが、合意に至らず、協定破棄を通告し、運航乗務員の勤務基準を定める就業規則を改定して新たな勤務基準を定めるに至った。

本件は、被告に副操縦士又は航空機関士として勤務している原告らが、被告が行った就業規則の変更は無効であり、従前の勤務基準の適用があると主張し、従前の勤務基準を超える勤務基準に基づく勤務の義務がないことの確認を求める事案である。

一  争いのない事実等(証拠に基づき認定した事実を含む。認定の根拠を示し、又は参照の便宜のため適宜括弧内に証拠を掲げる。争いのない事実については特にその旨は断らない。参照の便宜のため適宜法令を引用した。なお、横書きの文章を縦書きに直す際に、漢数字に改める等の修正をした場合がある。)

1  当事者等

(一) 被告

被告は、国際線及び国内線における定期航空運送事業等を目的とする株式会社である。

(二) 原告ら

原告らは、本件訴訟提訴当時、いずれも被告の副操縦士又は航空機関士として勤務していた者である。

(三) 平成五年ころの被告における労働組合の組織状況

(1) 被告の従業員構成(平成五年当時)

被告における平成五年四月当時の従業員の構成はおおよそ次のとおりであった。

総従業員数 約二万一五〇〇名

管理職数(乗務員の管理職を含む) 約 四七〇〇名

運航乗務員数     約 一五〇〇名

客室乗務員数     約 六三〇〇名

地上職員数      約 九〇〇〇名

(2) 労働組合の組織状況(平成五年当時)

被告には、後記(第二、一、4、(三))の本件就業規程の変更が行われた平成五年ころ、次のアからカの労働組合が存在し、それぞれ以下のような組織状況であった。

ア 日本航空乗員組合

日本航空乗員組合(以下「乗員組合」という。)は、昭和四八年一一月二二日に設立され、被告の副操縦士、航空機関士、セカンドオフィサー及びこれらの要員(訓練生)のうち、管理職以外の者で組織された労働組合であり、平成五年九月一七日現在では、副操縦士、航空機関士、訓練生一四七九名の全員が加入していた(甲第一六二号証、第三五四号証)。

イ 日本航空機長組合

日本航空機長組合(以下「機長組合」という。)は、昭和六一年八月一日に設立され、被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている機長で組織された労働組合であり、平成五年七月三一日現在では、被告の日本人機長一〇四五名のうち九六八名が加入していた(甲第一六二号証、第三五四号証)。

ウ 日本航空先任航空機関士組合

日本航空先任航空機関士組合(以下「先任組合」という。)は、昭和六二年二月一〇日に設立され、被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている先任航空機関士で組織された労働組合であり、平成五年七月三一日現在では、一三二名が加入していた(甲第一六二号証、第三五四号証)。

エ 日本航空客室乗務員組合

日本航空客室乗務員組合(以下「客乗組合」という。)は、昭和四〇年一二月二三日に設立され、被告の客室乗務員の一部で組織された労働組合であり、平成五年一〇月の時点では、一六〇九名が加入していた(甲第三五四号証、乙第四五号証)。

オ 全日本航空労働組合

全日本航空労働組合(以下「全日航労組」という。)は、昭和四四年八月二五日に設立され、被告の地上職員及び客室乗務員の一部で組織された労働組合であり、平成五年一〇月の時点では、地上職員八三一六名及び客室乗務員四三七二名が加入していた(甲第三五四号証、乙第四五号証)。

カ 日本航空労働組合

日本航空労働組合は、昭和四一年八月に設立され、被告の地上職員で組織された労働組合であり、平成五年一〇月の時点では、三二九名が加入していた(甲第三五四号証、乙第四五号証)。

(3) 過去の組合構成についての経緯

また、前記アの乗員組合の設立については次の経過があった。

昭和二六年一一月一七日、被告の労働組合としては初めて日本航空労働組合が設立されたが、昭和二九年九月二七日、同組合から日本航空乗員組合が独立し、別個の組合が形成された。昭和四一年七月一〇日、同組合から運航乗員組合が分裂したが、同組合は昭和四八年一一月二二日に乗員組合と合併し、現在の乗員組合が設立された(甲第三五四号証)。

2  運航乗務員による業務遂行の法規制

(一) 労働基準法による労働時間の規制との関係

労働基準法三二条は、労働者の一週間の労働時間を四〇時間と規定し(同条一項)、一日の労働時間を八時間と規定している(同条二項)が、その例外として、同法三二条の二はいわゆる一箇月単位の変形労働時間制を採ることができる旨を定めている。

被告は、副操縦士及び航空機関士の労働条件の基準を定める就業規則として運航乗務員就業規程(以下「本件就業規程」という。)を制定している。原告ら運航乗務員の労働時間は、一日当たり八時間を超える場合もあるが、被告は本件就業規程五条一項において、「運航乗務員の勤務は、労働基準法三二条の二によるものとし、一ヶ月を平均し一週四〇時間一五分を超えない範囲で、特定の日において実労働七時間を超えて、または特定の週において三七時間を超えて就業させることがある。」と規定している。

(二) 航空法の規定

航空法は、我が国が批准している国際民間航空条約に従って制定されたものである。

国際民間航空条約は、航空機の運航の方法について国際的に統一し、国際民間航空の発達のため、各条約締結国が、航空規則の制定に当たっては、この条約及びこの条約に基づいて設定される規則にできる限り一致させることを約束する旨を定め、さらに、航空に関する規則、手続等の統一により、航空を容易にするために、国際民間航空機構(ICAO)が、国際標準並びに勧告方式及び手続を随時採択する旨を定めている(同条約一二条、三七条)。

国際民間航空機構(ICAO)によって採択された付属書のうち、航空機の運航につき直接規定した第六付属書(甲第四七九号証の一及び二)は「国際標準」及び「勧告方式」とに別れる。「標準」は、その統一的適用が国際航空の安全又は正確のため必要と認められる細則であり、締結国はこれを遵守し、遵守不可能の場合は、理事会への通告が義務づけられているものであり、「勧告方式」は、その統一適用が国際航空の安全、正確又は能率のために望ましいと認められる細則であり、各締結国は、これを遵守するよう努力すべき義務を負うにとどまるものである。我が国では、右付属書で定める国際標準の大部分が、航空法、同施行規則、告示等に盛り込まれ、あるいは法令の運用により具体化されている。

航空法は、その旨及び同法の目的について、

第一条 この法律は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、並びに航空機を運航して営む事業の秩序を確立し、もつて航空の発達を図ることを目的とする。

と規定している。

また、航空法六八条は、航空機乗組員の乗務について以下のように規定し、同法一四五条一一号は、その違反者を一〇〇万円以下の罰金に処する旨規定している。

(乗務割の基準)

第六八条 航空運送事業を経営する者は、運輸省令で定める基準に従つて作成する乗務割によるのでなければ、航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空業務に従事させてはならない。

同法施行規則は、同法六八条を受けて以下のように規定している。

(乗務割の基準)

第百五十七条の三 法第六十八条の運輸省令で定める基準は、次のとおりとする。

一  航空機乗組員の乗務時間(航空機に乗り組んでその運航に従事する時間をいう。以下同じ。)が、次の事項を考慮して、少なくとも二十四時間、一暦月、三暦月及び一暦年ごとに制限されていること。

イ  当該航空機の型式

ロ  操縦者については、同時に運航に従事する他の操縦者の数及び操縦者以外の航空機乗組員の有無

ハ  当該航空機が就航する路線の状況及び当該路線の使用飛行場相互間の距離

ニ  飛行の方法

ホ  当該航空機に適切な仮眠設備が設けられているかどうかの別

二  航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること。

また、航空法一〇四条は、運航規程等の認可について次のとおり規定し、定期航空運送事業者等が同条一項に規定する運航規程によらないで航空機を運航したときは、五〇万円以下の罰金に処する旨規定している(同法一五七条一号)。

(運航規程及び整備規程の認可)

第百四条 定期航空運送事業者は、運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項について運航規程及び整備規程を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様である。

2 運輸大臣は、前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定める技術上の基準に適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない。

これを受けた航空法施行規則では、

(運航規程及び整備規程の認可申請)

第二百十三条 法第百四条第一項の規定により、運航規程又は整備規程の設定又は変更の認可を申請しようとする者は、次に掲げる事項を記載した運航規程設定(変更)認可申請書又は整備規程設定(変更)認可申請書を運輸大臣に提出しなければならない。

(一号から三号 略)

(運航規程及び整備規程)

第二百十四条 法第百四条第一項(法第百二十二条第一項において準用する場合を含む。)の運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項は次の表の上欄に掲げるとおりとし、同条第二項(法第百二十二条第一項において準用する場合を含む。)の運輸省で定める技術上の基準は同表の上欄に掲げる事項についてそれぞれ同表の下欄に掲げるとおりとする。

一 運航規程

(中略)

ニ 航空機乗組員及び客室乗務員の乗務割並びに運航管理者の業務に従事する時間の制限(客室乗務員の乗務割については、客室乗務員を航空機に乗り組ませて事業を行う場合に限る。)

航空機乗組員の乗務割は第百五十七条の三の基準に従うものであり、客室乗務員の乗務割は客室乗務員の職務に支障を生じないように定められているものであり、運航管理者の業務に従事する時間は運航のひん度を考慮して運航管理者の職務に支障を生じないように制限されているものであること。

と定められている。

運輸省は、右の基準の細目として、同省航空局技術部長作成の「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗務員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」(制定・空航第五七七号平成二年六月二六日、一部改正・空航第二〇四号平成四年三月三一日、一部改正・空航第九八五号平成四年一二月二一日、乙第八八号証)を定めており、右基準においては、具体的に次のとおり乗務時間制限が規定されている。

3.乗務時間制限

(1) 事業者は、別表(別紙)に定める時間を超えて、航空機乗組員の乗務予定時間を設定してはならない。(乗務予定時間とは、時刻表の運航予定時間に基づき算定される当該便の出発時刻から到着時刻までをいう。)

(2) 一二時間を超える乗務が予定されている場合には、航空機内に適切な仮眠設備を設けること。

運輸省航空局技術部長の定めた右の基準は、最少航空機乗員数が二名の操縦士である航空機において、乗員編成が一名の機長及び一名の操縦士である場合に、一二時間以下の乗務予定時間を定めること並びに最少航空機乗員数が二名の操縦士及び一名の航空機関士である航空機において、乗員編成が一名の機長、一名の操縦士及び一名の航空機関士である場合に、一二時間以下の乗務予定時間を定めることが、いずれも、航空法施行規則一五七条の三第二項に定める「航空機乗務員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること」の要件を満たすものであることを示すものである。

(三) 運航規程

被告は、航空法及び同法施行規則に基づき、運航規程を定め、その認可を受けている。

被告の現行の運航規程(乙第八五号証の二)には以下のとおり規定されている(用語は一部改めている。)。

(1) 運航乗務員の勤務及び休養

定義

ア 勤務時間

勤務時間とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、航空機便乗、地上及び機上訓練並びに査察飛行等を含む。時間の算定は、次の各号の定めるところによる。

① 乗務の場合の勤務時間は、各自が所定の場所に出頭すべき時刻から始まり、飛行終了後の業務完了時に終わる。ただし、航空機便乗の際の勤務時間の算定は別に定める。

② 乗務以外の場合の勤務時間は、各自が所定の場所に出勤すべき時刻に始まり、業務を完了した時に終わる。

イ 乗務時間

乗務時間とは、運航乗務員が航空機に乗務する時間をいい、ブロック・タイムによる。

ウ 休養時間

休養時間とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される時間をいい、休養施設に到着した時から次の業務に就くため同施設を出発する時までとする。

エ 休養施設

休養施設とは、運航乗務員が休養をとり得る設備を有する施設であって、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。

オ 休養地

休養地とは、運航乗務員に所定の休養時間を与える地点をいう。

カ 仮眠設備

仮眠設備とは運航乗務員が仰臥して休息をとることができる機内設備であって、乗客より隔離されているものをいう。

キ 地上輸送時間

地上輸送時間とは、空港と休養施設間の輸送のため、別に定めた時間であって、休養時間に含まれない。

ク 航空機便乗(Dead Head)

航空機便乗とは、運航乗務員が、会社の命により原則として航空機の客席を使用して次の乗務予定地へ赴くことをいう。

(2) 乗務割の基準

運航乗務員の乗務割は、運航ダイヤに基づいて作成する。

乗務割は、次の基準を超えるよう予定してはならない。

国内線と国際線に連続して乗務する場合には、国際線の基準を適用する。ただし、国内線のみの乗務時間及び勤務時間が国内線の基準を超えるように予定してはならない。

ア 乗務時間及び勤務時間

別紙(運航規程上乗務時間及び勤務時間の基準表)のとおり

イ 休養時間

乗務のための勤務終了後、基地以外の休養地で少なくとも連続一二時間の休養を与える。ただし、直前の休養以降の総乗務時間及び直後の休養までの総乗務時間のいずれもが八時間以下の場合は連続一〇時間とすることができる。

基地に戻った際、最後の休養地より基地までの総乗務時間の二倍又は一二時間のいずれか長い時間以上の連続する休養を与える。

連続する七暦日のうち少なくとも一暦日(外国においては連続二四時間)の休養を与える。

(3) 乗務割の運用

ア 出頭時刻

運航乗務員は、オペレーション・マニュアル第五章に定める場合を除き出発時刻の一時間前までに所定の場所に出頭しなければならない。

イ 業務終了時刻

乗務後の業務終了時刻はオペレーション・マニュアル第五章に定めるところによる。

ウ 勤務時間の中断

運航乗務員が、休養施設で連続三時間以上の休養をとった場合には、その時間は、勤務時間とはみなされない。

エ 乗務の中止

運航乗務員は、その乗務割に従って、乗務を完了する。ただし、不測の事態(IRREGULARITY)により前記の乗務割の基準を超える場合、機長(P.I.C.)が運航状況、運航乗務員の疲労度その他の状況を十分考慮して安全上支障があると判断したときには、その乗務を中止しなければならない。

オ 休養

(イ) 運航乗務員は、乗務を中止した場合には適当な休養をとらなければならない。

(ロ) 運航乗務員は、勤務時間又は乗務時間若しくは着陸回数の基準を超えて乗務した場合には、少なくとも一二時間の休養をとらなければならない。

(ハ) 不測の事態(IRREGULAR-ITY)により、前記の乗務割の基準に定めた休養時間を確保できない場合は、連続一〇時間とすることができる。ただし、休養時間の短縮は連続して適用してはならない。

(4) 被告の運航規程のこれまでの改定経緯

被告の運航規程の前記規定内容のうち、乗務時間、勤務時間の制限については、昭和四一年八月一日に運航規程が労使協定の内容と切り離され別個に定められたときに規定されたものであり、そのうち一暦月、一暦年の乗務時間制限は現在まで全く変更がないが、連続する二四時間中の乗務時間・勤務時間制限は平成二年八月一日付け改定、平成五年二月二〇日付け改定を経て現行の規定内容に至っている。

なお、シングル編成の着陸回数別の乗務時間・勤務時間制限は、前記昭和四一年八月一日付け運航規程の改定時に運航規程から削除し、それ以降現在まで運航規程には定められていない。

また、昭和四〇年三月三〇日付け改定時には、休養の付与に関して、出発前の勤務時間が五時間を超えて乗員の交替なく乗務するとき及び乗務又は勤務が時間制限を超えたときの各休養時間(それぞれ少なくとも一二時間)を定めるのみであったが、昭和四一年八月改定時に、乗務時間等の制限を超えて乗務した場合及び航空機便乗の際に基準時間を超えて勤務する場合の各休養時間(それぞれ少なくとも一二時間)、基地における休養及び休日並びにマルティプル編成時の休養時間が定められた。

また、平成五年二月二〇日付け改定による現行の運航規程は、おおむね昭和四一年八月改定の内容を引き継いでいるが、乗務割の基準として、休養時間につき、「乗務のための勤務終了後、基地以外の休養地で少なくとも連続一二時間の休養を与える」との原則を初めて明確な形で定めるとともに、これを「連続一〇時間とすることができる」との例外を定め、かつ「連続する七暦日のうち少なくとも一暦日(外国においては連続二四時間)の休養を与える」旨定めている。

また、乗務の中止についての定めは、昭和四一年八月一日付け改定時に運航規程に定められた。同年一〇月二二日に取り交わされた「運航乗員の勤務に関する協定書」の解説(乙第二号証)には、「従来の協定では、国内線・国際線別に延長の限度が定められていたが運用上弾力性に欠けていた面もあったので、今回の協定では、予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂することを原則とした。この場合完遂の可否に際しては他乗員と協議の上機長の最終判断により決定される。他方、乗務時間、勤務時間の制限内でも安全上支障ありと機長が判断する場合は乗務の中止もあり得ることは勿論である。」と記載されている(二一頁から二二頁まで)。

また、基地における一暦月中の休養及び休日数の原則は、昭和四一年八月一日付け改定時に「基地における休養および休日数は一暦月に七暦日とする」として運航規程に定められ、現在まで変更なく引き継がれている。

(四) 就業規則と勤務協定について

被告は、昭和三八年一二月一八日に就業規則(甲第四号証)を制定し、昭和三九年一月一一日から実施したが、労働時間、休憩及び休日等の労働条件についての規定は運航乗務員には適用されず(六四条三項)、その後、昭和四六年三月一日(同日実施)に「運航乗務員就業規程」(本件就業規程)が、昭和五五年三月一八日(同月二〇日実施)に「運航乗務員訓練・審査就業規程」がそれぞれ制定されたが、その内容は、組合員の勤務条件は組合との協約がある場合には協約の定めるところによるというものであって、運航乗務員の労働時間、休憩、休日等の労働条件の基準は、その勤務の特殊性に鑑みて、海外航空会社の例に倣い、被告と運航乗務員により構成される組合との間の労働協約のみによって定められていた。

運航乗務員の労働条件を定めた労働協約は、ジェット機の導入などを契機として何度か改定が行われ、昭和四八年七月三一日、運航乗務員の労働条件を定める「運航乗員の勤務に関する協定書」が取り交わされて労働協約が締結された(以下、この昭和四八年七月三一日に被告と乗員組合との間に締結された勤務協定を単に「勤務協定」又は「旧勤務協定」という。後者の呼称は改定後の本件就業規程と対比させる際等に使用する。)。勤務協定は、被告の航空機の実際の運航における運航乗務員の労働条件の基準(勤務基準)を定めるものであった(なお、「労働条件の基準」と「勤務基準」の関係については第三分冊一頁参照)。

昭和五五年三月二〇日、被告は、本件就業規程を改定し、運航乗務員の勤務基準について勤務協定と同じ内容の規定を設けた。

被告と乗員組合との間には、勤務協定以外にも労働協約が締結され、平成五年三月ころには、被告と乗員組合との間に以下の期限の定めのない労働協約が存在した。

① 「運航乗務員の送迎に関する協定書」(昭和四八年五月二六日締結)

② 「LAX→NRT直行便に関する確認書」(昭和五三年七月三一日締結)

③ 「SFO→TYO直行便に関する確認書」(昭和五〇年一〇月三一日締結)

④ 乗員の支度料に関する「協定書」(昭和三八年四月二四日締結)

⑤ 「運航乗員の勤務に関する協定書」(昭和四八年七月三一日締結)

⑥ 東京・サンフランシスコ間デツドヘッド後の休養時間に関する「覚書」(昭和四八年七月三一日締結)

⑦ 勤務協定中の機長に関する規定の取扱いに関する「覚書」(昭和四八年七月三一日締結)

⑧ 路線別了解事項の適用に関する「確認書」(昭和五〇年三月三一日締結)

⑨ 休日数、デッドヘッドに関する「確認書」(昭和五二年一二月三一日締結)

⑩ 休日数に関する「確認書」(平成二年四月一日締結)

⑪ 「乗務手当に関する協定書」(平成二年四月一六日締結)

⑫ 「海外乗務旅費に関する協定」(平成四年四月二三日締結)

⑬ 昭和四八年四月二四日まで有効であった「教官等の勤務に関する協定書」及び付帯覚書、細則等の取扱いに関する「覚書」(昭和四八年七月三一日締結)

⑭ ナパ運航乗員訓練所におけるアロー教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五三年一〇月一日締桔)

⑮ 仙台におけるアズテック教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五八年一二月九日締結)

⑯ 副操縦士のシミュレーター教官の勤務条件及び待遇に関する「協定書」(昭和五九年九月二七日締結)

⑰ 副操縦士のシミュレーター教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五九年九月二七日締結)

被告と乗員組合とは、右の各労働協約の他に毎年冬期(一一月一日から翌年三月三一日まで)・夏期(四月一日から一〇月三一日まで)の各半期ごとに東京・ニューヨーク、東京・ワシントン等の長大路線(長距離国際線)について、各路線ごとに路線別協定等を締結していた。

3 航空業界をめぐる状況及び被告の経営状況の推移、対応策

(一) 本件就業規程の変更以前の航空業界をめぐる状況

昭和六〇年に国内航空三社の事業分野を定めたいわゆる「四五-四七体制」が廃止され、さらに同年のプラザ合意に端を発した急速な円高が進行した。我が国の海外旅行市場は急激な円高とバブル経済のもとで急成長を続け、平成元年度には日本人出国者が一〇〇〇万人に迫り、世界有数のマーケットとなった。日本市場の旺盛な需要と円高は外国航空会社にとって日本円収入の魅力を増大させ、アメリカン航空、デルタ航空など海外の巨大航空会社が相次いで日本市場に新たに参入し、供給は飛躍的に増大した。

(二) 被告の経営状況の推移

被告の昭和五九年度以降平成四年度までの経常損益の推移は次のとおりであった(△は損失を示す)。

昭和五九年度  二二〇億円

昭和六〇年度 △ 一六億円

昭和六一年度   三六億円

昭和六二年度  三二四億円

昭和六三年度  四三六億円

平成元年度   五二七億円

平成二年度   二四八億円

平成三年度  △ 六〇億円

平成四年度  △五三八億円

平成五年度  △二六一億円

(三) 被告の経営策

被告は、平成三年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改革委員会」を設置し、平成四年六月一日、同委員会は、①国内線の充実など事業運営体制の再構築、②路線の再編成など生産面の改革、③人件費効率の向上などコスト構造改革、④イールドの向上など販売構造改革、⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等、コスト競争力の強化を最重要課題とする構造改革施策を策定した。

被告は、同年以降右施策に従い、シアトルへの乗り入れ休止、パリ直行便の増便等を内容とする国際線路線の再編成、国内線の路線拡充、運航委託その他の運航形態の多様化等、収入増強策及びコスト競争力の強化に着手した。

4 労働組合等との交渉及び本件就業規程変更に至る経緯

(一) 労使交渉の経過

被告は、平成五年一月二九日、乗員組合に対し、「人件費関連施策について」と題する書面(乙第一〇号証)をもって、被告の逼迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明したうえ、同日付け「人件費関連施策の具体策について」と題する書面(乙第一一号証)により、別紙に添付した「運航乗員の勤務に関する協定書」改定概要、「運航乗務員の通勤に関する協定」(案)、「海外乗務旅費に関する協定」(案)、「支度料に関する協定」(案)のとおりに勤務協定、通勤制度、諸手当、旅費制度及び支度料等を改める案等を提示した。

さらに、被告は、乗員組合に対し、同年二月一九日には、これらを具体化した「人件費関連施策に基づく諸手当改定案の骨子について」を、同月二六日には、変更後の本件就業規程の骨格となった「運航乗務員の勤務に関する協定(案)について」と題する書面(乙第六〇号証)を各提示するなどした。

被告の勤務協定等の改定の右申入れの後、同年二月一日に事務折衝が持たれ、同年二月八日に団体交渉が行われたが、原告らが所属する乗員組合は「改悪のみの提案は認められない」として、被告の右申入れを拒否した。

以後、被告と乗員組合は同年一一月一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝と二六回の団体交渉を含む各種協議、交渉を行った。

(二) 勤務協定等の労働協約の解約

被告は、前記「運航乗務員の勤務に関する協定(案)」に乗員組合が応じなかったので、平成五年三月二三日、乗員組合に対し、「通勤制度の改定について」と題する文書(甲第一九三号証)で、同年六月三〇日限り前記(第二、一、2、(四))①ないし③及び④の各労働協約を解約する旨の通告をしたが、その後、解約日を同年一〇月三一日に延期した。

被告は、同年七月二二日、乗員組合に対し、「運航乗務員の勤務に関する協定(案)について」と題する文書(甲第一九四号証)で、同年一〇月三一日限り前記(第二、一、2、(四))⑤ないし⑩及び⑪、⑫の各労働協約を解約する旨の通告をした。

被告は、同年八月三日、乗員組合に対し、「運航乗務員の訓練および審査に係わる勤務に関する協定(案)について」と題する文書(甲第一九五号証)で、同年一〇月三一日限り前記(第二、一、2、(四))⑬ないし⑰の各労働協約を解約する旨の通告をした。

その後、乗員組合は被告の示した勤務協定の改定案を受け入れることなく、同年一〇月三一日をもって前記(第二、一、2、(四))①から⑰の勤務協定等の労働協約はすべて解約された。

(三) 就業規則の変更

被告は、本件就業規程及び運航乗務員訓練・審査就業規程の一部を改定し、全日本航空労働組合の意見を聞いたうえ、同年一一月一五日に所轄労働基準監督署長に届け出た。

本件就業規程の変更に関して、全日本航空労働組合は「運航乗務員を組織していないので、意見は差し控える。」として意見を述べず、乗員組合、機長組合、先任航空機関士組合など運航乗務員の組合は反対の意見を表明していた。

5 勤務基準の変更内容

(一) 乗務時間及び勤務時間制限関係

(1) 勤務協定の内容(甲第一号証七六頁以下。用語は一部改めた。)

Ⅰ 定義

この協定において使用される用語の定義は下記各項の定めによる。

1 (略)

2 勤務

(1) 勤務時間

勤務時間とは、運航乗員が会社業務に従事する時間をいい、DEAD HEAD、地上及び機上訓練、並びに査察飛行等を含む。時間の算定は次の各号の定めるところによる。

イ 乗務のための勤務時間は各自が指定の場所に出頭すべき時刻に始まり、飛行終了後の業務完了時に終わる。ただし、DEAD HEADの際の勤務時間の算定は本協定「適用」第一九項の定めるところによる。

ロ 乗務以外の勤務時間は各自が指定の場所に出頭すべき時刻に始まり、業務を完了した時に終わる。

(2) 乗務時間

乗務時間とは運航乗員が航空機に乗務する時間をいい、ブロック・タイムによる。

3から6まで (略)

7 乗務ダイヤ

乗務ダイヤは別途設立された委員会が既定路線にあっては前年度同一機種での月別実績により、新路線にあっては双方の調査により、合意に達し、実行可能とみなしたダイヤをいう。

8 STAND BY(後記のとおり)

9 DEAD HEAD(後記のとおり)

10 シングル編成

シングル編成とは機長一名、副操縦士一名、航空士一名、及び航空機関士又はセカンド・オフィサー一名、若しくは機長一名、副操縦士一名、及び航空機関士又はセカンド・オフィサー一名による編成をいう。

11 マルティプル編成

マルティプル編成とは、機長二名、副操縦士一名、航空士〇ないし二名及び航空機関士又はセカンド・オフィサー二名、あるいは航空機関士一名、セカンド・オフィサー一名による編成をいう。

Ⅱ 適用

1から4まで (略)

5 乗務割

(1) 乗務割は公平を原則として、常にSTAND BYを保持し、更に年間乗務に対しては乗員全員の有給休暇を考慮したものでなければならない。

(2) 乗務の予定は乗務ダイヤによる。

6 (略)

7 月間及び年間の乗務時間制限

(1) 月間及び年間の乗務時間は次の制限を超えて予定してはならない。別紙「別表1」参照

(2) 3暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一二月の各四半期をいう。

8 乗務時間の算入方法

一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる場合の乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。ただし、日本地方標準時による。

9 ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間

(1) シングル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定してはならない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りでない。別紙「別表2」参照

(2) マルティプル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定してはならない。ただし、乗務時間に関しては、乗務ダイヤに包含されればこの限りではない。別紙「別表3」参照

この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備を用意しなければならない。

これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制限時間に準ずるものとする。

(2) 改定前の本件就業規程の規定内容(甲第三号証二一頁以下。用語は一部改めた。)

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。

(1) 「就業時間」とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、その算定は第六条の定めるところによる。

(2) 「勤務時間」とは、この規程で別に定める場合を除き、運航乗務員がSTAND BY以外の会社業務に従事する時間をいい、その算定は第七条に定めるところによる。

(3) 「乗務」とは、運航乗員が航空機に乗り組んでその運航に従事することをいい、その算定はブロック・タイムによる。

(4) 「乗務のための勤務」とは、前号の乗務及びその前後に必要な業務に従事することをいう。

(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務等に就きうる状態を維持することをいう。

(6) 「DEAD HEAD」とは、運航乗務員が乗務を目的として、自社機又は他社機により基地又は目的地に移動することをいう。

(7) 「地上勤務」とは、第三号ないし前号以外のすべての勤務をいう。

(8) 「乗務ダイヤ」とは、予定する乗務の時間算定に用いるダイヤをいい、前年度実績等によりこれを別に定める。

(9) 「シングル編成」とは、機長一名、副操縦士一名、又は機長一名、副操縦士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー一名による編成をいう。

(10) 「マルティプル編成」とは、機長二名、副操縦士一名、又は機長二名、副操縦士一名及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー二名、あるいは航空機関士一名、セカンド・オフィサー一名による編成をいう。

(11) 「ダブル編成」とは、機長二名、副操縦士二名による編成をいう。

(勤務時間の算定)

第七条 勤務時間の算定は、次の各号による。

(1) 乗務のための勤務

乗務のため各自が所定の場所に出頭すべき時刻から乗務終了後の業務終了時までの時間とする。

(2) DEAD HEAD

第一九条に定めるところによる。

(3) 地上勤務

所定の場所に出頭すべき時刻から、業務終了時までの時間とする。

(DEAD HEADの勤務時間及び休養)

第一九条 1.前途乗務のためのDEAD HEAD

(1) DEAD HEADに引き続き乗務する場合のDEAD HEADの勤務時間は、所定の場所に出頭すべき時刻(当該航空機の出発予定時刻の一時間前)からDEAD HEAD終了地点到着時刻までの時間の一/二とし、乗務のための勤務時間との合計が第一〇条の勤務時間制限を超えて予定しない。

(2) DEAD HEADに引き続き乗務に従事する場合は、DEAD HEAD終了次第、運航管理室又は、これに代わる場所に出頭するものとし、この時刻より乗務のための勤務が始まるものとする。この場合、出発までに時間的余裕がある場合は、休養施設で休養をとらせるものとする。

(3) DEAD HEADに引き続き乗務する運航乗務員がDEAD HEAD中、中間寄港地において休養をとり得る時間的余裕がある場合は、休養をとらせるものとする。

2.乗務終了後のDEAD HEAD

乗務終了後引き続きDEAD HEADする場合は、前項を適用する。

(四週間、月間及び年間の就業時間・乗務時間制限等)

第八条 四週間、月間及び年間の就業時間・乗務時間は次の制限を超えて予定しない。

別紙「別表4」参照

なお、B七二七については、上記の制限に加え、三暦月の乗務時間は二二〇時間を超えて予定しない。

2 年間を平均しての就業時間は月間一四五時間を基準とする。

月間一四五時間(一月及び三月を除く大の月一四八時間五一分、小の月一四一時間四四分、一月及び三月一四六時間二八分、二月一三二時間一七分、ただし、うるう年の一月及び三月一四七時間一七分、うるう年の二月は一三七時間四七分)を超える就業時間については特別就業手当の支給対象時間として月別に算定する。

3 三暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一二月の各四半期をいう。

4 自宅STAND BYの総経過時間と自宅STAND BY以外の業務の就業時間の合計は四週を平均して一週四八時間を超えて予定しない。

(乗務時間・就業時間の算入方法)

第九条 一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる場合の乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。ただし、日本標準時による。

(ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間)

第一〇条 シングル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は、次の制限を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りではない。別紙「別表2」参照

2 マルティプル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は、次の制限を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りではない。別紙「別表3」参照

この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備を用意する。これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制限時間に準ずるものとする。

(3) 改定後の本件就業規程の規定内容(甲第四号証一九頁以下。用語は一部改めた。)

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。

(1) 「就業時間」とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、その算定は第六条の定めるところによる。

(2) 「勤務時間」とは、この規程で別に定める場合を除き、運航乗員がSTAND BY以外の会社業務に従事する時間をいい、その算定は第七条に定めるところによる。

(3) 「乗務」とは、運航乗務員が航空機に乗り組んでその運航に従事することをいい、その算定はブロック・タイムによる。

(4) 「乗務のための勤務」とは、前号の乗務及びその前後に必要な業務に従事することをいう。

(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務等に就きうる状態を維持することをいう。

(6) 「DEAD HEAD(便乗)」とは、運航乗務員が乗務、路線飛行訓練あるいは路線飛行審査に伴い、自社機又は他社機により基地又は目的地に移動することをいう。

(7) 「地上移動」とは、運航乗務員が乗務、路線飛行訓練あるいは路線飛行審査に伴い、航空機以外の交通機関により空港又はあらかじめ指定された場所相互の間を移動することをいう。

(8) 「地上勤務」とは、第(3)号ないし前号以外のすべての勤務をいう。

(9) 「乗務ダイヤ」とは、予定する乗務の時間算定に用いるダイヤをいい、前年度実績等によりこれを別に定める。

(10) 「シングル編成」とは、機長一名、副操縦士一名、又は機長一名、副操縦士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー一名による編成をいう。

(11) 「マルティプル編成」とは、「シングル編成」に機長若しくは副操縦士一名、又は機長若しくは副操縦士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー一名を追加した編成をいう。

(勤務時間の算定)

第七条 勤務時間の算定は、次の各号による。

(1) 乗務のための勤務

乗務のため各自が所定の場所に出頭すべき時刻から乗務終了後の業務終了時までの時間とする。

(2) DEAD HEAD

a DEAD HEADのための出頭時刻(当該便出発時刻の一時間前)に始まり到着時刻までの時間とする。

b 乗務とDEAD HEADが混在する勤務については、DEAD HEAD終了後次の乗務のための出頭時刻までの間、また、乗務のための勤務終了後次のDEAD HEADのための出頭時刻までの間は勤務時間として算定しない。

なお、乗務とDEAD HEAD、又はDEAD HEADと乗務との間に時間的余裕がある場合は、休養施設等にて休養をとらせるものとする。

c DEAD HEADに引き続き乗務する運航乗務員がDEAD HEAD中、中間寄港地において休養をとり得る時間的余裕がある場合は、休養施設等にて休養をとらせるものとする。

(3) 地上移動

a 移動区間に応じ、次に定める地上移動に要する時間を勤務時間として算定する。別紙「別表5」参照。

その他の区間の地上移動に要する時間はその都度定める。

b 乗務と地上移動が混在する勤務については、乗務のための勤務時間に前aに定める地上移動に要する時間を加えた時間とする。

(4) 地上勤務

所定の場所に出頭すべき時刻から、業務終了時までの時間とする。

2 前項第(1)号における出頭すべき時刻及び業務終了時刻は第二一条に定めるところによる。また、前項第(4)号の時間帯については、別途指示するところによる。

(月間及び年間の就業時間・乗務時間制限等)

第八条 月間及び年間の就業時間・乗務時間は次の制限を超えて予定しない。別紙「別表6」参照

3 三暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一二月の各四半期をいう。

(乗務時間・就業時間の算入方法)

第九条 一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる場合の乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。ただし、日本標準時による。

(一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間)

第一〇条 一連続の乗務に係わる勤務とは、連続する一二時間以上の休養を予定する地点における、乗務のための所定の場所への出頭から、次の連続する一二時間以上の休養を予定する地点における業務終了までをいう。

2 シングル編成の場合、一連続の乗務に係わる乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りではない。なお、予定着陸回数にはDEAD HEADは含まず、出頭時刻は出発時の現地時間による。別紙「別紙7」参照

3 マルティプル編成の場合、一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りではない。別紙「別紙8」参照

この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備を用意する。これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制限時間に準ずるものとする。

4 前第2項及び第3項の適用において、遅延等により出頭時刻が変更となった場合には、原則として新たな出頭時間帯の制限時間を適用するものとする。ただし、出頭時刻の変更に伴い、乗員編成の変更が必要となる場合において、その実施が困難である場合には当初予定した乗員編成にて運航するものとする。

また、乗務終了後基地へ帰るためのDEAD HEAD及び地上移動については、やむを得ない場合には勤務時間の合計が前第2項及び第3項に定める勤務時間制限を超える場合であっても予定することがある。

(二) 一連続の乗務に係わる勤務完遂について

(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八四頁。用語は一部改めた。)

Ⅱ 適用

12 乗務時間及び勤務時間の延長

(1) 乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間、又は着陸回数の延長及び中断は他の乗員と協議し、機長の決定による。

(2) 本協定「適用」第9項(1)及び(2)の乗務時間、勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は、少なくとも一二時間の休養をとらなければならない。

(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二六頁。用語は一部改めた。)

(勤務時間及び乗務時間の延長)

第一二条 乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間又は着陸回数の延長及び中断は、機長が他の乗務員と協議し決定する。

2 第一〇条の乗務時間、勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は、少なくとも一二時間の休養を与える。

(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二五頁以下。用語は一部改めた。)

(一連続の乗務に係わる勤務完遂の原則)

第一二条 乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は、開始後完遂することを原則とする。ただし、他の乗員と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があると機長が判断したときは中断しなければならない。

2 第一〇条の乗務時間、勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は、次の一二時間以上の休養を予定する地点で少なくとも一五時間の休養を与える。

(三) 休養時間について

(1) 休養に関する定義について

ア 勤務協定の休養に関する定義規定(甲第一号証七六頁、七八頁。用語は一部改めた。)

Ⅰ 定義

3 休養

(1) 休養時間とは運航乗員がすべての会社業務から解放される時間をいい、休養施設に到達した時から次の業務につくため、同施設を出発するまでとする。

(2) 休養施設

休養施設とは運航乗員が休養をとりうる設備を有する施設であって、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。

5 宿泊地

宿泊地とはあらかじめ乗員交替地として定められた場所をいう。

イ 改定前の本件就業規程の休養に関する定義規定(甲第三号証二一頁、二二頁。用語は一部改めた。)

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。

(13) 「休養」とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される状態をいい、その時間の算定は、休養施設に到達した時から次の業務につくため、同施設を出発するまでとする。

(14) 「休養施設」とは運航乗務員が、休養をとりうる設備を有する施設であって、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。

(16) 「宿泊地」とは、あらかじめ乗務員交替地として定められた場所をいう。

ウ 改定後の本件就業規程の休養に関する定義規定(甲第四号証一九頁、二〇頁。用語は一部改めた。)

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。

(13) 「休養」とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される状態をいい、その時間の算定は、休養施設に到達した時から次の業務に就くため、同施設を出発するまでとする。

(14) 「休養施設」とは、運航乗務員が休養をとりうる設備を有する施設であって、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。

(2) 宿泊地における休養時間について

ア 勤務協定の宿泊地における休養時間の規定(甲第一号証八六頁。用語は一部改めた。)

Ⅱ 適用

16 休日及び休養

(2) 宿泊地における休養

宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする。ただし、

イ 本協定「適用」第九項に示す連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合は、宿泊地において一二時間の休養をとらず飛行することができる。

ロ マルティプル編成の場合、運航乗員が運航状況、疲労度等について判断し、機長が充分これを配慮して八時間とすることができる。

イ 改定前の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定(甲第三号証二七頁。用語は一部改めた。)

(休日及び休養)

第一六条

2 宿泊地における休養

宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする。ただし、

(1) 第一〇条の連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合は、宿泊地において一二時間の休養をとらずに飛行することができる。

(2) マルティプル編成又はダブル編成の場合、運航乗務員が運航状況、疲労度等について判断し、機長が充分これを配慮して八時間とすることがある。

ウ 改定後の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定(甲第四号証二六頁。用語は一部改めた。)

改定後の本件就業規程では、宿泊地という概念がなくなり、代わり「一連続の乗務に係わる勤務」という概念が規定され、それを前提として、休養について以下のような規定がある。

(休養)

第一六条 一連続の乗務に係わる勤務の前には連続一二時間の休養を予定する。また、休養に先立ち予定する乗務が以下に該当するときは、一二時間の休養時間にそれぞれの時間を加算した休養時間を予定する。

(1) 予定乗務時間が九時間を超え一〇時間以内の場合は六時間

(2) 予定乗務時間が一〇時間を超え一一時間以内の場合は九時間

(3) 予定乗務時間が一一時間を超える場合は一二時間

(4) 予定乗務が出発地の時間で二二時〇〇分から翌日五時〇〇分に当たる場合はその時間

2 前項の定めにかかわらず、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し前項で予定した休養時間が次の一連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は、少なくとも一〇時間の休養を与える。

なお、休養時間が前項で定める予定した時間の一〇/一二に満たなかった場合には、第一七条に定める休日に加えて一日の休日を基地帰着後に与える。ただし、この休日は第一七条第2項第(2)号cによる休日に包含される。

3 第1項ないし第2項の定めにかかわらず、休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が、第一〇条に定める制限時間内であれば、一〇時間の休養をとらず乗務を継続させることができる。

(3) デッドヘッドの際の休養時間について

ア 勤務協定のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第一号証九〇頁。用語は一部改めた。)

Ⅱ 適用

20 DEAD HEADの際の休養

運航乗員が東京より連続して一二時間以上、航空機に便乗する場合、次の乗務に先立ち、少なくとも連続二四時間を与える。

ただし、便乗航空機遅延等、やむをえない場合には当該地到着後連続一八時間を与えた後に乗務することができる。

イ 東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドの際の休養時間に関する覚書(甲第一号証一五三頁)

また、東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドの際の休養時間に関して、昭和四八年七月三一日付けの被告と乗員組合との「覚書」と題する合意文書(以下「東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドに関する覚書」という。)には、「日本航空株式会社と、日本航空運航乗員組合は、日本航空乗員組合とは、「運航乗員の勤務に関する協定書」「適用」第二〇項の規定にかかわらず、TYO-SFO間のDEAD HEADについても次の乗務に先立ち、少なくとも連続二四時間を与えるものとし、便乗運航機の遅延等やむをえない場合には、当該地到着後連続一八時間を与えた後に乗務しうることにつき、合意する。」との記載があった。

ウ 改定前の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第三号証二九頁。用語は一部改めた。)

(連続一二時間以上のDEAD HEADの際の取扱い)

第二〇条 運航乗務員が東京(羽田・成田)から連続して一二時間以上航空機にDEAD HEADする場合、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間を与える。ただし、当該航空機遅延等やむを得ない場合には、当該地到着後連続一八時間を与えた後に乗務させることがある。

エ 改定後の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第四号証二七頁。用語は一部改めた。)

(休養)

第一六条

4 運航乗務員が連続して便乗する場合で勤務時間が一五時間を超える場合は、次の乗務に係わる勤務の前に連続一五時間の休養を予定する。ただし、便乗する便の遅延等やむを得ない場合には、到着後少なくとも一〇時間の休養を与える。

(4) 自宅スタンバイの際の休養時間について

ア 勤務協定のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第一号証九〇頁。用語は一部改めた。)

Ⅱ 適用

21 STAND BY

(1) 国際線

ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはならない。

(2) 国内線

イ 自宅STAND BY

(イ) 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。

(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務についてはならない。

ロ 出社STAND BY

(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を限度とする。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定しなければならない。

(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。

(ハ) STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に遅延が生じた場合においても乗務するものとする。

イ 改定前の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第三号証二九頁。用語は一部改めた。)

(STAND BY)

第二一条

1 国際線

(1) STAND BYは指定された便について行うものとする。

(2) STAND BYは連続する二四時間中は一二時間を限度とし、STAND BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始まり、最後の便の出発予定時刻の四時間後に終了する。

ただし、四時間後の時刻が二四時(日本標準時)を超える場合は二四時に終了するものとする。

(3) STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ、次の乗務につけない。

2 国内線

(1) 自宅STAND BY

a 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。

b STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につけない。

(2) 出社STAND BY

a 出社STAND BYは、指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を限度とする。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定する。

b 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。

c STAND BY中に連絡を受けた時は、STAND BYすべき便に遅延が生じた場合においても乗務するものとする。

ウ 改定後の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第四号証二九頁。用語は一部改めた。)

(STAND BY)

第一九条 自宅STAND BYは連続八時間を限度とし、指定された時刻に始まり指定された時刻に終了する。

なお、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養に包含することができる。

また、連続して予定する場合は四暦日を限度とする。

2 出社STAND BY

指定休養施設におけるSTAND BYをいい、連続八時間を限度とし、指定された時刻に所定の場所に出頭することにより始まり指定された時刻に終了する。

なお、起用にあたっては、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養をとらずに勤務に就かせることができる。また、起用されなかった場合は、終了後一二時間の休養を得た後でなければ次の勤務に就かせることはできない。

(四) 国際線基地帰着後の休日について

(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八六頁。用語は一部改めた。)

勤務協定には国際線基地帰着後の休日に関して、以下の規定があった。

Ⅱ 適用

16 休日及び休養

(3) 基地における休養

ロ 国際線(ジェット機)

(ロ) 基地を離れて国際線に乗務し、基地に帰投した場合は下記の休日を与える。休日に引き続き国際線に乗務する場合、出発前の休養は下記休日に含まれるが、STAND BYは含まれない。

基地を離れた日数 連続

(出発・帰着の日を含む) 休日数

一日又は二日 一日

三日から五日 二日

六日から八日 三日

九日から一一日 四日

一二日から一四 五日

日数計算は勤務時間の開始、又は終了の日を持ってその開始、又は終了とする。

(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二七頁、二八頁。用語は一部改めた。)

(休日及び休養)

第一六条

3 基地における休養

(2) 国際線(ジェット機)

b 基地を離れて国際線に乗務し、基地に帰投した場合は、次の休日を与える。休日に引き続き国際線に乗務する場合、出発前の休養は次の休日に含まれるが、STAND BYは含まれない。別紙「別表9」参照 日数計算は勤務時間の開始又は終了の当日をもってその開始又は終了とする。

(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二七頁、二八頁。用語は一部改めた。)

改定後の本件就業規程には国際線基地帰着後の休日に関して、以下の規定がある。

(休日)

第一七条

2 基地における休日

(2) 国際線

a 基地を離れて国際線に乗務し基地に帰着した場合は、次の休日を与える。別紙「別表10」参照

b 離基地期間中の最大時差が八時間以上の場合は、本号aの休日に連続して一日の休日を与える。

なお、離基地期間中の最大時差とは、離基地期間中の寄港地間の時差及び基地と寄港地間の時差のうち年間最大のものをいう。ただし、その算定にあっては、一二時間を超える時差については、二四時間から当該時差を減じたものとする。

c 離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した1日当たり乗務時間が六時間以上の場合は、本号a及びbの休日に連続して一日の休日を与える。

なお、離基地期間が二日移譲の場合で、その総乗務時間に分単位の端数があるときは一時間単位で切り上げることとする。

(3) 第(1)号及び第(2)号にかかわらず、連続乗務日数又は離基地期間が二日以内の乗務パターン(国際線の場合は最大時差四時間以内)を終えて基地(羽田又は成田)帰着後、一回の乗務パターンを限度として引き続き乗務を予定することがある。

この場合の休日は次のa又はbで定められる休日数のうち多い方を与える。

a 連続勤務期間を通算して離基地期間とみなした場合に第(2)号の規定により基地帰着後付与される連続休日数。

b それぞれの乗務パターンにおいて第(2)号により規定される休日数を合算した日数。

(五) 国内線の連続乗務の制限について

(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八六頁。用語は一部改めた。)

Ⅱ 適用

16 休日及び休養

(3) 基地における休養

イ 国内線(ジェット機)

国内線の乗務は連続三日を限度とし、休日は次のとおりとする。

(イ) 連続二日の乗務を行った後は、少なくとも一日の休日

(ロ) 連続三日の乗務を行った後は、少なくとも二日の休日

(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二七頁から二八頁まで。用語は一部改めた。)

(休日及び休養)

第一六条

3 基地における休養

(1) 国内線(ジェット機)

国内線の乗務は連続三日を限度とし、休日は次のとおりとする。

a 連続二日の乗務を行った後は、少なくとも一日の休日

b 連続三日の乗務を行った後は、少なくとも二日の休日

(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二六頁。用語は一部改めた。)

(乗務に関する日数制限)

第一五条 国内線の乗務は連続五日を限度とする。

(六) 待機(スタンバイ)について

(1) 勤務協定の内容(甲第一号証七八頁、八六頁。用語は一部改めた。)

Ⅰ 定義

8 STAND BY

STAND BYとは乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務に就きうる状態を維持することをいう。

Ⅱ 適用

21 STAND BY

(1) 国際線

イ STAND BYは、指定された便について行うものとする。

ロ STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前より始まり、最後の便の出発時刻の四時間後に終了する。

ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはならない。

(2) 国内線

イ 自宅STAND BY

(イ) 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。

(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務についてはならない。

ロ 出社STAND BY

(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を限度とする。

ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定しなければならない。

(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の勤務についてはならない。

(ハ) STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に遅延が生じた場合においても乗務するものとする。

(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二一頁、二八頁まで。用語は一部改めた。)

改定前の本件就業規程には、スタンバイに関して、以下の規定があった。

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は以下のとおりとする。

(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務に就きうる状態を維持することをいう。

(STAND BY)

第二一条 1 国際線

(1) STAND BYは、指定された便について行うものとする。

(2) STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前より始まり、最後の便の出発時刻の四時間後に終了する。

ただし、四時間後の時間が二四時(日本標準時)を超える場合は二四時に終了するものとする。

(3) STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ、次の乗務につけない。

2 国内線

(1) 自宅STAND BY

a 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。

b 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につけない。

(2) 出社STAND BY

a 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を限度とする。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定する。

b 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。

c STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に遅延が生じた場合においても乗務するものとする。

(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証一九頁、二九頁。用語は一部改めた。)

改定後の本件就業規程には、スタンバイに関して、以下の規定がある。

(定義)

第二条 この規程において用いる主な用語の定義は以下のとおりとする。

(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務に就きうる状態を維持することをいう。

(STAND BY)

第一九条 自宅STAND BYは連続八時間を限度とし、指定された時刻に始まり指定された時刻に終了する。

なお、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養に包含することができる。

また、連続して予定する場合は四暦日を限度とする。

2 出社STAND BY

指定休養施設におけるSTAND BYをいい、連続八時間を限度とし、指定された時刻に所定の場所に出頭することにより始まり指定された時刻に終了する。

なお、起用にあっては、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養をとらずに勤務に就かせることができる。また、起用されなかった場合は、終了後一二時間の休養を得た後でなければ次の勤務に就かせることはできない。

3 起用対象

STAND BY開始時刻以降、当該日の二四時までに開始する勤務とする。

なお、当該日の勤務を指定された時点で当該日のSTAND BYは終了する。

二  争点

1  本訴請求における確認の利益の有無

(一)  提訴後機長に昇格している原告らは確認の利益を有するか。

(二) 本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員になった原告らは確認の利益を有するか。

2  航空機の航行の安全に関する法規制と運航乗務員の労働時間その他の労働条件に関する法規制の関係

(一) 運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全

(二) 運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性

(三) 運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利益変更の合理性

3  本件就業規程の定める勤務基準の内容自体の合理性

(一) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(5) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性

(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基準の内容自体の合理性

(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の内容自体の合理性

4  本件就業規程の変更の必要性の内容及び程度

5  本件就業規程の変更の合理性

(一) 本件就業規程改定に伴う一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(5) 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加の変更の合理性

(6) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の変更の合理性

(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基準の変更の合理性

(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の変更の合理性

(五) 本件就業規程中の休養時間に関する勤務基準の変更の合理性

(六) 本件就業規程中の国際線基地帰着後の休日に関する勤務基準の変更の合理性

(七) 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する勤務基準の変更の合理性

第三  当事者の主張(請求原因等)

一  請求の原因

1  原告らは、被告に雇用され、副操縦士又は航空機関士として勤務している運航乗務員である。

2(一)  被告は、副操縦士及び航空機関士の労働条件の基準(勤務基準)を定める就業規則として本件就業規程を制定し、平成五年一〇月二二日にこれを改定し、同年一一月一日施行した。

(二)  この改定後の本件就業規程は、一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準(シングル編成による予定着陸回数が一回から四回までの各場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準並びにマルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準)、月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準、一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基準、国内線連続乗務日数に関する勤務基準、休養時間に関する勤務基準、国際線基地帰着後の休日に関する勤務基準並びに待機(スタンバイ)に関する勤務基準について、第二、一、5のとおりに定めている。

(三)  被告は、改定後の本件就業規程の規定が原告らに適用されると主張している。

3(一)  勤務協定及び改定前の本件就業規程は、2(二)の各点につき第二、一、5のとおりに勤務基準を定めていた。

(二)  原告らの前記各点についての勤務基準は第二、一、5のとおりである。

4(一)  乗務時間制限及び勤務時間制限をはじめとする前記各点についての勤務基準は、運航の安全、運航乗務員の生命、身体の安全にかかわるものである。

(二)  したがって、被告は改定後の本件就業規程の規定中前記各点についての勤務基準を定める部分について安全性の合理的根拠を主張立証することを要する。

5(一)  本件就業規程の改定による前記各点についての勤務基準の変更は、従前の労働条件を不利益に変更するものである。不利益の具体的内容は第四のとおりである。

(二)  したがって、被告は本件就業規程の変更の必要性及び内容自体の合理性を主張立証し、原告らが受ける不利益性を考慮してもなお本件就業規程の変更に合理性があるということができなければならない。

6  よって、原告らは、前記各点について、第一、一から七までのとおり、改定後の本件就業規程が定めている勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めるとともに、勤務基準の内容の確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実のうち、原告G、原告M、原告R、原告Y及び原告a(以下「原告G外四名」という。)が副操縦士であることは否認し、その余の事実は認める。右原告五名は本件訴訟提起当時は副操縦士であったが、その後機長に昇格している。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。(三)の事実のうち、被告が、原告G外四名に本件就業規程の規定が適用されると主張していることは否認し、その余の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実は認める。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

4  同4の主張は争う。

5(一)  本件就業規程の変更により原告らのうちに一部不利益を受ける者がいることは否定はしないが、本件就業規程の変更による勤務基準の変更内容は一様ではなく、不利益の内容とその性質を的確に認識する必要がある。これらの点は第四において主張する。

6  同6は争う。

三  抗弁

被告は、平成三年以降、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的な競争力を強化するために、抜本的な企業構造の改革を行わなければならず、本件就業規程の変更を行わなければならない差し迫った高度の必要性があった。本件就業規程の変更によって一部労働負荷の増加が生じたが、それに見合うだけのコスト削減が実現されているから、本件就業規程変更の合理性が認められる。詳細は第四において主張するとおりである。

四  抗弁に対する認否

第四において主張するとおりである。

第四  当事者の主張(争点に関する主張)

一  確認の利益の有無について

1  確認の利益についての総論的主張

(一) 原告らの主張

原告らは、本件就業規程の変更後、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務」から「確認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載のとおり、各請求に該当する具体的勤務を命じられており、各請求に該当する乗務及び勤務の義務がないことの確認を求める利益がある。

(二) 被告の主張

原告らの右主張は争う。

2  変更前の勤務条件では実施できなかった乗務のうち争いのあるものについて

(一) 二名編成機導入後の取扱いについて

(1) 原告らの主張

昭和六〇年の二名編成機の導入において、勤務協定上の「定義」は変更されなかったが、労使の認識としては、シングル編成、マルティプル編成を問わず、二名編成機に乗務する組合員についても勤務協定の内容が適用されてきた。

このことは、勤務協定の制限時間を超えた勤務が発生した場合、組合の請求に対して会社から提出された報告書(甲第六号証の一ないし三)の中でも、これらB七六七型機やB七四七-四〇〇型機の二名編成機についても、「結果として協定上の制限を超えることとなりました」と報告していることからも、明らかである。

(2) 被告の主張

前記のとおり、昭和六〇年ボーイング七六七型機を導入する際に被告は組合に対して協定の改定を申し入れたが合意が得られなかったので、本件就業規程のシングル編成の定義(第二条9)が改められた同年一一月一日以後、二名編成機については本件就業規程のみに基づいて業務指示をしてきた。

3  原告らがこれまでに命じられたことのない勤務について

(一) 原告らの主張

原告ら運航乗務員が特定路線の乗務を含む勤務を命じられるには、当該乗務員の乗務機種がその路線を飛んでいること、乗員がその路線にかかわる空港について空港経験を有していることが必要である。

運航乗務員は、機種ごとにその運航のための免許を必要とする(パイロットの技能証明は航空機の種類につき限定されている。)が、被告の運航乗務員は、安全上の観点から、複数機種の免許を有していても同時期には複数機種の乗務をせず、単一機種の乗務を行うことになっている。また、被告の運航乗務員は、乗務機種ごとに「太平洋路線室」、「ヨーロッパ路線室」等に分類された「室」に所属しており、その「室」ごとに担当する路線群が分かれている。

現在、被告が就航している路線は七種類の航空機によって運航されており、定期便については路線室ごとに担当機種が決められているが、その路線は必ずその航空機のみで運航するということではなく、例えば、旅客が多いための増便や機材の故障による代航の場合には、担当機種と異なる機種で運航することがある。機種にはそれぞれ航続距離、離着陸性能上の特性があるため、すべての機種がすべての路線を運航できるわけではないが、例えば、B七四七型機とB七四七-四〇〇型機は異なる機種であっても、ほぼ同等の性能を有しており、相互に代航が行われている。

また、機種ごとの担当する路線も、被告の運航計画により入れ替わりがある。

空港資格については、被告の制度としては、二時間程度の教育を行うことで三年間有効な資格自体を取得することができ、実際に乗務を行えば、その日からさらに三年間有効とされている。なお、この空港資格は航空機関士には求められていない。

各請求に該当する乗務及び勤務が発生するか否かは、路線及び勤務パターンの組み方による。定期便の勤務において、特定の運航乗務員にどのような制限超過勤務が発生するかは、その乗員の職種、乗務機種、所属する路線室と大きな関連をもち、過去の原告の有している経験には、ある程度の片寄りが見られる。これは、前述のように各原告の有している機種の資格、空港経験によって、また、その担当している機材がどの路線に使われているかによって、担当する乗務が定まっていることによるものである。

原告らが所属する路線室は二年程度で被告の判断により異動が行われる。更に、乗務する機種は、三年から五年程度で被告の指示により移行が行われるのが通常である。

原告らは、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務」から「確認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載のとおり、各請求に該当する具体的勤務を命じられているが、これまでまだ発生していない勤務であっても、他の路線についての増便や代航便への勤務を命じられる可能性は常に存在するし、また、被告による路線担当機種の変更、各原告の乗務機種の変更、他の路線室への異動、更には被告の運航計画の変更などにより、変更後の本件就業規程により組むことができる乗務はすべて、今後、被告から命じられる可能性が具体的に存する。

二  本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員になった原告らと確認の利益について

1  被告の主張

本件就業規程の変更当時運航乗務員訓練生で、その後に運航乗務員となった原告らについては、その運航乗務員としての労働契約の内容は、最初から変更後の本件就業規程に定める勤務基準によって規律されるのであり、労働条件に関する労働契約内容の変更は全くなく、被告の現行勤務基準に基づく勤務指示に従う義務がないとする根拠は存しない。

運航乗務員訓練生採用確認書は、「訓練期間中…(の)賃金、労働時間その他の労働条件」について定めるほか、「運航乗務員として勤務を開始した後の賃金、労働時間その他の労働条件」についても、被告の定める諸規則による旨を定めているが、運航乗務員訓練生としての採用時に被告から本件就業規程の交付を受けたということをもって、訓練生当時には全く適用されない本件就業規程に定められている勤務基準が当初から労働契約の内容になっているというのは、合理的解釈とは言い難い。

訓練生として採用された者が運航乗務員となるためには、航空法上の操縦士又は航空機関士資格を取得し、さらに被告の定める要件を具備して副操縦士又は航空機関士として発令されることが必要であり、当然に皆が資格審査に合格して運航乗務員として勤務するものではない。訓練生→副操縦士→機長、又は訓練生→航空機関士という昇格過程は、それがほぼ確定した過程であるとはいえない。例えば昭和六一年以降平成五年までの間の自社養成訓練生の実績を見ても、約五パーセントは運航乗務員になれなかった。副操縦士から機長への昇格についても同様であり、機長養成訓練を受けて航空法上の資格を取得し、さらに被告の定める要件を具備して発令されることが必要であるが、定められた訓練期間内に訓練を消化することができず訓練を中断せざるを得なかった者が平成一〇年四月現在で四三名に上る。また、本件就業規程の内容も固定不変のものではない。このように、訓練生が運航乗務員になることにも、またその時点における就業規程の内容にもそれぞれに不確定要素があることを併せ考えれば、適用されないうちからその就業規程の内容を労働契約の内容としなければならない必然性は全く認められない。

勤務協定は、適用の対象とする「運航乗員」とは「会社が任命する機長、副操縦士、航空士、航空機関士及びセカンド・オフィサーをいう」と定義しており、運航乗務員訓練生はその適用対象外である。

「訓練教官等の勤務に関する協定書」(昭和四八年四月二四日失効したが、同年七月三一日付け覚書により、労使慣行として尊重し適用することが合意された。)においても、同協定にいう訓練生とは「会社が任命した機長、副操縦士、航空士及び航空機関士であって、会社の指令により訓練部において教育訓練を受けるものを言う。」と定義されている。

また、原告らの主張からすれば、「採用確認書」と併わせて交付された「ひと揃い」の規程類に含まれている「管理職運航乗務員就業規程」の内容も運航乗務員訓練生の労働契約内容になっていることにならざるをえないが、その荒唐無稽さは明らかであり、これを否定するというならば、本件就業規程についても同様に解さなければ論旨が一貫しない。

なお、訓練生が、営業路線上航行する旅客が搭乗し、貨物が搭載された航空機に搭乗するのは、約四年間の訓練過程のうち最終段階の約七カ月であり、しかも訓練生は無資格者であるから編成外である。

以上によれば、本件就業規程に定める勤務基準が労働契約の内容になるのは、当該運航乗務員訓練生が一般職運航乗務員として発令され勤務を開始する時点においてであるから、その時点で有効な本件就業規程によって規律されると解するのが、契約当事者の合理的意思解釈というべきである。

2  原告らの主張

被告は、運航乗務員を自社養成することを基本としているから、運航乗務員を採用するには、まず、運航乗務員(操縦士若しくは航空機関士)訓練生として採用する。

採用後、操縦士の場合、おおむね三年間の基礎訓練過程及びおおむね二年間の副操縦士昇格訓練を受け、副操縦士資格試験に合格した後、副操縦士として乗務する。副操縦士はおおむね一〇年間の乗務の後、機長昇格訓練(おおむね一年)・機長昇格試験を経て、機長として乗務する。航空機関士の場合、おおむね一年間の基礎訓練過程及びおおむね一年間の航空機関士昇格訓練を受け、航空機関士資格試験に合格した後、航空機関士として乗務する。その後、管理職として発令された後は管理職航空機関士として乗務する。操縦士の場合の機長昇格訓練・資格試験に相当する過程はない。

運航乗務員訓練生とは、右の基礎訓練過程から副操縦士(又は航空機関士)昇格訓練及び副操縦士(又は航空機関士)資格試験に合格するまでの期間を言う。基礎訓練過程では、入社教育、地上業務実習を経て、事業用操縦士(又は航空機関士)資格取得を中心とする基礎訓練を行う。副操縦士(又は航空機関士)昇格訓練では、大型旅客機の副操縦士(又は航空機関士)の資格取得のための訓練を行う。この期間、訓練生は、訓練のため、営業路線上航行する旅客が搭乗し又は貨物が搭載された航空機に搭乗し、資格を持った運航乗務員とともに実際に運航する。

右の訓練生から副操縦士(又は航空機関士)・機長(又は管理職航空機関士)の資格を取得し乗務を開始する過程において、副操縦士(又は航空機関士)・機長(又は管理職航空機関士)としての新たな採用行為(採用契約)があるのではなく、また職種が変更されるわけでもなく、これらの過程はいわゆる昇格であって、会社から発令行為があるだけである。

ちなみに被告の賃金規程上も、運航乗務員訓練生及び運航乗務員(副操縦士・航空機関士)の二者が同じ類型に区分されている。

被告においては、訓練生→副操縦士→機長、又は訓練生→航空機関士という昇格過程は、それがほぼ確定した過程である。とりわけ、訓練生で副操縦士(又は航空機関士)資格試験を受験しこれに合格しない者はほとんど皆無である。副操縦士で機長に昇格しない者も極めて僅少である。

運航乗務員訓練生が採用される場合、会社との間で締結される労働契約は、以上の運航乗務員自社養成の方針に見合った内容となっている。

また、運航乗務員訓練生が採用される際に交付される運航乗務員訓練生採用確認書、本件就業規程、運航乗務員訓練・審査就業規程、管理職運航乗務員就業規程、運航乗務員訓練生就業規程は、被告の就業規則と一体となるものであり、訓練生として採用された者が、被告から交付された採用当時有効であった「就業規則」「本件就業規程」「運航乗務員訓練・審査就業規程」「管理職運航乗務員就業規程」「運航乗務員訓練生就業規程」の労働条件は、それぞれ「運航乗務員訓練生採用確認書」が示す、訓練期間における労働条件及び運航乗務員として勤務を開始した後の労働条件として、具体的に明示されたものであり(労働基準法第一五条第一項)、いずれもその労働契約の内容となった事項である。

さらに、会社乗員組合に加入した者は、その時点からその当時有効であった同組合と会社とが締結した労働協約が適用され、労働条件に関する協約の内容は、その者の労働契約の内容となっている。

以上によれば、平成五年一一月一日以前に効力のあった旧勤務協定及び本件就業規程に定める運航乗務員としての勤務基準は、各原告が運航乗務員訓練生として採用された当初から、労働契約の内容となっていたものである。

三  就業規則の変更の有効性判断についての法的主張

1  原告らの主張

本件就業規程の変更は、運航乗務員の労働条件を不利益に変更するものであり、運航の安全性を低下させる。運航の安全性の低下は乗客のみならず、航空機に乗務する原告ら運航乗務員にとってもその生命の危険につながる重大問題であるから、運航の安全性の低下は航空労働者が受ける不利益そのものである。安全性の低下によって原告らが受ける直接的、かつ、深刻な不利益は、使用者にとっての経済活動上の必要性の程度をはるかに凌駕する。

運航乗務員の労働条件の不利益変更は航空機の安全の低下に直結する問題であり、また、運航の安全性の維持向上は航空会社の社会的使命である以上、安全性の検討は勤務条件の改定の際の最優先の必要条件である。

運航乗務員の労働条件の不利益変更について検討するに際しても、安全性の確保は合理性の検討以前の前提となる問題である。安全性の低下が危ぶまれるような労働条件の変更は、合理性について検討するまでもなく認められるべきではない。国民の足として多大な公共性を有する航空会社の労働条件変更問題として自明の理といえる。

例外的に不利益変更が認められる場合があるとしても、従前の就業規則に定められた労働条件は原告らの労働契約の内容になっていたのであるから、不利益変更の可否には多数の労働者が変更に同意しているか否かが重要であり、多数従業員が変更に反対しているときには、事業経営上の必要性が極めて高度で、かつ、従業員の不利益が僅少であって、多数従業員の反対に合理的理由が認められないという変更でない限り、拘束力は認められないと考えられるべきである(菅野労働法(第四版)一〇六頁)。

本件では、航空運送という何よりも運航の安全の確保を最優先の課題とされる業務の特性から、運航に係わる乗務員の同意は、この安全性確保の上でも極めて重要な要素である。

今回の労働条件の変更については、乗員組合に所属する一般職乗務員はもとより管理職乗務員の組合である機長組合、先任航空機関士組合に所属する運航乗務員、すなわち運航乗務員のほぼ一〇〇パーセントが反対している。したがって、不利益変更を認めうる例外的な場合であるか否かを判断するとしても、被告が引用するような諸要素を検討するに当たっては、その「変更の必要性」については高度なものが、また「従業員の不利益性」は僅少であることが必要であるばかりか、「変更の社会的相当性」についても極めて高度なものが要求されるべきである。

本件の「変更の内容」についてはその不利益性が極めて大きい。同業他社における労働条件との比較においても、原告らの労働条件は世界の最低レベルにある。

運航乗務員の労働条件の低下が航空機の運航の安全の低下に直結する問題であり、したがって、乗務員の乗務割は乗務員の疲労により航空機の運航の安全を害することのないように作成されることを要するとされていることからすれば、本件労働条件の不利益変更については、原告ら運航乗務員の乗務割の作成に責任を負う被告こそが、この不利益変更による乗務員の疲労の増加が航空機運航の安全を低下させるものではないことを主張立証しなければならない。

本件労働条件の改悪は、乗務時間の延長(例えばシングル編成で九時間を一一時間に延長)一つとってみても、運航乗務員に多大な疲労の増加・蓄積を強いるものであることは明らかである。被告は、こうした疲労の増加・蓄積が航空機の運航の安全低下をもたらすものでないことを主張立証しなければならないし、そうした主張立証がなされないならば、本件労働条件の不利益変更は無効とされなければならない。

被告は、安全性の問題を、消極的チェック項目の一つの要素として論じようとしており、また、「運航の安全性の低下如何は、労働者が受ける不利益とは別個の問題」としているが、これは明らかな論理のすり替えといわざるを得ない。

被告の主張は、運航の安全性こそを最優先の大前提として考えねばならない航空運送業の特殊性を無視し、運航の安全を一般的な「社会的相当性」の範ちゅうに組み入れることによって、「補完的な判断基準」としようとするものといわざるを得ない。被告の主張は安全性論議を矮小化しようとするものであり、到底是認できない。運航の安全性の低下が乗員乗客の生命を奪う事故に直結する航空産業において、安全性の評価が補完的な判断基準、すなわち被告が引用する「消極的なチェック項目」(菅野和夫 諏訪康夫「判例で学ぶ雇用関係の法理」)であろうはずがない。安全性の保持は、合理性判断以前の大前提である。

2  被告の主張

(一) 本件就業規程の変更の有効性について

本件就業規程の変更の有効性は、確立した最高裁判所の判例が判示している、就業規則の不利益変更の要件としての合理性の判断枠組みによって判断されるべきである。被告は、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的な競争力を強化するために、本件就業規程を変更した。本件就業規程の変更によって一部労働負荷の増加が生じたが、それに見合うだけのコスト削減が実現されているから、本件就業規程変更の合理性が認められる。

(二) 本件就業規程の定める勤務基準(特に乗務時間制限及び勤務時間制限)と航空機の航行の安全性との関係について

(1) 運航に関する安全基準は、その時点における知見を基とした社会通念に照らして多くの人々に納得される安全確保のための基準であり、労働の量、密度が一定限度を超えた場合には運航乗務員の疲労が運航の安全を阻害する危険があるという意味での限界を定めているものであり、その基準を守っていれば事故の発生が完全に防止されるというものではない。右に述べた正しい意味での運航に関する安全基準は、運航規程が乗務時間及び勤務時間の基準と休養の基準について定めている。運航規程が定める右基準は、平成二年技術部長通達並びに経験及び実績に照らして適正な内容のものである。本件就業規程の定める勤務基準は、本来的には労働条件であり、運航乗務員に対して運航の安全を阻害するような過度の疲労をもたらす内容であるか否かという点において運航の安全性に関係するが、運航規程の基準の内側に定められており、何ら安全基準に反するものではない。

(2) 本件就業規程の定める勤務基準(特に乗務時間制限及び勤務時間制限)は、最高裁判所の判例が判示している、就業規則の不利益変更の要件としての合理性の要素である社会的相当性を備えているか否かという観点から検討されるべきである。

被告は、諸外国の基準や内外他社の基準等に関する資料の収集に努めてきた。それが昭和六一年三月作成の「欧州航空各社の勤務条件調査報告」(乙第一〇四号証)であり、昭和六二年三月二六日付け「運航乗員の勤務についての他社比較」(乙第一〇五号証)、平成元年一二月四日乗員組合に提示した外国他社の勤務基準比較資料(甲第七九号証)、平成五年一〇月一九日付けで乗員組合に提示した全日空等各社の乗務時間・勤務時間制限内容比較資料(甲第五七号証)等である。現在の諸外国の基準や他社の基準については乙第一五八号証及び第一五九号証によって把握できる。

本件の最大の争点であるシングル編成による二名編成機での予定着陸回数一回の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限についていうならば、三名編成機と二名編成機とで区別しない国が多数である。その区別をしている国は米国と英国だけである。三名編成機についての本件就業規程の基準は、オーストラリア以外の他国の基準の範囲内かあるいはほぼ同程度である。二名編成機については、米国とオーストラリア以外の大多数の国と比較すれば、右と同様のことがいえる。また、各航空会社の基準と比較すると、本件就業規程の基準は、三名編成機については他社の基準の範囲内ないし同等程度となっている。二名編成機については、たしかに、本件就業規程の基準と同等程度の乗務時間制限によって運航している航空会社は少ないが、被告や全日空は、国際線の中でも太平洋路線や欧州路線を主要な路線とせざるを得ない地理的環境下にある。また、新世代二名編成機のワークロードの大幅軽減の実態、安全性の向上等を総合的に考慮すれば、二名編成機についても三名編成機と同様の乗務時間制限及び勤務時間制限をもって運航することが社会的相当性を欠くものとは考えられない。

(三) 労働協約の締結によって獲得された労働条件は労働協約の失効によって消失する。

原告らの航空機の乗務にかかわる労働条件は、本件就業規程の変更以前は、勤務協定によって規律されていたが、勤務協定は適法に解約されたのであるから、当該労働条件に関する基準の効力も失効したことは明らかである。本件就業規程の変更はこの勤務協定の失効に伴う新たな労働条件の設定であって、単純に就業規則の不利益変更として論じ得ないものである。本件就業規程等は、労働基準法九三条に定める効力を有し、したがってその変更の効力も協約のそれとは別個に判断すべきであると一応いい得るものの、原告らの勤務に関する基準が実質的には前記勤務協定等により規律され、労使も勤務協定等が実質的な規範であるとの認識を有していたことからすれば(現に原告らも、旧協定と変更後の本件就業規程を比較して不利益を論じている)、本件就業規程等の変更の合理性を判断する上でその淵源となった協定等が正当な手続を踏んで解約されたこと及びその解約の理由は無視できない。

仮に、形式的に就業規則の不利益変更に該当するとした場合、本件就業規程の変更は改定前の本件就業規程に照らすと原告ら労働者にとって不利益な変更を一部含むものであるが、本件就業規程の変更は、「その必要性及び内容の両面から見て、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお、当該労使関係における当該条項の法規範性を是認できるだけの合理性を有するもの」(大曲農協事件・最高裁判所昭和六三年二月一六日判決)である。本件就業規程の変更は、原告らが運航乗務員という高度の技術的労務に従事し、その故に世間水準に比較して高い労働条件が保障されるべきことを考慮にいれても、その必要性及び内容の面からみて当該条項の法的規範性を十分に是認できるだけの合理的内容を有するものであり、原告らがこれに同意しないからといって、その適用を免れることはできない。

ところで、判例上確立された就業規則不利益変更の合理性判断基準は、「当該変更の内容(不利益の程度・内容)と、変更の必要性との比較衡量を基本とし、不利益の程度・内容の酌量において変更との関連で行われた労働条件の改善の有無・内容を十分に考慮に入れると共に、変更の社会的相当性や、労働組合との交渉経過、他の従業員の態度などをも勘案しているといえる」とされ(菅野和夫「労働法(第四版)」一〇六頁)、そのような合理性判断基準の考え方を前提とすべきである。

原告らは、不利益の程度が極めて大きい旨を主張するけれども少しも明確な主張にならず、そのため、主張の力点を不利益の程度から勤務基準の変更の性質に移して、その勤務条件の不利益変更により疲労が蓄積しあるいは疲労回復が阻害され、その結果として運航の安全が損なわれる旨を強調している。

航空運送事業者にとって運航の安全確保は至上命題である。被告は、路線構成の変化とか機材性能の向上とかというものに合った、より合理的な勤務基準をつくろうという観点と、人的生産性を向上させようという二つの観点から勤務基準改定の検討を進めたが、その際、その変更内容が運航の安全を低下させることがないかどうかをも視野において検討を重ねたことはいうまでもない。

しかし、そうだからといって、やみくもに安全性論議を重ねるべきものとは考えない。本件は、原告らが取り上げる勤務基準改定部分の合理性が争われているのであるから、安全性低下論議が合理性判断基準の中でどういう位置づけを与えられるものであるかを的確に見極め、合理性判断に結びつく必要かつ十分な論議が行われるべきである。

勤務基準の変更によって、どれだけ運航乗務員の疲労が蓄積されるか、あるいは疲労回復が妨げられてどれだけ健康保持に影響を生じるかは不利益の内容・程度の問題であるが、運航の安全性低下いかんは、労働者が受ける不利益とは別個の問題である。

しかし、航空運送事業者にとっての運航の安全確保の意義からして、その勤務基準の変更が運航の安全性を損なうものであるとすれば、その変更は社会的に容認されないことになる。すなわち、そのような変更は社会的相当性を欠くものと評価されることになろう。ただ、合理性判断においては、使用者にとっての必要性の程度と労働者にとっての不利益性の程度・内容(変更の内容)の比較衡量こそが最も重要であり、変更内容の社会的相当性はいわば補完的な判断基準というべきものである。これを図式的にいえば、変更の必要性の程度が高く、不利益性の程度が低ければ、変更の合理性が容易に認められ、その反対は合理性が否定されることになり、両者が均衡しているときに諸般の事情の一つとして変更内容の社会的相当性も勘案されることになる。

本件勤務基準変更の必要性は極めて高く、これに対して不利益性は仮に生じたとしても、その程度は決して大きいといえない。

社会的相当性という判断要素については、「理論的に言えば、社会的相当性自体があっても、当該企業にとって必要性もないのに就業規則変更が行われた場合、そのときにもなお変更に合理性があるとは言わないでしょう。そうではなくて、当該企業にとって必要性、合理性があると判断をしたときに、それが社会的に見てなおかつ相当性があるかどうかを考慮するのだと思います。そして相当性がなければ、不利益変更の効力がないと見られる可能性が出てくる。そういう消極的なチェック項目ではないかと思います。」(菅野和夫、諏訪康雄「判例で学ぶ雇用関係の法理」四七頁)という有力な学説がある。

社会的相当性の観点から安全性を論ずるにしても、本件就業規程の変更のすべてにわたって安全性を論ずる必要はない。本件では、原告らが合理性を否定する勤務基準の変更部分の効力が争われているから、原告らが争っている変更部分が何ら運航の安全性を低下させたり損ねたりするものではないことを明らかにすることをもって足りる。

四  本件就業規程変更の必要性の内容及び程度について

1  被告の主張

(一) 被告の業績の悪化、航空業界の状況に照らした本件就業規程変更の必要性

被告は、以下に述べるとおり、平成三年以降、その業績が非常に悪化したことにより、本件就業規程の変更当時、コスト競争力を強化して赤字体質を克服し、業績を長期的に安定させ、企業を存続させ、雇用を維持し、さらに航空業界をめぐる状況の変化に対応するために、抜本的な企業構造の改革を行わなければならなかったのであり、本件就業規程の変更を行わなければならない差し迫った高度の必要性があった。

(1) 平成三年以降の業績悪化の状況及びその原因

昭和五九年度以降、平成二年ころまでの被告の業績は、好調な経済に支えられた未曾有の旺盛な需要の伸びと原油価格の下落などの好材料に支えられて順調に推移しており、当時、政府機関をはじめ各種の経済研究機関は、平成元年度以降も我が国のGNPについて毎年およそ三ないし五パーセント内外の伸びを想定しており、被告は、航空需要もこれに伴って増加していくものと予測していた。

しかし、この間、円高やこれに伴う外国他社の大規模な国際線参入などにより、日本発着国際線の被告の供給シェアは昭和六一年度に32.1パーセントだったものが三年後の平成元年度には26.4パーセントにまで落ち込んだ。また、円高によって、自国通貨建ての割合の大きい人件費においてコスト競争力が顕著に低下し、これを一人当たり人件費で比較すると昭和五九年度においては米国他社より一割程度低位に位置していたものが平成元年度には四ないし五割高位に位置するという世界的にみても突出した状況となり、被告の競争力は著しく低下してきていた。

平成二年度競争力の低下傾向はさらに強まり、総需要が国際旅客で四パーセントの増加を示したのに対し、被告の有償旅客キロ(RPK、有償搭乗旅客数に大圏距離を乗じたもの)は逆に3.5パーセントも低下し、前記国際線供給シェアも二四パーセントにまで低落した。

そして、平成三年ころ、旧ソ連邦の崩壊や東欧諸国の政治経済的混迷を迎える中で世界経済は低迷を深め、それらの状況は世界の航空需要に多大な影響を与えた。特に国際線における状況は世界的に深刻であり、平成三年度の有償旅客キロ(RPK)はICAO発足以来(第二次大戦後)初めて対前年度マイナス3.7パーセントを記録し、世界の主要国際線航空会社はおしなべて赤字に苦しむこととなった。

この状況は日本に関しても例外ではなく、個人消費と民間設備投資の減退は景気減速の度を強め、いわゆるバブルの崩壊をもたらすことになり、湾岸戦争による国際旅客需要の低迷は、その終結後順調に回復すると予測されていたのが伸び悩むこととなった。特に国際線ビジネス旅客と日本発国際貨物の落ち込みは甚大であって、これらの大幅な減収などにより平成三年度の営業収益は前年対比0.4パーセント滅、羽田沖事故があった昭和五七年度決算以来始めて営業損益の赤字が一二九億円も生じ、経常損失は六〇億円となり、昭和六二年の完全民営化後初めての経常損失となった。しかも当時の経済状況から、営業収益の増加は簡単には期待できないと考えられたが、営業収益の落ち込みは予想以上で、翌平成四年度には営業損失が四八一億円、経常損失が五三八億円というオイルショック時の赤字幅を大幅に上回る創業以来最も巨額の赤字を出し、またその翌年も連続して巨額な営業損失および経常損失を計上せざるをえなかった。被告において、平成二年度以前でも営業損益の赤字を出したことは第一次、第二次の各オイルショック時、羽田沖事故の直後と三回あるが、いずれも短期に業績が回復していた。平成三年度以降のように巨額の赤字が連続するのは極めて重大な危機的状況といわなければならなかった。

(2) 営業収入の減少及びその原因

被告における売上げの内訳は、国際線の旅客収入・貨物収入が営業収入全体の六五パーセントを占め、国内線が二五パーセント、手荷物収入・郵便収入・付帯事業収入等が残りの一〇パーセントに当たり、被告にとっては国際線収入の動向が極めて重要な意味を持つものである。

ところが、昭和五五年以降右肩上がりで順調に伸びてきた被告の国際線収入は、平成二年以降一転して顕著な下降傾向を示し、平成二年度は2.7パーセントとそれまでより鈍化したものの、なお対前年度の伸びを見せたが、平成三年度になると対前年度マイナス比となり、以後平成五年度まで対前年度マイナス11.0パーセント、マイナス7.1パーセントとマイナス比を続けた。この収入の落ち込みは必ずしも旅客数の減少によるものといえない。旅客数については昭和六〇年以降には高い伸びを示し、それが平成二年以降は低迷傾向を示すものの、平成五年度、平成六年度には昭和五五年以降当時より多いだけでなく、最も高い営業収入水準に達した平成二年度、平成三年度よりも大幅に増加している。ところが、収入の方は落ち込んだままで回復していない。平成二年度と対比してみると、平成五年度は旅客数は一〇八パーセントと増えているが、収入は八三パーセントに過ぎなく、平成六年度に至っては旅客数は一二〇パーセントにまで増加しているのに収入は九〇パーセント程度にとどまっている。

このように旅客数が増加したにもかかわらず、それが収入の増加に結びつかないのは、価格に問題があるためであり、収入を有償旅客キロ(PPK)若しくは有償トンキロ(RTK、有償の搭載物(旅客、貨物等)の重量に大圏距離を乗じたもの)で除したイールド(単位当たり収入を示し、需要規模の指標となる。)の推移からも明らかである。被告の国際線における昭和六一年から平成六年に至る間のイールドの推移をみると、旅客、貨物ともに平成二年をピークとして以降急激に下降し、旅客の平成六年度イールドは平成二年度に比しマイナス二八パーセントとなっている(同様に貨物はマイナス三〇パーセント)。イールドが三割低下するということは同じ旅客数、貨物量だった場合の収入が三割低下するということであり、平成二年度の国際線収入が七二五〇億円だったから、二一〇〇億円の収入減という計算になる(現実には旅客数、貨物量ともに増加しているので、約九七〇億円の減少にとどまった。)。コストが年々増加傾向にある中でこのような大幅なイールドの低下は、被告にとってその存亡にかかわる重大な影響をもたらすものである。

こうしたイールドの低下原因は、①消費者の低価格志向、②ファーストクラス、ビジネスクラス等高額商品の需要の減少、③価格競争の激化―需要と供給のギャップと円高の三点にある。

すなわち、平成三年以降の需要の低迷により空席を抱えた各航空会社は、価格政策を大きく転換させ、低価格を全面に押し出して需要の喚起とシェアの維持に努めたが、特に外国航空会社は、この間も進行する円高によって一層の価格値下げ余力を獲得し、市場で激しい価格攻勢を続け、これらにより市場では海外旅行の低価格での「値頃感」が定着し、需要の減退とともに一人当たりの運賃単価も低下した。また、景気回復が遅れる中で各企業は出張、渡航費用の削減に努めたため、運賃単価の高いファーストクラスやビジネスクラスの旅客は大幅に減少した。

しかも、これらの低下原因は一過性とは言い得ないものであった。なぜならば、航空輸送は完全に日常の交通手段になっており、低価格志向という一般的な消費行動の埒外でありえないし、羽田空港沖合展開、関西空港建設、成田空港二期工事(以下「三大プロジェクト」という。)が完成すると、外国航空会社の乗り入れ急増と航空運賃を含めた規制緩和の進展等から、価格競争の激化は必至だからである。

(3) 営業外収支の悪化

航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、その借入金に対する支払金利が巨額の営業外損失となるという構造的体質を持っている。被告は、平成元年度まで毎年二〇〇億円台の巨額の営業外損失を計上しているが、その大部分は金融収支の損失であり、航空機の売却等で営業外収益を計上できる場合にその赤字幅が小さくなったり、黒字に転化したりしてきた。平成二年度、平成三年度では受取利息及び配当金が三四五億円、三〇一億円と膨れ上がっていたため、営業外損失も小幅の赤字ないし黒字になっていたが、平成四年度以降では受取利息および配当金が半減する一方、支払利息は四〇〇億円台から四七〇億円台と急増し、金融収支は二六〇億円台から三五〇億円台の赤字となり、平成四年度に所有株式の売却等により二六〇億円の営業外収益を、平成五年度に二六六億円の航空機材売却益をそれぞれ計上して、営業外損益を五七億円の赤字ないし三一億円の黒字に戻したという実情であった。したがって、平成四年度の経常損失は五三八億円となっているが、実質の赤字は八〇〇億円に近いものであった。

このように資産売却等の決算対応をしない限り、営業外損失を埋めうる程度に営業利益を挙げなければならないという収支構造は、他の航空会社も被告と全く同様である。

(4) 経営状況の悪化に対して被告の行った対策

被告は、平成四年二月に「九二―九六年度展望と九二―九三年度事業計画」と題する中期展望と事業計画を発表した。これは、平成三年度において、湾岸戦争により需要が低迷する中、被告の企業競争力の低下傾向が強まり、一人当たり生産量(ATK生産性)、販売量が前年度比でマイナスを記録するとともに国際線旅客便の供給シェアが昭和六二年の三四パーセントから二四パーセントに低下したこと、この航空会社を取り巻く環境の厳しさはなお引き続くと予測されたことから、ブレークイーブン(損益分岐利用率)が高い赤字体質(高B/E体質)から脱却し、コスト競争力を高めることを最重要経営課題の一つに掲げ、社長を委員長とする構造改革委員会を設置して収益の極大化、徹底したコストの削減等に取り組んでいくこととした。

被告は、右事業計画に従い、平成四年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改革委員会」を設置し、同年六月一日、構造改革委員会は検討を重ねた結果を構造改革委員会報告にまとめて発表した。その内容は、構造改革の目標を低ブレークイーブン体制の構築に置き、①国内線の充実など事業運営体制の再構築、②路線の再編成など生産面の改革、③人件費効率の向上などコスト構造改革、④イールドの向上など販売構造改革、⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等、コスト競争力の強化を最重要課題とするものであった。本件に関わりのあるコスト構造の改革においては、投資の見直し、人件費効率の向上、コストの外貨化が主要構造改革項目と定められ、そのうち人件費効率の向上に関しては人員効率の向上と単価水準の一層の適正化を図る施策を講じるものとされた。

被告は、同年以降右施策に従い、シアトルへの乗り入れ休止、パリ直行便の増便等を内容とする国際線路線の再編成、国内線の路線拡充、運航委託など運航形態の多様化等収入増強策及びコスト競争力の強化に着手するとともに営業費用の削滅についても努力した結果、前期比4.0パーセント滅の一兆八二〇億円に抑制するなどしたが、前記低価格指向などによる収入の低下はいかんともし難く、同年度の損益は五三八億円の未曾有の経常損失を余儀なくされた。平成五年度においてもこれらの施策はさらに継続して実行され、特に前記③人件費効率向上などコスト構造改革は、同年度以降の経営の最重要課題として地上職、客室乗務職及び運航乗務職など被告の全部門にわたって実施されることとなった。

具体的には、地上職に関しては、平成四年度の定員に対し同五年度は七〇〇名の定員削減を実施したほか、整備作業等の一部を海外に展開することによりコストの外貨化を図り、これによって人件費効率の向上を実現し、さらに特別早期退職優遇措置の実施、管理職進路選択制度及び管理職転進援助休暇制度を各導入して管理職等の削減を図り、賃金等の面においては日曜祝祭日手当の定額化、シフト手当の解消、冬季手当の減額、通勤制度の見直しなどにより人件費効率の向上を図った。客室乗務職に関しても、外国人客室乗務員比率を増加させることによりコストの外貨化を図ったほか客室業務の委託化推進、前記特別早期退職優遇措置の実施による人員削減を実現し、通勤制度を見直し通勤費の削減を図り、さらに賃金面においては特別乗務手当の見直しなどを実施した。

また、右の施策とは別に、被告は役員賞与の不支給はもとより、役員報酬の減額、役員専用車の廃止、役員数の削減、顧問の勇退、広報宣伝販促費、日常交通費等の大幅削減、さらには管理職月例賃金の減額、賞与の減額などあらゆる面にわたり、およそ考えられるすべての経費の削減に努めてきた。例えば、役員賞与は平成三年度決算以降不支給となっていることはもちろん、報酬は現在一三ないし三〇パーセントの減額が行われている。役員専用車は平成四年度以降代表取締役を除きすべて廃止された。平成五年度には役員数を三名削滅し、また二〇名の顧問に勇退を願った。

平成五年度以降の原告ら運航乗務員の勤務基準の見直し等人件費効率の向上施策は、このような経費削滅努力の上に行われたのである(なお、客室乗務員に関しても、原告ら運航乗務員と同様に客室乗務員組合との勤務協定の改定により生産性の向上を図ったことはいうまでもない。)。

このように被告が平成四年六月の構造改革委員会報告以来進めてきた構造改革施策は、運輸大臣の諮問機関である航空審議会に設けられた競争力向上委員会が平成六年六月に行った「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」という答申の内容にも合致するもので、当を得た施策であることが明らかである。

(5) 航空業界をめぐる状況

定期航空運送業は平成六年八月一日をもって雇用調整助成金の対象業種としての指定を受けるなど、被告に比べ円高や国際線における競争激化の影響をさほど強く受けない他の国内航空各社も含め、国内経済の深刻な不況の影響を受けたため、各社とも人件費効率の向上等一連の構造改革に取り組んだ。

また、世界的に見ても、英国航空以外の欧米各社は九〇年代に入ってから軒並み大赤字に苦しんだ後、レイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革等の合理化策に積極的に取り組み、コスト競争力を強めた結果、平成六年度に黒字化している。英国航空については、既に昭和五五年から昭和五八年にかけて一万七〇〇〇名もの人員削減という大きな経営改革を実施したため、九〇年代には好調な業績を上げるに至っていた。

世界的に主要な航空会社が経営苦境に陥り、これから脱しようとして積極的に合理化施策を実施している中で、円高とバブル経済崩壊のためこれらの外国他社に比し一層深刻な状況下にある我が国の航空会社として、被告が外国航空会社に劣らない経営改革を進め、競争力を強めなければ生き残っていけないと判断し、これに取り組んだことは当然であった。

しかも、需要の低迷と収支の悪化が続く中で、我が国においては、三大プロジェクトの完成がまじかに迫っていた。これに伴い、被告は、その事業展開や機材更新、増強などにより新たな投資と費用の拡大を余儀なくされることになるが、同時に、発着枠の拡大に伴う外国他社の参入などにより他社との競争の激化は必至の情勢であって、これらは、コスト競争力の低い会社にとっては致命的な経営圧迫要因となることは明らかであった。そして、当時の被告のコスト競争力をみると、円高等の影響を受けて会社の有効トンキロ(ATK、貨客の搭載可能乗量に大圏距離を乗じたもの)当たりのコストは外国他社より三〇パーセント程度高く、同単位当たりの人件費を比較しても世界の主要国際線航空会社の中ではルフトハンザ航空を除き被告がもっとも高い状態で、これら人件費効率を含めた生産性は極めて低い状態にあった。

(6) コスト競争力強化の必要性

航空輸送はあくまで手段に過ぎず、安い方がよいというのいうのが顧客の要望であるから、国内外の価格競争に負けないだけのコスト競争力を作り上げることは被告が今後存立して行くための絶対条件であった。すなわち低価格競争の中で、営業収入を伸ばすために低価格商品を提供しても利益を出せるように、あらゆる分野でコストを削減して行く必要があるということであるが、特に重要なことは、被告独自で努力できるコスト削減については一刻の猶予もなく削減を図る、あるいは費用の効率化を実現することであった。

そこで、被告における営業費用の内訳及びその推移を見てみると、昭和六〇年ころまでは半分以下であった固定費(機材費、人件費、不動産賃借料、広報宣伝費等)が平成二年になると逆転し、変動費(燃油費、販売手数料、整備費等)が四三パーセントで、固定費が五七パーセントまでを占めるに至った。基本的には、営業費用の中の変動費は生産量に応じて拡大するし、固定費の中の機材費も同様といえるが、その余の固定費、すなわち人件費や不動産賃借料・広報宣伝費・一般事務費等のその他固定費は生産量よりも落ち着いた増勢を示し、その結果生産量一単位当たりのコストは低減して行くものである。ところが昭和六〇年以降は固定費が生産量の伸びを上回って拡大している。これは健全なコスト構造とはいえず深刻な問題であった。外国社とドル建てコストを比較してみると、八〇年代前半は被告の方がコストが低く有利であったが、その後半以降は欧米の航空会社より三割ないし五割高いという状況であった。

コストの削減なくして赤字からの脱却はありえないということを端的に示すのはブレークイーブン(損益分岐利用率)とロードファクター(利用率)の相関である。昭和六二年度以降ブレークイーブンは六五パーセントを超え、平成四年度には六八パーセントに近い値になっていた。それでもバブル経済の最盛期で未曾有の強い需要に支えられ、七〇パーセント前後という極めて高いロードファクターを得ていた時期には黒字になっていたが、もはやバブル期のようなロードファクターは期待困難であるから、どうしてもブレークイーブンを六〇パーセント台半ばまでにとどめる必要があった。そのような危機意識が、「92―96年度展望」において、「高B/E体質からの脱却」を最重要経営課題の一つに挙げた所以であり、そのためには「収益の極大化と徹底したコスト削減」、とりわけ固定費の削減が不可避であった。

被告と外国他社との単位コスト(費用を有効座席キロもしくは有効トンキロで除したもの、有効座席一席若しくは許容搭載重量一トンを一キロ輸送した場合にかかる費用)を比較しても、コストの削減が急務であることは明らかである。すなわち、平成二年度以降の経費削減努力の結果、被告の円建て単位コストは低下したものの、急速な円高によりドル建て単位コストは大幅に上昇し、米国他社の自国建てコストが上昇しているにもかかわらず、ドル建てで被告のコストと比較すると、平成四年ころ、被告のコストは外国他社より二ないし三割高くなってしまった。これを被告の平成三年度における有効トンキロ(ATK)当たりの人件費実績を一ドル一三三円として換算して外国他社と比較すると、ルフトハンザ航空を除き最も高かった。

ところで、被告において、その運航乗務員の総数は、平成四年度末で二四八〇名で、二〇年前の約1.5倍に相当する一方、この間の総生産量(有効トンキロ)は約3.7倍に拡大しており、単純計算すれば運航乗務員の一人当たりの物的生産性は約2.5倍に向上したことになる。しかし、この生産性の向上は、決して人件費効率の向上によってもたらされたものではなく、主として、世界でも例をみないジャンボ機保有比率の拡大と国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸び、さらには昭和六〇年以降の二名編成の大型機の積極的導入によってもたらされたものである。ジャンボ機保有比率の拡大と長大路線の増加は乗員一人当たりの生産量を引き上げ、B七四七―四〇〇やMD一一等二名編成の機材の登場はこれに拍車をかけ、乗組員の数を変えないで、あるいはむしろこれを減らしつつ船体を巨大化させて一回当たりの積荷を増加させ、かつ長距離を往復する航路が増加した結果の生産性向上であり、正に物的生産性は生産手段の改良とその長距離使用により向上したのである。しかし、大型機の保有比率や平均飛行距離の拡大は既に限界に達しており、今後この面での生産性の向上は期待しがたい状態であり、コスト競争力増強のためには、もはや人件費効率を含めた生産性の向上を図ることが不可避となったのである。

(二) 旧勤務協定が現状に適合しないために生じた本件就業規程変更の必要性

右のとおり、本件就業規程の変更は、被告の営業実績や航空業界の状況等に照らし、高度の必要性を有するものであるが、それにとどまらず、旧勤務協定の内容が現状に適合しなくなってきたことからも、極めて必要性が高い。

旧勤務協定は、被告が日本航空運航乗員組合と昭和四一年に締結した「運航乗員の勤務に関する協定書」とほぼ同内容の勤務基準を定めるものであって、実質的には制定後二〇年以上を経過した昭和六〇年代以降、航空運送業界の実情に合わない面が多々痛感されるに至った。

既に述べたように、この間に機材性能の飛躍的向上を背景に昭和四〇年代には稀であった長時間乗務の路線が大幅に増加したほか、一方で二名編成の大型機の導入など旧勤務協定が予想もしなかった勤務形態が増えつつある。このように機材の性能向上により乗務員の勤務の内容や形態が変化してきているにもかかわらず、その勤務の基準だけが旧態依然とした内容であるのは基準として不合理であるばかりか人的生産性を損なうこと甚だしいものがあるといわなければならないのであって、安全性を十分熟慮した上でこれらの変化に適応した新たな勤務の基準を設けることは人的生産性の向上のために不可欠であり、当該基準を機材性能の向上等の実態に即した合理的な内容とするためにも必要なことであった。

すなわち、平成五年一〇月末日をもって失効した旧勤務協定の原形は、昭和三六年に設定されたジェット協定であるところ、当時はいわばジェット機の黎明期(第一世代機といわれるDC八が導入された時代)であって、機材の構造、性能がその後登場し現在も主力機となっている第三世代機、第四世代機とは格段の差があり、めざましい技術革新のもとに開発され、性能が大幅に向上した新鋭機の導入に伴って長距離路線の直行便化が進められる等、路線便数も当時とは大きく変化した。他社はこうした運航環境の変化に対応してシングル編成による乗務の制限時間を延長する等の措置を採ったりしていたが、被告ではこのような路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見直しがなされないまま運航乗務員の勤務が続けられてきたため、運航乗務員の効率的な運用の障害になっているという認識が高まってきた。

例えば、昭和六一年当時には乗務時間制限に関する国の具体的基準が定められていなかったという状況の下で、全日空はその運航規程を改定して三名編成機シングル編成の乗務時間制限を一二時間とした上で、一一時間を超えるロサンゼルス線のシングル編成による運航を始めたり、昭和六〇年から、欧州線直行便の開設、米国との航空協定による他社の太平洋路線への参入等により競争が激化する中で、米国他社が太平洋線をシングル編成で運航し、あるいは欧州線直行便をマルチプル編成で運航したりしているのに対して、被告は太平洋線をマルチプル編成で、あるいは欧州直行便をダブル編成で運航しているということでは、競合他社との編成の差による非効率・低生産性が明らかであった。したがって、非効率、低生産性の運航体制を漫然と維持していることは業績維持の面から許されないし、乗員養成能力を勘案した乗員計画上から見ても適切ではないという認識が高まった。

そこで、昭和六二年二月策定された「六二―六五年度中期計画」のⅢ・(3)「運航維持能力向上施策」に「健康問題に配慮しつつ編成数を含む運航乗務員の勤務条件の総合的見直しを検討する」とされて以降、被告の運航本部の業務部業務グループ、運航乗員企画部業務グループと労務部運航乗務職グループの各担当者によって運航乗務員の勤務条件総合見直しの検討が始められた。その検討において採り上げられた主な項目は、編成別の乗務時間・勤務時間制限、国内線の連続乗務日数、休日・休養制度の内容、スタンバイ制度の内容、デッドヘッドや地上移動等の勤務時間算定基準、マルチプル編成における乗員構成等であった。その後「昭和六三―六六年度中期計画」を受けて、平成元年二月に役員レベルの検討委員会を設置し、勤務協定を見直す改定案の検討を行うことになったが、その際別にアドバイザリー・グループを設置し、乗員を含む現場の意見収集を図るため、このアドバイザリー・グループ・ミーティングを適宜開催し、関係部長会への提出資料を作成することも決定された。アドバイザリー会議は平成元年三月から六月の間六回開催され、種々の項目について検討がなされたが、結局勤務協定の改定案としてまとまる以前に運航乗員のマンニングが逼迫する中で運航を維持する必要があるところから、被告は勤務協定の抜本的改定を先送りし、平成二年二月に、当時の協定の下での路線別了解等を提案せざるをえなかった。その提案内容の主なものは、マルチプル編成で運航していた路線のシングル化に伴う路線別了解、暫定的にダブル編成で運航していた南米線、欧州・シカゴ直行便のマルチプル編成化等であったが、乗員組合はこれに強く反発し、乗務拒否等もなされた結果、被告は運航能力維持のため片道四万円の「暫定手当」を支払うことにして、マルチプル編成化のみを実現した。

このような状況を経て平成四年六月構造改革施策が発表され、その施策の一つであるコスト構造の改革の一環として人件費効率の向上施策を推進することになったため、労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務グループ長以下が一緒になって、人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改訂実施に向けて検討を進めることになったのである。

(三) 本件就業規程の変更による経済的効果及び人員削減効果

本件就業規程の変更は、機材の性能が飛躍的に向上し、二名編成機の乗務や長距離路線が拡大しているという状況下での勤務の実態も踏まえ、人件費効率の向上という合理化施策実施の必要から行われたものであり、被告の逼迫した経営状態からすればその必要性の程度は極めて高いものといわなければならない。

規制緩和は労働力の効率的な活用を可能とし、人件費効率の向上をもたらす。例えば、予定着陸回数一回の場合の乗務時間、勤務時間の規制を二時間緩和するだけで、これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能となるし、指定便スタンバイを廃止するという規定の変更によってスタンバイの起用範囲が拡大され、当該要員の効率化が図られることも多言を要しないところ、本件就業規程による時間制限の緩和は、平成六年度四月段階でのマンニング計画上で機長で約五〇人(会社在籍機長数の約四パーセント)、副操縦士で約七〇人(同副操縦士数の約九パーセント)、航空機関士で約三〇人(同航空機関士数の約六パーセント)、合計約一五〇人の削減効果が期待できるものであり、生産性の向上を図ることが至上命題となっている被告にとっては極めて必要な見直しであった。

本件就業規程の変更に伴う運航乗務員の削減効果が一五〇名という右主張は、平成六年度夏季の路線便数計画に基づき算出したもので、九三年度冬期ダイヤに基づく削減数よりも効果が大きくなっている。この内容は九三年三月一八日「平成五年度実行委員会」説明会において、乗員組合に説明した。

なお、原告らは、被告が組合との団交の席上、本件就業規程の変更を行わなくとも人員計画上、事業計画が遂行できる旨発言しているとも主張する。

原告の主張自体具体的な内容を伴わない主張であるが、平成五年度についてはともかく平成六年度について原告主張のような説明をした事実はない。本件就業規程の変更がなければ、航空機関士については直近の平成六年にも補充が必要であったというのが事実である。

2  原告らの主張に対する反論

(一) 被告の全従業員及び運航乗務員の生産性が高いとの主張について

原告らは、被告の全従業員一人当たりの生産性は世界でもトップクラスにあるし、運航乗務員についてみても欧米各社の中ではトップクラスの生産性を上げている旨主張する。しかし、原告らが引用する一人当たり生産量は平成五年度の実績であって、既に被告が本件人件費効率向上をはじめとする一連の構造改革に着手した後の実績を半数近く含むものであり当を得ていない。しかも、右実績にしてもトップクラスの生産性と言えるものではない。機材の大型化により物的生産性を向上させる余地がある外国他社に対し、既に機材の大型化を完了し、物的生産性の向上を期待できない被告においてはむしろ人的生産性の向上に一層努力する必要がある。

運航乗務員生産量単位当たりの人件費(=運航乗務員総人件費/有効トンキロ)及び運航乗務員一人当たり人件費(=運航乗務員総人件費/運航乗務員数)を外国他社と比較すると、平成五年度における運航乗務員の生産単位当たりの人件費は、外国他社と比較し被告が最も高く、また、一人当たりの人件費はキャセイパシフィックを除き被告が最も高い。

(二) 事業拡大計画の失敗が業績悪化の原因であるとの主張について

まず、本件就業規程の変更の必要性を判断するに当たり業績悪化の原因が被告の誤った経営判断にあったかどうかを論ずることは法律的に意味がない。構造改革の必要性の有無は、責任や原因の所在とは別に客観的に判断されるべきだからである。現に収支の悪化が客観的に認められ、その改善と構造改革の手段の一つとして本件就業規程の変更が有効で合理的な手段であると認められるなら、業績悪化の責任、原因がどうであれ勤務条件変更の必要性があることは明らかである。このことは、収支の改善や構造改革に関して他に有効な手段があったとしても何ら変わるものではない。それら有効な手段とともに本件就業規程の変更を実施することはいささかも不合理な措置ではないからである。

原告らは、被告の事業拡大計画の失敗を非難し、具体的に不要だとする投資を挙げるが、これらの投資が会社の収支に具体的にどのように影響を与えたかは全く不明であるし、まして、これをどのように是正すれば本件勤務条件の変更を含む人件費効率向上施策が必要性を欠くことになるのか、その根拠は明らかではない。また、原告らが非難する事業等は、当時の経済状況下では適切な措置と判断されて進められたものであり、それが当初の予測に反した結果を生じたとしても、そのことの故に経営責任が問われるべきものとは到底言い得ないし、構造改革施策の一環として行われた人件費効率向上施策の当否が争われている本件においては、論議する限りではない。勿論、業績が悪化した状況下で緊急性・必要性に劣る投資を漫然と継続するとすれば、その妥当性が問われても当然といえようが、構造改革施策の中で投資の見直しが謳われ、平成五年度のサバイバルプランでは前年度計画に比し各年一〇〇〇億円の投資削減を計画し、さらに平成六年度にはその計画に対して投資規模を半減し四年間で四四〇〇億円規模に縮減した。現に平成四年度は一部航空機導入の取りやめ・延期等を決定し、平成五年度は三大プロジェクト関連投資の大幅見直し等により一〇〇〇億円の投資削減、平成六年度は地上資産のリース化等により一五〇〇億円の投資削減を行っている。

次に、原告らの主張に対し、具体的に反論する。

(1) 機材投資について

原告らは、被告が甘い需要見通しのもとに企業体力を超えた過大な事業規模拡大計画を進めたことが収支悪化の真の原因である旨主張するが、例えば国内他社と比べても被告は決して過大な拡大を行ってきたわけではない。すなわち、昭和六〇年度から平成二年度の機材費の伸びを見ても、被告の伸びが1.86倍であるのに対し、全日空は1.97倍、JASは1.98倍であり、旅客便総生産量(ASK)の伸びも平成元年度以降被告は他の二社に劣っている。

また、そもそも生産性の向上のためには適切な規模の拡大が必要であり、平成二年当時、以下の三つの理由から拡大が必要と判断された。

すなわち、①当時の景気低迷に対してはここまで深刻な事態になろうとは受け止められておらず、一、二年で景気は回復に向かうであろうと考えられており、被告の見通しが特に甘かったわけではなく(景気の見通し)、②ボーダーレス化、根強い海外渡航需要、アジア地区を中心とした人・物の流れの拡大から、中長期的に見た我が国の海外渡航需要は順調であろうと見られ、現に国際旅客の需要は平成三年ないし平成六年の各年平均増加率が六パーセントで、平成七年は一〇パーセントに迫る勢いであったのであり、そういう情勢の中で、日本発着の国際旅客に対する被告の供給力は他社に比し相対的に弱体化し、昭和六一年には三三パーセントあったシェアが五年後の平成三年には二四パーセントにまで落ち込んだのであるが、シェアが大きければ販売力、価格支配力が強くなる等から、成長している市場では、シェアキープは大事な経営政策であり(マーケットシェア確保の必要性)、③航空事業では、路線・便数等の行政の認可を得て始めて生産量の拡大が可能であるが、その権益配分の際に適切に対応できる体制がなければ他社に権益を確保されてしまう。三大プロジェクトはかつてない大きなビジネスチャンス(現に関西空港開港により関西圏の国際供給量は2.1倍に拡大された。)であり、これに適切に対応して将来の発展に繋げることは企業経営の重要な要素であるが、航空機・運航乗務員の手当にはかなりの年月が必要なので、前広に対応を進めなければならなかった(三大プロジェクトに対する対応)。

このように、適正な規模拡大は必要であるとの考えは正しい考えなのであるが、目下収支の改善が必要不可欠なので、投資規模を大幅に見直したことは前述したとおりである。

(2) 特別販売促進費について

原告らは、特別販売促進費をダンピングであり、不明朗な支出であると非難するが、これは定着した消費者の低価格志向、不況による高額商品の低迷、円高による外国他社の価格競争等の厳しい販売環境下で、売上げを確保するためにはやむをえない値引きないし売上割戻しであり、これを控除した上で売上げを計上することは会計上の処理として認められているところである。格安航空券が出回る中で、被告がその趨勢に抗した販売を行ったときに売上げを確保できる保証は全くない。特別販売促進費の支払を廃止すべきだなどというのは無責任な空論にすぎないし、いわんや「低収入単価は会社自らが作り出したもの」などというのは全く根拠がない。また、原告らの主張によっても、特別販売促進費の増加が会社の収支に具体的にどのような影響を与えたのか、これをどのように改善すれば本件人件費効率の向上施策などが不要となるのか明らかではない。

(3) 外国人乗務員の導入及び運航委託について

被告は、年度毎の具体的な事業計画とは別に毎年度末に翌年度から五か年度にわたる事業展望を策定しているが(例えば平成三年三月には、平成三年度から七年度にわたる五カ年度の展望と三年度及び四年度の具体的な事業計画が策定された。)、平成二年度及び同三年度の各年度末に策定された五か年度の事業展望は、各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしていた。その根拠は、既に述べたとおり政府機関や各種経済研究機関が平成三年度以降もGNPは三ないし五パーセントの成長を続けることを予測していたことをもとに、三大プロジェクトの完成による需要の拡大を想定すれば、平成三年度から七年度までの間の総需要は各年国際線で九パーセント、国内線で六パーセント拡大すると予測されたこと、一方、被告のイールドの伸びが将来期待できないことや円高、物価上昇を前提に収益率を維持するためには年5.5パーセントの規模拡大が必要であったこと等である。

ところで事業を継続する限り収入の多寡にかかわらず支出は確実に増加していく。特に固定費の多くを占める人件費は、毎年の昇給、ベースアップ等により確実に増加する。これら費用の増加を吸収し、事業が健全な発展を続けるためには、一定の規模の拡大が必要である。被告は、平成二年度から四年度にかけてその事業規模の拡大を年平均六パーセントと想定したのである。これは当時のGNP成長予測などに照らし決して過大なものではなかった。そして、事業規模六パーセントの成長を達成していくためには、直接的な機数増と乗員の増加は避けられないことであった。日本人乗員の養成は最大限に行っても相当の期間を要することから、運航維持能力の補完のために既成外国人乗員と運航委託は必要な措置である。原告らの主張は事業運営を正解しないものというほかはない。

原告らの主張は、これらが被告の収支に具体的にどのような影響を与えたのか又本件勤務条件の見直し前にこれら外国人乗員の導入と運航委託をどのようにすれば本件施策が不要であったというのか明らかではない。

(4) ドル先物予約について

被告が昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年にわたる長期の為替買入予約を行ったことは事実であるが、これは決して投機のための予約ではない。為替が変動相場制の下では、外貨取引の非常に多い企業は常に為替リスクにさらされているので、将来為替の変動によって被りかねない損失に備え、リスクヘッジのため一般的に為替予約を行っているが、被告も航空機の購入等により恒常的に大量のドルを必要としているので、リスクヘッジのため将来必要とされるドル需要の三分の一について為替予約を行った。将来必要とされるドル需要の三分の一について行ったのは、投機ではなくリスクヘッジのためであったからであり、為替相場が予約条件に照らし不利な方向に進んでもそれは三分の一に止まり、残り三分の二は逆に有利になるからである。その後円高に進み、結果として為替予約をしなかった場合に比して一〇年間で二〇〇〇億円程度の増加があったのは事実であるが、しかし、それは結果論であって事業拡大計画の失敗とは関係がなく、それを損だとする認識はない。結局、それらのドルは航空機購入の支払に充てられたので、減価償却費が拡大したという形になったが、それも平成二年度以降で約六〇億円程度であり、昭和六〇年度から平成二年度までの固定費の拡大は二三〇〇億円程度なので、為替予約の結果としての減価償却費の拡大は九〇年度の固定費六一八三億円の中の0.01程度相当のものである。

(5) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)について

会社設立時の予測では、早朝・深夜時間帯における貨物需要、宅配貨物の伸長などから貨物便の運航は充分な需要があると予測されていたが、バブルの崩壊による景気の落ち込みにより収支が低迷し、さらに千歳空港における二便運航計画が空港利用時間制限により頓挫したため、出資会社との合意により平成四年一〇月をもってJUSTは当面運航を休止し、再開を待つこととしたのである。結果として生じた余剰機は、ストレージ(保管)を行った。

原告らの主張は、要するに運航休止に追い込まれた右会社への投資などが被告の経営の失敗であると非難するものであるが、それが被告の収支にどの様な影響を与えたのか明らかではなく、また、これをどの様に是正すれば本件施策が不要となるのかは明らかでないから、その主張は失当と言わなければならない。

(6) CAC(シティ・エアリンク株式会社)について

CACは、都市間の新しい高速公共交通機関として、本業とのネットワーク効果を考慮して開始した事業である。しかし、運航上の諸規制が緩和されない限り抜本的な収支改善は困難との判断から平成三年一一月に運航を休止した。運航休止の条件として、運航中の実績をもとにヘリ・コミューター事業の成立の要件、事業再開の方策等を検討するよう運輸省当局から要請されていることもあって、地方自治体の協力等による事業再開の可能性を模索している状態であり、最終的な結論は出していない。

(7) エセックスハウスホテルに代表される日本航空開発(JDC)事業展開について

原告らは、エセックスハウスへの投資が不要・不急のものであった旨主張するが、同ホテルはニューヨーク・マンハッタン地区の「四つ星」ホテルにランクされ数年後には黒字化が達成できる見通しである。ホテル事業は装置産業であり、黒字化には長期間を要する事業である。日航開発が投資、運営するホテルにおいても、パリの「ニッコー・ド・パリ」など黒字化には時間を要している。原告らが所属する組合は、いずれに関しても黒字化するまでは不要・不急の投資として非難していた。本件もその例に漏れないが、エセックスハウスが失敗であって不要、不急の投資であったと断定する根拠は全くない。

(8) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRANSPORT(HSST))について

旧HSSTの債務に関しては、平成四年一二月の債権者会議において新会社の設立と債権の一部放棄の組み合わせによるHSST再建策が承認され、債務処理は全て完了している。なお、新会社は、五一社から出資を受けて具体的な活動を再開している。原告らの非難は当を得ていない。

(9) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)について

コオリナ・リゾートはハワイの旅行商品価値を高める目的で開発が行われたものであり、ゴルフ場の売上高はリゾートコースとしてはトップクラスであり、イヒラニホテルの運営も軌道に乗りつつある。原告らの非難は当を得ていない。

3  原告らの主張

まず、本件就業規程の変更は、賃金を除く基本的な労働条件(乗務によって生ずる疲労、眠気、睡眠障害、体内リズム障害等を適切に規制し、安全に運航することに専念できるよう保障した勤務基準、条件)の一方的な不利益変更であり、それは労働者の健康、ひいては運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものである。このように不利益変更が運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものである場合、不利益変更の「必要性」の有無にかかわらず、その合理性が否定されるべきである。

仮に「必要性」の要件を判断するとしても、本件は「労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更」に当たるものである。よって、本件の就業規則変更の必要性の判断は、「不利益を労働者に法的に受認させることを許容できるだけの高度の必要性」の有無により判断されるべきである。

後述するように、本件就業規程の変更当時、そもそも被告が経営危機の状況にあったとはいえないが、仮に被告が経営危機に瀕していたとしても、それは、抽象的、一般的な被告の経営危機による経費削減の必要性の有無ではなく、本件就業規程の変更の具体的必要性の有無こそが判断されるべきである。すなわち、本件就業規程の変更による経費削減を行うことによって、どのように会社の経営危機が回避できるかについての会社の具体的な立証がない限り、「高度の必要性」は否定されるべきである。なぜならば、抽象的、一般的な会社の経営危機による経費削減の必要性だけでは、「不利益を労働者に法的に受認させることを許容できるだけの高度の必要性」があるとは言えないからである。

そして、高度の必要性があるというためには、被告は、①本件就業規程変更時に、これによって具体的にいくらのコスト削減効果があると予測していたか、②本件就業規程変更後、現実にどれほどのコスト削減効果が得られたのか、③本件就業規程変更によるコスト削減効果が、被告の財政全体との関係でいかなる比率を占めるものか、④本件就業規程変更以外に、より打撃的でない取りうる施策は他になかったこと、⑤本件就業規程の変更を行うべき緊急性があったことを主張立証しなければならない。

しかし、①に関し、被告は、当時、「特定経費で年間三億円」の削減効果があると予測していた旨主張するが、これは本件就業規程の変更後に判明した数字であり、しかも、その後の各決算年度における検証も一切行っておらず、真面目に被告が本件勤務基準切り下げによる費用削減効果を検討していたとは言えないことは明らかであり、また、被告は、マンニング削減数に関しても、「新基準では二〇ないし三〇組余裕が出る」と予測していた、運航乗務員必要数削減効果を、改定当時平成五年下期一〇〇名と見込んでいたとするが、それらの数字がいかなる根拠に基づくものであるか不明であり、実際には、マンニング削減数というレベルでさえ、被告が本件就業規程の変更に際し真摯な検討を行っていたとは到底評価できない。それに、被告の主張した数字が効果をもたらすのは、「マンニング削減数」分の乗員が退職、又は解雇された場合であるはずであるが、乗員数は改定前後に変化は無く、被告は、本件就業規程の変更に伴い、一体、いくらの費用削減が可能なのかさえ全く検討していなかった。

②に関し、被告は、「特定経費削減」の効果について、現実には事後的な検証を実施しておらず、また、マンニング削減効果についても不明である。③に関しては一切不明であり、むしろ、被告は、平成四年度決算で五三八億円の経常損失を出しながらも多額の内部留保を抱えるなど強固な企業体力を有しており、被告の主張する年間三億円という数字を前提にしても本件就業規程の変更による費用削減効果は被告全体の企業会計からすれば微々たる数字である。④に関し、被告は、色々と手を尽くした旨主張するが、後述するように、被告においては、数々の放漫経営が放置された状態にあり、到底、本件就業規程の変更以外のより打撃的でない取りうる施策が他になかったとは言えない。⑤に関し、本件就業規程の変更を早急に一方的に実施しなければ目的が実現できないという時間的な意味での緊急性は全く認められない。

これらを踏まえ、以下に具体的に主張する。

(一) 被告の経営状況について

被告は、平成四年度決算で五三八億円の経常損失を出したことが被告にとって「危急存亡の危機」であり、しかも、平成四年度決算の五三八億円の経常損失が、所有株式の売却で営業外収益を特別に計上した上での数字であることから、実質的には八〇〇億円近い赤字であり、資本金一八〇〇億円の会社にすれば「倒産の危機」にあった旨主張している。

しかし、およそ企業の収益状況は、恒常的に利益を実現しているというような性格のものではなく、時期的に大きく変動するという性格のものである。したがって、被告の経営状況に対する判断を行う際に単年度の会計からのみ判断することは不適切である。現に、被告は、その後、平成六年は二六一億円の経常損失を出したものの、平成七年は二八億円、平成八年は四三億円の経常利益を上げ、平成九年には再び一六九億円の経常損失を出したが、平成一〇年は七六億円、平成一一年には三二五億円もの経常利益を上げている。

また、利益又は損失の大きさは、その金額のみを取り上げてあれこれ評価することは適当ではなく、投下した資本に対してそれがどれだけの割合になっているかによって計られるべきである。問題となっている平成四年度の赤字は営業損失で四八一億円、経常損失で五三八億円と、近年にない大きな赤字であるが、投下した資本額に対する割合でみると、平成四年度の落ち込みは、営業損失でマイナス3.2パーセント、経常損失ではマイナス2.8パーセントにとどまっており、この水準は、営業損失では昭和五〇年のマイナス9.7パーセント、昭和五八年のマイナス4.3パーセントを下回る値であり、経常損失では昭和五〇年のマイナス8.2パーセントを大幅に下回り、昭和五八年のマイナス1.3パーセントを若干超える水準の赤字であって、被告の資本利益率からすれば平成四年度の五三八億円の経常損失は微々たる数字である。

さらに、今日の企業、特に大企業の「公表上の利益」は、一般的には会計制度によって実際よりも小さく計算されるので、企業の本当の実力(体力)を正確に評価するためには、「公表された会計数値」の裏に隠された「実質上の利益」を考慮しなければならない。被告が「危急存亡の危機」であるとした平成四年の決算も実質的には、資本利益率はマイナス一ないし二パーセントの水準でしかなく、それにもっぱら経営の責任から生じた為替差損による利益の縮小額をも考慮すれば、マイナス0.5パーセントと、ほぼ収支が見合う状況である。これらの事実からして、被告の実質上の利益は公表上の利益をはるかに上回るものである。

加えて、被告においては、近年の収益性の低下にもかかわらず、それまでに蓄積してきた利益は、極めて高い水準にあり、多額の内部留保が存在しており、十分な企業体力があると評価できることなどから総合すれば、到底、平成四年度の五三八億円の経常損失は、「危急存亡の危機」、「倒産の危機」というようなものではない。

(二) 被告の経営状況を悪化させた原因

被告の経営状況を悪化させた原因は、以下に述べるとおり、旅客需要を大幅に越えた航空機材設備導入及びそれによる減価償却費、航空機材賃借料、支払利息の急激な増加であり、それが固定費上昇の要因となっているのであり、人件費は固定費の中で過大な負担とはなっていない。

(1) 被告の過大投資

被告は、平成三年度、経営方針として供給の拡大を目指し、大量の航空機材を購入し、外国人乗員を導入し、他社への運航委託を次々と行った。バブル崩壊により、その事業計画の前提が崩れたにもかかわらず、被告は拡大基調を改めなかった。拡大基調は二期連続で五〇〇億円を超える経常赤字を計上した平成四年度、平成六年度直前まで続けられたが、それはバブル経済の崩壊後も事業規模拡大を正当化するような経済想定、需要想定が行われたからである。平成四年から平成八年の五年間での総投資額は一兆六〇〇〇億円であり(年平均三二〇〇億円、内訳は航空機二五〇〇億円、地上施設、設備七〇〇億円)、被告グループ内で五五機(B七四七―四〇〇型機四〇機、MD一一型機一〇機、B七七七型機五機)の機材購入が計画されたが、平成三年度期末での被告の資産が総額一兆五八〇二億円であったことからしても、この五年間の設備投資は過大なものである。

被告は平成四年になって投資削減を行う旨を明らかにし、五年間での投資を一兆円にするとしたが、投資の適正化が若干行われたに過ぎない。その結果、一機当たり一億数千万ドル(百数十億円)といわれる高価な航空機が遊休資産化し、B七四七―四〇〇型機三機及びB七四七型貨物機一機の合計四機がのべ八二か月間、アメリカ合衆国のウイチタ及びエバレットに保管されたが、その保管料は三五〇万ドルに上った。

こうした被告の過大な設備投資により有利子負債は増加し、それが営業外収支を悪化させ、また、減価償却費も増大させた。

一方、被告の全従業員の一人当たりの生産性は世界でもトップクラスにあり、被告において、人件費は、固定費の中で過大な負担とはなっていない。運航乗務員についても、欧米各社との比較ではトップクラスの生産性を上げている。平成四年度の被告の人件費率は二五パーセントで、欧米のエアラインと比較して極めて低いだけでなく、その割合はほぼ一定しており、固定費上昇の原因とはなっていない。また、被告の賃金水準は低く、運行乗務員について基本賃金をモデルで比較すると、全ての年齢において被告よりも全日空の方が高くなっており、乗務手当も、全日空、日本エアシステムより低い。

このように、被告は他社と比較しても高い生産性を示しており、被告の人件費率が極めて低いことからすれば、たとえ「構造改革の必要性」があるにしても人件費削減の一環として本件就業規程の変更を行う必要性は全く認められない

なお、被告は、航空審議会競争力向上小委員会の答申「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」を引用し、被告の構造改革施策の正当性を主張するが、航空審議会や競争力向上小委員会の構成メンバーには被告及び全日空、日本エアシステムの各社長、専務等航空輸送事業の利益代表者が加わっており、その一方で、航空企業で働く労働者の意見は答申に反映されておらず、この答申は公正さを欠くものである。

(2) 被告の過大な投資の影響

前記のとおり、被告は、大型機の相次ぐ導入によってその企業規模を拡大してきており、旅客を対象とした航空機の営業機数をみると、平成二年以降、機数では大きな拡大はみられないものの、大型化が進み一機当りの座席数の拡大によって総座席数は、着実に増加してきている。

ところが、被告では、導入された航空機が効率的に営業活動に投下されることなく放置されてきた。例えば、最も代表的な機材で、被告の国際線長距離用のB七四七―四〇〇型機の一機当たりの一日二四時間中の平均稼働時間は、平成四年度のIATAのデータによれば、世界の主要航空会社中最低の七時間三三分であり、最高のルフトハンザ航空の一五時間〇九分の半分以下という低稼働状況である。各社とも航空機の新規導入に当たっては、当初稼動が低い水準にある傾向はあるものの、おおよそ二四時間中一三ないし一四時間の水準となっているが、被告では導入当初の平成二年には六時間四七分、その後次第に上昇したものの平成六年でも九時間三八分と最低の水準にあり、被告では航空機材を有効に利用した座席提供がなされていない。

被告において、航空機の座席提供が効率的に行われないことの要因の一つに座席利用率の低下の問題がある。被告の座席キロと旅客人キロの推移をみると、前述のB七四七型機のような大型航空機の導入によって、総座席数が拡大するとともに提供席数が拡大している。また、旅客人キロも増加している。しかし、座席利用率(旅客人キロ/座席キロ)は、国際線、国内線ともに平成二年以降低下し、特に国内線について利用率の低下が著しい。さらに座席一席当りの旅客人キロをみると、とくに平成二年以降低下し、平成五年、平成六年には最も低い水準にある。

このように、被告では、平成二年以降、大型航空機、総座席数の急激な増加にもかかわらず、これらの機材が効率的な座席提供に至らず、さらに提供された座席の利用率が低下した。すなわち、需要に対応した設備の拡充と運用となっていないことが明らかである。

そして、こうした需要に対応した設備の拡充及び運用となっていないことは、損益分岐点分析による経営分析からも明らかである。

損益分岐図表は利益図表ともいい、費用の線と売上高の線からなっており、その交点が、損失になるか利益になるかの分岐点を示している。総費用は、固定費と変動費に分けられる。固定費は減価償却費、資本利子費、業務費の一部などで、操業度とは無関連に一定して発生する費用である。これに対して、変動費は操業度の変化に応じて増減する材料費、燃料費である。それぞれ、これらの費用額を縦軸として、操業度(操業度を売上額として把握する)を横軸として、変動費線、固定費線、総費用線を表す。また、売上線を、費用線と同様に、縦軸に売上額とし、横軸を操業度として引く。この際、操業度を売上額とするため、四五度の角度で引くと、売上線と総費用線の交点より高い操業度(売上額)のもとでは、費用より売上高が多くなり、利益があがるが、交点より低い売上高では逆となって損失となる。この分析によると、収益と費用を単に比較して利益を認識するのみでなく、収益(売上高)との関わりで、売上高に比例して発生する費用と、売上高の大きさとは無関連に発生する費用、すなわち変動費と固定費が収益とどのように関わっているかという視点から分析することができる。特に、今日の大企業においては、生産が大規模化し、単価当りの原価を小さくするが、一方では、このことが使用資産のなかで固定的な資産が増大し、年度当りの利益率を低下させることになる。すなわち、大規模化に伴って、売上高にかかわりなく発生する固定費の重圧が問題となってくる。このため、今日の大企業では、大規模化によって単位当りの原価を低下させるとともに、固定費を削減して合理化を進めることが、収益性を確保する上で重要な課題となっている。

ところで、被告は、その経営分析の手法として、損益分岐利用率(ブレークイーブンロードファクター)を使用することを前提として、昭和六一年以降、固定費を中心とした費用の拡大により損益分岐利用率が六五パーセントを超えて年々上昇し、平成二年のバブル経済崩壊以降の低価格化が定着した状況では、分母のイールドが高まるのを想定するのは困難で、分子の単位当たりコストを引き上げるのが最重要課題となるとの論理を展開する。

しかし、そもそも損益分岐利用率とは、実際の利用率との対比によって、どのように座席利用率を確保するか、また合理的な座席供給量を確定していくかという経営政策的な視点から利用されるという性格のものである。この分析方法では営業レベルでの利益や費用しか評価されず、営業外の損益評価はなされないため、被告のように営業外収益や営業外費用が数百億円の単位で生ずる会社の収益構造を正確に分析することは不可能であり、被告が強調した損益分岐利用率による分析は会社の収益構造の分析方法としては不適切である。

このような性格の損益分岐利用率に対して、損益分岐点分析は、企業の収益構造を分析するために、一般的に使用されている。例えば日本銀行の「主要企業経営分析」においても、航空運輸業の大手二社について、この分析を行っており、主要企業との比較分析に利用されている。そこで、被告の損益分岐点を、日本銀行の「主要企業経営分析」に準じて、固定費を人件費、減価償却費、販売費及び一般管理費、営業外差損(営業外費用―営業外収益)、さらに航空機材賃借料を挙げて(定期路線を運航する日航では、営業収入(売上高)、また座席の利用率には基本的にはかかわりなく、人件費、また航空機等の減価償却費、支払利息(ここでは営業外差損として現れる。)、さらに航空機材賃借料などの費用が発生すると考えられる。)分析すると、固定費合計は、一貫して上昇傾向にあることが判明し、これらの固定費中の特に航空機の大幅導入にかかわる減価償却費と航空機材賃借料のうち、減価償却費は航空機材のリース化また償却方法の変更などが進むに従って縮小しているが、航空機材賃借料は拡大してきており、両者の合計は、昭和五五年以降、上昇傾向を続けている。また、営業外差損についても、特に昭和六〇年以降には高い水準となっており、このうち支払利息を中心とする営業外費用は、顕著に増加している。

右のとおり、減価償却費、航空機材賃借料、支払利息といった資本の上昇による固定費の負担が被告の損益分岐点を上昇させ、平成五年三月期、平成六年三月期には、分岐点の位置はそれぞれ110.2パーセント、105.2パーセントとなった。言い換えると、平成五年、平成六年三月期では、実際の事業収益よりも、さらに10.2パーセントまた5.2パーセント多くなければ収益が均衡しない収益構造となったということである。

結局、被告では、資本費の上昇によって固定費は上昇傾向にあり、平成二年以降被告の事業収益が低迷する中で、大きな負担となり、赤字に落ち込むこととなったのであり、固定費に占める人件費の割合がほぼ一定であることに照らせば、被告の赤字は、旅客需要を大幅に超えた航空機材を中心とした設備の導入に主な要因があることが明らかである。

(三) その他の被告の経営状況悪化の原因

被告の経営状況悪化の原因は、前記旅客需要を大幅に越えた航空機材を中心とした設備投資にとどまらず、不明朗な特別販売促進費の存在、不必要な運航委託費の支出、ことごとく失敗に終わった経営の多角化などの数々の放漫経営が挙げられるのであり、以下この点について主張する。

(1) 不明朗な特別販売促進費の存在

被告が真摯な営業努力を怠り、エコノミークラスの集客を、安易な安売りという形に頼った結果、特別販売促進費(以下「特販費」という。)は異常に増加したもので、被告は、その原因として、価格破壊とか、消費者の低価格指向、値頃感等を主張するが、低収入単価は被告自らが作り出したのである。したがって、被告は、わずか三億円程度の人件費削減のために安全上問題のある本件就業規程の変更を強行する前に、この巨額の特販費の問題を解決すべきである。

すなわち、特販費は、航空会社が直接航空券のダンピング販売をすることができないため、旅行社などを通じて安売りが行われ、航空券販売額に対応したキックバックをするという方法で支出されるのが一般的であり、券面売上額と実収入との差額として生じるものである。被告もこの計算値が特販費であることを認めており、その具体的金額は以下のとおりである。(なお、平成六年度以降について被告は額についての説明を拒否し続けているため、公表されている代理店手数料率を用いた推計となっている。平成三年度から平成五年度の被告公表と推計が重なる期間については平成六年度以降の推計の仕方で下段に併記した。)

昭和六一年度  六五一億円

昭和六二年度 一〇〇七億円

昭和六三年度 一七〇〇億円

平成元年度  一七〇〇億円

平成二年度  二二〇〇億円

平成三年度  二三〇〇億円 一四〇〇億円

平成四年度  一五〇〇億円 二三〇〇億円

平成五年度  二五〇〇億円 二〇〇〇億円

平成六年度  二一〇〇億円

平成七年度  二五〇〇億円

平成八年度  二九〇〇億円

平成九年度  三一八八億円

平成一〇年度 三二五〇億円

右のとおり、特販費の金額は年々必ず売上高の伸びを超える増加を続け、ついに平成九年度には三〇〇〇億円を超える巨額となっている。この額がどの帳簿にも載らない形で処理されており、しかも被告内全体の特販費を一〇〇パーセント把握している部署はどこにもなく、経理上は「無かった収入」とされ、その実態は闇の中である。しかも、これは税務上も追及されていないのである。このような、被告が額と使い道の説明を拒否する年間三〇〇〇億円を上回る大金が存在すること自体が極めて異常である。

被告の経常レベルでの赤字は最も大きかった平成四年度では売上高の5.2パーセント、また収支が均衡すると考えられる損益分岐点が売上高を超える額は売上高の10.2パーセントであった。一方、特販費の売上高に占める割合は22.2パーセントにもなる。言い換えると、経常損失は、支出された特販費の23.4パーセント(5.2パーセント÷22.2×100)が節約されれば、黒字に転換するということであり、損益分岐点の視点からみれば、約五〇パーセントの費用(変動費)をかけて支出された特販費の45.9パーセント(10.2÷22.2×100)が節約されれば、収支は均衡していたということができる。また、被告の特販費は、平成二年前後には、異常に増加しているが(なお、これは、全くといってよいほど公表されていない。)、平成五年三月期の大幅な赤字であってさえ、特販費の少なくとも三〇パーセントを節約することによって、解消されたであろうレベルのものであることが明らかである。

(2) 外国人乗員と運航委託

平成二年から平成七年までの間、被告は有効トンキロベースで年六パーセントの事業規模拡大を行うため、被告の運航維持能力を超える部分の補完として、新たな既成外国人運航乗務員の導入と他社への運航委託を行い、被告の企業体力を超えた事業規模拡大を行った。この間の現実の事業規模の拡大は、実質的には三パーセント程度であり、被告本来の運航維持能力で十分賄えるものであって、運航維持能力の補完の名の下で行った既成外国人乗務員の導入・運航委託は不要・不急のものであった。

被告が運航委託にかけた費用は、以下のとおり巨額のものである。

運航委託費  平成四年度 平成五年度

エバーグリーン 一八五億円 一二〇億円

カンタス航空  九九億円  九〇億円

JUST    一一億円  二一億円

JAZ     二八億円  二八億円

(合計)    三二三億円 二五九億円

また、被告は、運航委託について、遅くとも平成五年には見直せるはずであったが、六パーセント成長論が既に破綻している現実を直視せず、最初から杜撰であった計画をただ闇雲に実行し続けていった結果、既に十分手遅れになった段階で成長率を見直さざるを得ない状態に陥って、運航委託をようやく打ち切った。これらの運航委託は、何か月かの予告で違約金なしで解約できるものであるが、被告はこれを行わなかった。

(3) ドル先物予約について

被告は昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年間にわたる長期為替買入予約を行った。被告が行った先物予約は一一年間で平均一ドル=一八四円で、合計約三六億六〇〇〇万ドルとなっている。一〇年間もの長期予約は異例であり、監査役が「極めて危険」と警告していたのを無視して行ったものである。監査役の警告どおり、ドル相場は被告の行った予約開始から約二か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため、被告は莫大な損失を被った。各年度に発生した為替差損は以下のとおりであり、決済の終わった平成六年度分も含め、確定した実損の総額は約一七六三億円、平成七年、八年年度の損失額の見込みも加えて、損失は二二〇〇億円に達する。

予約年度 ドル予約額 レート 実勢レート 為替損益推計

(百万ドル)  (円) (円) (億円、未満四捨五入)

昭和六〇  三 一八四 221.68 ///

六一 二八七 一九五 159.88 一〇一

六二 三二三 一九一 138.45 一七〇

六三 三三一 一九二 128.27 二一一

平成元 三三一 一九二 142.82 一六三

二 三三二 一九一 141.52 一六四

三 三二六 一八六 133.31 一七二

四 三三一 一八六 124.73 二〇三

五 三九三 一八四 107.79 三〇〇

六 三四七 一七九 98.59 二七九

七 四八八 一七一 ////// 四三九

(平成八年度込)

八 一六八 一五五 //////

被告は昭和六一年度から為替予約したドルで航空機を購入することにし、円換算では他社より高い買い物をしている。ドルで航空機を購入すると、帳簿上は差損が表面化しないため、実損額も決算報告されていない。被告は現在においても、その経営責任を取らないばかりか、ドル支払額の三分の二は先物予約をしていないので、全体的に見れば円高メリットを甘受しているとの主張を繰り返している。このような経営感覚の下で、円高によるコスト競争力が失われているのである。これを棚上げにして安全性に影響のある本件就業規程を変更することは、多くの国民の理解・納得が得られるものではなく、許されるものでもない。

被告は、為替予約は、経営の安定化を目的とするものであって、為替変動を利用して差益を取得する事を目的としたものではないとの主張をする。

しかし、被告では、昭和五六年度にドル建て・マルク建てで長期為替予約を行い、これにより五四億円の差益を得たが、その当時の社内報において、「長期為替予約差益を含め六一億の特別損益を計上し、二億の計上損益とあわせ六三億円の税引前利益をだし配当を実施する」こととしたと、長期為替予約差益によって配当が可能となった旨述べている。右年度では羽田沖事故による需要減退があったため経常利益が二億円しかなかったにも関わらず、ドル建て・マルク建て長期為替予約差益が五四億円生じたため、配当が可能となった。問題の長期ドル先物予約が、右に述べた五四億円の差益を得た後である昭和六〇年八月から翌年三月にかけて行われたこと、監査役の警告を無視したことなどからすると、被告が昭和五六年度のドル建て・マルク建ての長期為替予約差益に味をしめ、差益をあげることを意図して新たにドル先物予約を行ったことは想像に難くない。被告は、今後も機材の購入を予定しているから、それらについてもその三分の一についてはリスクヘッジのためにドル先物予約を行うことになるはずであるが、現在はドル先物予約を中止している旨主張する。これは、被告自身が今後についてはドル先物予約を行うことが「経営の安定化」にならないことを自認していることの証明である。

その後、他社よりも一機当たり八〇億円も高い航空機を買うことになるこの増額分は、航空機の減価償却費として毎年費用として会計処理される。こうして初めて損失分が形を変えて出てくるのである。しかも今後二〇一七年までこうした費用増が続くことになるのである。この失敗のツケは余りにも大きく、損失の責任を一切とらず、その穴埋めを労働者へのリストラのみで行おうとする被告経営の姿勢は絶対に許されるものではない。

(4) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)

日本ユニバーサル航空は、早朝・深夜の旅客便に搭載されない、いわゆる「オーバーフロー貨物」の摘み取り、宅配貨物の航空移転を見込んで、平成三年一月一一日に被告、日本通運、ヤマト運輸の合意に基づき設立された(同年一二月時点での被告の出資率は69.3パーセント、出資額は七億〇五〇〇万円)。そして、同年一〇月一六日から専用貨物機を羽田=札幌線に就航させ、運航を開始したが、新千歳空港の二四時間運用化の遅れにより、当初計画していた早朝・深夜の一日二便往復体制が、一日一便往復での運航になったのに加え、貨物需要が当初の見込みを大幅に下回ったことから計画どおりの運航ができず、平成四年九月に日本通運とヤマト運輸から、同年一〇月からの積み荷保証の打ち切り通告を受け、運航開始からわずか一年後の平成四年一〇月一日に運航休止となった。この運航休止に至る間に生み出された赤字補填のため、被告はJUST社に対し約八億円の追加投資を行っている。また、JUST社設立に当たり貨物用航空機が必要となったため、被告は、急遽、海外他社から中古旅客機を購入し、貨物機への改造を行い機材を仕立てた。この購入の際の事前調査が不十分であったため、予定を大幅に上回る改造費を要することになり、新品を購入するよりも高額の二〇〇億円をかけることになった。それにもかかわらず、当該改造貨物機は、JUST社の不振からJUST社に購入させることができず、遊休機材として米国に保管されることとなった。

その後、利用率が四〇パーセント台と低迷していたJUST社は、わざわざ旅客便に搭載予定の貨物をまとめて輸送するなど、JUST社の成績を上げるための工作まで行われた。当時の組合の指摘に対し経営は「いずれ良くなるから見守ってほしい」と繰り返していたのである。また、JUST社の乗員はほとんど外国人運航乗務員に頼るというものであったため、運休になった後も、免許維持のために、飛ばない外国人運航乗務員に賃金の支払を続けていたのである。

こうした経営の甘い見通しのために、被告から五〇名、AGS(エアポートグランドサービス、貨物積み卸しなどを請け負う、被告の下請け会社)から一〇〇名の出向者が杜撰な計画に転勤などで振り回された。

結局、その後免許も失効し、運航不可能な状況で会社だけが存続していたが、平成九年度決算で一六億九八〇〇万円の損失を計上し、資産価値は五億三二〇〇万円まで下落している。事業再開の計画がないまま会社だけが存続する異常な状態も、ようやく平成一一年三月の解散によって解消された。被告の説明によると、JUSTの累積損失は約二四億円に達するが、平成一〇年三月期にJUSTの株式の評価替えを実施、それに伴う特別損失約一七億円を計上済みで、「今期の業績に影響はない」としているが、会社の収支に多大な悪影響を与えたことは明白である。

(5) CAC(シティ・エアリンク株式会社)

CACは主として、羽田=成田空港間のヘリコプターによる旅客輸送を行う目的で、昭和六二年六月三日に設立されたが、ヘリポートの設置や、飛行経路・飛行方式の技術上の問題が解決されないままの実績作り狙いの運航開始は、当初からその事業体としてのあり方が疑問視されていた。結局、就航率、ヘリポートの設置、空港内のアクセス・発着枠・運用時間帯などの事業を左右する技術上の諸問題が一切解決されず、累積損失は膨れ上がり、営業を続ける意味が見いだせず、平成三年一一月運休となった。そして、この膨れ上がった累積損失を解消するため、平成四年度に被告は、CACに対し約一三億円の追加投資を行い、併せて約三億円の債権放棄を行った。しかし、現在でも右の諸問題は解決されておらず、運航再開のめどすら立っていない。

平成四年の段階でその経営状況に関し、組合から問題点を指摘されていたにも関わらず、被告は、株式を一三億七八〇〇万円で取得しながら平成七年度に清算し、一三億一一〇〇万円の損失を出した。

(6) エセックスハウス・ホテルに代表される日本航空開発(JDC)の事業展開

日本航空開発(JDC)は資本金一二〇億円、被告が67.1パーセントの株式を有する子会社である。昭和六二年三月二〇日付けの「JDC監査の報告」には、JDCについて、同時並行的な急激なホテル展開により、JDCは早晩、財務的に破綻に瀕するほどの経営状況にあり、JDCの招く経営破綻は、その規模からいっても、単に一子会社の問題にとどまらず、親会社の大きな負担となり、その経営にも重大な影響を及ぼすおそれが多分にあるもので、事業運営の意義は全くない旨指摘されている。さらに、この監査報告書では、エセックスハウス・ホテルの問題解決なくしては、JDCの経営の建て直しはあり得ず、同ホテルについては、経営のメドが立たない場合には、たとえ、現在、損失を被ることがあっても、エセックスハウス・ホテルを売却し撤退を行ってでも、今後被る莫大な損失を防止すべきである旨指摘されている。同ホテルはニューヨークにあり、昭和六〇年、JDCが、マリオネット社から一億七五〇〇万ドル(当時の為替レート一ドル=二四〇円で換算すると四二〇億円)で購入したものであるが、その際、JDC自ら不動産鑑定機関の正式鑑定書を取得することなく、ファースト・ボストン社の略式鑑定のみで、マリォネット社の破格の言い値で購入している。また、有効な資金調達が確保されないまま、無謀にも見切り発車した結果、日本生命その他から合計一億七五〇〇万ドルの多額かつ高利(八〇パーセントに当たる一億四五〇〇万ドルを日本生命から平均年利一二パーセントで借入れ)の借入債務を背負うことになった。こうして購入したエセックスハウス・ホテルの損益分岐点は一〇〇パーセントを超え、年中満室でも(昭和六二年当時の客室稼働状況は七〇パーセント程度)赤字で、資金的にも借入金返済どころか、営業を続ければ続けるほど借金と損失が増大するのみで、事業経営の意味は全く見あたらない状況であった。

ところが、この監査報告の指摘・提言は全く無視され、JDCは、平成元年には、五四〇〇万ドルの見積もりで同ホテルの改修工事を行い、超過分としてさらに一億四一〇〇万ドルの費用をかけており、その総コストは購入価格の倍以上にも上った。

また、被告は、平成元年に米国へのホテルへの投資会社としてPWC社(PACFIC WORLD CORPORATION)を、米国に資本金二〇〇ドルで設立した。被告は存亡の危機と叫びながら、他方でPWC社設立当時に約一九一億円の投資を行い、平成四年にはさらに約六二億円もの投資を行っている。被告の説明によれば、この六二億円の投資の目的は、主にエセックスハウス・ホテルの改装資金及び米国の高利返済に充てるというものである。つまり、PWC社は、このホテルの赤字補填のためのトンネル会社なのである。

このようなおよそ不要・不急の投資活動を改めることを組合が指摘しているにも関わらず、被告は真摯にその努力をせずに、安全性に影響を及ぼす本件就業規程の変更をいとも安易に強行しているのである。

被告は、日航開発(JDC、現ジャルホテルズ)が「ホテルを世界的に展開しようとするならアメリカでの知名度を得ることが不可欠」として、自己資金も用意できないのに、今後も不動産価格が上昇し資産価値が高くなると見込み、短期間にエセックスハウス(ニューヨーク)、日航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香港などを所有直営方式でホテル事業を展開してきた。中でもエセックスハウスは莫大な資金を投入し、大きな損害を受けた買い物であった。高級ビルでも一平方メートル当たり三二〇〇ないし五四〇〇ドル(五番街のティファニーでも六五〇〇ドル)が相場と言われる中で、場所的にも劣り、建物も老朽化(一九三二年建設)しているものを、マリオネット社の言い値で、一平方メートル当たり、一八〇〇〇ドルで購入したのである。一室二〇〇ドルで年中満室としても五九三室のエセックスハウス・ホテルでは年間収入は五〇億円程度であるのに、高金利の米国では、三億七〇〇〇万ドルの借入利息だけで五〇億円に達することになり、ホテルの維持管理費や人件費を捻出できず、運営すればするほど赤字が膨らむばかりであることは、監査役が指摘するまでもなく、明らかである。他の米国のホテルも同様である。米国の日航ホテルが総じて日本の日航ホテルよりも稼働率が低い実績を見ても、アメリカを中心とするホテル展開は、採算を度外視する無謀なものである。

なお、監査役の指摘どおり、その後エセックスハウス・ホテルは赤字を出し続け、被告は、平成九年六月二七日、JDCに対し、なおも三一九億円に上る財務支援を行い、その他修理、運営維持費用を合わせて九〇〇億円以上もかけながら、結局平成一一年一月二四日に米ホテル運営会社に二億五〇〇〇万ドル(二八五億円)で売却することを発表した。

(7) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRANSPORT(HSST))

被告は、昭和四七年から都心=成田空港間のアクセスとして、HSSTを開発してきが、昭和六〇年に、それまで約五二億円を投下していたHSSTの一切の技術等を、一億二〇〇〇万円で株式会社エイチ・エス・エス・ティに譲渡した。しかし、エイチ・エス・エス・ティは事業化のメドがたたず、しかも開発資金の大半を借入金に頼っていたために、負債は平成四年九月頃の時点で約九〇億円にまで膨れ上がり、そめ経営は行き詰まった。その結果、平成五年一月同社の負債を整理し、同社の営業権・特許権を引き継ぐ新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社を設立した。同社の設立に当たって、被告は、二五億八〇〇〇万円を出資した上、エイチ・エス・エス・ティ社が抱えていた債務のうち、約八億四〇〇〇万円の債権を放棄した。

かかる巨額の投資を行ったことについて、被告は、「新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社は、愛知県東部・横浜ドリームランド線などの大型誘致案件を中心に、受注・建設を推進し、実現性の高い国内プロジェクトへの技術販売・建設請負による収入を前提とし、平成八年度には単年度黒字化、二〇〇〇年には累損一掃、さらに二〇〇一年には五パーセント程度の配当を開始する計画である」旨の説明をしている。

しかし、HSSTそのものの技術については運輸省からの事業認可という形での承認は得ているものの、実際に運行させるとなると、軌道の設置等について建設省や自治体の承認が必要となることから、そのまま事業化するには多くの問題を解決しなければならず、この事業が被告に貢献利益をもたらすような事業体になるまでに長期間を要するのは明らかであり、被告の主張する「未曾有の経営危機」という事態のもとで、さらに巨額の追加投資を必要とする事業計画を続けながら、他方において、安全性に深刻な影響をもたらす本件就業規程を変更する合理的必要性は存在しない。

なお、国内誘致の案件について、被告は、平成四年、HSSTについて「新技術の優位性は既に多くの関係者から高く評価されており、(愛知県東部丘陵線と横浜ドリームランド線については)HSSTの採用を既に正式に決定しています」と文書で説明している。しかし、東部丘陵線について、愛知県は、「現在機種選定委員会でHSST、新交通システム、モノレールの三機種で選定作業を行っている。夏頃決定される予定」(企画部交通対策課平成一一年四月時点)と説明しており、「既に正式に決定」などされていない。

また、ドリームランド線について、横浜市は、「数年前にドリーム開発からドリームランド線(以前はモノレールが走っていた)をHSSTに施設変更したいという申請があった。しかし、ドリーム開発の親会社のダイエーは経営が厳しく新規投資ができない状態で、計画は足踏み状態」(都市計画企画調査課)としており、実用化のメドは全く立っていない。

そして、平成九年度決算では、エイチ・エス・エス・ティは二〇億五〇〇〇万円の損失を計上し、その資産価値は五億三〇〇〇万円まで低下している。これこそ事業としての将来展望がないことを示している。

(8) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)

被告は、米国ハワイ州オアフ島西海岸のコオリナ・リゾートの開発・経営を目的として、昭和五三年四月一八日設立のPPHを昭和六三年三月に買収して、同社を被告の子会社にした(これらのために平成二年度に三五億円、平成三年度にも九五億円もの巨大な投資をしている。)。ところが、コオリナ・リゾートについては、コオリナ・ゴルフ場(平成二年)とイヒラニ・リゾート&スパホテル(平成五年)のみ完成したものの、ショッピングセンターについては着工さえ未定となったまま事実上放置され、有効な投資活動になっていない。

被告は、運営も軌道に乗りつつあると主張するが、利用者が増えることはなく、PPHは平成九年度決算で、二一〇億三四〇〇万円を損失として計上し、被告としての資産価値はゼロとなった。そして、平成一〇年の一月に機長組合・先任航空機関士組合との合同経営協議会の席上、河野副社長は「PPHは下血状態だ。」と説明するに至った。「JDC監査報告」を蔑ろにしてのこの失敗は、厳しく追及されねばならない。

(四) 被告の放漫経営のその後の実態

乗員組合や監査役の指摘、警告を無視し続け、一度計画したら周りを見ることなく突っ走る無為無策の経営の果てに待ち受けていたものは、一五〇〇億円を越える巨額の内部留保の取り崩しによる、累積損失の一掃である。

平成一〇年三月一九日に経営協議会が行われ、被告は、平成九年度業績を下方修正し、併せて「九八―二〇〇一年度中期計画」を発表した。その内容は、ホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計上し、被告本体の累積損失五七六億円と合わせて、一五四六億円の損失を資本準備金等を取り崩し一掃するというものである。平成九度損益計算書をみると、損失処理計算書で任意積立金、利益準備金、資本準備金を合計で一五一七億円取り崩していると表示されている。これに伴い関連事業の見直し・整理を行い本業集中を図るという計画であった。

被告は、資本準備金について、「株主から預かった資金であり勝手に取り崩せない」等と主張していたが、自己資本として扱われ、配当義務もないことから、株主が払い込んだ資本の一部というよりも、株式で得た利益の内部留保というべきで、平成九年度決算でその性格が明確になったと言えよう。このことは図らずも、これほどの損失をたった一回で一掃してしまうほどの経営体力を「危急存亡の危機」「倒産の危機」の中にあるはずの被告が持っていたことを図らずも証明することとなった。

しかも、平成九年度の有価証券報告書をみると、「関連事業評価損」と記載されており、この損失は本業での失敗ではなく、関連事業での失敗が原因であることが明らかである。例えば、右有価証券報告書に掲載された子会社・関連会社における評価損によれば、一〇社に上る各関連会社の損失金額は、合計六〇七億三〇〇〇万円にも上っている。被告はこうした数々の放漫経営の失敗のツケを巨額の内部留保の取り崩しで帳消しにしたのであるが、子会社・関連会社を乱立させ、そのほとんどを経営不振に陥らせた被告の責任は重く、従業員へのしわ寄せなど許されるものではない。

五 乗務時間・勤務時間について

1  変更の必要性の内容及び程度

(一) 総論的主張

(1) 被告の主張

被告は、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的な競争力を強化するために、本件就業規程を変更した。勤務協定の定める勤務条件は、当初の協定締結以降の路線便数や機材構成の変化に対応した見直しが全く行われないままであったため、実情に馴染みにくく、硬直化しており、運航乗務員の効率的な起用の障害となっていた。そこで、制限を緩和することによって、より弾力的、効率的な運航乗務員の活用を可能にし、生産性を高めてコスト競争力の強化を図ろうとしたものである。

(2) 原告らの主張

右被告の主張は争う。

2  変更後の不利益性の内容及び程度並びに変更後の内容自体の相当性

(一) 不利益の内容及び程度

(1) 総論的主張

ア 原告らの主張

乗務時間・勤務時間制限についての本件就業規程の変更の内容は、前記(第二、一、5)のとおりである。変更後の本件就業規程の乗務時間・勤務時間制限は、運航乗務員の疲労という観点から安全性に著しい影響を及ぼす点で問題があり、その内容自体が相当ではない。

変更後の本件就業規程では、前記のとおり、連続する二四時間の枠がなくなったうえ、単純にみても一日の労働時間の延長となる点がある。

勤務協定における乗務時間又は勤務時間制限は、ジェット機導入時に中央労働委員会の斡旋案(昭和三六年三月三〇日)に基づいて締結された。当時に比べ航空機の性能の進歩はあるものの、乗務時間に大きく影響する巡航速度は、それほど向上しておらず、逆に航続距離が延びているため、従来途中の経由地で休養を取ることができた路線でも直接目的地に向かういわゆる直行便が増加している。したがって、時差の影響を受ける度合いが高く、また一回の乗務当たりの勤務時間が長くなっている。さらに、航空機の性能向上により、より悪天候下での運航が可能となっており、特に離着陸時に乗員が受けるストレスは増大している。このような観点からも、今回の乗務時間又は勤務時間の延長は、乗員の健康に与える影響が大きく、運航の安全性に直接影響を与えることが危惧される。

運航の安全性の低下は航空労働者が受ける不利益そのものである。

イ 被告の主張

今回の改定によって制限が緩和されたのは、シングル編成の予定着陸回数が一回及び二回の場合の乗務時間及び勤務時間、同四回の場合の勤務時間とマルティプル編成の乗務時間である。シングル編成においても予定着陸回数が三回の場合の乗務時間及び勤務時間、同四回の場合の乗務時間については何ら変更はないし、マルティプル編成の勤務時間についても変わりはない。また、シングル編成の予定着陸回数一回及び二回の場合であっても、その出頭時間帯が二二時から五時五九分については従来の制限と同じである。

本件就業規程の改定により乗務時間及び勤務時間の制限が緩和され、従前に比べれば、より長時間の乗務及び勤務を命ずることができるようになったこと等はあるが、その変更の本質は、月間の所定就業時間も休日も何ら変わっていない中で、服務の態様や休日の付与の態様等に関する基準に変更が生じたというものであって、子細に見ればその不利益性はほとんど問題にならない。

不利益性の有無及び程度については、問題とされる乗務及び勤務が当該運航乗務員に対してどの程度一過性及び累積性の疲労の増大をもたらすのか、それに対する配慮がどのようにされているのか、そのような乗務及び勤務がどの程度現実にあるのか等を総合的に判断すべきである。その観点から見ると、原告らの主張は不利益性を過大に見せかけようとしているといわなければならない。

(2) 従来の路線別協定における上乗せ条件について

ア 原告らの主張

従来、乗務・勤務時間の制限を超える長大路線については、個別の労働協約により上乗せの条件を付して乗務したり(「路線別了解」)、完全な交替要員を乗務させるダブル編成にしたりするなどの方策(「路線別協定」)をとっていたが、変更後の本件就業規程は、従来の路線別協定をすべて満足しているものではなく、休養時間削減のみならず、乗務パターンによっては、基地帰着後の休日が減少する場合もある。被告は乗務時間・勤務時間制限の延長により、これらの上乗せ条件もすべて否定することができるようになる。すなわち、長距離路線の場合、勤務協定の基本取り決めである一二時間の休養のみが確保されていたのではなく、従来から路線別協定等により別途休養が確保されていた(ニューヨーク、ヨーロッパ等では二泊、サンフランシスコや冬期のホノルルでは二四時間等)が、本件就業規程の変更により休養時間が削減された。この点での不利益も大きい。

例えば、成田→ニューヨーク便の乗務に就く場合、過去はアンカレッジ経由となっていた。運航乗務員は、成田→アンカレッジ便の乗務後、アンカレッジで休養を取り、翌日以降のアンカレッジ→ニューヨーク便の乗務に就く乗務パターンとなっていた。この場合、乗務員は成田→アンカレッジ間の時差六時間をアンカレッジの休養で、アンカレッジ→ニューヨーク間の時差四時間をニューヨークの休養で調整していた。ところが、航空機の航続距離の向上により、成田→ニューヨーク直行が可能になり、運航乗務員は、成田→ニューヨーク間の時差一〇時間をニューヨークの休養で調整することになる。このニューヨーク直行便が開始された際に締結された路線別協定では、乗務時間の長さやこの時差等の影響を考慮して、「いずれか一方(成田→ニューヨーク又はニューヨーク→成田)を乗務する場合のニューヨークにおける休養は、原則として二泊とするものとする」と規定されていた。したがって、往路又は復路が乗務、デッドヘッドに係わらず、ニューヨークにおける休養は二泊(通常四六から四八時間)が確保されていたが、変更後の本件就業規程では、乗務時間が九時間を超える場合、その時間に応じて一二時間に加えて六時間ないし一二時間の休養時間を予定すると規定されているが、この規定及び深夜乗務に係る規定を適用すると、往復乗務の場合、ニューヨークにおける休養時間は、現在(平成六年冬期ダイヤ)の運航スケジュールで二六時間から二七時間となり、運航スケジュールの設定の仕方によっては、ニューヨーク一泊で折り返し可能となる。また、右規定はデッドヘッドの場合には適用されないため、往路又は復路が便乗の場合、ニューヨークにおいて一二時間の休養時間で折り返し乗務又はデッドヘッドが可能となる。さらに、改定後の本件就業規程では、遅延等が発生した場合は一〇時間の休養で次の勤務を可能としている。これらは明らかに不利益な変更である。

イ 被告の主張

改定後の本件就業規程は、休日数や休養時間など従来の路線別了解、路線別協定の基本内容が維持されるように配慮されている。

(3) 二四時間の枠がなくなったことの不利益性

ア 原告らの主張

従来はたとえ休養地又は宿泊地で一二時間以上の休養を取ったとしても、休養時間を挟んだ前後の勤務がきつい場合、任意の連続する二四時間で制限にかかるため必然的に前日の勤務を前にずらすか又は、翌日の勤務を後ろにずらさなければならなかった。その結果、きつい勤務ほど一二時間に上乗せされた休養時間が確保された。しかし、改定就業規程では、この連続する二四時間の制限が削除され、一二時間の休養時間(イレギュラー時は一〇時間)の前後の勤務は、時間制限を適用するに当たり通算されないため、この上乗せ分の休養時間が削減されることになった。

この「二四時間中の乗務時間の制限」は、被告が主張するとおり、休養時間の付与自体を意図したものではないが、任意の連続する二四時間の中で最大乗務時間九時間・勤務時間一三時間(シングル編成の場合)以上の勤務には就かせることができないという制限によって、乗務員の一過性の疲労の蓄積を防止するための枠であり、それ以上の乗務に就けないということから休養時間が発生していたことは事実であって、そのこと自体、乗員の健康と航空の安全にとって極めて重要なことであった。

被告は予定着陸回数一回の場合を例に挙げて、「九時間の乗務を行った場合の勤務時間はプラス二時間で一一時間(であり)、それに前後の地上輸送時間(各三〇分)を加算しても…二四時間の中で一二時間の休養を確保できていた。」として、この「二四時間枠」が「一二時間の休養」と関連しているかのごとき説明をしているが、これは正しくない。すなわち、乗務前の勤務時間(ブリーフィングタイム)、乗務後の勤務時間(デブリーフィングタイム)は、空港及び路線ごとに決められており、例えば成田→サンフランシスコ線の場合、乗務前一時間四五分、乗務後三〇分と決められており、合計で二時間一五分となる。これに協定上の乗務時間制限の上限である乗務時間九時間の便に乗務した場合の勤務時間は一一時間一五分となって、被告の理論によれば、前後の地上輸送時間(各三〇分)を加えた場合、従来から連続する二四時間の中で一一時間四五分の休養時間しか確保できていなかったことになる。

さらに、従来の勤務時間制限は一三時間であるため、被告の理論では一三時間の勤務を行った場合、前後の地上輸送時間(各三〇分)を考慮すると、初めから一〇時間の休養時間しか確保できないことになる。

これらのことから明らかなように、被告の乗務時間制限を一一時間に延長するにあたって従来保護されていた一二時間の休養が削減されるのを避けるために「連続する二四時間中の制限を廃止した」とする説明は根拠がない。

従来から次の乗務につく前に与えられていた一二時間の休養時間(路線によっては二泊あるいは二四時間)は、乗務、勤務時間制限によって与えられていたのではなく、それ以外の規定によって確保されていたのである。すなわち、従来の協定では、「宿泊地における休養は少なくとも一二時間とする」(路線によっては、路線別協定等により二泊とする等)と決められており、これによって最低限の休養時間が確保されていた。

さらに被告は、「休養時間については長時間乗務・深夜乗務を考慮した休養時間の加算措置を講じているので、上乗せ分の休養がなくなったとしても、それをもって不利益ということはできない」と主張するが、これも論理のすりかえである。

原告らが問題としているのは、主に短距離国際線あるいは国内線の乗務についてであり、これらの乗務については会社の主張する「休養時間の加算措置」は適用されない。又、「休養時間の加算措置」が適用される長距離国際線あるいは徹夜便の乗務については、従来から路線別協定や確認書等により一二時間ではなく、二泊や二四時間等の休養が確保されていた。

二四時間の枠づけの下での従前の乗務時間・勤務時間のために「それ以上の乗務につけないことから発生する休養」は、それ自体、前述のように極めて重大な意味を持っている。被告の主張する「休養時間の加算措置」は何らこれに代替・補完しうるものにはなっていない。

被告は「旧協定上可能であった(予定の段階で)一二時間未満の休養を挟む勤務の中には、変更後の本件就業規程では実施できないものもあり、結果的に休養時間を増加させる方向に働くものもあり得る」と主張するが、これは誤りである。

この「一二時間未満の休養」の根拠として、被告は勤務協定Ⅱ-16(2)の但着イを挙げて、(勤務協定においても)「宿泊地での休養時間の最低基準は設けられていない」などと主張しているが、後記のとおり、本ただし書は、その「ただし書」としての規定の仕方からも、制定の経緯からも、規定の内容からしても、イレギュラーの場合を想定しての規定であることは明らかであり、従来の勤務協定の下では、予定の段階から「一二時間未満の休養を挟む勤務」など認められるべきものではなかった。

以上述べて来たように、被告が「連続する二四時間」の制限を廃したのは、二四時間制限のためにそれ以上乗務につけない制限を外し、一二時間の休養をとれば、いかなる過密な勤務でも予定できるようにすることが目的であるといわざるを得ない。

また、被告は「運航規程上の『連続する二四時間』の枠は従来と変わりがなく、(略)就業規程の改正後もこれに反しない運用をしている」と、運航規程に反しなければ問題はないかのように主張するが、運航規程のみでは到底安全の確保はできない。ゆえに、従前、会社と組合間で協議をつみ重ね、就業規程や各種の協定を結び、より細かな枠組を作って安全確保に努めて来た。被告はこれらの協定等を一方的に破棄し、機長組合、乗員組合、先任航空機関士組合の反対を無視して本件就業規程の改定を強行した。

イ 被告の主張

本件就業規程の変更により、規制対象となる一連の乗務のとらえ方について、旧協定では「連続する二四時間中の乗務・勤務」とされていたものを、前後に予定された「連続する一二時間以上の休養」によって枠付することに変更された。すなわち、一二時間休養から一二時間休養までを「一連続の乗務に係わる勤務」として、乗務時間・勤務時間を規制することとなった。

このような変更を行ったのは、従来の「連続する二四時間中の乗務・勤務」という基準のままで時間制限の緩和を行うと、長時間の乗務後に短時間の休養をとった上でなお連続して乗務を予定することが可能となるため、次の一二時間の休養を予定する地点までの勤務を一連続の勤務として制限対象の枠付をすることによって、それを回避するためのものであって、この変更そのものがもたらす実質的な不利益はない。

例えば、シングル編成で予定着陸回数が一回の場合、従来の乗務時間制限は九時間であるから、九時間の乗務を行ったとすると勤務時間はプラス二時間で一一時間、それに前後の地上輸送時間(各三〇分)を加算しても、その一連の勤務開始から二四時間の中で一二時間の休養時間を確保できる。すなわち、九時間乗務を引き続き行っても、連続する二四時間の中で一二時間の休養が確保できていた。ところが、乗務時間制限が一一時間まで緩和された結果、一一時間の乗務を行うと、勤務時間は一三時間となり、休養施設への地上輸送時間を考えれば一連の勤務開始から二四時間の中では一〇時間の休養しか予定できないことになる。そして一〇時間の休養をとったままで引き続き一一時間の乗務に係わる勤務を予定しても、「連続する二四時間」の制限には違反しないことになる。

すなわち、従来の連続する二四時間中の制限のままで、乗務時間・勤務時間制限を緩和すると、休養時間が削滅され得ることとなるのである。よって「連続する二四時間」という枠組みを止め、乗務時間・勤務時間制限の対象を前後の一二時間以上の休養で枠付することとし、一連の乗務が終了した後、次の乗務につく前には、スケジュール上で一二時間以上の休養が確保されるシステムに改定した。

これに対して原告らは、「連続する二四時間」の枠が廃止されたことによって、従来と比較して不利益となる旨を主張するが、原告らがいう休養時間の「上乗せ」とは、一連の乗務における時間制限のためにそれ以上の乗務に就けないことから発生する休養に過ぎず、休養の付与自体を意図したものではない。変更後の本件就業規程では、時間制限を緩和する一方で、休養時間につき後述のように長時間乗務・深夜乗務を考慮した休養時間の加算措置を講じていることを併せ考えれば、原告らのいう「上乗せ分」の休養がなくなったとしてもそれをもって不利益ということはできない。

また、「連続する二四時間」の枠を「一連続の乗務に係わる勤務」の枠に変えたことによって、運航乗務員が従来実施可能であった勤務から免れ得る場合もあり、不利益性のみを論ずる原告らの主張は一方的であると言わざるをえない。例えば、旧協定上可能であった一二時間未満の休養を挟む勤務の中には、変更後の本件就業規程では実施できないものもあり、結果として休養時間を増加させる方向に働く場合もあり得る。

なお、この「連続する二四時間」に関連し、原告らは、休養時間は「宿泊地」であれば一二時間以上が必要であると主張するが、後記のとおり、宿泊地での休養時間の最低基準は設けられていない。

(4) シングル編成一回着陸の場合

ア 原告らの主張

被告は、シングル編成で予定着陸回数一回の場合の乗務時間制限を九時間から最大一一時間に、勤務時間制限を一三時間から最大一五時間に延長したことにより、従来交替要員を乗務させマルティプル編成で運航させていた太平洋及びオセアニアのほとんどの路線をシングル編成にして、交替要員を削減している。

これによって、サンフランシスコ→東京の場合、従来はマルティプル編成であったことから交替要員がおり、交互に飛行中三時間ないし三時間三〇分程度の休息が得られていたが、本件就業規程の改定後はシングル編成で全く休息なしに乗務時間一一時問、勤務時間一五時間もの勤務を強いられることになった。

平成六年度冬期ダイヤにおけるサンフランシスコ→成田線(〇〇一便)は乗務時間制限一一時間に該当し、その乗務ダイヤは一〇時間五五分であり、成田→オークランド線は乗務時間制限一〇時間三〇分に該当し、その乗務ダイヤは一〇時間二五分であり、オークランド→成田線は乗務時間制限一一時間に該当し、その乗務ダイヤは一〇時間四五分であり、それぞれ、乗務ダイヤでぎりぎりの乗務が行われ、実際の乗務ではかなりの割合で、右乗務時間制限をオーバーしている。

被告が行った制限時間の改定は、こうした交替要員を削減することを意図したものであり、交替要員の削減は前述のような労働強化、労働時間の延長を生み出す。

この乗務時間中は、乗員は常に操縦に従事しており、休息を取ることは許されない。

NASAの研究・調査においては、乗組員三名による九時間乗務においてすら、マイクロスリーブが多くみられ、かつ反応時間が確実に遅れるといった疲労の実態が明らかにされているのであって、これと比較しても、一一時間に及ぶ乗務が、疲労により覚醒度の点でも反応等の能力の点でも大きな低下をもたらすことは明らかである。疲労がたまって来た最後に乗員にとって一番神経を集中させる着陸を行わなければならない(航空機の事故発生率は離着陸に集中している)ことを考えれば、今回の乗務時間延長が、単に「時間延長」という以上に、乗員に対する不利益と運航の安全にもたらす危険が大きいことが明白である。このことは、長距離路線の事故発生率が短距離路線のそれに比べて2.83倍との報告(甲第五号証)や過去のアメリカ国家運輸委員会の事故調査委員会の報告書(甲第七三号証)からも明らかである。

被告によるこれら制限時間の延長は、前述のように太平洋路線及びオセアニア路線に交替要員を乗務させずに運航させることを目指していて、科学的かつ客観的なデータに基づいて求められたものではない。

イ 被告の主張

予定着陸回数(一回ないし四回)別に、着陸回数が増えるにつれて制限時間が縮小される決め方は変わりないが、最大の時間枠である予定着陸回数一回の場合について、乗務時間九時間、勤務時間一三時間をそれぞれ一一時間、一五時間に変更し、これに伴い、各予定着陸回数に対応した制限時間を見直したこと、これに加えて各予定着陸回数ごとに出頭時間帯別の制限時間をきめ細かく設定することにしたのが主な変更内容である。この結果として、予定着陸回数一回の場合最大で二時間、同二回の場合で一時間の枠拡大(緩和)が生じたが、全く変更をみないパターンもある。すなわち、予定着陸回数が三回の場合には乗務時間、勤務時間とも全く変りなく、同四回の場合も乗務時間には変わりが無く勤務時間が一時間緩和されたということであるし、予定着陸回数一回、二回の場合でも出頭時間帯が二二時~五時五九分では従来と変わりが無い。

ところで、規程上でも、これらの時間制限は二名編成機か三名編成機かの編成の別に拘わりない定め方になっており、その点外形上には変更がないのであるが、運航規程の定めにより従来二名編成機の場合には乗務時間八時間、勤務時間一三時間という制限が定められていたので、二名編成機にかかわる実質的変更幅は乗務時間で三時間、勤務時間で二時間の緩和になる。

なお、時間規制の対象となる一連の乗務のとらえ方を「連続する二四時間中の乗務・勤務」から「連続する一二時間以上の休養(予定)」によって前後を画された乗務・勤務に変更されたが、この変更そのものがもたらす実質的な差異はない。

(5) シングル編成二回以上着陸

ア 原告らの主張

シングル編成の場合の予定着陸回数二回以上の場合の乗務時間・勤務時間制限の延長(勤務協定Ⅱ―9(1)。就業規程一〇条2項)は、従来一回しか予定できない主に中距離路線の乗務を二回に、従来三回しか予定できない主に短距離路線の乗務を四回予定することができるようにすることを意図している。

これによって、例えば香港路線の場合、従来片道の乗務で香港に宿泊し、一日目の勤務時間七時間〇〇分、二日目の勤務時間が五時間五五分であったものが、今回往復乗務とされ、一日の勤務時間は一二時間二〇分(JL七三一/〇六四又はJL七三三/七三四の場合)もの勤務を強いられるのであり、これらは労働時間の延長そのものである。

香港線以外でも、例えば成田→マニラ線の乗務に就く場合、成田マニラの乗務時間が四時間四〇分、マニラ→成田が三時間五五分(平成五年冬期ダイヤ)のため、往復乗務を取った場合、乗務時間八時間三五分、勤務時間一二時間二五分(勤務開始〇八時一五分、勤務終了二〇時四〇分)となり、乗務時間制限八時間三〇分を超えるため、従来はマニラで宿泊し翌日マニラ→成田の乗務に就く乗務パターンとなっていた(この場合の勤務時間は、六時間四〇分及び六時間一〇分)。ところが改定された規定では、乗務時間制限が延長されたため、往復の乗務が可能となり、一日当たりの労働時間がほぼ倍増したことになる。

さらに予定着陸回数が四回の場合、乗務時間制限六時間は変更されていないが、勤務時間制限が一〇時間から一一時間に延長されている。これにより、従来実施不可能であった福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡等の四回着陸の乗務パターン(平成六年夏タイヤ)が可能となった(乗務時間五時間四五分、勤務時間一〇時間五分)。

以上見て来たことからも、これらの時間延長の基準が、科学的、客観的なデータに基づいて求められたものではなく、その発想の出発点が、予定着陸回数二回の時は、主に東南アジアの中距離路線で往復又は二区間の乗務を可能とするために、予定着陸回数四回の時は、国内線及び韓国線で四区間乗務を可能とする基準として得られていることは明らかである。

被告は、原告らが、香港路線など従来片道の乗務で宿泊していたものが今回の改悪で往復乗務とされたことを指摘し問題にしているのに対して、「当該日の勤務のみを微視的に抜き出してみれば労働時間が増えたことになるかもしれないが、変形労働時間制の下で特定の日の労働時間の長短を論じても何の意味もない」などと主張するが、例えばマニラ路線のように従前不可能であった一日での往復乗務パターンが可能となり行われるようになったということは、単に一日当たりの労働時間の増加に止まらず、月間乗務時間等の枠はあるものの、その枠の範囲内での労働密度の強化、労働時間の増加につながることは当然である。それに、たとえ「特定の日の労働時間」が長くなるだけだと主張しても、その一日の長時間の労働・乗務による疲労により運航の安全性が低下する危険があるのであって、それを「何の意味もない」などと片付けられるものではない。

また、被告は、「法が明確に規制しているのは連続する二四時間中の乗務時間制限である。被告においても、安全基準として予定着陸回数別の乗務時間制限が必要とは考えていない。」と述べているが、その根拠とするものは、「法の規制を受けていない、だから運航規程にも定めがない。よって安全の基準とはならない。」という、全く実質的な検討を何一つ行おうとも考えておらず、およそ根拠ともいえないものである。

以上見て来たことからも、これらの時間延長の基準が、科学的、客観的なデータに基づいて求められたものではなく、その発想の出発点が、予定着陸回数二回の時は、主に東南アジアの中距離路線で往復又は二区間の乗務を可能とするために、予定着陸回数四回の時は、国内線及び韓国線で四区間乗務を可能とする基準として得られていることは明らかである。

イ 被告の主張

本件就業規程の変更により、何らの変更を見ない深夜の出頭時間帯以外では、出頭時間帯が八時から一四時五九分のパターンにおいて乗務時間、勤務時間が各一時間長い九時間三〇分、一四時間になり、その余は各三〇分長くなったが、法が予定着陸回数ごとの制限の強化を求めていない中で、乗務時間に関する最大基準の一一時間が、前述のとおり安全上何ら問題のないことが明らかであるからには、着陸回数が一回増えたことによって出頭時間帯の各パターンごとに乗務時間で一時間三〇分、勤務時間で一時間それぞれ制限したという内容の妥当性には疑問の余地がないというべきである。ちなみに、変更以前においては、予定着陸回数一回の場合と、二回の場合との差は、乗務時間で三〇分、勤務時間で〇分であった。

原告らは、香港路線その他を例に挙げて、従来は一日に片道ずつの勤務であったものが本件改定によって往復乗務を命じ得るようになったが、これは労働時間の延長そのものであるとともに、これらの時間延長は、科学的・客観的データに基づくものではなく、乗務員の労働を強化し、航空の安全を危うくするものであると主張する。

被告は、合理的根拠もなくやみくもに乗務時間・勤務時間の制限を緩和したというものではなく、客観的に妥当な水準を見極めて行ったものである。時間制限を緩和したのは運航乗務員のより弾力的、効率的活用を可能にするものであるから、その目的にかなった運用が現実になされていても異とするには当たらない。その結果、従来に比べて変わったパターン、あるいは時間が延びたパターンについて、当該日の勤務のみを微視的に抜き出してみれば、労働時間が増えたことになるかもしれないが、変形労働時間制の下で特定の日の労働時間の長短を論じても何の意味もないことであり、休日数の付与や、勤務の実際を見れば、「乗務員の労働を強化し、労働時間を延長して航空の安全を危うくするもの」などというのは本件改定の本旨をゆがめるものである。

シングル編成三回及び四回着陸については、ここで変更を見ているのは予定着陸回数四回の場合の勤務時間が一時間増えて一一時間となった点のみで、予定着陸回数三回の乗務時間・勤務時間と同四回の乗務時間には全く変更がなく、しかもその結果、予定着陸回数三回の乗務時間は同二回に比べて二時間ないし一時間半短くなった(深夜の出頭時間帯を除く)のであるから、全く問題視する余地がない。

(6) マルティプル編成

ア 原告らの主張

マルティプル編成の乗務時間制限一四時間から一五時間の延長(勤務協定Ⅱ―9(2) 就業規程一〇条3項)は主に従来ダブル編成で運航していたアメリカ東海岸に対応するための改定である。

乗務時間一四時間三〇分の乗務を例にとって説明すれば、従前の協定であれば、ダブル編成によればパイロット一人当たり七時間一五分の乗務と機内の寝台を使用して実質約六時間以上の休息時間が与えられていた(離着陸は可能な限り操縦室で着席するように定められているため、このうち約一時間は休息できない)。しかし、今回の改定ではマルティプル編成に変更されたため、一〇時間の乗務と実質約三時間半程度の休息となった。このような乗務時間の延長はシングル編成における乗務時間の延長と同様、覚醒度の低下を引き起こし、安全に影響を与えるものであることは明らかである。

イ 被告の主張

マルティプル編成に関しては、旧協定下において乗務時間が一四時間・勤務時間が二〇時間と定められていた制限を、乗務時間について一五時間と一時間長くした(勤務時間制限は変わらず)ものである。二名編成機におけるマルティプル編成については旧勤務協定に定めがなかったので、現実には運航規定上の乗務時間一二時間、勤務時間一七時間の制限に基づいて勤務が行われていたが、これと対比すると、乗務時間三時間、勤務時間三時間の緩和となった。

右の変更後の内容は、平成五年二月二〇日付けで改定された運航規程と同一内容であるが、後記のとおり二名編成機と三名編成機のワークロードに差が認められないこと、シングル編成における乗務時間が一一時間まで許容され、安全上問題がないこと前述のとおりであることを考え合わせれば、交替要員を追加した編成における一五時間以内の乗務に安全上の不安を認めなければならない要因は全く見当たらない。

原告らは、従来ダブル編成で運航していたアメリカ東海岸の路線がマルティプル編成に変更されたため、従来は実質六時間以上の休息時間が与えられていたのに現在は実質三時間半程度の休息になったとし、このような変化が「覚醒度の低下を引き起こし、安全に影響を与えるものであることは明らかである」と主張しているのは正しくない。

なお、原告らが再々援用する前記NASAのローズカインドらの調査では、九時間前後のフライト中に与えられた四〇分の休憩に大きな効果を指摘している。

(二) 変更後の規定の内容は安全性に問題がないとする被告の主張と原告らの反論

(1) 総論的主張

ア 被告の主張

本件就業規程の変更後の乗務時間、勤務時間制限は、国の安全基準を踏まえて定められたものであり、国の認可を受けた運航規程の基準の範囲内の内容である。そのうち、三名編成機の基準に関しては国際的に実績がある。

また、いわゆる新世代二名編成機における運航乗務員のワークロードが在来型三名編成機におけるそれと比べて同等程度を超えるものでないことは経験上から実証されているところである。

これに対して、心理的側面から三名編成の場合より二名編成の場合の方が、より疲労が高まりやすい旨の主張が出されたりするが、そのような主張には何らの客観的根拠が認められない。乗務時間が八時間、九時間の範囲ならば、三名編成と二名編成とで心因的疲労に差違が生じないのに、これが一〇時間、一一時間になると、その差が生じてくるという科学的データはない。

被告は、本件就業規程の変更に当たり乗務時間・勤務時間の制限をどのレベルまで緩和してよいかという点については、これまでの制限の水準、運輸省航空局技術部長通達による二名編成機の乗務時間制限の緩和とこれに基づく運航規程の改定、他社の水準等を総合勘案して定めた。

変更後の基準は運航規程の範囲内のものである。運航規程は安全の基準である。運航規程は運輸省航空局の示している基準を満たしている。運輸省航空局の基準はJAPAの報告に基づくものである。三名編成機については国際的に実績がある。二名編成機についてはJAPAが疲労度の検証を行っており、それは信頼すべきものである。また、被告は、変更に当たり乗務員の声も参考にしている。

勤務条件の変更が運航の安全に影響を及ぼすかどうかは個々の変更内容に即し、科学的、客観的に検討して判断されるべきことであって、原告ら主張のように一般的、抽象的におよそ勤務条件の変更は運航の安全に深刻な影響を与えると即断することは合理的な根拠を欠くと言わなければならない。

また、航空機の性能の向上によって長距離であっても直行が可能になったことは事実だが、直行便だと必ず時差の影響が大きいとは限らない。直行便の増加が勤務時間の増加をもたらすとしても、その分休養も長く与えられる。また、乗員の健康及び安全性への悪影響が大きくなるともいえない。

イ 原告らの主張

被告は、労働条件変更に伴う具体的な路線における運航検証を一切行っていない。

被告が実際に行ったと主張する検討とは、海外及び国内の同業他社のそれぞれの基準を極めて限定的に比較したものに過ぎない。

被告が安全の根拠としているのは、変更後の基準が国の基準の内側であることと職制乗員から問題とする意見が出されなかったことでしかなく、客観的・科学的な基準に基づく検証ではない。

労働協定は安全運航の担保の役割を果たしてきたといえる。そうした労働協約を一方的に破棄した以上、安全性の低下がないことを被告が証明しなければならないし、それができない以上、労働条件の変更は認められるものではない。

運輸省航空局技術部長通達は、連続二四時間中の乗務時間について一二時間という制限時間を設定したに過ぎず、被告が行った勤務時間の延長や、二回着陸時の乗務時間、四回着陸時の勤務時間、国内線の連続乗務日数の延長等の項目については一切触れられていない。また運航規程の安全性に関する妥当性の根拠となるものも示されていない。なお、その際行われたとされるJAPAの検証についても同様である。

(2) 社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA、以下第二 事案の概要においては「JAPA」という。))の行った検証は安全性を実証したものといえるか

ア 原告らの主張

航空局通達の根拠とされたのはJAPAの報告であるが、これについてはその調査について、次のような問題点がある。

まず、JAPAでは、三名編成機の乗務時間制限を一二時間と決定した平成二年の中間報告を出すに当たり、国内の航空会社において、乗務時間一〇時間以上の運航を行った実績がないにもかかわらず、独自に何の実証的調査も行わずに、依頼を受けたわずか一箇月後にアメリカの基準に従って右報告を行っている。

さらに、二名編成機の時間延長の根拠とされた平成五年の最終報告、またそれを受けて航空局から発行された航空局技術部長通達については、その調査方法、結論をめぐって国外の研究機関からも疑問・批判がされている。

本件就業規程の変更による乗務時間制限の変更に至る経過と、JAPAの調査の問題点等とを併せて考えると、被告は、既に平成二年以前から、シングル編成による二名編成機及び三名編成機の乗務時間をともに一一時間以上に設定しようと計画し、「JAPAの報告」を根拠に、乗務時間制限の延長を実現すべく、措置を執ってきたと推測することができる。

被告が制限時間の延長のための働きかけを始めたのは、遅くとも平成元年末ないし平成二年一月と考えられるのであり、この時期はバブル期であり、被告の収支も黒字の時期であった。

イ 被告の主張

JAPAの「長距離運航にかかわる乗員編成についての検討委員会」は、在来型三名編成機と新世代二名編成機をそれぞれの運航乗務員のワークロードや疲労度をほぼ同程度の長距離運航について調査した結果、両者の間に有意の差は認められないとの結論を得た。これは十分信頼しうる判断である。

① 原告らが批判の主たる論拠とする論文は三名編成機に対する我が国の乗務時間制限が一二時間とされている点については何ら批判しようとせず、専ら二名編成機に対する乗務時間制限の基準を三名編成機のそれと同一にした点を批判しているものである。ヨーロッパにおいては乗員と航空会社の代表者との意見が大きく分かれたのは二名編成機の飛行制限時間に関する論議であるが、これまでヨーロッパ統合航空局飛行時間制限研究会(JAA―FTLSG)は二名編成機の飛行時間の制限を一一時間と提案している旨を報じている。

② 同論文は、JAPAの報告が「新世代2マン機は3マン機と比較して、ワークロードは同等以下であり、疲労については、(略)全体的には有意の差がないことが確認された」としていることに関して何の批判もすることなく、「最小の二名編成での運航においては、二名の乗員が常に操縦に従事し続け、気を張った状態を持続させることを要求されることになる。そして、交代要員を割り当てることができない長大路線においては、単調になり身体的に不活発な状態を誘発し、問題を生じさせる恐れがある」などと三名編成機における二名の操縦士と特段変わりもない内容を挙げる等した上で、「シングル編成二名の乗務員での通常の乗務時間は一〇時間を超えてはならない」と結論づけているのであるが、そこでは、乗務時間の制限が何故九時間でもなければ一一時間でもなく、一〇時間なのかについての根拠は示されていない。

③ 原告らは、国内の航空会社において、三名編成機による乗務時間一〇時間以上の運航を行った実績がないと主張するが、全日空においては、それまで三名編成機の乗務時間制限が一〇時間であったのを昭和六一年九月運航規程を改定して一二時間とするとともに、シングル編成による一一時間を超える乗務(例えば平成元年夏ダイヤにおけるロサンゼルス→成田の一一時間一〇分)を行っているという事実がある。

④ また原告らは、JAPAが独自に何の実証的調査も行わずに、米国の基準に従って三名編成機の乗務時間制限を一二時間とする中間報告を出したと非難するが、米国の長い実績を考えればこの非難は全く的外れのものである。

⑤ NASAのエイムズ研究所に所属するローズカインドらによる調査研究(甲第八九号証)は九時間の乗務継続がかなりの疲労をもたらすことを明らかにしたものとはいえない。

また、原告らは、平成二年二月以前に、日本の航空会社六社の集まりである定期航空協会が運輸省航空局に乗務時間制限変更の働きかけをした旨主張するが、定期航空協会の設立は平成三年一二月であるから時期が合わない。

また、航空会社が安全基準の適正化を求めるのはむしろ当然のことであり、これを問題視するのはおかしい。

(3) 運輸省航空局技術部長が示している基準は安全性を担保するものか

ア 被告の主張

運輸省航空局技術部長名による平成四年一二月二一日付け「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」は、二名編成機の乗務時間制限も三名編成機と同様に、シングル編成で「一二時間以下」、マルティプル編成で「一二時間超」と定めている。被告の運航規程もこれに合わせて改定され、結局、シングル編成では一二時間、マルティプル編成では一五時間という二名編成機三名編成機共通の乗務時間の制限となった。

本件就業規程の変更後の乗務時間・勤務時間の制限は右技術部長の示した基準の範囲内であり、安全性に問題はない。

イ 原告らの主張

航空局技術部長通達による乗務時間制限は安全を保障するものではなく、法的な根拠からも運航規程が運輸大臣の認可を受けている事は安全を保障する基準でない。

(4) 運航規程の基準は安全性を担保するものかどうか

ア 原告らの主張

航空法施行規則は、乗務時間制限について「路線の状況及び飛行場相互間の距離」等を考慮して定めるよう規定しているが、被告の運航規程は多種多様な路線状況を個別に考慮して乗務時間制限を設けているものでもなければ、どのような路線状況、困難な運航環境であろうと疲労が運航の安全を害することのない基準として設定されているものでもない。運航規程は安全の必要条件ではあるが、十分条件ではない。

また、運航規程は、その制定主旨からも現場の運航関係者が意見を述べ、それらが反映されたものでなくては十分な安全基準にはなり得ない。しかし、被告は昭和四一年に第二組合を使って運航規程を会社独自に定めるように変更しており、それ以降、運航規程は乗員の勤務に関して会社を規制する安全基準としての役割を果たすものではない。

このような運航規程だけでは満足し得ない不足点を補い、多種多様な路線状況を考慮して運航の安全性を担保してきたものは、労使間の協定と路線別了解であった。運航規程の内側で勤務協定が定められ、その労使協定の基準によって安全に対する実績が築きあげられてきた。こうしたことからも労働条件変更に先立ち、被告が運航乗務員の意見を聞くこともなく一方的に、独自に変更してきた運航規定が、安全の面で、被告を規制する規程として何ら効力を持たないことは明らかである。

イ 被告の主張

争う。

(5) 外国の基準及び世界の主要航空会社の基準との比較

ア 被告の主張

① 三名編成機についての外国の基準について

三名編成機についてみると、最大乗務時間一一時間、勤務時間一五時間という基準は欧米を通じての国際水準といえるものである。

すなわち、各国の法的規制をみると、米国連邦航空規則は乗務時間を一二時間以下に(フィンランドも同様)、英国航空局通達は飛行勤務時間を一一時間から一四時間以下に定めている外、飛行勤務時間を一四時間以上とする国々には、カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、スイス、ベルギー等がある。

② 二名編成機についての外国の基準について

原告は、二名編成機の乗務時間制限を取り出して、被告の制限に相当する外国他社の例を知らない旨主張するが、甲第七五号証(JAPAの報告書)の九頁では、一二時間ないしほぼこれに相当する時間の飛行時間制限を定めている国は九箇国に上ることが指摘されている。

二名編成機について各国の法的規制を見ると、カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドにいずれも三名編成機と二名編成機とで飛行勤務時間に差を設けていないが、差を設けている国のうち米国は乗務時間八時間、英国は飛行勤務時間九時間三〇分から一二時間三〇分、ベルギーが同一四時間と定めている。

問題になるのは長距離国際線に就航する新世代二名編成機であるが、米国の右八時間という規制は長距離国際線への就航を全く考慮に入れずに定められた基準であることから、この法的規制をそのまま安全性の基準を裏付けるものとするわけにはいかない。

③ 二名編成機の主要航空会社の基準について

外国航空会社の実績としては、一〇時間前後の乗務時間を予定する新世代二名編成機の例もあるが、必ずしも多いとはいえない。こういう状況の下で、前記のとおり、「長距離運航にかかわる乗員編成についての検討委員会」は在来型三名編成機と新世代二名編成機をそれぞれの運航乗務員のワークロードや疲労度を略々同程度の長距離運航について調査した結果、両者の間に有意の差は認められないとの結論を得たというのである。これは十分信頼しうる判断である。すなわち、二名編成機のシングル編成に関しても、この乗務時間制限の変更は何ら安全上問題になるのではない。

④ 全日空について

全日空の勤務協定では、国際線において、シングル編成では着陸回数一回の場合、乗務時間が一一時間、勤務時間が一四時間、同二回の場合、それぞれ8.5時間、一三時間という制限(着陸回数か三回、四回については被告と同じ)であり、マルティプル編成においては着陸回数一ないし二回で乗務時間一五時間、勤務時間二〇時間という制限である。

原告らは、全日空が平成五年五月から勤務協定を改定して乗務時間・勤務時間の制限を緩和したことは認めながら、現実にはその改定内容を適用した運航を行っていないと主張するが、事実に反する。

シドニー→関西国際空港の運航は改定協定の適用(二名編成機で九時間を超えるシングル編成)である。

二名編成機での東京→ロサンゼルスの乗務は九時間三〇分の乗務でマルティプル編成であるが、これは復路のロサンゼルス→東京の乗務が一一時間を超えてマルティプル編成になると言う事情が絡んでいるというべきである。また、「三名編成機でも一〇時間を超えて運用される実態はない」というが、全日空では、三名編成機で一〇時間を超えて一一時間以内の路線そのものがない。

なお、全日空も出資し全日空の運航乗務員が転籍して乗務している日本貨物航空では、サンフランシスコ→東京について三名編成機でのシングル編成による乗務を実施している。

イ 原告らの主張

被告が実際に行ったと主張する検討とは、海外及び国内の同業他社のそれぞれの基準を極めて限定的に比較したものに過ぎない。

例えば、乗務時間制限について、ごく限られた国のごく限られた条件の下で、かつ、三名編成機でしか行われていない乗務時間一二時間という運航をとらえて、被告の運航規程の妥当性を主張してみたり、月間、年間の乗務時間制限を適用するに当たり、海外のほとんどの国で採用されているクレジットアワー制度を考慮せずに単純に制限時間のみを比較してみるなど、極めて恣意的な検討しか行っていない。

(6) 被告の外国人運航乗務員の実績について

ア 被告の主張

被告における外人乗員は旧勤務協定の適用を受けず、運航規程の規制を受けるのみであるから、平成二年(一九九〇年)八月一日運航規程の乗務時間・勤務時間基準が改定された以後、三名編成機において、乗務時間一二時間、勤務時間一五時間という基準にのっとった乗務を重ねてきているが、安全上の不安は一切ない。

イ 原告らの主張

被告は、被告における外国人乗員の実績なるものを引き合いに出しているが、被告において二名編成機に外国人が乗務したことはない。

(7) 被告の行ったその他の安全性についての検証について

ア 原告らの主張

被告は、JAPAの報告に基づく国の基準について、独自の検証を一切行わずに安全の根拠としている。

勤務協定破棄後の平成九年六月の団体交渉において「九時間を超えるような長大路線をシングル(交替要員なし)で運航しているが、具体的な問題となっている路線を実運航で検証したことがあるのか」という組合側の問いに対し、就業規程改定の以前から運航の最高責任者であった巌運航本部長は「特定の路線で検証したと言うことはないですが、OMを改定する以前に検証フライトがあって国のルールが一二時間に決まった」と答え、運航の責任者自らが日本航空が本来行うべきであった安全検証を行っていなかったことを認めている。

イ 被告の主張

右原告ら主張の団体交渉における運航本部長の発言の主張については争わないが、その余の主張は争う。

(三) 変更後の規定の内容は安全性に問題があるとする原告らの主張と被告の反論

(1) 総論的主張

ア 原告らの主張

運航乗務員の労働条件の低下は、乗務員の疲労をもたらし、それは航空機の安全性の低下に直結する事柄である。であるからこそ、航空法施行規則は、乗務員の乗務割について、(イ)航空機乗組員の乗務時間が、当該航空機の型式及び飛行の方法、路線の状況及び起点、終点、寄港地間の距離、他の乗組員の数及び仮眠設備の有無等を考慮して少なくとも二四時間、一月、三月及び一年ごとに制限されていること、(ロ)乗務員の疲労により航空機の運航の安全を害さないように、乗務時間以外の労働時間が配分されていることを要するとしている(同規則一五七条の三)のであり、「乗務割に関する航空法の規則は、航空運航の性質にかんがみ、公共の安全を確保するためのものであ(り)……労働基準法に定める労働時間の制限とは、性質を異にする」「公共の安全を確保する公共上の必要に基づくものであ」る(山口真弘「航空法規詳説」二三六頁)とされている。被告の主張は、こうした運航の安全の問題と運航乗務員の労働条件の問題をことさらに切り離して見せようとするものであって、到底是認できるものではない。

イ 被告の主張

争う。

(2) 乗務の実情関係

ア 原告らの主張

運航乗務は、騒音、振動、低酸素、そして時差等といった種々の厳しい状況の中で、一瞬たりとも気の抜けない極めて強い緊張、重い疲労をもたらす。航空機の運航が乗員乗客の生命に直結し、また、その乗務が高い疲労をもたらすものであることから、各一連の乗務は運航の安全を害する危険のないよう疲労を蓄積させない範囲のものでなければならず、また、一連の乗務の後は、その都度十分に疲労を回復させなければならず、さらに一暦月、三暦月、一暦年の間に蓄積されてくる疲労を防ぎ、回復させるものでなければならない。

被告は、本件就業規程の改定について集中勤務、集中レストの観点を主張しているが、乗員、乗客の安全を最大の使命とし、安全を脅かすような疲労の蓄積は決して許されない運航乗務員の乗務において集中勤務、集中レストという発想は本来なじまない。

時差、徹夜飛行、空気密度が低く騒音がある機内で、時差調整のために十分な休養時間も与えられず、しかも交替要員のいないシングル編成で、全くの休憩なしに最大乗務時間一一時間・勤務時間一五時間の乗務を繰り返すことは、乗員の健康に悪影響を与えることは明らかであり、さらに航空機の運航にとって一番事故が発生する可能性が高い着陸時がその一一時間にも及ぶ乗務の最後にくることを考えれば、運航の安全性に直接影響を与えることは、明らかである。このことは、過去の事故率の統計で、長距離飛行の着陸時の事故率が短距離飛行のそれに比べて2.83倍(甲第五号証の一、二頁)という数値からも明らかである。

イ 被告の主張

争う。

(3) 現場の運航乗務員の意見について

ア 原告らの主張

安全性についての検討を行うための情報はまさに運航の現場に存在する。現場で従事する運航乗務員が合意して取り決められる勤務協定は、その時点において予見される不安全要素を一つ一つ取り除いた結果築き上げられてきた基準を定めるものである。これこそが安全を担保し得る基準に他ならない。勤務協定が破棄された後、被告には、安全を担保し得る基準は存在していない。まさに運航の現場の至る所に不安全要素が放置された状態である。このような状態こそが、原告らの主張する「安全が切り下げられた状態」なのである。

運航の実態を直接知る運航乗務員は誰でも、被告の勤務基準が異常で安全上も大きな問題を含んでいると認識している。乗員組合が実際に平成五年以降勤務に就かざるを得ない運航乗務員を対象に行ったアンケートにおいて実に九五パーセントの回答者が「現在の勤務基準は安全上問題ある」と指摘している。原告らで組織する乗員組合だけではなく、被告の管理職であり運航の最終責任者である機長で組織する機長組合、同じく管理職の航空機関士で組織する先任航空機関士組合が本件就業規程の改定に反対している。被告に在籍するほとんどすべての運航乗務員が本件就業規程に反対している。更に日本国内の定期航空会社のほとんどの運航乗務員が所属する日本乗員組合連絡会や世界八十ヶ国、十万人のパイロットが所属する国際航空操縦士協会(IFALPA)からも裁判所に対して、公正で迅速な判決を求める要望書が提出されている事実は、被告の勤務基準が劣悪で不安を抱かせるものであることが運航に従事する者の共通認識となっていることを示している。

イ 被告の主張

争う。

(4) 疲労と事故との関係

ア 原告らの主張

NTSBの航空セーフティ・レポート・システムに報告される軽度の事故のうち二一パーセントの事例が乗員の疲労が要因となっている。

イ 被告の主張

原告らが引き合いに出している平成五年八月発生のアメリカンインターナショナル航空DC八型機の事故事例は、被告においては就業規程上も運航規定上も実施し得ないような勤務において起きた事故であり、このような特殊事例を本件の論議において参考にしようとすることは不適切である。

(5) NASAの研究結果

ア 原告らの主張

NASAのヒューマン・ファクター研究部で航空機乗務員の疲労について研究が重ねられており、その研究結果によれば、人間は、睡眠不足の度合いがある限界点まで達すると、たとえその時点の状況が生死を分かつような危険な状況であったとしても、脳が出す睡眠指令に意思の力でうち勝つことができなくなるとされている。

また、同研究部が、実際に、それぞれ約九時間のフライトであるホノルル大阪、ホノルル成田、大阪ホノルル、成田ロサンゼルス便の航空機において、三名の乗務員が一二日間の離基地日数の間に八回の乗務を行う乗務パターンのうちの中間の四回の乗務に研究者を同乗させて行った調査によれば、それぞれ乗務員は、乗務の前に二四時間の休憩が与えられていたが、巡航中に休憩を許されずに継続して仕事をしていたグループでは、五秒以上の間意識を失うマイクロ・スリープが全体で一二〇回記録され、しかも、そのうち二二回は降下、着陸段階のものであり、休憩なしグループの四人のベテランパイロットは、仕事を続けるように指示されていたにもかかわらず、睡眠要求が大きいために、五回にわたって眠り込んでしまった。それも電極をつながれて、部外者である二名の研究者が肩越しにのぞき込んでいる状態でである。また、能力測定でも乗務中の休憩なしに仕事を継続していたグループでは反応時間が確実に遅くなったことが明らかにされ、約九時間の乗務により、パイロットの自己覚醒度の主観的評価では疲労がなくとも、客観的には能力の点でも覚醒度の点でも確実に低下していることが明らかにされた。

原告らの乗務においても、巡航中に休息をとることは許されておらず、右調査は、三名の乗務員で九時間の乗務における調査であるが、原告らは今回の勤務条件の変更によって、二人で九時間を大きく超える最大一一時間の乗務を行わなければならないのであるから、右NASAの調査に比べても疲労度は高く、マイクロスリープに陥る危険が高い。そして、疲労の最後に最も危険な着陸が行われるところに運航乗務の特質がある。

NASAの調査を行った科学者たちにより、右調査に基づく「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成についての『原則』と『ガイドライン』」が出されている(甲第一〇二号証)。

この「原則とガイドライン」を作成した科学作業グループは「個人としての会合であり」、この見解は「必ずしも何らかの団体の見解を反映するものではない」とされているが、その基礎となった調査はNASA(アメリカ航空宇宙局)によって組織され、FAA(アメリカ連邦航空局)が協賛し、正式に承認して行われたものであり(甲第八九号証)、右「原則とガイドライン」もNASAにより発表されたものである。

これによると、勤務時間は、二四時間中一四時間を超えないように勧告されており、「飛行勤務時間」は二四時間中一〇時間を超えないよう勧告されている。

注意を要するのは、この「飛行勤務時間」は、日本航空の「乗務時間」とは異なることである。「飛行勤務時間」とは、「乗員が飛行を含む勤務のために、出頭することを求められている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間で終わる時間帯」とされている。従って、「乗務時間」との比較で考えるには、国際線の場合、一時間一五分から一時間四五分を差し引いて見ておく必要がある。

このように見るときは、標準飛行時間勤務の限度として勧告されている「飛行時間」一〇時間は「乗務時間」で言えばおおよそ八時間半となり、また「補償のオフデューティー時間」「着陸回数制限一回」「最大累積延長飛行勤務時間」の設置を条件とされる延長飛行勤務の限度一二時間は、「乗務時間」で言えばおおよそ一〇時間半である。延長飛行勤務時間の制限は、(出頭してから)一二時間経過以降に能力を低下させる疲労の傾向が著しく増加したことを証明する科学的研究結果を根拠にしているとあり、今回被告が延長を強行した一一時間の乗務時間、一五時間の勤務時間が、運航上の安全を危うくするものであることは、右のガイドラインから見ても明らかである。

イ 被告の主張

NASAの研究・調査は、太平洋線の定期便のフライトに同乗しておこなわれたもので、「一二日間の離基地日数の間に八回の乗務をおこなう勤務パターンのうち、中間の四回の乗務についてこの調査が行われた。各フライトは、およそ九時間の乗務時間で、乗務の前には二四時間の休憩(宿泊)が与えられた」とされているが、このときの離基地日数一二日間の勤務というのは、シアトル→成田→ホノルル→大阪→ホノルル→成田→ロサンゼルス→ソウル→シアトル(現地ですべて各一泊)という内容の勤務で、その三便目から六便目までの四つのフライトにおいて調査が行われたものである。これらの各フライトは、おおむね九時間前後の乗務時間のものであり、それが八回も連続するパターンなどというものは被告においては考えられないものであり、被告の勤務をこれと同列に論じることはできない。

また、NASAがこの調査をもとにどういう結論を出したかが重要であるが、NASAが運航の安全上問題があるとしてそのようなフライトの禁止等を提言したという事実はない。

本件に関連して、九時間までの乗務とこれを超えた一一時間までの乗務とで具体的にどのような違いがあったか等も明らかになっていないのであるから、このデータをそのまま本件にあてはめるわけにはいかない。

(6) 乗務員の健康被害と乗務中断の状況

ア 原告らの主張

航空法二八条は、運航乗務員は技能証明の外に、航空身体検査証明を有するものでなけれはならないとし、三一条から三三条で航空身体検査証明について規定している。身体検査基準に適合しない者は航空身体検査証明を出されず、乗務に就くことはできない(航空法施行規則六一条の二、別表第四)。これは言うまでもなく乗務員は健康体でなければならず、健康体での乗務が安全運航の基本だからである。

疲労を乗務に持ち込むことは運航に大きな不安全要素を持ち込むことになるのである。そのためには、十分な休養によって乗務後の疲労を完全に回復させて次の乗務に臨むことが求められている。運航乗者員の労働時間などについては、労働基準法の定めの外に、航空法は、運輸省令の定める基準に従って作成する乗務割によるのでなければ、航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空業務に従事させてはならない(法六八条)と定めている。

これをうけて航空法施行規則は、一般的な労働時間とは別に乗務時間(航空機に乗り組んでその運航に従事する時間)を明確にし、乗務時間は少なくとも二四時間、一暦日、三暦日及び一暦年ごとに制限すること、及び航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分させることを定めている(施行規則第一五七条の三)。

これは乗務による疲労を蓄積させてはならす、乗員の健康体での乗務は安全運航に不可欠だからである。

長時間乗務後の両足はむくみ、立ち上がろうとするとふらつくことすらある。しかし、乗務員はその疲労を回復するために十分な休養を取ることが困難である。乗員は、時差を抱え、自宅とは全く違う環境で、次の乗務に万全の体調で望むために、半ば強制的に、睡眠を取らなけれはならない。長時間のフライトの後はすぐにも眠りたい。しかし、ホノルルの例で分かるように、到着後熟睡すれば、出発前にぐっすり眠れなくなる。日本時間で考えれば、徹夜後、朝から昼過ぎまで眠り、再び夕刻から眠って夜中より勤務するのである。時差調整のため、歩いたり、運動したり、あるいは、現地時間を無視して日本時間で生活しようとしたり、逆に無理やりその宿泊地の時差に合わせようとして夜まで起きていたりするなど、各人なりに工夫している。それでも時差調整に失敗すれば、うまく眠れず、出発前になって眠気が起こり、無理やりシャワーを浴びて出かけることもある。

食事についても、体が受け付けない事もある。一日や二日で人間の生理のリズムは適応できない。

体調を整えて乗務に望むためには、いずれにしても十分な休養時間を確保することが求められている。

以上見てきた運航乗務員の労働現場、勤務の特徴のもとで勤務してきた結果、運航乗務員の健康破壊が進行している。

昭和六一年三月の資料が示すところによると、機長のうち78.6パーセントの者が要治療者及び要経過観察者とされている。全体的に見ても、機長・副操縦士・セカンドオフィサー・航空機関士・訓練士の全運航乗務員の七〇パーセントの者が要治療者及び要経過観察者とされている(甲第六四号証)。

昭和五九年に日本航空の退職機長六二名を対象として行われたアンケートによると、ハッピーリタイヤー(乗務員として現役で退職できること)について、二〇名の者(約三分の一の者)が操縦桿を握れない(乗務に就けない)まま退職に至っている(甲第七一号証)。

右は、運航乗務員の勤務は好むと好まざるとにかかわらす、乗務員の健康にマイナスの景況を及ほすものであることを物語っている。

健康に大きな影響を与える運航乗務員の勤務条件の変更は、何よりも運航乗者員の疲労蓄積につながってはならないこと、良好な身体の状況を保障するに足りる休養を削減してはならないことが求められている。

イ 被告の主張

原告らは、要治療者と要経過観察者とを合わせて議論しているが、後者は健康人であって、万一の異常発生を早期に発見する目的で定期的に(三箇月とか六箇月とかの周期で)経過を観察されている者である。要治療者に対して、要経過観察者の方が数の上では圧倒的に多いので、両者の合計数で運航乗務員の健康状態を議論するのは適切でない。

また、運航乗務員については、身体検査に関する検査項目が極めて多岐にわたるのであるが、それらに関する異常のすべてを直ちに労働環境や勤務の特殊性が原因であるとすることができないことはいうまでもないところである。

原告らは、機長の約三分の一が乗務につけないまま退職に至っていると主張するが、昭和五九年の退職者へのアンケートによる組合調査に基づいて主張しており、その内容を無条件に受け入れる訳にはいかない。平成四年四月から一九九五年三月まで三年間の退職機長について被告がした調査の結果では、一〇二名中一三名が乗務不可の状態であった。

六 月間・年間の乗務時間について〈省略〉

七 勤務完遂の原則について〈省略〉

八 休養時間について〈省略〉

九 国際線基地帰着後の休日について〈省略〉

一〇 国内線連続業務について〈省略〉

一一 スタンバイについて〈省略〉

第五  当裁判所の判断

一  確認の利益

労働協約や就業規則によってまず労働条件の基準を決定し、その基準に従って個別的労働契約における労働条件を具体的に決定するのが実情であるとされるが、本件は、本件就業規程の定める勤務基準(労働条件の基準と同じ意味である。以下一般的に考察するときは「労働条件の基準」といい、被告における労働条件の基準に着目するときは「勤務基準」という。)のうち、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を履行する義務が存在しないことの確認を請求する訴訟であるから、就業規則の定める労働条件の基準が直接の対象として取り上げられているのであり、確認の利益の有無が問題になる。

1  紛争の成熟性

本件で争われている労働条件の基準(勤務基準)は、乗務時間制限及び勤務時間制限に関する労働条件の基準が端的に示しているように、乗務割作成のための枠組みとしての意義を有するから、業務命令の根拠となり、これを体現しているのは乗務割である。そこで、乗務割が決定、告知され、これに体現される業務命令が発令されて初めて具体的な義務として現実化するのであり、その義務を現実化する乗務割が作成されていないものについては、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を履行する義務の存在しないことの確認を請求することは、いまだ具体化・現実化していない将来の法律関係についての確認を請求することになり、紛争の成熟性を欠くのではないかという問題がある。

たしかに、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務のうち、被告がいまだにその義務の履行を求めたことがないものについては、現時点では必要な条件が整わないために、被告にその義務の履行を求める意思がなく、将来条件が整ったときに義務の現実化を図る意思であることがあり得る。このような場合には、想定されている条件が整わない限り、裁判所が適切に判断する基礎となるべき具体的、かつ、確実な情報、資料を入手することが困難であり、具体的な事実関係を離れた無意味な裁判をすることになるおそれがあるという、将来の法律関係について確認の利益を否定する根拠が妥当することになるから、紛争の成熟性を欠くものとして確認の利益を否定するのが相当である。これに対し、被告が既に本件就業規程の定める勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことがあるものについては、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も労働契約の内容の一部であり、現在の法律関係を形成するものであると考えて差し支えないから、紛争の成熟性に欠ける点はなく、確認の利益を肯定するのが相当である。

2  確認の対象、勤務上の義務を争う法形式

右のとおり、被告が既に本件就業規程の定める勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことがあれば労働契約の内容の一部であり現在の法律関係を形成すると考えてよいとして、それは、実は、乗務割が決定されこれに基づく業務命令が発令されて初めて具体的な義務として現実化すると考えていることにほかならないのではないか、したがって、本来の確認の対象は乗務割に従う義務又は当該乗務割に体現される具体的業務命令に従う義務の有無なのではないかが問題となる。これは、争う対象として何が適切かの問題である。本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務一般の不存在確認を求めるべきか、当該乗務割に従う義務の不存在確認又は当該乗務割に体現される具体的業務命令に従う義務の不存在確認を求めるべきか、さらには、当該業務命令に従わないことを理由にされる懲戒処分、解雇等を待って争えば足りると解すべきかが問題となる。

本件訴訟の趣旨・目的は、原告らが、被告の業務命令に従わなければ、懲戒処分を受け、又は解雇されるおそれがあるので、そのような事態を防止するために、その前提である本件就業規程の定める勤務基準中、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を一般的に取り上げ、これを履行する義務の不存在をあらかじめ確定しておくことにあり、予防的訴訟としての実質を有するため、右の確認の対象が何か、どのような法形式が適切かの問題は、このような予防的訴訟が適法かの問題にほかならない。

個別的な業務命令は、当該業務命令に従ってしまえばその無効確認を求めることはできないし、運航業務に従事するよう指定された日時が過ぎ去ってしまえば、過去の事実となってその無効確認を求めることができなくなる。個別的な業務命令は、被告においては前月二五日に交付される勤務割により一箇月分が発せられることになるが(改定後の本件就業規程(甲第四号証)五条二項。航空法及び同法施行規則並びに被告の運航規程及びオペレーション・マニュアルでは「乗務割」の語を使用しているが、本件就業規程では「勤務割」の語が用いられている。)、このような短期間のものであり、しかも、運航の都合等により変更され得るものであるから、乗務割に従う義務の不存在確認を訴訟で争うことは困難であり、結局、運航乗務員が当該業務命令に従わないことを理由にされる懲戒処分、解雇等を待って争うべきこととなるが、これでは、個別的な業務命令を争うべきであるといっても、実際には争えないに等しい。そうすると、当該乗務割に従う義務の不存在確認又は当該乗務割に基づく具体的業務命令に従う義務の不存在確認を求めるべきであるとする見解は、結局は懲戒処分、解雇等を待って争うべきであるとする見解に帰着するが、このような結果は原告らに酷であるから、右見解は相当ではないといわざるを得ない。民事訴訟においては、就業規則の当該規定が労働条件を一義的に定めており直接労働者の具体的権利義務を定めているといえる場合(勤務開始時刻、終了時刻、労働時間、休日及び休暇等を定めている規定、基本給を具体的に定めている規定等で、その労働者の職種、地位等により適用される規定が一義的に決まっているような場合)はもちろん、就業規則が労働条件の基準を定めているにとどまり、使用者がこれに基づいて具体的に決定して初めて個別的労働契約における労働条件が定まる場合であっても、前記のとおり現在の法律関係である契約上の義務の有無をめぐる紛争といえる限りは、その労働条件の基準の内容次第で個別的労働契約における労働条件の内容が左右される実質にかんがみて、その労働条件の基準について契約当事者間にその内容につき争いのある限り、確認の利益を肯定することができると解するのが相当である。そうであるとすれば、勤務上の義務の有無を争う法形式の中で実際上の必要性にかなったものを当事者に選択させて差し支えないと考えられる。本件においてもいったん乗務割が決定され、被告が本件就業規程の定める勤務基準に基づく義務の履行を求めたことによってそれ以降の勤務上の義務についても紛争の成熟性が満たされたものについては、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も、現在の法律関係を形成するものであると考えて差し支えないから、原告らは、勤務上の義務の有無を争う法形式として、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることを選択することができるものと解するのが相当である。

3 右のように、個々具体的な乗務割及び業務命令に基づく義務とは別に、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も現在の法律関係を形成するものであると解する以上、個々具体的な乗務割又は業務命令が終了するとそれ故に本件就業規程の定める勤務基準も消滅してしまうというわけではなく、被告が以後確定的に本件就業規程の定める勤務基準に基づく義務の履行を求めない意思であることが認められる場合は別として、運航乗務員は依然として本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることができるものと解するのが相当である。したがって、いったん本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を取り込んだ乗務割が決定されたが、その後に作成された乗務割には本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務が含まれないこととなった場合であっても、被告が以後確定的に右義務の履行を求めない意思であることが認められる特段の事情のない限り、確認の利益を肯定するのが相当である。

4  本件就業規程に基づく勤務基準の人的適用範囲

右に述べたとおり、いったん乗務割が決定され、被告が本件就業規程の定める勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことによって紛争の成熟性が満たされれば、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も現在の法律関係を形成するものであるととらえ、これに基づく勤務上の義務の有無を争う法形式として、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることができるが、その義務は被告の運航乗務員であれば誰でも負うわけではないから、本件就業規程の定める勤務基準の人的適用範囲には限界がある。以下この点について検討する。

(一) 航空法によれば次のとおりである。

運輸大臣は、申請により、航空業務を行おうとする者について、定期運送用操縦士、事業用操縦士、航空機関士その他の資格別に航空従事者技能証明(以下「技能証明」という。)を行う(同法二二条、二四条)。技能証明は、運輸省令の定めるところにより、航空機の種類についての限定がされ、さらには、航空機の等級又は型式についての限定がされることがある(同法二五条一項、二項)。技能証明は、資格別及び種類別に運輸省令で定める年齢及び飛行経歴その他の経歴を有する者でなければ受けることができない(同法二六条一項)。機長として、航空運送事業の用に供する航空機であって、構造上、その操縦のために二人を要するものの操縦を行う業務を行うには、定期運送用操縦士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要であり、機長以外の操縦者として航空運送事業の用に供する航空機の操縦を行う業務を行うには、事業用操縦士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要であって、かつ、技能証明につき同法二五条の限定をされた航空従事者は、その限定をされた種類、等級又は形式の航空機についてでなければ、右各業務を行ってはならず、航空機に乗り組んで発動機及び機体の取扱い(操縦装置の操作を除く。)を行うには航空機関士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要である(同法二八条一項、二項、別表)。運輸大臣は技能証明は学科試験及び実地試験に合格した者に対して技能証明を行う(同法二九条)。運輸大臣は、同法二五条二項又は三項の限定に係る技能証明につき、その技能証明に係る航空従事者の申請により、その限定を変更することができる(同法二九条の二第一項)。航空従事者は、航空機に乗り組んでその航空業務を行う場合には、技能証明書の外、航空身体検査証明書を携帯しなければならない(同法六七条)。航空機乗組員は、運輸省令で定めるところにより、一定の期間内における一定の飛行経験がないときは、航空運送事業の用に供する航空機の運航に従事してはならない(同法六九条)。航空運送事業の用に供する航空機の運航に従事する航空機乗組員のうち、操縦者は、操縦する日からさかのぼって九〇日までの間に、当該航空運送事業の用に供する航空機と同じ型式の航空機に乗り組んで離陸及び着陸をそれぞれ三回以上行った経験を有しなければならない(同法施行規則一五八条一項)。当該航空運送事業の用に供する航空機と同じ型式の模擬飛行装置を運輸大臣の指定する方式により操作した経験は、右飛行経験とみなされる(同法施行規則一五八条三項)。

定期航空運送事業の用に供する航空機には、運輸省令で定める当該路線における航空機の機長として必要な経験、知識及び能力を有することについて運輸大臣の認定を受けた者でなければ、機長として乗り組んではならない(同法七二条一項)。

(二) 運航乗務員がどのような勤務を命じられるかは、航空法が右のとおり規定しているため、技能証明に係る資格(運航乗務員にとっては職種に相当する。)、航空機の種類、さらに機長の場合は路線資格によって異なる。副操縦士については、航空法は機長の場合のような路線資格を定めていないが、被告の社内要件として、空港ごとの乗務経験を有することが必要とされている(甲第二二二号証(八頁から九頁まで)、第二七〇号証(一頁、三頁)、乙第一〇〇号証(一五頁)、原告a本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付けの本人調書一七項、一八項)及び証人の証言(平成一〇年六月二六日付けの証人調書二九項)によりこの事実を認める。)。航空機関士には路線資格又は空港ごとの乗務経験の有無による制約はない。

副操縦士及び航空機関士は、被告において、乗務機種ごとの乗員部の、その下の路線室、さらにその下の、主席と呼ばれる機長又は先任航空機関士をグループ長とするグループに所属し、B七四七型機及びB七四七-四〇〇型機では主として路線室ごとの担当路線に乗務するが、その他の機種では乗務機種のほぼすべての路線に乗務する(甲第二七〇号証(二頁から三頁まで)、第五〇五号証(一頁)、第五二六号証(六枚目から七枚目)、第五八九号証、乙第一一五号証及び弁論の全趣旨によりこの事実を認める。)。すなわち、副操縦士及び航空機関士については、乗務機種を中心に、所属する路線室の事情により、行うべき業務の内容が確定するということができる。そこで、原告らが本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることができるか否かについては、本件で争われている、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務ごとに、各原告が、口頭弁論終結の時点で有する技能証明に係る乗務機種につき、所属する路線室において、その義務の履行を求められたことがあるか否か、口頭弁論終結までに求められていないとしても、当該原告と同じ乗務機種につき技能証明を有し、同じ路線室に所属する当該原告と同じ職種の他の副操縦士又は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあるか否かを検討し、現にその義務の履行を求められたことがあれば、当該原告について確認の利益を肯定すべきであり、また、当該原告が現にその義務の履行を求められたことがなくても、同じ路線室に所属する当該原告と同じ職種の他の副操縦士又は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあれば、当該原告もその義務の履行を求められる現実的な可能性があるということができるから、当該原告について確認の利益を肯定すべきである。

(三)  副操縦士が機種移行し、また、航空機関士が副操縦士に移行することがあることは事実であるが、機種移行及び副操縦士への移行はいまだ不確定な将来の事実であるから、現に機種移行し、又は副操縦士へ移行する前に機種移行後に求められることがあるべき義務の不存在確認を請求することは、具体化・現実化していない将来の法律関係についての確認を請求することになる。現に所属する路線室では同じ職種の運航乗務員の誰一人としてその義務の履行を求められたことがない場合に、他の路線室の運航乗務員がその義務の履行を求められたことがあることを理由に確認の利益を肯定するのは行き過ぎであり、当該運航乗務員が機種移行してその路線室に配置換えとなった時点で確認の利益を肯定すれば必要かつ十分であると考えられる。したがって、運航乗務員が機種移行又は副操縦士への移行をする前であっても右確認を求める原告適格があると解するのは相当ではない。

5  以下においては、まず、本件で争われている本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の各義務について、被告が既にその履行を求めたことがあるか否か、被告がいまだにその義務の履行を求めたことがないものがあれば、それについて、現時点では必要な条件が整わないために、被告にその義務の履行を求める意思がなく、将来条件が整ったときに義務の現実化を図る意思であるか否かを検討し、その上で、各原告ごとに、口頭弁論終結の時点でのその職種、乗務機種、路線室を明らかにし、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務上の義務ごとに、各原告が、有する技能証明に係る乗務機種につき、所属する路線室において、その義務の履行を求められたことがあるか否かを検討するほか、当該原告と同じ職種で同じ乗務機種につき技能証明を有し、同じ路線室に所属する他の副操縦士又は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあるか否かを検討して、当該原告が本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の各義務の履行を求められる現実的な可能性があるか否かを検討する必要がある。

そこで、実際に行う作業としては、まず、各原告ごとに、口頭弁論終結の時点でのその職種、乗務機種、路線室を確定し、各原告が現に所属する路線室において、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務ごとに、各原告又は同じ路線室に所属する同じ職種の他の運航乗務員がその義務の履行を求められたことがあるか否かを検討し、この有無に応じて各原告に確認の利益があるか否かを判断することとする。

6  原告らのうち、口頭弁論終結の時点で機長に昇格している者は原告G外四名であり、これらの原告に関しては8で述べるとおりである。

その余の各原告の口頭弁論終結の時点での乗務機種、路線室、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務ごとに見た、各原告が現に所属する路線室における、その義務の履行を求められたことの有無は以下のとおりである。

(一) 弁論の全趣旨により、被告の運航本部には別紙「日本航空運航本部乗員部・路線室図」のとおりの各乗員部及び各路線室があることが認められる。また、別表「確認の利益-1 原告らの現在の所属路線室等」の「証拠等(認定の根拠)」欄記載の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、各原告が口頭弁論終結の時点で所属する乗員部(これによって乗務機種が自明である。)及び路線室は同表記載のとおりであること(機長に昇格した者、機種移行訓練、副操縦士への移行訓練中と認められる者は、同表の「所属路線室等」欄にその旨記載した。)、別表「確認の利益-1 原告らの現在の所属路線室等」の番号1から5まで、10、16、17、20、21、28、32、35、43及び46の原告らは航空機関士であり、その余の原告らのうち、原告G外四名を除く者らは副操縦士であること、以上の事実が認められる。

(二) 甲第五三九号証、第五四〇号証、第五九二号証及び弁論の全趣旨によれば、各原告が、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務」から「確認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載のとおり、各請求に該当する具体的勤務を命じられたことが認められる(これらの表には、各原告が各請求に該当する具体的勤務を命じられた回数を記載した。)。

(三) 右認定に基づき、各原告がその勤務を命じられた当時に所属していた路線室ごとに、かつ、該当する各請求別に、命じられた具体的勤務を分類整理すると、別表「確認の利益-7」から「確認の利益-11」(原告らが命じられた各請求に該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理))記載のとおりとなる。これらの表によって、各路線室ごとに、原告らについて、各請求に該当する義務の履行を求められたことがあるか否かが明らかになる。

(四) 右(三)の事実及び甲第五八六号証によれば、別表「確認の利益-13所属乗員部・路線室ごとの各原告の確認の利益一覧表」のとおりである。◎印は、これに対応する路線室に所属している原告又は所属していた原告が、対応する請求に該当する勤務を命じられたことが認められるものであり、○印は、これに対応する路線室に所属し、又は所属していた原告ら以外の運航乗務員(副操縦士、航空機関士)が、対応する請求に該当する勤務を命じられたことが認められるものであり、×印は、これに対応する路線室に所属し、又は所属した、どの副操縦士又は航空機関士についても、対応する請求に該当する勤務を命じられたことが認められず、又は、現在訓練中で路線室に所属しておらず、その地位として当該請求に該当する勤務を命じられたことが認められないものである。機長昇格者の各請求には△印を付けた。

7  以上を前提に、各原告ごとに各請求について確認の利益が認められるか否かについて判断すると、以下のとおりとなる(別表「確認の利益-13所属乗員部・路線室ごとの各原告の確認の利益一覧表」参照)。

(一) 原告cは、B七四七乗員部米州(第一、第二)路線室に所属する副操縦士である。原告cは、この地位において、請求一1から同一4まで、同一6、同二、同四1から4まで、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一5、同三及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠がないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告cの請求一5、同三及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(二) 原告N、原告V、原告y及び原告Xは、B七四七乗員部欧州(第一、第二)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1から同一4まで、同二、同四1、同四2、同四4、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一5、同一6、同三、同四3及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠がないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告N、原告V、原告y及び原告Xの請求一5、同一6、同三、同四3及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(三) 原告d、原告h、原告m及び原告pは、B七四七乗員部アジア・オセアニア(第一から第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1から同一4まで、同二、同四1、同四4、同五1、同五2、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一5、同一6、同三、同四2及び同四3記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認あるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告d、原告h、原告m及び原告pの請求一5、同一6、同三、同四2及び同四3記載の各請求に係る訴えは却下する。

(四) 原告B、原告C、原告D、原告E、原告J、原告Q、原告T、原告U、原告f及び原告iは、B七四七乗員部フライトエンジニア室に所属する航空機関士である。右原告らは、この地位において、請求一1から同一4まで、同一6、同二、同四1から同四4まで、同五1、同五2、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一5及び同三記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告B、原告C、原告D、原告E、原告J、原告Q、原告T、原告U、原告f及び原告iの請求一5及び同三記載の各請求に係る訴えは却下する。

(五) 原告n、原告s、原告v、原告o、原告r及び原告wは、B七四七-四〇〇乗員部米州(第一から、第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同一6、同二、同四1から同四4まで、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3から同一5まで、同三及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告n、原告s、原告v、原告o、原告r及び原告wの請求一3から同一5まで、同三及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(六) 原告j及び原告xは、B七四七-四〇〇乗員部欧州(第一から第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同二、同三、同四1から同四4まで、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3から同一6まで及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告j及び原告xの請求一3から同一6まで及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(七) 原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F及び原告Kは、DC一〇乗員部(第一、第二)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同一4、同一5、同二、同四1、同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告S、原告Z、原告k、原告u、原告F及び原告Kの請求一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(八) 原告q及び原告tは、DC一〇乗員部フライトエンジニア室に所属する航空機関士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同一4、同一5、同二、同四1、同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告q及び原告tの請求一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(九) 原告e、原告z、原告g及び原告lは、MD一一乗員部(第一、第二)国際路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同二、同四1、同四2、同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3から同一6まで、同三、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告e、原告z、原告g及び原告lの請求一3から同一6まで、同三、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(一〇) 原告O、原告H、原告I及び原告Lは、B七六七乗員部(第一から第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一2、同一4、同二、同四1、同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一1、同一3、同一5、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告O、原告H、原告I及び原告Lの請求一1、同一3、同一5、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。

(一一) 原告P及び原告bはB七四七型機の副操縦士への移行訓練中、原告AはB七四七-四〇〇型機の副操縦士への移行訓練中、原告WはB七六七型機への機種移行訓練中である。右原告らが、これらの地位において、請求一から七までに係る勤務上の各義務の履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、右原告らには右各義務の不存在等の確認を求める利益はない。

よって、原告P、原告b、原告A及び原告Wの本件訴えはいずれも却下する。

8  原告らのうち、原告G外四名は、口頭弁論終結時までに機長に昇格している。

本件確認の訴えの請求の原因は、原告らが副操縦士又は航空機関士として職種を限定して雇用され、勤務していること、原告らの労働条件は旧勤務協定及び改定前の本件就業規程の定めるとおりであること、しかるに、被告が、原告らには改定後の本件就業規程の規定が適用され、これを根拠に原告らの勤務基準は改定後の本件就業規程の定めるとおりであると主張していること、以上のとおりである(第三、一)。しかし、被告は、原告G外四名に関しては右の請求原因事実を否認しており、原告G外四名に関して右の請求原因事実を認めるに足りる証拠はない。右に述べたように、原告G外四名は副操縦士でも航空機関士でもなく機長であり、甲第四号証によれば、本件就業規程は、運航乗務員に適用があるが管理職運航乗務員には適用されず、機長は管理職運航乗務員に含まれ、その就業条件については管理職運航乗務員就業規程が適用されることが認められる。もっとも、同号証によれば、管理職運航乗務員就業規程は、管理職運航乗務員の就業条件につき本件就業規程及び運航乗務員訓練・審査就業規程の定めを準用していることが認められるが、これによって右の判断が異なるものではない。前記の請求原因事実は、原告G外四名について確認の利益を基礎付けるべき事実であるから、これが認められない以上、原告G外四名の訴えは、確認の利益を欠くものである。よって、原告G外四名の訴えは不適法として却下する。

9  原告j外一一名は本件就業規程の変更された平成五年一一月一日当時運航乗務員訓練生であり、その後に運航乗務員になった者である。被告は、本件確認の訴えが、被告が原告らの同意を得ないまま、本件就業規程を改定し、旧勤務協定及び改定前の本件就業規程に定められていた勤務基準が変更されたことを根拠にしているものであり、確認の利益を肯定するには、平成五年一一月一日以前に既に運航乗務員として旧勤務協定及び改定前の本件就業規程に定められていた勤務基準の適用を受けていた者であることを要すると主張し、これを理由に、原告j外一一名が本件確認の訴えの原告適格を欠くと主張する。

しかしながら、就業規則は、新規に作成されたものであると変更されたものであるとを問わず、それが合理的な労働条件の基準を定めている限りにおいて法的規範性が認められる。したがって、たとえ、新規採用の労働者であっても、就業規則の定める労働条件の基準のうち、合理性を欠くと考えるものについては、その旨を主張して、就業規則の定める当該労働条件の基準に基づく勤務をする義務の不存在確認を請求するか、又は自らが合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働条件の発生要件事実を主張立証してその労働条件の確認を求める利益を有するのであり、これらの確認を求められた場合は、使用者は就業規則の定める当該労働条件の基準が合理的な内容のものであることを主張立証することを要し、これが主張立証されれば原告(労働者)の請求は棄却となり、これが主張立証されなかったときには、確認請求が就業規則の定める当該労働条件の基準に基づく勤務をする義務の不存在確認であれば請求を認容し、確認請求が、原告(労働者)が合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働条件の存在の確認であれば、その発生要件事実が主張立証されれば請求を認容すべきものと解するのが相当である。既存の労働契約との関係について、既得の権利を奪い、従前の労働条件を不利益に変更する就業規則の作成又は変更については、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることを要するのに対し、労働契約締結に伴い適用されることになる就業規則の定める労働条件の基準の合理性については、内容自体の合理性だけが問題となるから、合理性が否定されることは通常はあまりないものと思われるが、だからといって、新規に採用された労働者に労働契約関係を規律する就業規則の定める労働条件の基準の合理性を争う機会を与えないことは相当ではない。新規採用に当たり、労働者が労働条件については就業規則の定めるところによる旨を使用者と合意していても、通常、就業規則の定める労働条件の基準が合理的な内容のものである限りこれによるという趣旨であると解するのが相当であるから、特段の事情のない限り、前記のとおりに解するのが相当である。殊に、就業規則の定める業務遂行の安全性にかかわる労働条件の基準については、その安全性に問題のない労働条件の基準であって初めて合理的な労働条件を定めているということができるから、その安全性に問題がある場合であっても、当該就業規則の作成、変更後に採用された労働者であることを理由に、当該就業規則の定める労働条件の基準の合理性を争えないと解することは相当ではなく、従前これと異なる労働条件で勤務していた者であるか否かを問わず、就業規則の定める労働条件の基準のうち、業務遂行の安全性にかかわる労働条件の基準が安全性に問題があると主張して、自らが合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働条件の確認を求める利益を有するものと解するのが相当である。

原告j外一一名は、本件就業規程中、乗務時間制限及び勤務時間制限等の運航乗務員の業務遂行上の安全性にかかわる勤務基準については、内容自体の合理性を争う趣旨であり、その余の勤務基準については不利益変更の合理性を争う趣旨であると解される。本件確認の訴えの核心は、原告らが被告の主張する勤務基準が不合理であると考えてこれに基づく勤務をする義務の不存在確認を求めるとともに、自らが合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える勤務基準の存在の確認を求めるにあるから、これらの点を満たす限り、確認の利益を肯定して差し支えないものと考えられる。したがって、原告j外一一名は、乗務時間制限及び勤務時間制限等の運航乗務員の業務遂行上の安全性にかかわる勤務基準の内容自体の合理性を争う確認請求についても、また、不利益変更の合理性を争う確認請求についても、確認の利益を有するのであり、本件就業規程の改定が原告j外一一名にとって不利益変更に当たるか否かは、本案において理由があるか否かの問題として判断すべきものと解するのが相当である。

原告j外一一名が本件確認の訴えの原告適格を欠くとの被告の主張は理由がない。

二  運航乗務員の労働時間その他の労働条件に関する法規制と航空機の航行の安全

1  運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全について

航空機の航行には一定の確率で危険性が伴うが、その社会的効用が大きいことにかんがみると、社会通念上容認できる程度にまで危険の現実化を防止することができるのであれば、その危険に対する有効適切な措置を執って航空機を運航させようというのが一般に支持されている考え方であるように思われる。

航空法は、航空機の航行の安全を図るための方法を定めることを目的の一つとし(同法一条)、航空機の備えるべき要件及びその充足確保のための措置(「第三章 航空機の安全性」同法一〇条以下)、航空従事者の必要な技能及び身体的条件の確保のための措置(「第四章 航空従事者」同法二二条以下)、航空路、飛行場及び航空保安施設の指定・整備(「第五章 航空路、飛行場及び航空保安施設」)、航空機の運航に当たって関係者が遵守すべき事項(「第六章 航空機の運航」同法五七条以下)について規定している。すなわち、同法は、安全運航に必要な性能を備え、十分に整備された航空機を確保し、その航空機につき十分な操縦技術を有し、運航する路線及び空港の離着陸の経路等に関する必要な知識を有し、通常、心身の良好な状態を維持し、状況に応じた適切な判断、措置を執ることのできる運航乗務員が運航業務を遂行することができるようにし、航空路、飛行場及び航空保安施設の指定・整備が適切に行われて安全運航の確保に必要かつ十分な措置が執られ、運航に当たっては、気象条件に問題がないか否かを確認し、航空機の航行に重大な支障を来さない気象条件において離着陸及び航行を行うこととし、航空機の運航に当たって関係者が遵守すべき事項を遵守することによって、航空機の航行に伴う危険性を低いものに制御することができるものと考えて所要の規定を整備しているものということができる。しかし、右の各点がすべて充足されているとしても、運航乗務員が疲労のため状況に応じた適切な判断、措置を執ることができないとすれば、航空機の航行の安全を確保することができなくなるから、さらに、運航乗務員に業務遂行に支障が生ずるような疲労が蓄積しないようにする措置が必要である。そこで、同法は、乗務割作成の基準を定めることにより運航乗務員の乗務時間及び乗務時間以外の労働時間を規制している。

すなわち、同法六八条は、「航空運送事業を経営する者は、運輸省令で定める基準に従つて作成する乗務割によるのでなければ、航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空業務に従事させてはならない。」と規定している。この乗務割は運輸大臣の認可を要する運航規程において定められる(同法一〇四条一項は、「定期航空運送事業者は、運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項について運航規程及び整備規程を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。」と規定し、同法一〇四条二項は、「運輸大臣は、前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定める技術上の基準に適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない。」と規定し、同法施行規則二一四条は、航空機乗組員の乗務割が運航規程で定められるべき事項であり、技術上の基準として航空機乗組員の乗務割が同法施行規則一五七条の三の基準に従うものであることを規定している。)。同法施行規則一五七条の三は、乗務割の基準を次のように規定している。航空機乗組員の乗務時間制限に関し考慮すべき事項として、当該航空機の型式、操縦者については、同時に運航に従事する他の操縦者の数及び操縦者以外の航空機乗組員の有無、当該航空機が就航する路線の状況及び当該路線の使用飛行場相互間の距離、飛行の方法並びに当該航空機に適切な仮眠設備が設けられているかどうかの別を掲げ、これらの事項を考慮して、少なくとも二四時間、一暦月、三暦月及び一暦年ごとに航空機乗組員の乗務時間が制限されていること、航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること、以上のように規定している。要するに、航空法及び同法施行規則は、航空機の航行に伴う危険性を低いものに制御するためには、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにすることが必要であり、そのために乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切な配分が必要であると考え、それらを決定するに当たって考慮すべき事項を規定している。

航空法施行規則が掲げる右各考慮要素は、後述する二名編成機であるか三名編成機であるか、シングル編成か、マルティプル編成か、ダブル編成か、長距離路線であるか否かにもかかわるものであるが、航空法及び同法施行規則の規定の趣旨は、航空機の航行に伴う危険性を低いものに制御するために、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにすることにあるから、殊にシングル編成による二名編成機又は三名編成機で長距離路線に運航する場合に生ずる疲労の実態、長距離路線運航に不可避的な時差の影響等についても、科学的調査の結果を踏まえて考慮する必要があるし、乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切に配分されることを基準としていることからすれば、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の前後の休養時間並びに当該業務の前にこれに近接して遂行する業務の内容・時間も適切に定められることを要すると規定しているものと解するのが相当である。これらの乗務割作成の考慮要素は、運航ダイヤその他の個別、具体的事情いかんによって、運航乗務員の疲労への影響が大きく異なりうるから、定期航空運送事業者が、運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して実情にかなった乗務割を決定しない限り、運航乗務員に過度に疲労が蓄積して航空機の航行の安全を害する事態を防止することは困難である。したがって、航空法が、運航規程の認可に当たり運輸大臣においてそのような個別、具体的事情を十分しんしゃくして乗務割が所定の基準を満たすか否かを判断すべきものと規定していると解することはできず、運輸大臣としては運航規程の認可に当たり概括的、定型的審査を行うにとどめざるを得ないのであって、航空法及び同法施行規則が規定する前記の乗務割の基準には、右のような内在的制約があることに注意しなければならない。すなわち、運輸大臣は、定期航空運送事業者が前記のように運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して実情にかなった乗務割を決定することを期待できるか否かという観点から、乗務割について概括的、定型的審査を行うにとどまるのであるから、乗務割が所定の基準を満たすものとして運航規程が認可されても、いかなる事情の下でも当該乗務割に従っている限り航空機の航行の安全に支障がないという保障を意味するはずがなく、航空機の航行の安全の確保は、定期航空運送事業者が運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して相当な運用を行うことにかかっている。したがって、定期航空運送事業者は、運輸大臣が運航規程を認可したことを理由に、運航規程に定められている基準に従っている限り航空機の航行の安全に支障がないと考えてはならないのであり、その基準を枠組みとしつつ、個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定め、もって、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにする上で実効性を有するものであるようにすることが肝要であり、運航規程に定められている基準に行き過ぎがある場合には、これを合理的に限定しなければならない責任があることに十分思いを致さなければならない。このように、航空法及び同法施行規則は、定期航空運送事業者が、航空機の航行の安全を害さないように、自らの責任において前記のような個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を決定することを前提としつつ、運航規程の認可の際の審査基準を定めているに過ぎないものであり、運輸大臣が自ら運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して乗務割の内容を審査することを規定しているわけではないから、その意味では、認可された運航規程に定められている運航乗務員の乗務割の基準は、少なくともこれを超えてはならないという趣旨での大枠としての乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の配分としての意義を有するにとどまるものである。定期航空運送事業者の責任は、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(ワルシャワ条約)、ヘーグ議定書、旅客との間で締結される特約により規律されるので顕在化しないが、定期航空運送事業者は、航空法による規制とは別に、旅客運送契約に基づき旅客に対し安全配慮義務を負う。また、定期航空運送事業者は、労働契約に基づき運航乗務員に対しても安全配慮義務を負うが、認可された運航規程に定められている運航乗務員の乗務割の基準に従っていたというだけで当然に右安全配慮義務を履行したとはいえないから、前記のように解すべきことは、この観点からしても当然のことである。本件に即し、後者に絞って論ずると、定期航空運送事業者は労働契約に基づき運航乗務員に対して負担する安全配慮義務を履行するには、個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定める必要がある。定期航空運送事業者が個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定める場面は、労使間交渉による労働協約の締結、使用者による就業規則の作成又は変更、労働契約の締結によって具体的な業務の労働時間その他の具体的な労働条件を決定するに当たってである。これらに関する点は後述するが、航空法及び同法施行規則は、右に述べたような意味での具体的な労働条件の決定に当たって、それが航空機の航行の安全性を損なう内容のものとならないように、前記のような考慮すべき事項を踏まえて乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切な配分がされなければならないという枠組みを課しているにとどまるものである。同法施行規則一五七条の三の規定内容も、前記の事項を考慮して、少なくとも二四時間、一暦月、三暦月及び一暦年ごとに航空機乗組員の乗務時間が制限されていること、航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていることを規定しているにとどまり、「少なくとも」という文言からは最低基準を定める趣旨であることがうかがわれるところである。

右に述べたことは、乗務割に関する審査の面からも裏付けられているように思われる。すなわち、乗務割は、運輸大臣の認可を受ける運航規程において定めることとされており(航空法一〇四条、同法施行規則二一四条)、航空法一〇四条一項の違反者に対しては罰則がある(同法一五七条一号)が、運航規程の認可については、同法一〇四条二項が「運輸大臣は、前項の運航規程(中略)が運輸省令で定めている技術上の基準に適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない。」と規定しているものの、同法施行規則は、二一四条で航空機乗組員の乗務割が一五七条の三の基準に従うものであることを規定しているだけであり(なお、運航規程の認可申請については同法施行規則二一三条が規定している。)、運航規程の認可の際に、運輸大臣が、前記のような多様な事実を考慮し、各種の場合を想定しつつ、当該認可申請に係る運航規程において、航空機の航行の安全性が損なわれることのないように、乗務時間が制限され、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されているかを審査・判断することを定めている規定はない。したがって、航空法及び同法施行規則は個別、具体的な各種の場合を想定して総合的に対応しようとしているのではなく、前記のような意味で大枠を規定するにとどまるものと解するのが相当である。運輸省航空局技術部長作成の「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」(制定・空航第五七七号 平成二年六月二六日、一部改正・空航第二〇四号 平成四年三月三一日、一部改正・空航第九八五号 平成四年一二月二一日、乙第八七号証、第八八号証)は、専門分野の学識経験者等による専門的技術的知見に基づく意見を踏まえた上で、右の技術上の基準の細目として右表題に関して具体的数値をもって規定しているが、その内容が前記のような個別、具体的事情を考慮し、各種の場合を想定しているものとはいえないことに照らしても、右のように解するのが相当である。

2  運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性

1で述べたことは航空機の航行の安全確保にかかわるのであり、運航乗務員の労働条件とは一応区別して考えることができる。すなわち、航空法及び同法施行規則は、航空機の航行の安全確保のために乗務割の規制により航空機乗組員の疲労を防止することを立法理由としており、労働基準法による労働時間の規制が、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものとしての労働条件の最低基準を定めていることとは目的を異にするものである。しかし、労働条件を決定するに当たって、労働者の生命、身体の安全の確保も図られなければならず、この点も労働条件決定の目的というべきであるが、運航乗務員の生命、身体の安全を確保するように労働条件を決定することは、取りも直さず、航空機の航行の安全確保のために乗務割を決定することを意味する。航空法及び同法施行規則は、前記のような意味で大枠を規定するにとどまるものであり、運航規程が認可されたからといって、その乗務割の基準が運航乗務員の疲労の観点から航空機の航行の安全に合理的な疑いが生じないといえるものであるかどうかは、個別、具体的事情いかんにかかわるというほかはなく、定期航空運送事業者が航空機の航行の安全確保のために、個別、具体的な事情を踏まえて実情にかなった乗務割を作成、運用しなければならないことは既に述べたが、このことは、正に労働条件決定、業務命令発令の場面においてされるべきことである。したがって、認可された運航規程の定める基準に従って乗務割で定められていさえすればその内容が労働時間の規制としても原則としてその合理性を肯定できるわけではないことは当然のことであり、運航乗務員の労働条件及び具体的乗務内容は、労働協約、就業規則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえて、運航乗務員の疲労により運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定されることを要するものと解するのが相当である。運航乗務員は、労働契約に基づく使用者の一般的又は個別的な業務命令により、航空機の運航業務に従事し、指示された出発地から離陸し、目的地に到着させる義務を負うから、使用者が運航乗務員に対し、特定の路線を運航する航空機の乗務を命ずれば、当該運航乗務員は、出発地を離陸し目的地に着陸するまでの間、使用者の決定した運航ダイヤに従い、指定された航空機に搭乗し、当該航空機の運航業務に従事して運航を完遂する義務を負うが、運航乗務員がこの義務を適切に履行することができるか否かは、運航上気象条件に問題がないか否かの確認、航空機の性能、十分な整備等の外的・物的要因のほか、十分な操縦技術と知識を身に付けた運航乗務員が、運航業務を遂行するに当たり心身の健全な状態を維持し、状況に応じた適切な判断、措置を行えるようにすることが不可欠であり、このような運航乗務員自身の心身の状態、操縦技術及び判断能力いかんによって航空機航行上の安全が左右され、とりも直さず乗務員自身の安全が左右されるという点に特質を有する。そこで、運航乗務員の心身の状態についてはこれが航空機航行上の安全を損なわないよう、厳しい身体検査を行い、適格性を確認することが必要であるが、それだけでは十分ではなく、実際に運航業務に従事する際に疲労が過度のものとなり、集中力、判断能力の顕著な低下を来し、着陸時や事態の急変等の際に適切な措置を執ることができなくなる事態の発生を未然に防止しなければならない。運航乗務員自身が運航業務に備えて睡眠時間の調整その他の体調の維持管理に努力しなければならないのはもちろんであるが、運航ダイヤ及び乗務割を決定するのは使用者であるから、運航乗務員自身の努力によって賄えることにはおのずと限界があり、運航業務に従事する時間が過大なものとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すことがないように、使用者が乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件に合理的な制限を設ける必要がある。使用者は、安全に運航できるよう整備した航空機を運航の用に供し、安全運航に不可欠な航空路、飛行場及び気象条件等に関する適切な情報を入手し、運航乗務員に提供する等の義務を負うほか、自分が支配し、決定する運航ダイヤ及び乗務割に関し、航空機の出発時刻(ブロック・アウト・タイム)及び到着時刻(ブロック・イン・タイム)、ブロックタイム、時差の関係、運航乗務員がその運航によって受ける疲労度等を考慮し、安全にその運航業務を遂行できるように運航乗務員の人的構成、休憩・仮眠時間を設定し、もって、運航乗務員の生命、身体の安全を確保する義務を負うものと解するのが相当であり、このことに基づいて考えれば、前記のように解するのが相当である。したがって、運航規程が認可を受けていることを理由に、定められている乗務割の基準の内容をそのまま労働条件の基準として取り込んだ就業規則の内容が当然に運航乗務員の生命、身体の安全を確保し得る合理的なものということはできず、裁判所は、当該就業規則の内容が運航乗務員の生命、身体の安全を確保し得る合理的なものであるか否かについて審理、判断することができるものと解するのが相当である。

被告が、運航に関する安全基準は、その時点における知見を基とした社会通念に照らして多くの人々に納得される安全確保のための基準であり、労働の量、密度が一定限度を超えた場合には運航乗務員の疲労が運航の安全を阻害する危険があるという意味での限界を定めているものであり、その基準を守っていれば事故の発生が完全に防止されるというものではないと主張するところは正しいし、さらに、被告も認めるとおり、乗務時間及び勤務時間は運航の安全を阻害するような過度の疲労をもたらす内容であるか否かという点において航空機の航行の安全に関係する。それ故に、事故の発生のために個別、具体的事情を踏まえた有効適切な措置が執られる必要がある。乗務時間制限及び勤務時間制限が厳しいために、運航乗務員に相当程度の余力が確保されるのであれば、それがセーフティ・マージン(安全の余裕度)となり、運航乗務員自身の努力によって運航の安全が阻害されないようにすることが可能であるが、乗務時間制限及び勤務時間制限が緩和されればされるほど、運航乗務員の余力は減少し、セーフティ・マージン(安全の余裕度)が乏しくなっていくから、緩和の程度次第では運航乗務員自身の努力によっては賄い切れず、航空機の航行の安全を阻害するような事態が生じ得る。被告は、個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定め、もって、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにする上で実効性を有するものであるようにして必要かつ十分なセーフティ・マージン(安全の余裕度)を確保する責任があるというべきである。このことは、正に運航乗務員の労働条件及び具体的乗務内容の決定に当たって履行されるべきことである。運航乗務員の労働条件及び具体的乗務内容は、労働協約、就業規則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえて、運航乗務員の疲労により運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定されることを要するものと解するのが相当である。使用者は、運航乗務員に対し、安全に運航できるよう航空機を整備する義務を負うほか、その航空機でその路線を運航するのに要する時間、時差の関係、運航乗務員がその運航によって受ける疲労度等を考慮し、安全にその運航業務を遂行できるように運航乗務員の人的構成、休憩・仮眠時間を設定し、もって、運航乗務員の生命、身体の安全を確保する義務を負うものと解するのが相当だからである。したがって、使用者が就業規則により運航乗務員の労働条件の基準を決定するときは、その労働条件の基準が運航乗務員の生命、身体の安全を害さないようなものであるときに、当該就業規則の合理性を肯定することができるものと解するのが相当である。被告は、本件就業規程の定める勤務基準については、就業規則の不利益変更の要件としての合理性の判断要素である社会的相当性を備えているか否かという観点から検討されるべきであると主張するが、採用することはできない。

3  運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利益変更の合理性

航空機による旅客の運送の事業も労働基準法の適用事業であり(同法八条四号)、同法三二条所定の労働時間の制限の適用があるが、これについては、同法三二条の二により、就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が四〇時間を超えない定めをした場合においては、特定された日において同法三二条二項の労働時間を超えて労働させることができることとされ、また、同法三四条一項所定の休憩については、労働基準法施行規則三二条により、使用者は休憩時間を与えないことができることとされている。したがって、労働基準法の規制は緩やかなものにとどまり、使用者は、右各規定に基づき、就業規則等により別異の定めをすることができ、認可された運航規程中の乗務割の基準どおりに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準が定められているならば、強行規定違反の問題は生じないこととなる。しかしながら、前記のとおり、運航乗務員の労働時間その他の労働条件及び具体的乗務内容は、労働協約、就業規則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえて、運航乗務員の疲労により運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定されることを要する。運航乗務員の労働時間その他の労働条件の基準が労働協約によって定められた場合において、これが認可された運航規程中の乗務割の基準どおり又はその枠内で決定されているときには、その労働協約の公序違反は想定し難く、労使対等の立場で個別、具体的な事情を踏まえて合理的な内容が取り決められたものと推認することができる。運航乗務員の労働時間その他の労働条件が個別の労働契約により取り決められた場合には、公序違反の事態も考えられないではないが、そうでない限り、同様の推認をすることができる。これに対し、使用者が、労働協約又は個別の労働契約を締結することなく、就業規則を制定、変更して乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準を一方的に決定した場合には、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件に合理的な制限が設けられているか否かは、使用者(定期航空運送事業者)の判断が合理的であるか否か次第であるということができる。使用者(定期航空運送事業者)が就業規則を制定して運航乗務員の労働時間その他の労働条件の基準を定める場合には、就業規則の内容が合理的なものである限りにおいて、これに同意しない運航乗務員に対しても拘束力が生ずるが(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、その合理性を肯定するには、運航業務に従事する時間が過大なものとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設けられていることが必要である。使用者(定期航空運送事業者)は、就業規則を定めるに当たって、それが個別、具体的事情を踏まえて実情にかなったものとなるようにしなければならず、航空法及び同法施行規則所定の認可を受けた運航規程中の乗務割の基準の定める乗務時間制限、勤務時間制限の枠内にあることだけでは直ちにその合理性を肯定することができない。これを被告についていうならば、甲第四号証により、本件就業規程において同法三二条の二第一項の規定する定めがされていることが認められるから、労働基準法違反の問題は生じないが、被告は、殊に、一日八時間を超えて労働させることになる乗務時間を設定する場合において、休憩時間を与えないこととしているとき(労働基準法施行規則三二条)は、乗務時間が、個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった、過度のものとならないようにしなければならないのであり、運輸大臣が認可した運航規程に定められている乗務割の基準に従っていることによって右の理が左右されるものではない。

したがって、使用者(定期航空運送事業者)が就業規則を制定し、又はこれを変更することによって運航乗務員の乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準を定め、又はこれを変更すれば、その限度までを内容とする業務命令を発することが可能となり、航空機の航行の安全の問題に直結するから、その就業規則の合理性を判断するには、運航業務に従事する時間が過大なものとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件に合理的な制限が設けられていることが必要であるが、就業規則の内容が認可を受けた運航規程中の乗務割の基準の範囲内であるという理由だけで直ちにその合理性を肯定することはできず、当該就業規則の規律するところに従ってその乗務時間の勤務に就くことが、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労を併せて考えても、安全運航に現実に支障を来すことがないものということができるだけの合理的な根拠がある場合に、当該就業規則の作成、変更の合理性を肯定すべきである。前記のとおり、社会通念上容認できる程度にまで危険の現実化を防止することができるのであれば、その危険に対する有効適切な措置を執って航空機を運航させようというのが一般に支持されている考え方であるから、内容が科学的、専門技術的見地から見ても、また、従前の実績から見ても、一般的な水準にかなった相当なものであるということができるならば、合理的な根拠に基づくものということができる。これを肯定するには、科学的、専門技術的見地から見て、当該具体的業務を規律する基準として当該就業規則の内容が相当なものということができるか、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較して見劣りしない、水準にかなったものであるか否か、過去の運航実績、事故事例に照らしても特段問題のない相当なものということができるかという観点から検討して判断すべきである。しかし、近年、社会的、経済的需要にこたえるため航空業界において二四時間運航体制を採らざるを得なくなる中で、航空機の性能の向上により運航に必要な運航乗務員の人数が以前よりも減員された態勢で長時間の連続飛行を行うことが可能となっており、新たな水準の設定が問題の核心であるから、従前の水準を基準とすることでは対処し切れない事態が現に生じているといわなければならない。そこで、従前の水準を超えるような場合であっても、科学的、専門技術的見地から見て、当該具体的業務を規律するものとして当該就業規則の内容が相当なものということができるだけの保障があるのであれば、使用者(定期航空運送事業者)があらかじめ安全性について十分検討した上で、危険に対する有効適切と考えられる措置を執り、安全性を損なわない相当な範囲内に収まるように内容を決定し、事後的にも、必要な情報を集めて安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みを整備しており、これが有効に機能しているということができるときに、合理的な根拠に基づくものということができる。これを肯定するには、使用者(定期航空運送事業者)が当該就業規則を制定するに当たり、前記のような個別、具体的事情をどこまで考慮し、どのような根拠に基づいて内容を決定したか、当該就業規則に基づいて行われた運航業務の実情はどうか、当該就業規則に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みが整備され、有効に機能しているか否かという観点から検討して判断すべきである。前記のとおり、運航乗務員の労働時間その他の労働条件が労働協約によって定められた場合には、労使対等の立場で個別、具体的な事情を踏まえて合理的な内容が取り決められたものと推認することができるから、使用者が労働組合と十分交渉し、労働組合としても受入れ可能であるとして労働協約を締結した上で当該就業規則が作成、変更されたものである場合には、当該就業規則の内容が合理的であると推認することができるが、これは、使用者が右に述べた事前の検討を十分行ったことを裏付ける間接事実として位置付けることができる。このように、使用者が合理的な根拠に基づいて就業規則を作成、変更したというには、科学的、専門技術的見地から見て相当と認められ、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較して見劣りせず、過去の実績に照らして一般の水準にかなったものであるということができるか、又は科学的、専門技術的見地から見て、当該具体的業務を規律するものとして当該就業規則の内容が相当なものということができるだけの保障があり、使用者(定期航空運送事業者)が当該就業規則を制定するに当たり、想定される危険を十分認識し、この危険の発生を未然に防止することができるように、個別、具体的事情を十分考慮し、相当と認められる根拠に基づいて相当な限度内で就業規則の内容を決定しており、かつ、事後的にも、当該就業規則に基づいて行われた運航業務の実情に照らして危険が十分制御されていると認められ、若しくは、当該就業規則に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みが整備され、有効に機能していると認められることを要するものと解するのが相当である。

就業規則の変更についていうならば、就業規則の不利益変更については、最高裁判所の判例がその要件及び判断手法を明らかにしているところであり(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁判所昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一三〇号五〇五頁、最高裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁、最高裁判所平成四年七月一三日第二小法廷判決・裁判集民事一六五号一八五頁、最高裁判所平成八年三月二六日第三小法廷判決・民集五〇巻四号一〇〇八頁、最高裁判所平成九年二月二八日第二小法廷判決・民集五一巻二号七〇五頁参照)、最高裁判所平成九年二月二八日第二小法廷判決(第四銀行事件)の判示しているところに従い、変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断すべきであるが、就業規則の変更後の内容が、運航業務に従事する時間が過大なものであったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すようなものであれば、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設けられているとはいえず、変更後の内容自体の合理性が否定されるし、運航乗務員の生命、身体の安全に対する危険が許容限度を超えて存在する以上、不利益性が著しく大きいから、たとえ、変更の必要性が高度であっても、法的規範性を是認することができるだけの合理性はなく、就業規則の変更に反対する労働者に対する拘束力はないと解すべきである。

したがって、就業規則の作成の場合であると、変更の場合であるとを問わず、前記のような観点から総合的に検討して、運航業務の特質に照らし、当該就業規則の規律するところに従ってその乗務時間の勤務に就くことが、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労を併せて考えても、安全運航に現実に支障を来すことがないものということができる場合、その他運航業務に従事する時間が過大なものとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設けられている場合に、当該就業規則の作成、変更の合理性を肯定すべきである。

以下においては、本件で原告らが問題としている勤務基準ごとに、科学的、専門技術的見地から見て、本件就業規程の内容が具体的業務を規律する上で相当なものということができるか、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較して見劣りしない、水準にかなったものであるか否か、過去の運航実績、事故事例に照らしても特段問題のない相当なものということができるか、被告が本件就業規程を制定するに当たり、前記のような個別、具体的事情をどこまで考慮し、どのような根拠に基づいて内容を決定したか、本件就業規程に基づいて行われた運航業務の実情はどうか、本件就業規程に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みが整備され、有効に機能しているか否か、被告と労働組合との交渉の経過等の観点から本件就業規程の変更の合理性を検討するが、乗務時間制限及び勤務時間制限等については、本件就業規程の変更後の内容が運航の安全性にかかわるものであるから、安全運航に支障を来すことがないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の勤務基準に合理的な制限が設けられているか否かという観点から、端的に本件就業規程変更後の規定内容の合理性を検討し、本件就業規程変更後の規定内容の合理性を肯定できる場合には、更に不利益性の有無、不利益変更に当たる場合には変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断する。また、その他の勤務基準については、不利益性の有無、不利益変更に当たる場合には変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断する。

三  本件就業規程改定後の運航状況

本件就業規程改定後の運航状況は別表「確認の利益―2」から「確認の利益―6」までに記載のとおりであるが、ここに主要なものを掲記する(争いのない事実であるが、参照の便宜のため書証を示すと、甲第三四七号証、第五三九号証、第五四〇号証である。)。なお、更に証拠に基づいて認定する必要のある事実は、証拠を挙げて認定した。

1  シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について

◎印を付したものが該当する乗務である。

(一) サンフランシスコ線

成田→サンフランシスコ 八時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

◎サンフランシスコ→成田 一〇時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

一〇時間三五分ないし一〇時間五五分(甲第五三九号証)(シングル編成)

(二) ロサンゼルス線

◎成田→ロサンゼルス 九時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

ロサンゼルス→成田 一一時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(マルティプル編成)

◎関西空港→ロサンゼルス 九時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

ロサンゼルス→関西空港 一二時間二〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(マルティプル編成)

(三) ホノルル線

関西空港→ホノルル 六時間五〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

◎ホノルル→関西空港 九時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

九時間三五分(甲第五三九号証)

(四) オークランド線

オークランド→成田 一〇時間四〇分ないし一〇時間五五分(甲第五三九号証)(シングル編成)

2  シングル編成による三名編成機(B七四七型機)で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について

(一) サンフランシスコ線

成田→サンフランシスコ 九時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

◎サンフランシスコ→成田 一〇時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

一〇時間三五分ないし一〇時間五五分(甲第五三九号証)(シングル編成)

(二) ロサンゼルス線

◎成田→ロサンゼルス 九時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

ロサンゼルス→成田 一一時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(マルティプル編成)

(三) バンクーバー線

成田→バンクーバー 八時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

◎バンクーバー→成田 九時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

(四) シドニー線

◎成田→シドニー 九時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(甲第五三九号証)(シングル編成)

◎シドニー→成田 九時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(シングル編成)

これらのうち◎を付したものは、すべて本件就業規程の変更前の勤務条件によっては命じることができなかったものである。

3  シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について

(一) 香港線

◎成田・香港を一日で往復するパターン(成田→香港→成田)

成田→香港 五時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

香港→成田 三時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分

(二) マニラ線

◎成田・マニラを一日で往復するパターン(成田→マニラ→成田)

成田→マニラ 四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

マニラ→成田 四時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分

(三) デンパサール線

◎デンパサール(バリ島)→ジャカルタ→関西国際空港を一日で行うパターン

デンパサール→ジャカルタ 一時間三五分

ジャカルタ→関西国際空港 六時間二五分

4  シングル編成で予定着陸回数が三回の場合、連続する二四時間中、乗務時間七時間三〇分を超えて、又は勤務時間一二時間を超えて予定された勤務について

弁論の全趣旨によれば、原告yは、グアム発関西国際空港行JL九四四便の乗務(グアムにおける予定出頭時刻午後一時四五分、予定出発時刻午後三時、予定到着時刻午後六時四〇分、予定勤務終了時刻午後七時一〇分(予定乗務時間三時間四〇分、予定勤務時間五時間二五分))、その翌日に伊丹発那覇行JL九一一便及び那覇発羽田行JL九〇二便の乗務(伊丹における予定出頭時刻午前八時三〇分、羽田における予定到着時刻午後二時五五分、予定勤務終了時刻午後三時二五分(合計予定乗務時間四時間二五分、合計予定勤務時間六時間五五分))を命じられたことが認められる。第一日目の勤務が終了してから第二日目の勤務の開始までの間には一二時間以上の休養が予定されているので、変更後の就業規程によれば、右休養により、その前後の乗務それぞれが一連続の乗務として扱われ、それぞれ乗務時間、勤務時間の制限時間内であればよいこととなり、それぞれの乗務はそれぞれ乗務時間、勤務時間とも制限内のものである。しかし、JL九〇二便が羽田に到着したのは午後二時五五分ころであり、第一日目の午後二時五五分から第二日目の午後二時五五分までの連続する二四時間中には、JL九四四便の予定乗務時間三時間四〇分とJL九一一便及びJL九〇二便の合計予定乗務時間四時間二五分が含まれ、これらを合計すると八時間五分ということになり、また、三回の着陸を行うことになるが、変更前の就業規程におけるシングル編成三回着陸の場合の連続する二四時間中の乗務時間制限は七時間三〇分であるので、右二日間の乗務は変更前の本件就業規程の基準によれば、乗務時間制限を超過するものであった。

5  シングル編成で予定着陸回数が四回の場合、連続する二四時間中、乗務時間六時間を超えて、又は勤務時間一〇時間を超えて予定された勤務について

(一) 甲第三五八号証(二六頁)及び原告F本人尋問の結果(平成一一年三月二五日付け本人調書一二〇項から一二三項まで)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターンがあったことが認められる。

◎羽田→広島→羽田及び羽田→函館→羽田という二区間の乗務を一日で行うパターン

乗務時間合計五時間一五分、勤務時間合計一〇時間二五分

(二) 甲第五一〇号証(一頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターンがあったことが認められる。

◎羽田→秋田→羽田の二往復の乗務を一日で行うパターン(過去三回あった。)

乗務時間合計各約三時間二〇分、勤務時間合計一〇時間二七分、一〇時間四〇分、一〇時間四三分

(三) 甲第四一二号証(二頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターンがあったことが認められる。

◎福岡→ソウル→広島→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン

合計勤務時間一〇時間二〇分

(四) 甲第五三九号証(一九頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターンがあったことが認められる。

◎羽田→伊丹→札幌→伊丹→羽田の乗務を一日で行うパターン

◎福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン

合計勤務時間一〇時間一〇分

6  マルティプル編成で、連続する二四時間中、乗務時間一四時間又は勤務時間二〇時間を超えて予定された勤務について

(一) ニューヨーク線

成田→ニューヨーク 一二時間二〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(B七四七-四〇〇型機)

◎ニューヨーク→成田 一四時間〇〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(B七四七-四〇〇型機)

一四時間〇五分(甲第五三九号証、第五四〇号証)

(二) アトランタ線

成田→アトランタ 一二時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(B七四七-四〇〇型機)

◎アトランタ→成田 一四時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)(B七四七-四〇〇型機)

一四時間一〇分(甲第五三九号証、第五四〇号証)

四  本件就業規程による乗務時間制限に至るまでの経緯

1  米国における乗務時間制限に関する経緯について

証拠(甲第三三三号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。

米国において初めてパイロットの乗務時間が制限されたのは昭和六年(一九三一年)である。商務省航空商務局は、月間一一〇時間、七日間につき三〇時間、二四時間につき八時間の乗務時間制限(特定のルートについては八時間を超える例外措置があった。)を定めるとともに、七日ごとに連続した二四時間の休養を与えることを義務付けた。昭和九年(一九三四年)、第一パイロットの月間乗務時間は一〇〇時間、年間乗務時間は一〇〇〇時間に制限された。二四時間につき八時間の乗務時間制限とその例外措置はそのまま残されたが、例外措置の効力は停止され、最終的には廃止された。副操縦士の乗務時間も同様に制限された。この乗務時間制限はほとんど変更されないまま、昭和一三年の民間航空条例、さらに昭和三三年の連邦航空条例に引き継がれ、現在に至るまで効力がある。

連邦航空局(FAA)とその前身であった各機関は、昭和三三年に至るまで、民間航空法の乗務時間制限を何回も再検討・調査したが乗務時間制限の大きな変更は行わなかった。しかし、その後、昭和三五年までに、連邦航空局の前身機関は民間航空法のパイロットの乗務時間制限の改定が必要であると判断した。

民間航空法は昭和四〇年に連邦航空法に再編・成文化され、パイロットの飛行時間について、二名編成機につき八時間、三名編成機につき一二時間の制限が規定された。この飛行時間制限は現在まで改定されていない。

連邦航空局は、乗務時間制限、休養規程等について、昭和五三年に立法提案通知、昭和五五年に立法提案通知補足を発し、昭和五七年にも立法提案通知を発したが、いずれも、航空業界等の意見を検討した後、撤回した。

連邦航空局は、昭和五八年、交渉によって乗務時間制限を策定するための諮問委員会を設立し、昭和六〇年、諮問委員会に提出された原案に基づいて立法提案通知が発行され、同年、法律として成立し、施行された。その内容は、多くの法文解釈問題を解決するとともに、乗務予定時間の違いに応じて一日ごとの休養時間を設定することができるようにして、国内線事業者のスケジュール作成に柔軟性を与えること等であった。

連邦航空法のその後の改正の動向については後述する。

2  技術革新と運航乗務員編成数の変化(新世代二名編成機の開発と我が国におけるその導入)について

証拠(甲第二九一号証、第三三三号証の一、第三八〇号証、乙第一〇〇号証、第一〇二号証、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 大型航空旅客機の運航乗務員編成数は、航空機の技術革新によって徐々に減少してきた。昭和三〇年ころに開発された大型プロペラ機ストラト・クルーザーは、操縦を担当する機長及び副操縦士、エンジンやシステムの操作のほか、故障の隔離、回復操作を行う航空機関士、現在位置の確認や飛行ルートの確認を行うナビゲーター、良質の無線通信を確保するための航空無線士から成る五名の運航乗務員により運航されていた。その後、無線技術の向上によって航空無線士の業務が、また、慣性航法装置など航法システムの発達によってナビゲーターの業務が、いずれも操縦士の業務となり、運航乗務員編成数は五名から四名、四名から三名へと順次減少した。この間、操縦士の負担も、計器着陸装置や自動操縦装置等の導入によって軽減された。

昭和四四年ころには三名編成の大型航空旅客機であるB七四七型機が開発された。

その後、昭和五五年ころから、コンピュータ制御技術を導入し、航空機関士の業務を操縦士が行い二名編成で運航される第四世代機又は新世代機と呼ばれる、B七六七型機、A三一〇型機、B七四七-四〇〇型機などの二名編成機が開発された。ジェット旅客機の性能が向上して長距離路線の直行便が世界の趨勢となっていった。

(二) 我が国の航空法は、従前は三名編成機の運航を前提としており、六五条二項において、「四基以上の発動機を有し、且つ、三万五千キログラム以上の最大離陸重量を有する航空機」には、「航空機に乗り組んで行うその発動機及び機体の取扱(操縦装置の操作を除く。)」の業務を行うことができる航空従事者(航空機関士)を乗り組ませなければならないと規定していたが、昭和六〇年一二月二四日法律第一〇二号により同法六五条二項が改正され、右の部分が削除された。

(三) 被告は、昭和四四年以降三名編成機であるB七四七型機を、昭和五〇年以降DC一〇型機を導入した(以下これらの三名編成機を個別に、又は総称して「在来型三名編成機」又は単に「三名編成機」という。)。また、昭和五九年以降二名編成機であるB七六七型機を導入した。

被告は、平成二年以降B七四七-四〇〇型機、MD一一型機、B七三七-四〇〇型機、B七七七型機を導入した(以下これらの二名編成機を個別に、又は総称して「新世代二名編成機」又は単に「二名編成機」という。)。

3  運航乗務員の勤務に関する諸外国の運航基準や運航の実態等に関する調査について

証拠(甲第七九号証の一から同号証の三まで、乙第一〇三号証、第一〇四号証の一から同号証の五まで、第一〇五号証から第一一一号証まで)によれば、次の事実を認めることができる。

被告は、一九八〇年代半ばから一九九〇年代にかけて運航乗務員の勤務に関する諸外国の運航基準や運航の実態等に関する調査を実施した。

ジェット旅客機の性能が向上して長距離路線の直行便が世界の趨勢となり、被告においても一九八〇年代前半にはニューヨーク、ロサンゼルス等太平洋路線の多くが直行便化され、欧州路線の直行便化が見込まれていた。しかし、例えば、ロサンゼルスー成田線で米国の主要航空会社がシングル編成で運航しているのに対し、被告はマルティプル編成で運航しているというように、被告と欧米の主要航空会社との間に効率面で格差があった。被告は、当時の勤務協定がジェット機黎明期の昭和三五年に締結された協定を原型としているためにかかる制約があり、路線構成の変化に対応するように勤務協定を見直す必要があると認識するに至り、これを契機として長距離運航時代の要請に合致した勤務基準を求めて調査研究、検討を行った。被告は、昭和六一年に欧州及びシカゴ各直行便が就航するに当たって、運航本部が欧州の主要航空会社四社(ルフトハンザ航空、英国航空、エールフランス航空、KLMオランダ航空)に担当者を派遣し、勤務条件についての詳細な調査を行い、「欧州航空各社の勤務条件調査報告」(乙第一〇四号証)にまとめたほか、昭和六三年一月一二日に策定された「昭和六三―六六年度中期計画」(乙第一〇六号証)をきっかけに、勤務協定改定とオペレーションマニュアルに定められた運航乗務員の勤務に関する基準の改定の本格的検討に入り、米国をはじめとして航空先進国数箇国の資料収集に努めた。

4  B七四七-四〇〇型機の就航と運航規程の改定

(一) 運輸省航空局による日本航空機操縦士協会への検討依頼と中間報告

証拠(甲第七五号証)によれば以下の事実が認められる。

運輸省航空局は、平成二年八月に我が国においてB七四七-四〇〇型機が太平洋線に就航することとなることを契機に、同年五月、我が国の定期航空運送事業者(航空会社)の航空機乗組員の長距離運航における乗務時間制限及び編成の基準を制定することとし、社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA、以下「日本航空機操縦士協会」という。)にその内容の検討を依頼した。

日本航空機操縦士協会は、右依頼を受けて、「長距離運航に係わる乗員編成についての検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設立した。検討委員会は、日本航空機操縦士協会顧問の長野英麿を委員長とし、日本航空機操縦士協会副会長野口剛、早稲田大学人間科学部教授黒田勲、財団法人航空医学研究センター研究所長内浦玉堂、社団法人日本航空機開発協会市場調査部長水野洋、航空宇宙技術研究所人間工学研究室長田中敬司、被告の産業医飛鳥田一朗、全日本空輸株式会社の産業医鳥居晃、その他日本航空機操縦士協会の顧問二名及び会員八名(委員合計一八名)を委員とするものであった。

検討委員会は、連続する二四時間における乗務時間制限及びそれに関連する編成の基準を中心に検討を行い、同年六月二五日、「定期航空運送事業者が行う国際線の運航に従事する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準(案)について」と題する中間報告(以下「中間報告」という。)を取りまとめた。

中間報告のうち、乗務時間制限に関する点はおおむね次のとおりである。

中間報告は、定期航空事業者が、運航規程に「国際運航に従事する航空機乗組員の連続する二四時間内の乗務時間制限及びその編成」を定めるに当たって、国が示す基準を作成することを目的とする。

定期航空運送事業者は、次の時間を超えて、航空機乗組員の乗務を予定してはならない(巡航中に機長の交替業務を行う副機長の資格要件は省略。)。

最小航空機乗組員

二名の操縦士

二名の操縦士及び一名の航空機関士

乗員編成

一名の機長及び一名の操縦士

一名の機長及び二名の操縦士

一名の機長及び三名以上の操縦士

一名の機長及び一名の操縦士並びに一名の航空機関士

一名の機長及び二名の操縦士並びに二名の航空機関士

乗務予定時間

八時間以下

八時間超、

一二時間以下

一二時間超

一二時間以下

一二時間超

乗務時間制限については、疲労、時差等に関する安全面からの解析から定量的に一定の数値を導きだすことは困難と考えられるので、安全運航の実績が積み重ねられてきている欧米諸国の基準、具体的には米国連邦航空法(FAR Federal Aviation Regula-tions)及び英国CAP(Civil Aviation Publication)を参考とした。

米国連邦航空法は単純で適用が容易であるところが長所であるが、乗務時間制限の基本部分の制定が古く、最近の長距離運航を行う二名編成機の基準として適当か疑問がある。英国CAPは乗務時間帯、時差等に応じて定められているところが長所であるが、考慮すべき要素が多いので、乗務スケジュール作成に困難が伴い、また、遅延等が発生した場合の弾力的な対応が困難である。

乗務時間帯、時差等の考慮の有無については、我が国の航空会社が就航している国際路線に二つの基準を適用しても実際には大きな差は出ず、米国連邦航空法の二名編成機の八時間制限については、一般的に安全側にあるものと考えられることから基準適用の利便性を考慮し、米国連邦航空法を基本として基準を定める。

しかし、当該部分の連邦航空法制定は四〇年以上前の、二名編成機が長距離国際線に就航することが全く予想されていない時代のものである。最近の二名編成機は技術革新により仕事量が大幅に軽減されており、三名編成機に適用される制限時間と差を設けるべきではないとも考えられるため、右時間制限は暫定的なものとし、二名編成機の制限時間について引き続き検討を行っていくこととする。

(二) 運輸省航空局技術部長による基準の制定(平成二年)

証拠(乙第八七号証)によれば以下の事実が認められる。

運輸省航空局技術部長は、平成二年六月二六日(検討委員会の中間報告の行われた翌日)、空航第五七七号「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」(以下「技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)」という。)を発した。

技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)は、定期航空運送事業者の有償の国際線運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準を定めることを目的とし、乗務時間制限については、検討委員会の中間報告と同様の内容の基準を定め、定期航空運送事業者は、基準に定める時間を超えて、航空機乗組員の乗務予定時間(時刻表の運航予定時間に基づき算定される当該便の出発予定時刻から到着時刻まで)を設定してはならないこと、一二時間を超える乗務が予定されている場合には、航空機内に適切な仮眠設備を設けることを定めた。

(三) 被告の運航規程の改定(平成二年)

証拠(甲第一号証(一四〇頁)及び弁論の全趣旨)によれば以下の事実が認められる。

被告は、平成二年八月一日付けで、被告の運航規程中、国際線シングル編成の場合の乗務時間・勤務時間制限を、着陸回数に関係なく次のとおりにする旨変更した。

乗務時間制限 勤務時間制限

(改正前)

三名編成機  一〇時間   一三時間

二名編成機   八時間   一三時間

(改正後)

三名編成機  一二時間   一五時間

二名編成機   八時間   一三時間

ただし、被告は、運航規程の右変更に際し、同年七月二六日付けで、「一九九〇年八月一日付OM改訂に関する暫定的措置について」と題する運航本部長レター(OGZ-Y-010)(甲第一号証一四〇頁)を発して「三名編成機をシングル編成で国際線を乗務する際の連続する二四時間中の乗務時間制限について、当面、従来どおり一〇時間で運用する」とすることを運航乗務員に通知し、運航規程の右変更後も、三名編成機シングル編成の国際線運航乗務員の乗務時間・勤務時間制限については右レターに沿った運用を行い、この運用は本件就業規程の変更が行われるまで続けられた。

(四) 検討委員会の疲労度・仕事量調査と最終報告(平成四年六月から一二月)

証拠(甲第七五号証及び証人の証言(平成一〇年六月二六日の証人調書一六六項から一七八項まで))によれば、以下の事実が認められる。

(1) 検討委員会は、平成三年六月から、中間報告による二名編成機の乗務時間制限の基準の再検討に着手した。検討委員会の行った再検討の基本的な視点は次のとおりである。

乗務時間制限は航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する観点から定められており、乗務時間制限を定める上で考慮すべき最大の要素は航空機乗組員の疲労である。仕事量と疲労との定量的関係は確立されていないが、仕事量のレベルは疲労に大きな影響を与えるものと考えられることから、B七四七-四〇〇型機と在来型B七四七型機を代表例として、新世代二名編成機と在来型三名編成機との疲労度及び仕事量についての比較を行い、二名編成機の乗務時間制限値を延長することが可能かどうか、可能であるとすれば延長がどの程度かについて検討するべきである。

検討委員会は、右のような視点から検討を行い、ボーイング社におけるB七四七-四〇〇型機の仕事量の評価の調査等をもとに検討を行って、新世代二名編成機の仕事量は在来型三名編成機と同等以下との考えに至ったが、さらに、平成四年二月から七月にかけて、被告及び全日本空輸株式会社の協力の下に、成田-ニューヨーク線に運航するB七四七-四〇〇型機の運航乗務員及び成田-ワシントン線に運航する在来型B七四七型機の運航乗務員(編成はどちらもダブル編成)に対し、その疲労度及び仕事量等について生理学及び心理学の両面からの測定、解析を行った上で、平成四年一二月に運輸省航空局に対して最終報告書を提出した。

最終報告書は、諸外国の実情と仕事量及び疲労度の検討を柱としている。

(2) まず、諸外国の実情は次のとおりである。

ア 国際民間航空条約第六付属書には、運航者は、航空機乗組員の飛行時間と飛行勤務時間を制限する規則を制定しなければならず、これらの規則は国によって承認されなければならないとされ、制限の設定の指針は示されているが、具体的な数値を定めた乗務時間制限の基準は示されていない。平成二年二月以降、国際民間航空機関(ICAO)は右規定及び指針の見直しを検討しているが、連続する二四時間の乗務時間制限値はいまだ提示されていない。ヨーロッパ航空当局において、ヨーロッパ各国の航空機乗組員の乗務時間制限に関する基準の統一化を図る作業が進められ、連続する二四時間、七日間、二八日間、一二箇月間等における乗務時間制限、二名編成機の一飛行での飛行時間制限等についての具体的な数値が検討されているが、いまだ結論には至っていない。

イ 米国連邦航空規則第一二一章の規定する国際線定期航空運送事業者に適用される連続する二四時間の飛行時間についての計画段階での制限値は、二名編成機についてはシングル編成が八時間まで、マルティプル編成が一二時間まで、ダブル編成が一六時間まで(ダブル編成の基準は米国連邦航空局の内規)、三名編成機についてはシングル編成で一二時間まで、マルティプル編成では一二時間を超えて無制限である。

ウ 英国航空局通達三七一号は、二四時間以内の飛行勤務時間(航空機乗組員の出頭時刻から最後の飛行の到着時までをいう。)の計画段階での制限を定めている。飛行前の休養状態、勤務の開始時刻、離着陸の回数及び航空機乗組員の編成に応じて定められている制限値は、二名編成機については、飛行時間が七時間を超える場合において、離着陸が一回のときは、最大一二時間三〇分、最小九時間三〇分であり、三名編成機については、離着陸が一回の場合は最大一四時間、最小一一時間である。航空機乗組員の交替要員が乗務する場合は、その人数及び機内の仮眠設備の有無によって異なるが、最大一八時間まで延長が可能である。英国の右基準は、昭和四七年一一月に、当時の基準の見直しを目的として設立された乗務時間制限に関する委員会の検討結果に基づいて設定された。この委員会は、航空機乗組員の疲労が運航の安全に及ぼす影響について定性的な検討を行い(その検討においては二名編成機と三名編成機の基準に差を設けるべきか否かは検討されていない。)、休息不足が蓄積しないよう仕事及び休息時間のサイクルについて考慮することが重要であるとの結論を得て、乗務時間制限について勧告した。

エ 検討委員会は、米国、英国を含め欧米・豪州諸国一三箇国(米国、カナダ、英国、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、スイス、ベルギー、オーストラリア、ニュージーランド。なお、フランス、イタリアについては、その当時の調査で確認が取れなかったので、参考として昭和五九年のICAO Circular 52-AN/47/6に掲載された内容を掲記しているが、以下の数字に含めていない。)の二名編成機及び三名編成機のシングル編成基準を調査した(なお、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーは同一の基準を用いている。)。これによると、次のとおりである。

① 制限値の定め方

米国のように制限値を一定の値としている国 米国を含め六箇国

英国のように勤務の開始時刻等に応じた制限値を設定している国あるいは条件を付して制限値の幅を設けている国 英国を含め七箇国

② 制限の対象

乗務時間の制限を飛行時間のみで制限している国 米国のみ

飛行勤務時間(飛行勤務時間の定義は国によって航空機乗組員の出頭時から飛行終了まで、あるいは出頭時から飛行後の作業終了までとされている。)のみで制限している国 英国を含めて九箇国

その両者で制限している国 三箇国

③ 二名編成機と三名編成機との区別の有無

二名編成機と三名編成機とで乗務時間制限に差を設けている国 三箇国

差を設けていない国 一二箇国

④ 二名編成機のシングル編成による一飛行の制限値

飛行時間 最小八時間から最大一二時間

飛行勤務時間 最小九時間三〇分から最大一六時間

飛行時間制限で一二時間を許容している国 フィンランドだけ

飛行時間制限一二時間にほぼ相当すると考えられる飛行勤務時間一四時間又はそれ以上の時間を許容している国カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、スイス及びベルギーの八箇国

オ 外国航空会社には、労働協約等によって国の制限よりも短く乗務時間制限を設定している会社が見られた。新世代二名編成機のシングル編成の長大路線の運航の例としては、次のとおりである(平成四年度(一九九二年度)冬ダイヤによる)。

フィンランド航空 MD一一型機成田-ヘルシンキ間 一〇時間二〇分

オーストリア航空 A三一〇型機ウィーンーニューヨーク間 一〇時間〇〇分

スイス航空    MD一一型機チューリッヒーアトランタ 一〇時間二五分

カナディアン航空 B七四七-四〇〇型機 バンクーバー-成田間 九時間四五分

(3) 次に、仕事量の検討の内容は次のとおりである。

乗務時間制限は、航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する観点から定められており、仕事量は乗務時間を直接的に規定するものではないが、許容範囲内であっても仕事量のレベルが高ければ疲労が蓄積される可能性があるから、検討委員会は、新世代二名編成機と三名編成機の運航乗務員の仕事量の比較検討を行った。ボーイング社は、新世代二名編成機であるB七六七型機及びB七四七―四〇〇型機の型式証明取得時に仕事量の評価を実施している。そこで、検討委員会は、右比較検討を行う上で、ボーイング社が行った仕事量の評価手順とその結果について調査を行った。

ア 仕事量評価の手法

ボーイング社による仕事量評価は、①コンピュータによる理論解析評価、②シミュレーターによる評価、③実機による評価の三段階で行われた。

コンピュータによる解析では、操縦士の操作時の手と目の動きを定量化して機種間で比較する「仕事量の定量化評価」と、操縦士が標準的な飛行で目、手、会話に費やした時間の割合の平均値を求めて機種間で比較評価を行う分析(Time line analysis)等が採用された。また、操縦士が、シミュレーター及び実機において、アンケート用紙に記載された仕事量の各項目及び各要素について主観的評価を行う手法が採用された。

イ B七六七型機型式証明取得時の手順

コンピュータによる理論解析評価においては、燃料、電気、油圧、空調系統の通常操作、故障時操作について、前記の定量的評価が実施され、また、仮想のラインフライト(シカゴ-セントルイス)での時間的余裕度について前記の分析(Times line analysis)等による評価が実施された。

シミュレーターによる操作時間実測値はコンピュータ解析値とほぼ一致した。また、操縦士が、シミュレーター及び実機において、アンケート用紙に記載された仕事量の各項目及び各要素について主観的評価を行い、シミュレーターと実機のテストの結果はほぼ一致し、B七六七型機の仕事量は従来型のB七三七型機と比較して同等かそれ以下であるとの結果が出た。

ウ B七四七-四〇〇型機型式証明取得時の手順

コンピュータによる理論解析評価においてイと同様の定量的評価及び前記の分析(Time line analysis)による評価が実施された。

シミュレーターにより様々な仕事量の状況を引き起こす故障の影響が評価された。実機における仕事量評価としては、総計一二〇〇飛行時間以上に及ぶ全体のテスト飛行の中で適宜、また、最終段階での総計四〇時間のテスト飛行で連邦航空局とボーイング社の操縦士による前記主観的評価が実施された。

これらの評価結果に基づき、B七四七-四〇〇型機の仕事量は三名編成機である在来型B七四七型機及びボーイング社の二名編成機であるB七三七型機と同等かそれ以下であるとの結果が出た。

エ ヨーロッパ当局のB七四七-四〇〇型機の型式証明における飛行試験においても仕事量の観点からはB七四七-四〇〇型機は在来型B七四七型機より優れていると評価された。また、長距離運航における乗務時間の延長とは、巡航部分が延長されることであるが、新世代二名編成機の操縦士の仕事量はシステムの自動化、情報類の表示・提供方法改善等により軽減されており、このことはB七四七-四〇〇型機に乗務している多くの操縦士も実感として認めていた。

仕事量と疲労の定量的関係は確立されていないが、新世代二名編成機の仕事量のレベルは三名編成機の仕事量のレベルと比べて同等又は改善されており、仕事量の比較の観点からは、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機と同じであってよいと考えられる。

(4) 疲労度の検討

検討委員会は、実機飛行調査として、被告及び全日本空輸株式会社(以下「全日空」という。)の新世代二名編成機と三名編成機の有償飛行に搭乗する操縦士の疲労度等について生理学及び心理学の両面からの計測を行った。その調査の内容及び結果は次のとおりである。

ア 調査項目

(イ) 生理学的検討

① 免疫学的検討

血液中の白血球数、顆粒球数、リンパ球数、NK細胞活性、IL-1、IL-6、TNF、IFN

② ホルモン学的検討

唾液中のコルチゾール、尿中のアドレナリン、ノルアドレナリン、一七-OHCS

③ 循環器学的検討

血圧、脈拍、心電図変化、自律神経活動の変動

(ロ) 心理学的検討

自覚疲労調査、フリッカー値測定、加算テスト、注意配分テスト、短期記憶テスト

イ 調査対象路線

被告と全日空の当時の最長路線である成田-ニューヨーク路線及び成田-ワシントンDC路線を調査対象路線とし、機材は、前者の路線につき二名編成機のB七四七-四〇〇型機を、後者の路線につき三名編成機のB七四七型機を用い、いずれもダブル編成で、成田を出発してから帰着するまで二泊四日の日程であった。

また、全日空がボーイング社から新造機を受領し本邦へ空輸する便(シアトル→羽田)において、二名編成機のその当時の制限値を超える九時間一分の乗務における操縦士の疲労度等についても調査が行われた。

ウ 調査対象者

調査対象者は、二名編成機と三名編成機それぞれ二〇名であり、対象とする操縦士の年齢及び飛行経験を標準化するため、いずれも機長資格者のみとした。

エ データの採取時期及び採取方法

検討委員会が委嘱した調査員(生理学的調査について三名、心理学的調査について二名)が操縦士に同行し、一定のスケジュールに従って、往路、復路とも飛行前、飛行中(休養時間の前後)及び飛行後の各段階で行われた。

シアトルから羽田の空輸便での調査については、三人の操縦士が乗務したが、実際の運航は二人の操縦士が担当し、飛行中のデータ採取の時間のみもう一人の操縦士が交替業務を行った。

オ 調査結果

できる限り条件を同一にして、生理学及び心理学の両面から比較検討した結果、一部の調査項目においてB七四七-四〇〇型機の方が在来型B七四七型機に比べて疲労度等が低いことを示唆するデータも見られたが、全体的には両者の間に有意な差がないことを確認した。

なお、は被告の機長として、検討委員会の行った右疲労度調査に参加したが、検討委員会の右結論について、自らの実感と格段の相違はなかったと感じている。

(5) 検討委員会の結論

検討委員会は、前記((1))の視点から行った検討、調査の結果を次のように要約し、これに基づいて結論を述べている。

ア 検討、調査の結果の要約

仕事量については(3)のとおりである。したがって、仕事量の比較検討の結果からは、新世代二名編成機の乗務時間制限値は三名編成機と同等であってよいと考えられるが、検討委員会では、さらに実機飛行調査を行い操縦士の疲労度等を計測することとした。実機飛行調査の結果は(4)のとおりである。

さらに、検討委員会の委員のうち運航乗務員の委員によるワーキング・グループにおいて、B七四七-四〇〇型機に乗務している操縦士の経験に基づき、航法、システム操作、飛行機の性能、信頼性、居住性等の観点からB七四七-四〇〇型機と在来型B七四七型機に乗務する操縦士が受ける仕事量、精神的な負担及び疲労度について比較検討を行い、B七四七-四〇〇型機と在来型B七四七型機の間で乗務時間制限に差を設ける必要があるのかどうかを検討した。その結果、B七四七-四〇〇型機は、在来型B七四七型機に比べ、全体的に仕事量、精神的な負担及び疲労度が同等又は低くなっており、B七四七-四〇〇型機の乗務時間制限を在来型B七四七型機の乗務時間制限より厳しくする必要はないとの結論を得た。

この結論は、B七四七-四〇〇型機と同様のコンセプトにてシステムの自動化、情報類の表示・提供方法の改善等、操縦環境の改良がなされている新世代二名編成機一般に対しても適用されるものであると考えられる。

また、乗務時間制限に関する調査対象国一三箇国のうち、二名編成機の飛行時間制限で一二時間を許容している国及び飛行時間制限一二時間にほぼ相当すると考えられる飛行勤務時間一四時間又はそれ以上を許容している国は併せて九箇国ある。我が国の基準及び我が国の基準が基本としている米国の基準は三名編成機について飛行時間制限の制限値を一二時間としているが、右九箇国では、二名編成機についてこれにほぼ相当するか又はそれ以上の制限値が許容され、適用されている。

イ 結論

国際線長距離運航を行う新世代二名編成機に乗務する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準は、三名編成機に乗務する航空機乗組員に適用される乗務時間制限及び編成基準と同一とすることが適当である。

(五) 運輸省航空局技術部長による通達の発出(平成四年一二月二一日)

証拠(乙第八八号証)によれば、次の事実を認めることができる。

運輸省航空局技術部長は、検討委員会の最終報告を受け、平成四年一二月二一日に技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)を一部改正する通達を発出した(空航第九八五号)。改正点は、二名編成機についてシングル編成(一名の機長及び一名の副操縦士)の乗務予定時間を一二時間以下、マルティプル編成(一名の機長及び二名の操縦士)の乗務予定時間を一二時間超とし、ダブル編成についての基準を削除することであった。(別紙「航空局技術部長通達(平成4年)別表」参照)この改正により、二名編成機の乗務時間制限及び編成に関する基準は、三名編成機の基準と同様とされたことになる(以下右改正後の通達を「技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))」という。)。

(六) 被告の運航規程の改定

証拠(乙第八五号証の二)によれば、次の事実を認めることができる。

被告は、技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)が平成四年一二月二一日に改正されたことを受け、平成五年二月二〇日、運航規程を改定し、乗務割の基準について二名編成機と三名編成機との区別を廃止した。こうして、二名編成機及び三名編成機とも、国際線についての連続する二四時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限は、シングル編成の場合にそれぞれ一二時間、一五時間、マルティプル編成の場合にそれぞれ一五時間、二〇時間とされた。

五  B七四七-四〇〇型機の設計思・想と在来型三名編成機における仕事量との比較について

1  甲第二九一号証、第三〇八号証(二頁から三頁まで)、第三〇九号証(五頁から六頁まで)、第三一〇号証(二頁から四頁まで)、第三一五号証(三頁から四頁まで、七頁から八頁まで)、第三一八号証(六頁から七頁まで、一〇頁から一一頁まで)、第三一九号証(九頁から一〇頁まで)、第三二〇号証(三頁)、第三二三号証(四頁から五頁まで)、第三二四号証(四頁から五頁まで、六頁から八頁まで)、第三二七号証(一五頁から一七頁まで、二七頁から三〇頁まで)、乙第一〇〇号証(五頁から六頁まで、三〇頁から三一頁まで、三五頁、四六頁から五一頁まで)、第一〇二号証、証人の証言(平成一〇年六月二六日の証人調書八四項、九七項、一一六項、一一七項、一四〇項から一六五項まで)によれば、以下の事実が認められる。

(一) B七四七-四〇〇型機の設計思想について

在来型のB七四七型機は、三名編成機であり航空機関士が必要であったが、B七四七-四〇〇型機は、二名編成機であり、かつ、座席数約四〇〇の、いわゆるハイテク・ジャンボジェット旅客機である。ボーイング社は平成元年一月に米国連邦航空局の型式証明を取得した。

B七四七-四〇〇型機は、デジタル・コンピュータ分野における技術革新の成果やCRT(ブラウン管)ディスプレイの新しい技術を採り入れてコクピット(操縦席。以下「コクピット」又は「コックピット」という。)の設計思想を根本的に見直し、確認、判断及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進めて運航乗務員の省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに、制御系統の多重化によってシステムの故障に備えている。その設計思想は、右のようにして機長及び副操縦士が在来型三名編成機でも行っていた仕事量を軽減し、航空機関士が行っていたシステム管理にかかわる監視と操作の大部分をコンピュータが行うこととし、全体としての仕事量は、在来型三名編成機において機長及び副操縦士が行っていた仕事量の範囲内となるようにするほか、運航乗務員のミスによる事故発生の危険を縮小させるというものである。二名編成機ではシングルパイロットによる操作が可能であるように設計されており、たとえ一人のパイロットが離席しても残りのパイロットで飛行に必要なすべての操作が可能であるとされる。

(二) B七四七-四〇〇型機による負担軽減

(1) パイロットの主な仕事には、①ナビゲーション(現在位置、行くべき方向と経路、目的地までの距離と所要時間、必要な燃料などを確認する作業)、②飛行経路のコントロール、③システムの操作、④管制との通信、⑤衝突の防止、⑥飛行計画及びさまざまな判断などがある。このうち、①ナビゲーション、②飛行経路のコントロール、⑥飛行計画及びさまざまな判断はパイロットの仕事のうち大きな割合を占めるものである。民間航空機の飛行ルートは、通常、航空無線局を結んでできており、ナビゲーションには、航空無線局及び飛行ルートを示しているジェプソン・チャート(ジェプソン社発行の航路図)と呼ばれるルートマップを使用する。在来型のB七四七型機においては、現在位置から見た無線局の方位、無線局までの距離、飛行ルートとの位置関係が計器によって表示され、自分の現在位置、飛行ルートからのズレを知ることができるので、パイロットは、頭の中に思い浮かべた地図の上に、右のように計器から得られた複数の情報を重ね合わせることによりナビゲーションを行っていた。これに対し、B七四七-四〇〇型機に代表される第四世代機では、ナビゲーション・ディスプレイと呼ばれるカラーCRT(ブラウン管)に、飛行とともに時々刻々変化する航路図そのものが表示され、その時の飛行ルートと現在位置が一目で分かるようになっているほか、旋回時の予想経路、指定高度に到達する地点、気象レーダーの映像が分かりやすく表示される。パイロットは、現在位置を確認し、置かれている状況に応じて速度や高度の変更、フラップやランディング・ギアなどの操作、各種のチェック、管制官との交信等の操作、措置を開始するが、右のとおりナビゲーション・ディスプレイに現在位置が一目で分かるように表示されるようになったことで、パイロットの負担は大きく軽減されている。

しかし、その反面、マップ・シフト(ナビゲーション・ディスプレイ上での自機の位置が実際の場所とずれて表示される現象)といわれる不具合は、日常運航の中でかなりの頻度で発生しているし、何らかの故障で表示が消えてしまったときに頭の中で自機の位置を組み立て直すのにかなりの時間を要するという事態が発生している。乗員は操縦室の表示が正確なのか神経を使って運航をせざるを得ない。

(2) また、在来型三名編成機においては、慣性航法装置(INS)が搭載されており、飛行ルート上の通過地点(ウェイ・ポイント)の緯度及び経度をあらかじめ入力しておけば、右装置がそれを順に結んだルートを作成するようになっていたが、長距離路線では通過地点の数が多いため、パイロットが飛行の前にそれらの緯度及び経度をすべて入力することは、かなりの負担であった。これに対し、B七四七-四〇〇型機に代表される第四世代機には、フライト・マネージメント・システム(FMS)と呼ばれるコンピュータシステムが装備され、そこにはルートマップをはじめナビゲーションに必要な各種の膨大なデータが記憶されているので、パイロットが路線を指定するだけで、すべての通過地点が自動的に入力されるようになり、この面での負担は大幅に軽減されている(ただし、それが正しいかは確認しなければならないし、航路が頻繁に変更される路線については、従来どおり、すべてのウェイ・ポイントを入力しなければならない)。

さらに、従来であれば、パイロットは、離陸速度や最適巡航速度などをマニュアルから求めなければならなかったが、フライト・マネージメント・システムのメモリーにはその航空機の性能に関する情報も記憶されており、パイロットが必要とする情報を自動的に計算してカラーCRTディスプレイ上に表示されるようになったこと、慣性航法装置(INS)は離陸後時間が経過するにつれて少しずつ位置の誤差が生じるので、パイロットがルート上の無線局を利用して慣性航法装置の現在位置を修正する操作が必要であるが、従来はそのために最も適切な無線局を選局するのがパイロットの仕事であったのに対し、B七四七-四〇〇型機では、フライト・マネージメント・システム(FMS)の指示に従ってそれが自動的に選定されること、従来はパイロットが着陸のための誘導電波を選局していたが、フライト・マネージメント・システム(FMS)の指示で自動的に選ばれるようになったこと、以上のように、従来パイロットが自ら行わなければならなかった操作、判断のかなりの部分が自動化されたことにより、パイロットの負担は軽減されている。

在来型三名編成機では、機体を制御するための飛行機の姿勢、速度、高度、上昇率、降下率、機首方位等の情報は複数の操縦用計器に表示されたが、新世代B七四七-四〇〇型機では、プライマリー・フライト・ディスプレイ(PFD)にこれらの情報を集約・統合して表示されるほか、在来型機にはない新しい機能として、ウインド・シアー(風向・風速の急激な変化)に関する警報とそこから脱出するために必要な機首上げ角度の指示や、フラップやランディング・ギアの状態に応じた安全速度の範囲が表示されるので、パイロットの状況認識を容易にしている。

また、新世代機であるB七四七-四〇〇型機は、在来型三名編成機と比べてシステムが多重化されており、フライト・マネージメント・システム(FMS)が故障の場合に備えて二台装備され、CRTディスプレイは同一規格のものが六つ装備されているので、故障しても画面を他のディスプレイに切り替えて表示することが可能であるほか、客室与圧コントロール、オート・スロットル・コンピュータ、性能計算、航法計算、速度超過・失速警報、フュエル・マネージメント等の様々な重要なシステムが多重化されている。

(三) システムの監視面での仕事量の増加

しかしながら、在来型三名編成機では、航空機関士がシステムを監視、担当していたが、新世代機であるB七四七-四〇〇型機では、アイキャス(Engin Indication & Crew Alerting System EICAS)と呼ばれるコンピュータシステム等の助力を受けながらも、機長及び副操縦士が航空機関士の行っていた仕事の一部を担当することになっているので、この面では機長及び副操縦士の仕事量が増大していることは否定できないから、その仕事量の内容及び負担の程度を見なければならない。

エンジンの始動は、どのようなトラブルが発生するか分からない緊張する場面であり、注意力を要する作業である。長距離路線についていうならば、在来型三名編成機では、航空機関士を含めた三名の運航乗務員が作業を分担し、エンジン一基当たり一分以上かけて行い、四機あるエンジン全部を始動するのに五分程度必要であるが、B七四七-四〇〇型機では、オートスタート機能が完備され、スタートの操作に要する時間はエンジン一機当たり三〇秒程度に軽減されている。したがって、この点ではパイロットの仕事量は軽減されている。

次に、エンジンを始動した後離陸し、巡航し、目的地に到達してスポットに入り、エンジンを停止するまでの間の運航の全過程において、エンジンの作動状況を監視し、飛行中のエンジンの回転数や排気ガスの温度等の異常を発見し、電気火災や急減圧などのシステム・トラブルが発生した場合には、トラブルを認識・特定し、重要度の判断及び必要な操作を行う必要があるが、在来型三名編成機では、航空機関士がこの監視、判断、操作を担当していた。これに対し、B七四七-四〇〇型機では、機長及び副操縦士がアイキャスの助力を受けながらも運航の全過程において航空機関士の果たしていた役割を代替することになる。もっとも、B七四七-四〇〇型機ではアイキャスがエンジン、油圧、客室与圧、電気、燃料など主要なシステムの作動状況を監視し、故障が生じたときには故障箇所の特定や重要度の判断を自動的に行い、制御系統が多重化されているものについては必要に応じてアイキャス・ディスプレイに表示した上で、故障箇所を自動的に隔離し、代替システムに自動的に切り替え、故障箇所がエンジン・油圧など主要システムの場合には、重要度をつけてアイキャス・ディスプレイに警告を表示するようになっているので、設計思想としては、在来型三名編成機の航空機関士の仕事量よりは相当程度軽減されてはいる。しかし、在来型三名編成機では、航空機関士が各システムの状況を示す約一〇〇個の計器、二〇〇個以上の警告灯、一五〇個以上のスイッチを常時管理し、燃料やエンジンオイルのように変化傾向のあるものについてはそれを常時把握することによって、故障に至る前に不具合を発見することができていたのに対して(甲第二二一号証)、アイキャスは、一定の限界値に到達して初めて、それが警告される仕組みになっており、アイキャス・ディスプレイに警告メッセージが表示されてからでは遅い場面があるので、運航乗務員はアイキャス・ディスプレイに機器の作動状況を呼び出して確認する努力をしている。このように、機長及び副操縦士の仕事量が右の面で在来型三名編成機よりも増大していることは否定できない。

(四) イレギュラーな事態が発生したときの仕事量

B七四七-四〇〇型機をはじめとする新世代二名編成機は、何らかのトラブルが発生したときには、機長及び副操縦士だけで対応しなければならないが、特殊な気象状態やその他機材故障等のイレギュラーな事態が発生したときには、精神的疲労が高まり、ルーティンワークが軽減されたことでは賄いきれないから、パイロットの仕事量は三名編成機に比べて格段に高くなっているというのが運航乗務員の実感である。

2  1で述べたように、B七四七-四〇〇型機は、デジタル・コンピュータ分野における技術革新の成果やCRT(ブラウン管)ディスプレイの新しい技術を採り入れ、確認、判断及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進めて運航乗務員の省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに、制御系統の多重化によってシステムの故障に備えているが、その設計思想は、右のようにして機長及び副操縦士が在来型三名編成機でも行っていた仕事量を軽減し、航空機関士が行っていたシステム管理にかかわる監視と操作の大部分をコンピュータが行うこととした上で機長及び副操縦士に担当させ、全体としての仕事量は、在来型三名編成機において機長及び副操縦士が行っていた仕事量の範囲内となるようにするほか、運航乗務員のミスによる事故発生の危険を縮小させるというものである。これを運航業務の実情から見ると、たしかに、機長及び副操縦士の業務のうち、ナビゲーション、飛行経路のコントロール、飛行計画及び様々な判断において仕事量が軽減されているが、機長及び副操縦士が在来型三名編成機で航空機関士が行っていたシステム管理にかかわる監視と操作の一部を担当することになった点で仕事量が増加しており、平常の運航ならば右仕事量の軽減によって吸収できる程度のものということができるにしても、異常な事態が生じたときには、事態の内容、深刻さに応じて、機長及び副操縦士が操縦、判断等に集中する必要が高まるにもかかわらず、在来型三名編成機ならば航空機関士に分担させることができたシステムの操作、管制との通信等まで行わざるを得ないため、機長及び副操縦士の仕事量は在来型三名編成機に比べて大幅に増大するといわざるを得ない。したがって、交替要員なしに機長及び副操縦士の二名編成でB七四七-四〇〇型機を運航させる場合には、機長及び副操縦士が余力を十分に残しておくことが安全運航の観点からは必要であり、機長及び副操縦士がルーティンワークだけで余裕がなくなっていたり、長時間低い仕事量の業務を継続したために疲労が蓄積し、判断能力が低下していれば、異常な事態が生じたときに機長及び副操縦士が適切な対応をすることが困難な場合が起こり得る。B七四七-四〇〇型機は、在来型三名編成機に比べて航続性能も大きく向上しているから、仮に交替要員なしに運航乗務員二名だけで航続距離の延びた分を含めて運航させることとすれば、乗務時間が長くなることは免れず、前記のとおり、長時間低い仕事量の業務を継続すると疲労が蓄積し、判断能力が低下するが、右に述べたB七四七-四〇〇型機のコクピットの設計思想に、航続距離の長大化による乗務時間の拡大を賄うような仕事量の減少、改善が織り込まれ、さらには、長時間低い仕事量の業務を継続することによって機長及び副操縦士に疲労が蓄積し、判断能力が低下する事態に備え、これに対する有効な措置が執られていたことを認めるに足りる証拠はないから(アメリカ合衆国連邦航空法が二名編成機について八時間の乗務時間制限を定めていることは前記のとおりであり、B七四七-四〇〇型機開発当時この制限が緩和される見込みがあったことを認めるに足りる証拠はない。なお、乙第一〇二号証によれば、被告がB七四七-四〇〇型機を導入して運航させるに先立ち、平成二年一月に作成したパンフレットには、B七四七-四〇〇型機の運航に際しても、長距離路線の場合は当然、必要に応じて三、四名が交替で操縦することになること、B七四七-四〇〇型機が長距離機材であることを考慮し、交替要員の搭乗はもちろん、コクピット内にパイロット専用のベッドを設ける等運航乗務員の休養の充実にも努めていることを明記していることが認められる。)、航続距離の長大化による乗務時間の拡大によって機長及び副操縦士に余力が十分残っていない事態が生じれば、異常な事態が生じたときに適切な対応をすることが困難であるという意味において、安全性に疑義があるといわざるを得ないことになる。シングル編成による二名編成機の従前の乗務時間制限九時間までは右の意味で特に安全性に問題がなかったことを前提にしてよいと考えられるから、従前の乗務時間制限九時間を超えてシングル編成による二名編成機を運航する場合に、その九時間を超えて運航に従事している機長及び副操縦士に余力が十分残っているか否かを検討する必要がある。

六  乗務時間制限に関する科学的検討

1  米国航空宇宙局(NASA)による運航乗務員の疲労に関する研究

(一) 研究の端緒

証拠(甲第三三三号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。

一九八〇年代初頭(昭和五五年ころ)、米国連邦議会は、米国航空宇宙局(NASA)に対し、民間及び軍の運航乗務員について、疲労とサーカディアン・リズム(体内時計・体内日周期)の問題を調査することを要請した。この結果、疲労が直接・間接の原因となった運航乗務員による過失について米国航空宇宙局(NASA)の航空安全報告システム(ASRS:Aviation Safety Reporting System)に寄せられた報告が分析された。米国航空宇宙局(NASA)は、「航空機運航における乗員の要因」と題する一連の研究を企画立案した。この研究は、時差の影響、短距離運航の影響、長距離運航が運航乗務員に及ぼす影響に特別の重点が置かれた。

(二) 短距離運航における睡眠と疲労に関する研究

(1) カーティス・グレーバー博士(陸軍医療サービス隊の退役陸軍中佐で、米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所にかつて所属していた生理学者)は、昭和六〇年(一九八五年)、「短距離運航における睡眠と疲労」と題する研究論文を発表した。この研究は、運航乗務と乗務スケジュールが運航乗務員に及ぼす精神生理学的影響と、その影響が航行の安全と効率に対して有する重要性に重点があった。二つの航空会社の七四名の運航乗務員が参加し、実際のフライトについて研究が実施された。この研究の結果は次のとおりである。短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航乗務員は、宿泊中には自宅よりも睡眠時間が短くなり、また、基地出発から日数が経過するほど睡眠時間は短くなった。その程度は時間帯の違いによって異なり、また、個人差があった。この睡眠時間の変化をもたらした要因は、出頭が早朝か否かと、一日当たりの乗務回数であった。勤務時間の長さは、精神生理学的影響を決定付ける要素とは見受けられなかった。乗務パターンの長さは疲労の程度に影響を与えておらず、三日目と四日目で疲労の程度は同等であった。

この研究で明らかになったのは、短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航乗務員は、睡眠の質が低下するとともに睡眠時間が短くなることで、睡眠不足を経験していることである。睡眠不足の原因は、パイロットが宿泊地で自宅にいるときとは別の時間に起床することにもよるが、スケジュールの立て方次第で避けることのできるスケジュール作成上の要因によるものもあった。しかしながら、この研究は、疲労の問題を軽減するための具体的な勧告をしなかった。

(2) クレイトン・ファウシー博士(連邦航空局のヒューマン・ファクターに関する主任科学技術アドバイザーであり、米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所にかつて所属していた生理学研究者)は、昭和六一年(一九八六年)、「短距離航空輸送従事による運航上の影響」と題する研究をまとめた。この研究の結果は次のとおりである。乗務後の乗員は乗務前の乗員より睡眠時間が短くなり、より高い疲労度を訴えたが、その疲労レベルは運航乗務員の能力に大きな影響を与えるものではなかった。乗務後の乗員は乗務前の乗員よりよい運航能力を示した。それまで一緒に乗務をしてきた運航乗務員は、乗務をしていなかった運航乗務員よりよい仕事をし、責任分担についてよりよい理解を有し、よりよいチームワークを示した。勤務の時間的長さ又はその密度が運航の安全に直接影響することが明らかになったとはいえなかった。

この研究は、運航乗務員のチームワークが疲労に対する効果的な対抗手段となり得ること、過去に行われた疲労の影響の調査は運航の点からは必ずしも重要ではない能力指標を使用していたことをその結論とした。しかしながら、この結論は短距離運航にのみ妥当するものであろうと指摘されている。この研究は、長距離運航においては、勤務時間がより長く、時差が生じるのであって、これらは、低い作業量の時間が長時間続く長距離運航には悪影響を及ぼし得ることを指摘している。巡航時間が長いために低い作業量の時間帯が長いことは、短距離運航の場合に比べて、より大きい疲労をもたらすであろうという。

(三) 長距離運航における睡眠と疲労に関する研究

(1) 米国航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究所チームは、昭和六一年(一九八六年)、「国際線運航乗務員の睡眠と覚醒」と題する共同研究を完成した。この研究は、複数の時差帯を横切っての長距離運航における睡眠の質の変化に焦点を合わせていた。

この研究によれば次のとおりである。ほとんどのケースで睡眠の質は低下し、その傾向は、東向きの飛行の場合の方が西向きの飛行の場合よりも顕著であった。このことは、過去三〇年間にわたって行われた多数の研究結果と合致する。飛行後の最初の睡眠を制限することで、滞在中に十分睡眠を摂取することが容易になるであろう。

この研究は、国際線の運航に関する睡眠題の生理学的論文としては初めてのものであった。

(2) グレーバー博士は、昭和六二年(一九八七年)一〇月、国際運航安全セミナーで、米国航空宇宙局(NASA)が行った長距離運航に関する研究の結果を詳細に報告した。その要旨は次のとおりである。

米国航空宇宙局(NASA)の航空安全報告システム(ASRS)には、長距離運航に従事する運航乗務員から、疲労と睡眠不足がパイロットの運航上の重大な過誤にいかに影響したかを描写する報告が継続的に寄せられている。運航上の過誤は、(予定された)飛行高度からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、誤った滑走路への着陸、燃料計算の誤り等である。乗員の数が減少し、操縦室が高度に自動化されるとともに、長距離航空機の航続距離が伸びており、このことによって、運航乗務員の疲労と操縦室での眠気に対する対策の必要性について関心が高まることになると予想される。大多数の航空会社は長距離路線に少なくとも一名の交替要員を配置するであろうが、時差の異なる地域を横断することや、長い乗務時間のために倦怠感が増すことによって、既に生じた懸念は更に深まるであろう。航空会社は、活動を刺激して運航乗務員にやる気を起こさせる目的で、運航乗務員がコンピュータとかかわりを持ち、相互に働きかけをするような飛行中の手順を開発するべきである。

米国航空宇宙局(NASA)が行った長距離運航に関する研究の大きな目的は、各種の乗務スケジュールと時差が運航乗務員の睡眠と任務遂行能力に及ぼす影響を確認することであった。これらの点を研究すれば、最終的には、時差の影響を最小限にとどめるような勤務スケジュールを作成するための科学的な指針を提供することができると信じている。仕事量が少ない時期に疲労は増加するので、二名編成機の高度に自動化されたコクピットに疲れたパイロットが乗務している可能性を考えれば、問題の焦点は乗員の作業量が多いことよりもむしろ作業量が少ないことに移行してきている。仕事量が軽減されたことによって長距離運航に特有の油断・自己満足(complacency)の問題はより深刻になると予想される。技術革新の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大し、時差の変化が大きい運航となっているから、運航乗務員のスケジュール作成にはより科学的な手法を取り入れることが推奨される。一日のうちのどの時間帯かを無視して、単に経過飛行時間だけに頼るような時間制限で運航乗務員のスケジュールを作成すべきではない。八時間の日中の飛行は同じ時間の夜間飛行と同等ではない。しかしながら、多くの国では、飛行時間の長さ又は飛行勤務時間が一定の時間を超えるか否かに基づいて、運航乗務員の数を増やす必要があると定められている。規制を所轄する公機関は、乗務時間制限と休養について規定するに当たって、一日の内のどの時間帯に該当するかという要素を加えるべきであると勧めている。三名編成機においては、任務遂行能力の向上のために考えられる措置として、操縦室でのうたた寝の時間を予定することが示唆されている。この示唆の最も重要な点は、飛行中の休憩を計画することである。運航乗務員は、この休憩中、コクピット内にとどまることを要求されるであろうが、勤務についていかなる義務も負わないこととされよう。運航乗務員がうたた寝を選択するか否かは各人が決定する。しかしながら、二名編成機において右うたた寝を勧めることは賢明ではないであろう。

(3) グレーバー博士は、昭和六二年(一九八七年)、「航空におけるヒューマン・ファクター」と題する書籍を執筆した。この書籍の「運航乗務員の疲労とサーカディアン・リズム」という章において、運航乗務員の場合には、工場の交替制の労働者の疲労と比較して、乗務する時間の不規則性のために更に多くのストレスが生じていること、運航乗務の数とそのタイミングは、勤務時間内においても、また、勤務時間と勤務時間の間についても、様々な場合があるから、運航乗務員については、工場の交替制の労働者よりも頻繁に勤務と休養のスケジュールが変更されることになること、運航乗務員が休養できる適切な滞在時間も問題となり、運航乗務員の適切な休養を確保するためには滞在のタイミングと充分な休養施設の確保が滞在時間の長さよりも重要である可能性があること等が指摘されている。

(4) アール・L・ウィナー教授(マイアミ大学経営科学工場エンジニアリング専攻でヒューマン・ファクター研究の提唱者)は、平成元年(一九八九年)六月に「新技術(グラス・コクピット)輸送機のヒューマンファクター」と題する米国航空宇宙局(NASA)の報告書を発表し、自動化操縦室であっても必ずしも作業量が減るわけではないが、メーカーと航空会社がソフトウェアと手順を変更することで作業量を減らせる可能性があること、現在の世代の自動化のコンセプトは健全であるがユーザー・インターフェイスと最適な作業環境については欠いており、使いこなされていないことを指摘した。

(5) グレーバー博士は、長距離運航に関する操縦室でのうたた寝についての米国航空宇宙局(NASA)の研究に参加した。この研究に関する平成二年(一九九〇年)七月九日の雑誌の記事によれば、飛行中に短い休憩の時間を取ることで、特に勤務スケジュールの最後の一区切りとなるフライトでの降下段階で、運航乗務員の覚醒度を向上させることができたが、グレーバー博士は、操縦室での休憩は安全弁の一つであり、適切なスケジュール作成に代替できるものではないと述べた。グレーバー博士は、米国航空宇宙局(NASA)が乗務時間制限及び勤務時間制限を定めるための研究に情報を提供したいと考えていると述べた。

米国家運輸安全委員会(NTSB)は、平成元年(一九八九年)五月一二日、交通輸送の安全性と疲労及び睡眠との問題に関して安全勧告を行った。この勧告は、航空を含むすべての形態の交通輸送に関係する。勧告は、①疲労、眠気、睡眠障害、サーカディアン(体内日周期・体内時計)が交通運輸システムの安全性に及ぼす影響について、連携のとれた研究プログラムの実施を急ぐこと、②交代制勤務、勤務と休養のスケジュール作成、健康、食事及び休養の適切な処方についての教育資料を作成して、運輸業界の従業員及び経営者に伝達、配布すること、③すべての形態の交通運輸事業の勤務時間制限に関する規則を見直し、それらの規則が統一性(一貫性)が確保され、また、疲労と睡眠の問題に関する最新の研究結果が反映されたものとなるように改善することを求めた。①と②は優先実施項目とされ、③は長期実施項目とされた。

(四) 米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題する研究

甲第八九号証、乙第一三四号証によれば、以下の事実が認められる。

米国航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究所、飛行ヒューマンファクター本部のグレーバー博士、ローズカインド博士らは、長距離運航に乗務する運航乗務員がコックピットにおいて計画的に休憩を取ることによって、その覚醒度及び作業能力がどのように改善されるかについて調査研究を行い、平成二年一二月に「計画的コックピット休憩(長距離運航の運航乗務員の覚醒度と作業能力の改善)」との表題でこれを公表した。この研究によれば、次のとおりである。

(1) 長距離運航に乗務する運航乗務員の疲労は安全にかかわる重大な関心事である。長距離運航は、短時間にいくつもの時差帯を横切って移動することになり、サーカディアンリズムを乱し、睡眠障害(睡眠不足)を引き起こし、不規則で、時として長時間に及ぶ勤務スケジュールで勤務することを伴う。これらの要素は、運航乗務員の作業能力と覚醒度を低下させるので、安全性と運航の効率が低下するおそれがある。米国航空宇宙局(NASA)の航空安全報告システム(ASRS)には、毎月のように、長距離運航に従事する運航乗務員から、疲労、眠気、睡眠欠如がパイロットの運航上の重大な過誤を招いたことの報告が寄せられている。これらの報告には、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の事例が含まれていた。徹夜飛行、特に洋上飛行の場合の耐え難い眠気と疲労については、長距離飛行に従事する多くの運航乗務員が様々な経験談を述べるであろう。

絶え間ない周囲の雑音・騒音、暗い照明、自動化された操縦装置といったコクピットの環境は、こういった状況で、用心深さ・警戒心を保ち、覚醒状態にあることを困難にする可能性がある。長距離運航スケジュールが増加し、フライトの本数が増加すると同時に、睡眠不足と疲労の影響も大きくなり得る。したがって、長距離運航の運航乗務員が、特に夜間飛行で、意図しない、本人の意志に反する睡眠に陥ってしまうことを経験したとしても、驚くには当たらない。ほとんどの国の現在の規則では操縦席で眠ることは禁止されているが、複数の子午線を横切る長距離飛行において、疲労と眠気に打ち勝つために、この戦術(操縦席での仮眠)がどの程度の頻度で積極的に行われているかは、明らかになっていない。運航乗務員の眠気と疲労によって悲惨な結末を招くかもしれないおそれがあり、また、眠気と疲労に伴って運航乗務員の覚醒度と作業能率が低下するため、適切な方法で実証的に研究することにより、この複雑な問題に対処することが必要である。

このような問題意識から、交替要員のいない長距離運航における運航乗務員の覚醒度と作業能力を改善することを目的とした、操縦席での計画的な短時間の休憩の効果の研究を実施した。

この研究は、米国航空宇宙局(NASA)によって組織され、米国航空宇宙局(NASA)と参加大学の協力研究者たちによって実施された。米国連邦航空局はこの研究に協賛し、承認した。ノースウェスト航空とユナイテッド航空は自発的にこの研究に参加した。

ノースウェスト航空とユナイテッド航空の一二日間の離基地スケジュールのうち、中間の四本の太平洋線の定期便フライトで調査が行われた。調査は、バランスを取るために、二本の西向き昼間フライト(ホノルル→大阪、ホノルル→成田)と、二本の東向き夜間フライト(大阪→ホノルル、成田→ロサンゼルス)とで行われた。最短フライトは約七時間、最長は9.5時間で、勤務時間は平均一一時間、到着地での滞在時間は平均二五時間であった。いずれも三名編成機であるB七四七型機がシングル編成により運航した。

調査対象のフライトをまとめると、次のとおりである。

①ホノルル→大阪(西向き、昼間、飛行時間9.5時間、勤務時間10.6時間、滞在地での滞在時間29.4時間、)

②大阪→ホノルル(東向き、夜間、飛行時間6.9時間、勤務時間9.1時間、滞在地での滞在時間25.4時間)

③ホノルル→成田(西向き、昼間、飛行時間8.9時間、勤務時間9.9時間、滞在地での滞在時間24.3時間)

④成田→ロサンゼルス(東向き、夜間、飛行時間9.7時間、勤務時間11.7時間、滞在地での滞在時間二五時間)

洋上での巡航飛行中に交替で操縦席に座ったまま仮眠をとることができる四〇分間の休憩を与えられるグループ(休憩グループ)と、通常の運航どおりそのような休憩が与えられないグループ(無休憩グループ)とが作られた。 休憩時間の長さとその時間帯の設定が重要なポイントであると判断された。仮眠についての実験室での研究によれば、四〇分あれば、その後の覚醒度と作業能力の改善をもたらすに十分な量の睡眠を取ることが可能である。休憩時間が短ければ、深い眠りに入ってしまい、目が覚めない、あるいは必要なときにすぐに完全な覚醒状態になりにくいなどということを通常避けることができる。休憩時間は、仕事量の低い洋上巡航中に設定され、降下開始の一時間以上前に終了するように設定された。

それぞれのフライトで、その開始から終了まで、運航乗務員の脳波及び眼球運動が、生理記録装置によって連続的に記録された。こうして、休憩グループの操縦士について休憩時間帯に得られた睡眠の量と質が測定された。無休憩グループの操縦士については、洋上の巡航中の特定の四〇分間をそのフライトでの管理時間帯として指定され、その時間中、通常の飛行業務を継続しつつも同様の生理的記録が測定された。

また、作業能力については、両方のグループに属する操縦士に対して反射神経反応作業(PVT)のテスト(一〇分間の作業時間中にランダムな間隔でLDEの数字が表示され、作業者は即座に対応するボタンを押し、それまでの経過時間が記録されるもの)が実施された。これによって、反応時間と注意力の持続が測定され、また、着陸前の降下開始の一時間前から着陸までの間の脳波及び眼球運動についての連続的な生理的記録が秒単位で分析され、覚醒度(注意力)のレベルの低下が評価された。

(2) 調査結果は次のとおりである。

ア 運航乗務員は操縦席で仮眠することができる。眠りにつくまでの時間は、三番目と四番目のフライトでは一番目と二番目のフライトより顕著に短かった。離基地スケジュールの累積的影響が生理的な眠気のレベルの上昇として表われている。

休憩グループのパイロットは休憩を与えられた場合の九三パーセントのケースで眠りにつき、眠りにつくまでの平均時間は10.3分間、眠りについた場合の睡眠時間は、平均23.2分であった。眠りにつくまでの時間は調査対象フライトのうちの三番目と四番目のフライトでは、一番目と二番目のフライトより顕著に短く、四番目のフライト(④成田→ロサンゼルス(東向き、夜間、飛行時間9.7時間))では、眠りにつくまでの時間は平均四分であり、それは極度の睡眠障害をもつ患者にしばしば見られるほどの短さであった。四番目のフライトでは深い眠りが顕著に増加し、浅い眠りは顕著に減少した。昼間飛行(一番目と三番目の西向きのフライト)での睡眠は、夜間飛行(二番目と四番目の東向きのフライト)での睡眠と比較して、顕著に浅い睡眠が多かった。

また、無休憩グループの管理時間中には、前記のとおり通常の飛行を業務を継続するように指示されていたにもかかわらず、その内の四名の操縦士について、二ないし三分、一件については一四分に及ぶ、合計五回の睡眠が測定された。

イ 操縦席での仮眠はその後の作業能力の改善に効果がある。

反射神経反応作業(PVT)のテストの結果は、休憩グループの乗員は、四つのフライトを通じて、夜間飛行においてもフライトの後半についても相対的に一貫した作業能力を示し、作業能力の低下が見られなかったが、無休憩グループの乗員は、四本のフライトの内、後のフライトになるほど、また、夜間飛行と、フライトの後半で作業能力の低下が大きく、また、休憩グループは無休憩グループより早い反応を示した。

着陸前の降下開始の一時間前から着陸までの間の覚醒度(注意力)のレベルの低下については、この時間中、休憩グループについては合計三七回、無休憩グループについては合計一三五回の覚醒度の低下が認められ、特に着陸のための降下開始から着陸までの間については、休憩グループでは一回も覚醒度の低下が認められなかったが、無休憩グループでは合計二四回の覚醒度の低下が認められた。

(3) 結論

これらの調査結果から、この報告書は運航乗務員は計画的な休憩の機会を与えられれば、操縦席で良質の睡眠を取ることが可能であり、それが長距離飛行で経験される睡眠欠如に起因する居眠りを減少させ、居眠りによって起こりうる運航上の危険性を減らすことができるであろうと結論付けた。

この米国航空宇宙局(NASA)の調査及び研究報告は、前記のとおり、航空機の長距離運航における運航乗務員の計画的な仮眠の効果を実証するためのものであるが、その中で得られた無休憩グループの反応能力の低下と覚醒度の低下についてのデータは、シングル編成の長距離飛行における疲労に起因する安全性の問題について参考となるものである。

2  DLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究

甲第五号証の一、二によれば、以下の事実が認められる。

(一) 平成五年五月、ヨーロッパ統合航空局(JAA)の医学顧問である、ドイツDLR航空医学工科大学のサメル博士及びウェグマン博士によって、「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する論文が発表された。この論文は、二名の運航乗務員による長時間の運航が行われる長大路線が導入され、飛行の安全に関する深刻な問題が生じていることを指摘し、科学的調査が始められ、法制化への動向を紹介しているが、その中で、日本の検討委員会が行った二名編成機と三名編成機の疲労度調査について、脳波、眼球運動についての調査が行われていないこと、この調査は、交代要員を含む編成で行われており、シングル編成における乗務に置き換えることはできないし、一箇所の乗務区間でしか行われておらず、もっと多くの区間で行われていれば違った結果が出た可能性があること、さらに、目的地での滞在時間が現行の規則が必要だと定めているよりもかなり長いものであったことを指摘し、検討委員会の出した結論には批判の余地があるとしている。

(二) 前記論文によれば、次のとおりである。

(1) DLR航空医学協会は、ヨーロッパ統合航空局(JAA)とドイツ運輸省から、二名編成機で長距離運航をする場合の機内での、運航乗務員の覚醒度、警戒心及び疲労度並びに二四時間周期の身体のリズムや睡眠といった右の各点に関係する要素について調査するように依頼を受け、平成三年、デュッセルドルフ-アトランタ路線、ハンブルグ-ロサンゼルス路線等でのフライトについて、脳波記録装置及び動眼記録装置を使用した運航乗務員の生理的な覚醒度の調査、心電図を使用した肉体的及び精神的負荷の調査、並びに疲労感について二〇段階の、及び仕事量について一〇段階の主観的な評価を行う調査を行った。

(2) 調査の結果

ア 睡眠時間

デュッセルドルフからアトランタへのフライトのように西行きの乗務では睡眠時間の変化はあまり見られないが、アトランタからデュッセルドルフのようにドイツに戻る復路(東行き)の乗務については七時間から八時間睡眠不足となった。この睡眠不足の原因は東行きのフライトが夜間に始まることにあるに違いない。トランタ→デュッセルドルフの復路便の前には、平均して、1.6時間の仮眠しか取られていない。

イ 乗務員の疲労度(覚醒度)

運航乗務員は、約一〇時間のフライトであるデュッセルドルフからアトランタ(アメリカ東海岸)へのフライトについては、フライトの最中にはあまり疲労を感じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであった。これに対し、約八時間のフライトであるアトランタからデュッセルドルフへの復路のフライトについては、平均的にはやや疲労している状態にとどまるが、そのうちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があった。

約一二時間のフライトであるハンブルグからロサンゼルス(アメリカ西海岸)へのフライトについては、運航乗務員は、出発後九時間まではあまり疲労を感じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであったが、一〇時間後からは平均的にやや疲労している状態となり、一一時間後にはそのうちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があった。約一二時間のフライトであるロサンゼルスからハンブルグへの復路のフライトについては、出発後五時間経過後から平均的にやや疲労している状態となり、九時間経過後には平均的にもかなり疲労している状態に近づいた。

(3) フライト中の疲労度に影響するのは、最後に睡眠を取ってから何時間起きているかである。

デュッセルドルフからアトランタへのフライトが行われたとき、運航乗務員は出発の二時間前に目覚め、フライトの最中にあまり疲労を感じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであった。更にいうならば、それは昼間のフライトであった。

ハンブルグからロサンゼルスへのフライトの場合は、運航乗務員はロサンゼルスへ出発する前に平均して七、八時間起きていた。これは午後に出発するフライトであったからである。疲労度が危険な範囲に初めて入ったのは一一時間のフライトの後であり、つまり、目覚めてから一九時間後のことである。

ロサンゼルスからハンブルグへのフライトについては、運航乗務員は、そのフライトが始まる前に、平均して一〇時間起きていた。運航乗務員の何人かは、七時間のフライトの後、つまり朝目覚めてから一七時間後にはかなり疲れたと感じ始めた。アトランタからデュッセルドルフへの復路のフライトについては、フライトの始まる前の午後(現地の深夜)に眠れなかった運航乗務員は、既に一六時間起きていることになる。フライトが三時間経過すると疲労度がもう増加し始めるが、それは最後に眠ってから一九時間後に当たる。

通常の二四時間周期の身体の機能は、深夜に低下し、早朝に向かって向上するので、夜間飛行では疲労度がより進む。ロサンゼルスからハンブルグへのフライトでは、二四時間周期の身体のリズムの変化から起こる右の二つの影響が疲労に関係している。

(4) 結論

乗務時間制限及び必要休養時間の設定は、科学的調査から入手できる限りのすべての結果を考慮して検討されなければならない。

これらを定めるための主な原則は、次のとおりである。

短期間の疲労及び長期にわたる累積的な疲労を招く過度の疲労と不十分な休養という事態を避けなければならない。不規則な勤務時間と時差の影響を考慮した適切な睡眠パターンを維持させるべきである。

これらの原則に照らすと、二名編成機のシングル編成での通常の乗務時間は一〇時間を超えてはならない。この通常の勤務時間を延長させることは、追加される勤務時間の長さと着陸する時刻や、一週間ごとの頻度を考慮して、例外的に認められるべきである。とりわけ、夜間飛行を含む乗務中には、睡眠不足や二四時間周期の身体のリズムの影響で、運航乗務員の警戒心や作業能力が低下する可能性が高まり、二名編成機のシングル編成での長大路線の運航に重大な作業能力の悪化を引き起こす。

3  米国航空宇宙局(NASA)のテクニカルメモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」

証拠(甲第一〇二号証)によれば、以下の事実が認められる。

米国航空宇宙局(NASA)は、平成七年(一九九五年)、米国航空宇宙局(NASA)テクニカル・メモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」と題する文書を発表した。

この文書は、民間航空における勤務と休養のスケジュールに関する原則とガイドラインの問題に専門知識を有する科学者であるカーティス・グレーバー博士外四名(David F. Dinges博士、R. Curtis Graeber博士、Mark R. Rosekind博士、Alexander Samel博士、Hans M. Wegmann医学博士)が集まって作業グループを作り、作成されたものである。

この文書によれば、次のとおりである。

(一) この文書は、民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成の問題に対して科学的情報を提供することを目的としている。現時点での科学知識に基づいて、航空機の運航に直接関係する「一般原則」を確立し、それをベースに、民間航空における勤務と休養のスケジュールについての「具体的原則」、「ガイドライン」及び「勧告」を作成した。作業グループは、運航の実態を認識しているが、具体的勧告は科学的な根拠に基づいて作成するという規定方針を厳守している。また、作業グループは、航空産業が一日二四時間にわたって稼働しなければならないことに起因する様々な問題に対しての唯一万能の解決策は存在しないと考え、勤務と休養のスケジュール作成のガイドラインを補うために、航空産業として考えられるその他の対応策も提示した。他に考慮しなければならないものとして、経済面、法律面、コストと効果の比較その他の要因があるが、これらの問題は、作業グループの研究範囲外である。

航空産業においては運航の必要に応えるために二四時間稼動体制が要求される。運航乗務員はこのような二四時間運航体制を支えることができなければならない。複数の時差帯を横切って運航する必要がある。運航乗務員にとって、交替制勤務、夜間勤務、不規則な勤務スケジュール、予想が立たない勤務スケジュール及び時差の問題は日常的に繰り返されるが、それらは人間の生理に対する脅威であり、能力低下を伴う疲労を生じさせるものであって、運航の安全が脅かされる。疲労、睡眠及びサーカディアン生理に関する科学的な情報を備え、これを可能な限り二四時間運航体制の運航乗務に取り入れていくことが肝要である。このような科学的情報は、セーフティ・マージン(安全性の余裕度)の維持、向上に役立つし、運航中の乗員の能力と覚醒度を向上させることになる。

航空の歴史を通じて、運航機材の性能と科学技術は目覚ましく進歩したが、人間の生理的な能力は進歩していない。航空機の運航によって疲労、睡眠欠如、サーカディアンリズム(体内時計周期)の乱れなどが生ずることがあり、これらの生理的要因が原因となって運航中に能力と覚醒度の低下が起こり得る。過去四〇年にわたって、睡眠、サーカディアン生理、眠気ないし覚醒度及びこれらの要因に起因する能力の低下等に関する科学知識は顕著に増えた。これらの要因についての科学的研究は、実機及びシミュレーターで実験するに及んでいる。これらの研究の結果、現行の乗務及び勤務の運用により運航乗務員に睡眠欠如、サーカディアンリズムの乱れ及び仕事量が生じ、これらが原因となって能力低下を伴う疲労が運航乗務員に生じていることが確認された。人間は、航空機の運航にとって中心的な存在であり、二四時間運航の需要に応えるために決定的に重要な役割を果たし続ける。それ故、航空機の運航の安全と生産性を維持する上で、人間の生理的な能力とその限界が決定的に重要な要因であり続ける。

疲労、睡眠欠如、サーカディアン生理、及び交替制勤務スケジュールに関する研究の結果、膨大な量の科学知識が得られたが、運航の要求に対してこれらの知識を適用することは比較的新しいことである。これらの科学知識に対する認識が深まりつつあるが、これらの知識を運航に関するスケジュールや法令を作成するに当たって考慮し、個々人が対策や措置を執る上で参考にする等、運航の実際にこれらの知識を応用することこそがもっとも効果的であろう。現行の連邦航空規則も航空会社の運航スケジュールも、ほとんどこれらの知識を認知せず、取り入れていない。本文書の第一の目的は、航空産業における勤務と休養のスケジュール作成に適用可能な、科学的根拠に基づいた原則のアウトラインを示すことである。本文書の内容は、科学的データによって裏付けられるガイドラインだけに意識的に限定した。

航空産業における勤務と休養のスケジュール作成の要求に対する唯一絶対の、又は完璧な解決方法は存在しない。航空業界で働くすべての人が安全についての連帯責任を負うべきことを認識することが肝要である。航空システムの形成要素の一つ一つについて、科学的な情報を取り入れ、運航中の能力や覚醒度を最大にするガイドライン及び戦略を適用する方策が吟味されるべきである。具体的には、規則作成上、スケジュール運用上、個々人が対応策を立てる上で、及び航空機の設計上、そのような吟味が行われるべきである。

航空機事故はまれにしか発生しないので、航空機事故の発生数は安全レベルを図るための最良の指針とはなり得ない。航空産業及び航空旅客は安全とリダンダンシー(冗長性、一つのものが損なわれても、それに変わる予備があること)に対して高い余裕を求める。航空産業の活動が多くの分野で拡大し、科学技術の進歩によってより長距離の飛行が可能になり、全体的な成長が継続しているので、セーフティー・マージン(安全の余裕度)を維持し、それを可能な限り向上させることが大きな課題である。本文書の「原則」のなかで言及されている複数の疲労要因は、セーフティー・マージン(安全の余裕度)の低下を招き能力と覚醒度の低下という危険性を生じさせるものであり、「ガイドライン」はそれらの疲労要因に起因する危険性を最小限に抑える具体的対策として作成されている。

(二) 民間航空における運航乗務員の勤務とスケジュール作成に関する一般原則

(1) 睡眠時間、休憩時間及び疲労回復時間が第一に考慮されるべきである。

ア 睡眠時間

睡眠は、人間の生理にとって必要不可欠である。睡眠は、覚醒度と能力、積極的な気分、及び総合的な健康と健全さを維持するために必要である。起きている間に最良の能力と生理的覚醒度を発揮するために必要な、基本的な睡眠時間は、個人差があるものの、平均的には二四時間中八時間であり、それに二時間足りないだけでも急激な睡眠欠如状態となって疲労が生じ、その後の起きている時間の能力と覚醒度を低下させることになる。睡眠不足は、何日か続くと、累積していく。睡眠不足によって生じた生理的な睡眠欲求は眠ることによってのみ充足される。必要な睡眠を取った人は、睡眠不足の人と比べて、長時間起きていても、また予定が変更になった場合でも、よりよい状態で活動することができる。

イ 休憩時間

疲労による能力低下は、特定の仕事に従事した時間の長さに比例して大きくなる。業務を中断して小休止をすることは、安定した適切なレベルの能力を維持するために重要である。最良の能力を確保するためには、休憩時間と睡眠時間の両方が必要である。

ウ 疲労回復時間

急激な、若しくは累積した睡眠不足からの回復、長時間の業務遂行からの疲労回復、又は長時間にわたって起きていたことからの疲労回復も重要な課題である。運航上の要求からこれらの要因が発生するので、疲労回復時間については疲労回復に十分な時間の睡眠をとり、能力と覚醒度を平常レベルまで回復させるのに十分なだけの時間を確保することが重要である。二晩にわたり、各個人の通常の必要睡眠時間を満たすことで睡眠パターンを安定させ、受容できるレベルの覚醒度と能力までに回復させることができる。

必要な睡眠を取ることと休憩時間を取ることによって、能力と覚醒度が向上する。必要な睡眠と休憩時間は、長時間起きている場合(例えば、勤務)やサーカディアンリズムが乱れる場合(例えば、通常と異なる勤務スケジュール)に、特に重要である。疲労回復時間は、疲労の累積の影響を押さえ、個々人の能力と覚醒度を平常レベルに戻すために重要である。

(2) 頻繁な疲労回復時間が重要である。

頻繁な疲労回復時間は、疲労回復時間の頻度が少ない場合よりも効果的に疲労の累積を低減させる。例えば、一週間ごとに疲労回復時間が設けられている方が、一箇月ごとに疲労回復時間が設けられている場合よりも、急激な疲労に対して回復がより効果的である。したがって、一週間ごとの最低休日数を確保することを求めるガイドラインは、長期間にわたる疲労の累積の影響を抑制するために非常に重要である。

(3) 一日二四時間のどの時間帯か。サーカディアン生理は睡眠と起きている間の能力に影響を与える。

人間の脳には体内時計があり、この時計によって身体の機能が二四時間のパターンで制御されている。この時計は、環境の昼と夜の周期に連動して睡眠と覚醒を交互に起こさせることを支配しているだけでなく、人体の大多数の生理的機能、心理的機能、行動機能の周期変動をも支配している。体温、ホルモン分泌、消化、運動能力、精神的活動、感情その他多くの、身体の広範な機能が、二四時間のパターンの時計によってコントロールされている。これらの機能は、二四時間をベースに、規則正しく、一日のある時はハイレベル(活発)に、また別の時は低いレベル(低調)というように変動している。覚醒と睡眠のサーカディアン(体内時計)のパターンは、日中は起きて活動し、夜間には眠るようにプログラムされている。サーカディアン時計は一日を基準にこのパターンを繰り返す。二四時間サイクルの特定の時間帯、すなわち、午前二時から午前六時までは、身体は眠るようにプログラムされており、その時間帯は能力が低下する。サーカディアンリズムは変化に対して急速には順応しないので、二四時間の運航需要に対応するには、一日のうちの何時であるかが、それに応じてサーカディアンの影響を受けることになり、重要な考慮要素である。例えば、夜間に働いている人は、生理的な睡眠指令に逆行して覚醒状態を維持していることになる。生理的機能、心理的機能、行動機能は、サーカディアンシステムによって低調な状態にセットされており、この状態は、目覚めていて活動していることで補うことができるものではない。反対に、同じ人が日中眠っていることは、生理的な覚醒指令に真っ向から逆行している状態にある。サーカディアンシステムは、日中は高いレベルの活動能力をもたらすので、眠る能力は阻害されることになる。このように、サーカディアンリズムの乱れは、急激な睡眠不足、睡眠欠如の累積、行動能力と覚醒度の低下、その他様々な健康障害(例えば、胃腸障害)をもたらす。したがって、勤務と休養とのスケジュール作成についてはサーカディアンリズムの安定がもう一つの課題である。

(4) 長時間連続勤務は覚醒度と能力に影響を与える。

連続して長時間起きていること、長時間連続して勤務し、又は作業の監視をすることは、眠気と疲労を生む。勤務時間を繰り返していくことによりこれらの影響は更に累積する。これらの影響を最小限に押さえるための一つの方法は、勤務時間(例えば、運航中の継続して起きている時間)を制限することである。急性の影響は一日ごとの時間制限で対応することが可能であり、累積的な影響は週ごとの時間制限で対応することが可能である。累積疲労に対する具体的制限時間を設定するためのデータよりも、急性の疲労に対する時間制限ガイドラインの根拠となる科学データの方が豊富であるが、累積疲労を最小限に抑えるには、累積疲労に対する時間制限(一週間ごと、あるいはそれ以上)は重要な課題である。

(5) 人間の生理的な能力の限界は運航乗務員にも当てはまる。

疲労は人間の生理的な限界に基づいて起こる。能力の低下は、人間の生理的な限界の反映である。運航乗務員の人間としての生理は一般の人々の生理と異なるものではない。疲労、睡眠欠如、サーカディアン生理から生ずる人間の生理的な限界や能力の低下にかかわる科学研究の結果は、運航乗務員にも当てはまる。

(6) 個人差がある。

疲労が能力、生理的覚醒度に及ぼす影響の程度、疲労をどのように感じるかについては、相当の個人差がある。睡眠欠如の影響、夜間勤務が及ぼす影響、必要な睡眠時間や疲労回復時間にも個人差がある。これらの個人差は、年齢、睡眠の必要度、経験、総合的な健康の度合いその他の要因による。勤務中の疲労の原因となる活動への参加についても個人差がある。この点で、勤務時間開始前に長距離通勤をすることが問題となる。

(7) 絶対的な解決方法はない。

航空産業には、種々様々な必要業務と運航環境があることを認識しなければならない。ガイドラインや法令は、あらゆる人員と運航状況を完全にカバーすることはできず、これらの問題に対する唯一絶対的な解決方法はない。

(三) 具体的原則、ガイドライン及び勧告

以下は、航空産業の二四時間体制における勤務と休養のスケジュール作成・運用の要請にこたえるための具体的原則、ガイドライン及び勧告である。これらは、前記の一般原則に基づくものであり、航空運送全体に対して一貫したセーフティ・マージン(安全の余裕度)が得られるように作られており、シングル編成による二名編成等へ適用することを意図している。

(1) オフ・デューティー時間(勤務から解放される時間、休養時間)の確保

オフ・デューティー時間とは、運航乗務員がすべての勤務から解放される、中断を含まない、連続した前もって定められた時間帯である。

ア 十分な睡眠と休憩時間の必要性

オフ・デューティー時間は、八時間睡眠(これが最も重要である。)、休憩時間、オフ・デューティー時間帯に行わなければならないその他の活動(食事、シャワー、ホテルのチェックイン・チェックアウト等)を三つの構成要素とするので、それらを満たすために、すべての一連の二四時間中に、最低限でも中断のない一〇時間を確保しなければならない。

イ 疲労回復時間の必要性

前記のとおり、急性の睡眠不足や累積睡眠負債は能力と覚醒度を低下させるから、その影響を最小限に抑えるために疲労回復時間が必要である。睡眠パターンを安定させ、起きている間の能力や覚醒度を通常のレベルに戻すには、最低二晩連続して通常の睡眠を取ることが必要であるから、標準的な、疲労回復を目的とするオフ・デューディー時間は、七日間の間に最低限連続する三六時間であるべきである。

ウ サーカディアン低下の時間帯を含む標準時間乗務の後のオフ・デューディー時間

サーカディアン低下の時間帯に起きていることは、日中起きていることに比べ、能力の低下をもたらす疲労が起こりやすい。サーカディアン低下の時間帯にかかる飛行勤務時間には、日中の飛行勤務時間に比べ、能力や覚醒度の低下が起こる可能性が高い。したがって、七日間の間に三回ないしそれ以上の飛行勤務の飛行勤務時間の全部又は一部がサーカディアン低下の時間帯(午前二時から午前六時)にかかるときには、前記イの標準ホフ・デューティー時間(七日間中の連続する三六時間)は四八時間に延長すべきである。

(2) 勤務時間の制限

勤務時間とは、運航乗務員が運航者(会社)から実施されるよう要求されるすべての業務(飛行中の業務、管理業務、訓練、デッドヘッド、及び空港でのスタンバイ・リザーブを含む。)を実行している連続した時間帯であり、出頭時間から開始し、すべての要求された業務から解放されるまでの時間である。

二四時間中の累積の勤務時間は制限されるべきである。この制限は、二四時間中に一四時間を超えないことが望ましい。

(3) 飛行勤務時間の制限

飛行勤務時間とは、運航乗務員が飛行を含む勤務のために、出頭することを求められている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間(ブロック・イン・タイム)で終わる時間であって、飛行の準備のための業務(プリフライト業務)と飛行時間が含まれる。

「サーカディアン低下の時間帯」は、三時間ないしそれ以下の時差を生じる移動を伴う飛行勤務の場合には、基地・居住地の現地時間で午前二時から午前六時、四時間ないしそれ以上の時差を生じる移動を伴う飛行勤務の場合には、最初の四八時間についてのみ基地・居住地の現地時間の午前二時から午前六時、基地・居住地から離れて四八時間以上経過した場合には次の出発地の現地時間の午前二時から午前六時と推定される。

ア 標準飛行勤務時間

二四時間中の累積の飛行勤務時間は制限されるべきである。標準的運航の場合、累積飛行勤務時間は、二四時間中に一〇時間を超えないことが望ましい。標準的運航には複数の運航区間並びに昼間及び夜間の飛行を含む。

イ 延長飛行勤務時間

累積飛行勤務時間の延長に当たっては、二四時間中一二時間までに制限し、かつ、別途制約を受け、補償のオフ・デューティー時間を設けなければならない。この制限は、飛行時間が一二時間経過以降に能力を低下させる疲労の傾向が著しく増加したことを証明する航空界からのデータを含む多様な情報源からの科学的研究結果を根拠にしている。現在の実態としては通常運航で飛行時間が一四時間に及ぶことがあるが、科学的データに根拠を置けば現在の実態とは異なるガイドラインとなる。能力を低下させる疲労は飛行時間一二時間を超えると増大し、セーフティー・マージンが低下することになり得る。

ウ 延長飛行勤務時間制限と補償オフ・デューティー時間

累積飛行勤務時間が一二時間まで延長された場合、次の制限を守り、補償オフ・デューティー時間を与えなければならない。

① 着陸回数の制限

事故のデータ並びに能力及び生理学的な疲労に関する研究によると、疲労による「弱体化」と危険は運航のクリティカル・フェイスで増大し、特に降下と着陸時に最も高くなることが証明されている。着陸の回数が一回増えるごとに業務要求が増大し、業務遂行能力を更に低下させ、疲労による「弱体化」が進んだ時間を生む。したがって、延長飛行勤務時間が一つの連続した一〇時間以上の飛行勤務時間(この箇所に限り出発から到着までの乗務時間を意味する。)を含む場合には、運航乗務員はその飛行後、それ以上の着陸をしないようにすることが望ましい。

② 最大累積延長飛行勤務時間

飛行勤務時間は七日間に累積合計八時間までに限って延長することができるとすることが望ましい。

③ 補償オフ・デューティー時間

延長飛行勤務時間から生じる急性の疲労からの回復を促進する目的で、オフ・デューティー時間を追加することが望ましい。延長された時間分だけオフ・デューティー時間が延長されるべきである。

エ 延長飛行勤務時間と追加運航乗務員

追加の運航乗務員が乗務し、睡眠の機会がある場合には、二四時間中一二時間の前記の制限を超えて飛行勤務時間を設定することができる。各運航乗務員に勤務中に一回ないしそれ以上の回数の睡眠の機会が与えられ、延長飛行勤務時間が一四時間又はそれ以上の場合には操縦室及び乗客から隔てられ、遮蔽されている仰向けで眠れる適切な睡眠設備があることを前提として、追加運航乗務員一人当たり四時間まで延長することができるが、最大延長飛行勤務時間は一八時間までとする。

オ 更なる累積飛行勤務時間

二四時間中の累積飛行勤務時間の制限、二四時間ごとの最短オフ・デューティー時間及び七日当たりの所定のオフ・デューティー疲労回復時間は、特に短期間の疲労に伴う「弱体化」及び考慮すべき事項に焦点を合わせている。短期の疲労回復によって補うことのできない疲労を最小に抑え、かつ、長期にわたる過度の蓄積を抑制する目的で、累積飛行勤務時間制限を推奨する。この分野では具体的ガイダンスを提供するに十分な科学的データがない。しかしながら、前記の一般原則の適用は可能である。例えば、より短い期間の時間制限が検討されるべきであり、月間及び年間の累積飛行勤務時間に加えて、二週間ごとの制限も設けられるべきである。また、これら累積飛行勤務時間制限は、長期間になるほど下方へ調整されるべきである。

(4) 不測の運航状況に伴う例外

例外規定を設けることによって運航者のコントロールの及ばない不測の状況に対処することができる。例外規定は通常時に使うものではない。また、例外規定に基づく運航を予定してはならない。

ア オフ・デューティー時間の短縮(例外)

運航上の不測の必要性が生じた場合には、二四時間中のオフ・デューティー時間を九時間まで短縮することができるが、その場合は次のオフ・デューティー時間を一一時間に延長しなければならない。

イ 延長飛行勤務時間の例外

運航者のコントロールの及ばない不測の状況においては、延長飛行勤務時間は最大二時間まで延長することができるが、それに続くオフ・デューティー時間は延長分と同じ分だけ延長されなければならない。

(5) 時差

四時間以上の時差を生ずる乗務で、基地・居住地の時差帯から四八時間以上離れていた場合には、基地・居住地の時間帯に帰った時から最低四八時間のオフ・デューティー時間が与えられることが望ましい。

(6) 待機(スタンバイ)

「空港待機予備運航乗務員」とは、空港で待機する、飛行勤務時間への割当可能な予備の運航乗務員をいう。これについては勤務に就いているとみなされ、勤務時間に関するガイドラインが適用されるべきである。

「呼出し待ち予備運航乗務員」とは、空港外の場所にいる、飛行勤務時間への割当可能な予備の運航乗務員をいう。これについては、勤務と見なされないが、乗務に就く前に睡眠の機会を与えられることが重要である。その運航乗務員が二四時間の待機時間中のいつの時点で八時間の睡眠をとるべきかを事前に知らされており、サーカディアンリズムの安定のため、その八時間は前日の睡眠時間帯から三時間以上変動しないように設定され、さらに、八時間の睡眠帯は呼出しによって中断されないように設定されることが必要である。

(四) その他

(1) 航空産業にとって重要な第一のステップは、疲労、睡眠及びサーカディアン生理についての幅広い知識を学ぶことである。学んだ知識を日常運航に応用することができる。飛行中に能力と覚醒度を保つために、運航乗務員個々人がとるべき具体的対策を推奨するために、これらの知識は役に立つであろう。

(2) 合理的な、人間の生理をベースにしたスケジュール作成・運用方法を実施するにはこの科学知識が特に役に立つであろう。

(3) 交替要員なしの長距離運航においては、操縦室での計画的休憩が運航乗務員の能力と覚醒度を向上させるのに有効であるが、交替要員の代用や適当な休養施設の代用ではなく、飛行勤務時間を延長するための方策でもない。セーフティ・マージン(安全性の余裕)を維持、向上するための対策の一環である。

(4) その他、運航中に可能な様々な対応策について検討を行い、可能な場合には実施すべきである。これには運航中の能力や覚醒度を向上させる科学技術の開発と利用が含まれる。

4  睡眠覚醒リズムと時差症候群

証拠(甲第五一八号証、第五三四号証)によれば、次のとおり認めることができる。

人間の睡眠覚醒リズムは、通常の日常生活においては外界環境の二四時間周期に同調したリズムを示しているが、外界からの時間の手掛かりを遮断されると二五時間以上に変化することから、外界の明暗周期等に依存した二次的な現象ではなく、体内に存在する生体時計により制御された一次的現象であると考えられている。生体時計が刻む右の周期は概日リズム(サーカディアンリズム)と名付けられている。人間の体内で概日リズム(サーカディアンリズム)を示す生体現象は、睡眠覚醒リズム、体温リズムのほか、メラトニン、ホルモンの一種であるコーチゾルリズム等がある。

人間の睡眠覚醒リズムのもっとも大きな特徴は、通常は同じ周期を示し、一定の位相関係を示す体温リズムやメラトニンリズム等との間に位相関係の乱れ(内的脱同調)を生じる場合があることである。睡眠覚醒リズムと体温リズムとの位相関係の乱れにより、睡眠の持続や睡眠内容に種々の障害が生じることになる。

人間の生体リズムの周期は、二四時間ではなく約二五時間であることから、毎日何らかのサイン(同調因子)を利用して、その周期を地球の自転によりもたらされる二四時間の明暗周期に一致させる必要がある。最近の研究により、人間においても他の動物と同様、光が最も重要な同調因子であることが判明している。人間における生体リズムの光による同調は、光に対する位相反応曲線(どの時刻に光を浴びると、生体リズムがどのように変化するのかを示す曲線)に従って達成される。

メラトニンは、脳内に存在する松果体でLートリプトファン(必須アミノ酸の一つ)から合成されるホルモンであり、夜間に著しい高値を示し、日中にはほとんど分泌されないという著名な概日リズム(サーカディアンリズム)を示し、睡眠依存性のない内因性のリズムと考えられている。

四時間から五時間以上時差のある地域を航空機で移動したときに出現する一過性の心身機能の不調和状態を時差症候群という。睡眠障害、日中の眠気、精神作業能力の低下、疲労感等の出現頻度が高い。時差症候群が発生する原因としては、生体時計と到着地での生活時間との間に生じる脱同調(到着地は昼なのに生体時計の時刻は夜中であるといった状態)と、生体リズムが現地時間へ再同調していく過程で異なる生体リズム間に生じる内的脱同調とが考えられている。生体内には、睡眠覚醒リズム系を制御する振動力の弱い生体時計(時間が狂いやすい時計)と、体温リズムやREM睡眠を制御している振動力の強い生体時計(時間が狂いにくい時計)との二種類の生体時計が存在する。時差飛行の後、目的地に到着した時点ではこれら二種類の生体時計は共に出発時刻でのリズムを維持しているから、到着地での生活時間と生体時計が刻んでいる時刻との間に脱同調が生じる。到着後、各種生体リズムが現地時間へ再同調していく過程において、右二種類の生体時計間に内的脱同調が生じることになる。これらの要因に、夜間飛行中の睡眠不足や機内の低酸素、低気圧といった要因が加わり、時差症候群が形成されると考えられる。

時差のある長大路線の運航に従事している運航乗務員には時差による睡眠覚醒リズム障害と睡眠不足が蓄積される。

時差症状の程度は、飛行方向、個人差、年齢、到着地における同調因子(明暗、社会的接触)の強さなどによって異なるが、特に飛行方向は大きな要因であり、日本からヨーロッパ方向への西方飛行に比較して、アメリカ方向への東方飛行に際して、時差症状、特に睡眠覚醒障害が強く認められることが知られている。昭和六一年に発表された国際共同研究には、被告の運航乗務員も被験者として参加し、東京からサンフランシスコへの東行きルートをとったが、サンフランシスコの夜の睡眠は基準夜に比して短く、分断され、日中の眠気が強くなっていることが分かり、西方飛行した他の航空会社の運航乗務員が時差地でも全般によく眠ったのと対照的であった。そのような差異が生じるのは、飛行の方向により生体時計の刻んでいる時刻と到着地での生活時間との位相関係が異なるためである。すなわち、東方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は、到着時点では出発地におけるリズム位相を維持している生体時計にとっては午後から夕刻にかけての時間帯に相当し(日本で夕方に仮眠をとる状態)、したがって入眠も困難であり、いったん入眠しても、睡眠の維持が困難になるが、一方、西方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は生体時計にとっては早朝から午前にかけての時間帯に相当し(日本で早朝まで断眠した後の睡眠に類似している)、したがって入眠も良好であり、睡眠の継続性も比較的保たれることになる。

時差症状では睡眠障害と同様に日中の眠気が問題となるが、前記の国際共同研究の被告の運航乗務員は、サンフランシスコ滞在中第二日目の午後に眠気が強くなったが、主観的にはそのような眠気を感じていなかった。このような眠気の変化を起こす原因にはいくつかの要因が考えられるが、中でも大きな影響を及ぼしているものとして、前夜の睡眠の質がある。

到着後の現地時間への再同調についても、飛行方向により異なる。東方飛行後の再同調は生体リズムの位相前進(時計の針を遅らせる方向)により、西方飛行後の再同調は位相後退(時計の針を進める方向)により再同調が達成されることになるが、生体リズム周期は二四時間以上(約二五時間)であるので、位相前進は位相後退に比較して困難であり、東方飛行後の時差症候群の解消には、西方飛行に比較して時間を要することになる。時差が八時間であるサンフランシスコ到着後の時差症候群の経過を検討した研究によれば、睡眠内容に関しては到着後第三夜までは睡眠効率の低下、REM睡眠の減少などの睡眠障害が認められるが、到着後五夜以降で日本における睡眠内容とほぼ同様の内容に回復し、コルチゾールリズムの回復には七日以上を要するとの結果が得られているから、サンフランシスコへの飛行による時差症候群が完全に解消されるには少なくとも一週間以上を要すると考えられる。

5  マドリッド、コンプルテンス大学及びブエノスアイレス大学医学部生理学教室の研究

甲第五三八号証によれば、次のとおり認めることができる。

マドリッド、コンプルテンス大学及びブエノスアイレス大学医学部生理学教室の研究の研究者らは、「複数の子午線を横切る(トランスメリディアン)長距離運航航空機パイロットにおけるバイオリズムと自律神経系ホメオスタシス(身体的平衡維持)」と題する研究を行った。この研究のために、平成八年六月から一二月にかけて、イベリア航空、Lineas Aereas EspanolasのB七四七型機のマドリッド-メキシコ路線(西回り、フライトは一二時間、スペインとの時差は七時間)、マドリッド-モスクワ-東京路線(東回り、フライトはモスクワでのストップオーバーを含めて一八時間、スペインとの時差は八時間)のパイロットについて時差が生体に及ぼす影響についての生理学的、心理学的調査が実施された。この調査から得られた結論のうち、本件に関係すると思われるものの要点は次のとおりである。

(一) この調査で東回りフライトの後のリズムの乱れがより高度であることが、心理学的、生理学的パラメータにおいて確認され、長距離フライト後の休息時間では、充分なリシンクロナイゼーションを得ることはできないことがわかった。

(二) この研究において得られたデータを考慮すれば、ジェットラグから来るバイオリズムの崩壊が、激しいフライトスケジュールから来るバイオリズムの崩壊に結びつくと、その相乗効果もあり、パイロットの能力は間違いなく通常よりも低下するので、このタイプのフライトをシングルクルーで乗務することの受け入れは困難である。現時点においては、フライトの安全は、少なくとももう一組の元気な追加クルーが存在することによって保障されており、この安全レベルは追加クルーが削減されると保障されない。

(三) フライト内の研究に基づいて徐々に強化されている非公式な基準によれば、現在存在し、しかも最終アプローチでは潜在的に非常に危険である「マイクロスリープエピソード(無意識的な短時間の覚醒度の低下)」を減少させるためには、パイロットに義務睡眠時間を設定することが適切である。マイクロスリープエピソードはフライト条件(スケジュール、前乗務の疲労、飛行時間、ジェットラグ)がきつくなればなるほど頻繁になる。こういったフライト内休息は、コックピット及び客室から可能な限り隔離されたコンパートメントを準備すべきである。

(四) 特に注意すべき時間帯が存在することを考慮し、この時間帯の乗務を避けるように乗務スケジュールを修正すべきである。それができないのであれば、運航乗務に就く前に十分な休息時間が想定されるべきである。

七  諸外国のシングル編成の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する基準

1  検討委員会の最終報告書における調査結果

二名編成機のシングル編成における飛行時間の制限値は最小八時間から最大一二時間であり、飛行勤務時間の制限値は最小九時間三〇分から最大一六時間であり、二名編成機の飛行時間制限を一二時間としている国はフィンランドだけであったが、飛行勤務時間のみで制限している国の内飛行時間制限一二時間にほぼ相当すると考えられる飛行勤務時間一四時間又はそれ以上の時間を制限時間としている国はカナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェイ、スイス及びベルギーの八カ国であったこと、外国航空会社の乗務時間制限は労働協約等によって国の制限よりも短く設定されている会社が多く、いわゆる新世代二名編成機のシングル編成の長大路線の運航の例としては、フィンランド航空がMD一一型機で成田-ヘルシンキ間一〇時間二〇分を、オーストリア航空がA三一〇型機でウィーン-ニューヨーク間一〇時間〇〇分を、スイス航空がMD一一型機でチューリッヒ-アトランタ一〇時間二五分を、カナディアン航空がB七四七-四〇〇型機でバンクーバー-成田間九時間四五分を運航していることが記載されている

2  諸外国の基準

(一) 証拠(甲第五五九号証、乙第一五九号証)によれば、諸外国におけるシングル編成の最長乗務時間・飛行勤務時間の制限は、おおむね次のとおりである(比較しやすいように細部の異同を捨象した。なお、香港の勤務時間制限については、別紙「香港の勤務時間制限」を参照。)。

(国名) (二名編成機)  (三名編成機)

(飛行勤務時間) (飛行勤務時間)

(乗務時間)   (乗務時間)

米国    八時間    一二時間

英国  九時間(最短)から

一二時間三〇分(最長)

九時間(最短)から

一四時間(最長)

ドイツ 一〇時間(最短)から

一四時間(最長)

一〇時間(最短)から

一四時間(最長)

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

フランス 八時間(最短)から

一四時間(最長)

一〇時間

八時間(最短)から

一四時間(最長)

一〇時間

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

オランダ 一四時間(最短)から

一六時間(最長)

一四時間(最短)から

一六時間(最長)

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

スイス 一一時間(最短)から

一四時間(最長)

一一時間(最短)から

一四時間(最長)

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

デンマーク 一〇時間(最短)から

一四時間(最長)

一〇時間(最短)から

一四時間(最長)

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

オーストラリア

一一時間

八時間

一一時間

八時間

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

シンガポール

一六時間

一六時間

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

カナダ   一五時間

一五時間

香港   九時間(最短)から

一四時間(最長)

九時間

九時間(最短)から

一四時間(最長)

二名編成機と三名編成機とで区別されていない。

(二) 米国連邦航空法(FAR)の改定案

証拠(甲第二一六号証の一、第三二八号証の一及び二、第五三六号証、乙第一六〇号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 米国では、平成二年一〇月、米国航空宇宙局(NASA)と連邦航空局協同の運航乗務員の疲労調査報告が行われたが、平成五年に、後記(一二、22)のとおり、グアンタナモ湾の航空機事故が発生し、平成六年五月に米国運輸安全委員会(Natinonal Trans-portation Safety Board NTSB)が勧告を出し、また、平成七年一月に米国航空宇宙局(NASA)は、前記ガイドラインを発表し、また、同年一一月には、NTSBと米国航空宇宙局(NASA)が共催した運航乗務員の疲労についてのシンポジウムが行われた。

これらの流れを受けて、連邦航空局は、平成七年一二月、連邦航空法の改定案(甲第三二八号証の一及び二)を発表した。改定案の目的及び背景について次のように述べられている。

この提案の目的は、運航乗務員に対し、通常及び緊急安全業務を全うできるよう、十分な休養を得る機会を保障することにより、航空安全システムの向上を図ることである。

航空業界は、運航の需要を満たすために二四時間運航をする必要がある。世界的な長距離輸送、地域輸送、翌朝配達貨物等の増加及び短距離の国内輸送の増加によって昼夜兼行の需要が伸びる可能性がある。このような業界の需要を満たすために運航乗務員は一日二四時間の運航を支えなければならない。国内線及び国際線はしばしば複数の時間帯をまたがなければならない。したがって、交替勤務、夜勤、不規則又は予測できない勤務スケジュール、時間帯の変更等は今後も航空業界の常態となるであろう。これらの要素は、行動能力を損なう疲労を招くことによって人間の生理機能に影響を及ぼし、ひいては安全のレベルに影響を与える可能性がある。

連邦航空局は、運航乗務員の勤務予定に関する規則に、疲労及び人間の睡眠生理学に関する科学的情報をできるだけ組み入れることが肝要であると信ずる。そのような科学的情報は、飛行中の安全マージンの維持及び運航乗務員の最適の行動能力と覚醒度の向上に役立つであろう。過去四〇年間を通じて、睡眠、不眠症、サーカディアン、疲労、眠気、覚醒度、行動能力の減退等に関する科学的知識が著しく増加した。このような科学知識の一部によって、運航乗務員が現行の乗務に起因する睡眠不足によって行動能力を損なう疲労を経験していることが証明された。疲労に関する科学的知識を業務(例えば、スケジュールの作成、人事、疲労対策等)に組み入れれば安全に大いに資するであろう。

改定案立案の第一の目的は、該当する規則に科学的知識を可能な限り組み入れることにある。

第二の目的は、あらゆる種類の業務を通じて統一性のとれた、明確な勤務時間制限、飛行時間制限及び休養時間を定めることである。

現行の規則は、複雑かつ時代遅れであるために改正する必要がある。国内線の飛行時間制限及び一部のコミューターの制限は一九八五年に更新されたが、国際線及び臨時便の運航に関しては更新されなかった。新型航空機が発達するにつれて、これらの運航上の区別は以前ほどの意味がなくなった。今回の提案は、あらゆる種類の業務を通じて(パート一二一で国内線、国際線及び臨時便の運航、並びにパート一三五でコミューター及びチャーター便の運航等について)、同一の勤務時間制限、飛行時間制限及び休養の要件を確立するためのものである。勤務時間制限、飛行時間制限及び休養の要件は、飛行時間の長さ及び同乗する運航乗務員の数に基づいて差を付けることができる。

(2) 改定案の要点

ア 二名編成機の運航をシングル編成で行う場合について、パイロットの勤務時間(Duty period、免許事業者が命じた飛行時間を伴う任務に就くために出頭し、その任務から解放されるまでに経過した時間)、飛行時間及び乗務後の休養時間を次のように定める。

勤務時間   一四時間

飛行時間   一〇時間

予定休養時間 一〇時間

ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を一六時間まで延長することができる。

実際の勤務時間が一四時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務後の休養時間を九時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低一一時間なければならない。

イ 二名編成機の運航をパイロット三名(マルティプル編成)で行う場合

勤務時間   一六時間

飛行時間   一二時間

予定休養時間 一四時間

ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を一八時間まで延長することができる。

実際の勤務時間が一六時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務後の休養時間を一二時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低一六時間なければならない。

ウ パイロットが三名で、指定仮眠施設(連邦航空局が承認した乗員が睡眠を取る目的で指定された区域)での睡眠機会を伴う場合

勤務時間   一六時間から一八時間

飛行時間   一六時間

予定休養時間 一八時間

ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を二〇時間まで延長することができる。

実際の勤務時間が一八時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務後の休養時間を一六時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低二〇時間なければならない。

(3) この改定案が発表された後、平成一一年(一九九九年)六月、米国運輸安全委員会(NTSB)は、米国連邦航空局長官に対し、次のとおり勧告した(甲第五三六号証)。

ア 科学的な根拠に基づいた勤務時間規則を二年以内に制定すること。この勤務時間規則は、勤務時間を制限し、予定の立つ勤務と休養のスケジュール作成を可能にするものであり、サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性に配慮したものであること

(安全勧告A―九九―四五)

イ 一年以内に、飛行時間・勤務時間の規則の見直しを完了させ、飛行時間・勤務時間制限が疲労と睡眠の問題に関する研究の結果を考慮したものとなるように、規則を改定すること。新しい規則は、連邦法一四巻(航空法)一二一章の飛行時間・勤務時間の制限、又は他の適切な規則を満足しない限り、航空会社が連邦法一四巻(航空法)九一章に基づく飛行に運航乗務員を配置することを禁止すべきである。

(安全勧告A―九五―一一三)

ウ 定期・不定期の有償飛行を行う運航乗務員の連続勤務の日数、勤務期間当たりの勤務時間についての適切な制限を設定し、アラスカと合衆国の他の地域とで同一の制限を適用すること。

(安全勧告A―九五―一二五)

(4) 米国航空運送協会は、平成八年(一九九六年)二月二六日、米国運輸省及び連邦航空局に対し、前記改定案が、科学的方法及び権威並びに基礎的な安全分析の観点に照らして不完全かつ不適切であること等を理由として、前記改定案の撤回を請願した(乙第一六〇号証の一及び二)。

US-ALPA(米国のパイロットの組織)は、運航乗務員の実体験に基づく報告である「疲労に関連するイベントレポート」や米国航空宇宙局(NASA)の疲労に関する科学的研究を根拠として、前記改定案のうち、二名編成機のシングル編成の飛行時間を八時間から一〇時間にすることに反対する意見書を提出し、IFALPAや日乗連も右の点について反対する意見書を提出した。

現在に至るまで、米国連邦航空法は改正されていない。

八  他社におけるシングル編成による二名編成機の運航実績並びに乗務時間制限及び勤務時間制限

1  検討委員会の最終報告書における調査結果

前記のとおり、検討委員会の最終報告書に掲記されている、外国航空会社による新世代二名編成機のシングル編成の長大路線の運航の例は、次のとおりである(平成四年度(一九九二年度)冬ダイヤによる)。

(1) フィンランド航空

MD一一型機 成田-ヘルシンキ間一〇時間二〇分

(2) オーストリア航空

A三一〇型機 ウィーン-ニューヨーク間 一〇時間〇〇分

(3) スイス航空

MD一一型機 チューリッヒ-アトランタ 一〇時間二五分

(4) カナディアン航空

B七四七-四〇〇型機 バンクーバー-成田間 九時間四五分

2  1の各路線について平成一一年七月現在で運航している航空機及び運航ダイヤ

証拠(甲第五九九号証、第六〇〇号証の一から三まで、第六〇一号証の一から三まで、第六〇二号証、乙第一六三号証)によれば、1の各路線について平成一一年七月現在で運航している航空機及び運航ダイヤは次のとおりである。

(一) フィンランド航空 成田-ヘルシンキ間(シベリアルート)

シングル編成による二名編成機MD一一型機で運航している。

一九九九年夏ダイヤ 週二便

ヘルシンキ→成田(往路)AY〇七三便 一七時二〇分発翌日八時五五分着 乗務時間九時間三五分 夜間飛行を含む。

成田→ヘルシンキ(復路)AY〇七四便 一〇時五五分発一五時二〇分着(昼間の飛行)乗務時間一〇時間二五分 夜間飛行を含まない。

(発着時間はいずれもその地の現地時間である。以下同様。)

運航乗務員は、成田において三泊又は四泊の休日が与えられている。

(二) オーストリア航空 ウィーン-ニューヨーク間(大西洋ルート)

シングル編成による二名編成機A三三〇型機及びA三一〇型機で運航している。

一九九九年夏ダイヤ 週七便

ウィーン→ニューヨーク(往路)OS五〇一便(A三三〇型機) 一一時四〇分発一五時一〇分着 乗務時間九時間三五分 夜間飛行を含まない。

ウィーン→ニューヨーク(往路)OS五〇三便(A三一〇型機) 一七時一五分発二〇時四〇分着 乗務時間九時間二五分

ニューヨーク→ウィーン(復路)OS五〇二便(A三三〇型機) 一八時三〇分発翌日九時二〇分着 乗務時間八時間五〇分 夜間飛行を含む。

ニューヨーク→ウィーン(復路)OS五〇四便(A三一〇型機) 二二時三〇分発翌日一二時五〇分着 乗務時間八時間二〇分 夜間飛行を含む。

(三) スイス航空 チューリッヒ-アトランタ間(大西洋ルート)

シングル編成による三名編成機B七四七型機で運航している。ただし、二〇〇〇年一月にB七四七型機がスイス航空から退役した後は、MD一一型機及びA三三〇型機で運航する予定である。

一九九九年夏ダイヤ 週七便

チューリッヒ→アトランタ(往路)SR一二〇便 一〇時〇〇分発一三時四〇分着 乗務時間九時間四〇分 夜間飛行を含まない。

アトランタ→チューリッヒ(復路)SR一二一便 一七時三五分発翌日八時一五分着 乗務時間八時間四〇分夜間飛行を含む。

滞在地(アトランタ)での運航乗務員の最低保障休養時間は二一時間三五分である。

(四) カナディアン航空 バンクーバー-成田間(太平洋ルート)

シングル編成による三名編成機DC一〇型機及びシングル編成による二名編成機B七六七型機で運航している。

一九九九年夏ダイヤ 週二便

バンクーバー→成田(往路)CP〇〇三便(DC一〇型機) 一五時〇〇分発翌日一七時〇〇分着 乗務時間一〇時間〇〇分 夜間飛行を含まない。

バンクーバー→成田(往路)CP〇〇三便(B七六七型機) 一二時三〇分発翌日一四時三九分着 乗務時間一〇時間〇九分 夜間飛行を含まない。

成田→バンクーバー(復路)CP〇〇四便(DC一〇型機) 一九時五五分発一二時二五分着 乗務時間八時間三〇分 夜間飛行を含む。

成田→バンクーバー(復路)CP〇〇四便(B七六七型機) 一九時五五分発一二時四〇分着 乗務時間八時間四五分 夜間飛行を含む。

滞在地において三泊又は四泊の勤務で実施。

3  主要航空会社の基準

主要航空会社におけるシングル編成による二名編成機の運航実績を直接知るためには、長距離路線について過去及び現在運航している航空機の機種、編成及び乗務時間を調査する必要があるが、当事者の負担を過大なものにしないため、2を除いて求釈明せず、主要航空会社の基準を把握することで替えた。

乙第一五八号証によれば、主要航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限は別紙「他の航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限」のとおりである。

英国航空、ルフトハンザ航空、シンガポール航空及びカンタス航空の勤務時間等の制限の詳細は、別紙「英国航空の乗務時間・勤務時間制限」、「ルフトハンザ航空の勤務条件」、「シンガポール航空の勤務条件」及び「カンタス航空の勤務条件」を参照

4  全日空における勤務基準及び長距離路線の運航実績

証拠(甲第五七号証、第三三五号証、第三八七号証、第五六五号証、乙第一一〇号証、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

全日空は、昭和六一年、定期国際線に就航し、成田-ロサンゼルス線等を開設したが、その際、運航乗務員の組合との間で、成田-ロサンゼルス線について、冬ダイヤ(一〇月末から三月末まで)は、復路(ロサンゼルス→成田)をマルティプル編成、往路(成田→ロサンゼルス)を原則シングル編成、往復乗務を行う場合にはマルティプル編成とし、夏ダイヤ(三月末から一〇月末まで)は往復シングル編成とすること等を内容とする協定を締結し、それに従って運航していた。そのブロックタイムは、平成元年の冬ダイヤで、東京→ロサンゼルスが九時間一五分、ロサンゼルス→成田が一一時間三〇分、夏ダイヤで、東京→ロサンゼルスが九時間四五分、ロサンゼルス→成田が一一時間一〇分であった。

全日空は、平成五年、運航乗務員の組合との間で勤務協定の改定を行い、乗務時間及び勤務時間は、三名編成機と二名編成機とで区別することなく、シングル編成について着陸回数によって制限することとしたが(例えば、着陸回数が一回の場合は乗務時間一一時間、勤務時間一四時間)、成田-ロサンゼルス線については、通年マルティプル編成とすることを内容とする勤務協定を締結し、それ以降、それに従って運航が行われている。

全日空は、平成六年一〇月三一日から、シドニー→関西空港線を二名編成機におけるシングル編成で運航している。

全日空は、平成一〇年九月、成田-サンフランシスコ路線を開設した。全日空は、就航開始の同年一二月はサンフランシスコ→成田についてはマルティプル編成、一月から三月はシングル編成とするが、一人月一回に乗務を制限することとし、以後、前記勤務協定の基準に従い、ブロックタイムが一一時間未満の場合についてはシングル編成で運航されていたが、平成一一年の冬ダイヤについては復路(サンフランシスコ→成田)のブロックタイムを一一時間五分と設定し、マルティプル編成で運航することとなる見込みである。

九  シングル編成による三名編成機の乗務時間制限について

証拠(乙第一五八号証、第一五九号証)によれば、各国及び各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は、次のとおりであることを認めることができる。

米国 一二時間

ユナイテッド航空 一二時間

ノースウエスト航空 一一時間三〇分

英国 九時間(最小)から一四時間(最大)まで(離着陸が一回の場合)(飛行勤務時間)

英国航空 一一時間三〇分

ドイツ 一〇時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)

ルフトハンザ航空 一二時間

ルフトハンザ貨物航空一二時間

フランス 八時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)

エールフランス航空 一〇時間

オランダ 一四時間(最小)から一六時間(最大)まで(飛行勤務時間)

KLMオランダ航空 九時間

スイス 一一時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)

デンマーク 一〇時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)オーストラリア 八時間

カンタス航空 八時間

シンガポール 一六時間(飛行勤務時間)

シンガポール航空 一二時間三〇分カナダ 一五時間(飛行勤務時間)

カナディアン航空 一二時間三〇分

エアカナダ航空 一〇時間三〇分

右によれば、各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は八時間から一二時間三〇分である。

一〇  シングル編成による三名編成機の運航実績について

証拠(甲第五号証の一(七頁、添付表2)、第三八〇号証(二八頁)、乙第一〇三号証、第一〇四号証の五、第一〇五号証、第一一〇号証、第一三四号証によれば、次の事実を認めることができる。

ジェット旅客機の開発、性能向上に伴い長距離路線の直行化が世界の趨勢となり、被告においても一九八〇年代前半には太平洋路線の多くが直行便化され、その後も欧州路線の直行便化が見込まれていた。被告は、昭和六一年に欧州、シカゴ直行便が就航するに当たり、ルフトハンザ航空、英国航空、エール・フランス、KLMオランダ航空に担当者を派遣し、勤務条件についての調査を行ったほか、その後も適宜調査を行った。これらの調査の結果として長距離路線でシングル編成による三名編成機の直行便が運航していたことが確認できるのは、次のとおりである(証拠上乗務時間が確認できたものは記載した。)。

1  昭和六一年一月の調査により運航していたことが確認されたもの(乙第一〇四号証の五)

アムステルダムーニューヨーク線

アムステルダムーシカゴ線

アムステルダムートロント線

(いずれもKLM)

2  昭和六二年三月の調査により運航していたことが確認されたもの(乙第一〇五号証)

成田―ロサンゼルス線

(ユナイテッド航空、ノースウエスト航空、ヴァリグ・ブラジル航空、シンガポール航空、マレーシア航空、全日空)

3  平成元年夏期の運航スケジュールが確認されたもの(乙第一一〇号証)

成田―ロサンゼルス線

成田→ロサンゼルス ブロックタイム 九時間四五分

ロサンゼルス→成田 ブロックタイム一一時間一〇分

4  平成五年五月調査結果が公表されたので、それ以前の時点で運航していたことが確認できるもの(甲第五号証の一)

ハンブルクーロサンゼルス線

ハンブルク→ロサンゼルス ブロックタイム一一時間四五分

ロサンゼルス→ハンブルク ブロックタイム一一時間

フランクフルト―ロサンゼルス線

フランクフルト→ロサンゼルス ブロックタイム一一時間五〇分

サンフランシスコ→フランクフルトブロックタイム一一時間〇五分

(いずれもルフトハンザ航空)

5  平成五年調査結果が公表されたので、それ以前の時点で運航していたことが確認できるもの(乙第一三四号証)

シアトル→成田 飛行時間9.9時間

ホノルル→大阪 飛行時間9.5時間

ロサンゼルス→ソウル 飛行時間13.8時間

ソウル→シアトル 飛行時間9.8時間

一一  諸外国及び他の航空会社によるマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限

甲第五七号証、乙第一〇八号証によれば、マルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限は、米国の場合が無制限であるほか、別紙「他の航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限」のとおりである。

一二  過去の航空機事故

後掲の各証拠によれば、運航乗務員の判断、操縦等に関係する航空機事故等として、以下のようなものがあったことが認められる(被告の航空機の事故については被告のことを「日航」と称する。)。

1  日航機サンフランシスコ湾着水事故

昭和四三年一一月二二日、被告の東京発サンフランシスコ行きのDC八型機は、サンフランシスコ空港にオートパイロットとフライトディレクターを用いて、自動ILS進入を実施したが、サンフランシスコ湾を覆っていた低い雲と霧のため進入灯や滑走路を視認できないまま高度を下げ過ぎ、滑走路手前の海上に着水し、乗客、乗員は筏で脱出した。

米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故の推定原因として、「自動ILS進入の実施手順の適用が不適切であったこと」を挙げ、この手順の逸脱は「フライトディレクターとオートパイロットシステムに関する慣熟の不足及び使用頻度の少なさも係わっている」とした。

(甲第二四九号証)

2  全日空雫石上空自衛隊機接触事故

昭和四六年七月三〇日、岩手県雫石上空で、訓練空域を逸脱した航空自衛隊の訓練機が全日空のB七二七型機に接触し、両機は操縦不能の状態に陥り、空中で分解しながら国鉄雫石駅の近くに墜落し、全日空機の乗客一五五名、乗員七名は全員死亡し、自衛隊機のパイロットはパラシュートで水田に降下して助かった。

運輸省事故調査委員会によれば、この事故の推定原因は、第一に、自衛隊機の教官が訓練空域を逸脱したことに気づかず、機動隊形の訓練飛行を続行したことにあり、そのため、教官にあっては、視認するのが遅すぎて、訓練生が全日空機を視認する直前に訓練生に対して接触回避の指示を与えたが、訓練機の回避に間に合わず、また、訓練生にあっては、機動隊形の旋回飛行訓練に経験が浅く、主として教官機との関係位置を維持することに気を奪われていて、全日空機を視認するのが遅れ、接触約二秒前に自己の右側やや下方に全日空機を視認し、直ちに回避操作を行ったが、接触の回避に間に合わなかったことである。第二に、全日空機パイロットにあっては、訓練機を接触七秒前から視認していたと推定されるが、接触することを予測しなかっため、接触直前まで回避操作が行われなかったことである。

この事故の結果勧告されたうちに、航空機のパイロットは飛行中は他機と衝突しないように見張りをしなければならないことを法的に明確にすることがあり、昭和五〇年法律第五八号により航空法に七一条の二が追加され、操縦者の見張り義務が規定されるに至った。

(甲第二四二号証の一)

3  日航羽田滑走路逸脱事故

昭和四七年五月一五日、被告のDC八型機が、羽田空港離陸時に滑走路を逸脱した。

(甲第二四〇号証)

4  日航ニューデリー事故

昭和四七年六月一四日、バンコク発デリー行きの被告のDC八型機が、デリーの東南東約二八キロメートルのバサントプール村、滑走路より手前のジャムナ川の堤防に激突して、乗客七五名、乗員一一名が死亡した。飛行実験の結果、事故機が飛行していた経路の途中に逆L型に見える灯火があり、墜落地点付近には火力発電所の煙突に赤い障害灯及び一群の灯火が認められたことから、運航乗務員が飛行の途中で何らかの外的状況により逆L型に見える灯火を滑走路灯と誤認して降下率を増したと結論付けられ、また、同機はILS進入を行っていなかったものと判断された。事故の原因としては、運航乗務員が滑走路を視認することなく、また計器指示を逐一確認しなかったことによるものと推定された。また要因として、乗員の経験不足、責任感の欠如、着陸進入時のcall outに関する手順の逸脱、IFR(計器進入)進入が望ましい状況下でIFR進入を行わず、他の灯火を滑走路灯と誤認し、計器の点検も行わなかったこと等も挙げられている。

(甲第二三九号証、第二四〇号証、第二四九号証)

5  日航ソウル空港滑走路逸脱事故

昭和四七年九月七日、被告のDC八型機が、ソウル空港着陸時、滑走路を逸脱した。

(甲第二四〇号証)

6  日航ボンベイ事故

昭和四七年九月二四日、被告のDC八型機が、ボンベイ空港着陸時、誤って滑走路の短いジェフ空港に着陸して滑走路を逸脱し、機体を大破した。乗客八名、乗員二名が負傷した。原因は、ボンベイ・サンタクルズ空港へ目視進入中のパイロットが滑走路を見失ったためとされている。

(甲第二三九号証、第二四〇号証)

7  日航モスクワ事故

昭和四七年一一月二九日、日本航空のDC八型機が、モスクワのシェレメチボ空港離陸直後に墜落炎上した。乗客五三名、乗員九名が死亡した。原因は、離陸安全速度に達した後、臨界迎角以上の機首上げ状態にしたため。グランドスポイラーのレバーを誤作動又はエンジンのインレット部分の着氷(防氷スイッチの入れ忘れ)が有力とされている。

(甲第二三九号証、第二四〇号証)

8  日航アンカレッジ事故

昭和五〇年一二月一七日、アンカレッジ空港を出発しようとした被告のB七四七型機が誘導路を地上滑走中に突風にあおられ機のコントロールを失って誘導路を逸脱し、誘導路北側の平均傾斜一三度の積雪下土手を後方から崖下に滑り落ち、中破し、乗客八名、乗員三名が負傷した。原因は、不十分な空港管理と機長の不適切な判断とされているが、被告本社が、出発前に機長に対し、羽田空港が日本時間二三時以降運用制限時間規制によって着陸できなくなることを緊急電報で連絡しており、機長はこうしたことを考慮して出発を決意したに相違ないと指摘されている。

(甲第二三五号証、二三九号証)

9  KLMテネリフェ事故

昭和五二年三月二七日、スペイン領カナリー諸島、テネリフェ島のロスロデオス空港で滑走路を離陸しようとして滑走中のKLMオランダ航空のB七四七型機が同じ滑走路を走行中のパンアメリカン航空のB七四七型機に衝突、炎上し、五八三名が死亡した。

KLM機はオランダ、アムステルダムを出発し、カナリー諸島のラスパルマスが目的地であったが、ラスパルマス空港のターミナルで爆弾テロ事件があり、ラスパルマス空港が閉鎖されたため、ロスロデオス空港ヘダイバートした。KLM機が着陸したとき、パーキングエリアは既にダイバートしてきた航空機であふれており、タクシーウェイにパークした。そこにパンアメリカン航空機も着陸してきて、同じタクシーウェイにパークした。

その後ラスパルマス空港がオープンしたので、KLM機は管制塔に対してタクシー(駐機場から滑走路の滑走開始地点まで走行すること)の許可を求め、許可を得るとともに、滑走路の南東の端まで行くように指示された。通常は、滑走路と平行に走るタクシーウェイ(誘導路)を通って行くべきであるが、パーキングエリアに駐機している航空機があふれていたためそこを通れず、滑走路上を走行しなければならなかった。KLM機が発進した後、パンアメリカン機も管制塔にタクシーの許可を求め、管制塔は、パンアメリカン機にもその許可を与えるとともに、KLM機と同様、滑走路の南東の端まで行くように指示をした。

当時滑走路上には霧があり、視界は非常に悪かった。その後、管制塔は、滑走開始位置である滑走路の南東の端に到着したKLM機が離陸のための滑走をすることができるように、滑走路を走行しているパンアメリカン機に対して、三番目の誘導路を左へ入って待避するように指示をしたが、パンアメリカン機は指示された曲がり角を通過してしまった。一方、滑走開始位置に到着したKLM機は、管制塔に対して、離陸準備が完了したことを告げ、離陸許可を求めた。管制塔は、パパ・ビーコンまでの飛行を許可するとともに、離陸後の進路を指示した。KLM機は、パパ・ビーコンまでの飛行が許可された旨及び指示された離陸後の進路を復唱するとともに、離陸動作に入ったことを告げた(We'er now at take off)。それに対して管制塔は、「オーケイ、……(二秒の空白)離陸は待て、後で呼ぶから。」と送信したが、その送信の後半部分は混信のためかき消され、KLM機の操縦室には届かず、KLM機のパイロットは、「オーケイ」のみ聞き、離陸態勢に入ったことが指摘されている。実は、この通信が行われたとき、パンアメリカン航空機はまだ滑走路上におり、この通信を聞いていたパンアメリカン航空機の副操縦士は、「我々は、まだ、滑走路上を走行中だ」と送信した。管制塔は、パンアメリカン航空機に対して「滑走路から出たら知らせよ」と指示し、それに対して、パンアメリカン航空機は「オーケイ、出たら知らせよう」と送信しているが、既に離陸滑走を始めたKLM機の機長及び副操縦士はこのやり取りを聞いておらず、航空機関士だけが耳にして、「じゃあ、彼(パンアメリカン機)は滑走路から出ていないのでは」と発言し、機長が反応しなかったため再び、「彼は滑走路から出ていないのでは、あのパンアメリカンですよ。」といったが、それに対してKLM機の機長ははっきり「いや、出ている。」と否定し、離陸滑走を続けた。その直後、KLM機はパンアメリカン航空機に激突し、両機は大破、炎上した。

事故原因についてのスペイン当局の結論は、KLM機の機長が許可なくして離陸し、タワーからの離陸を待てとの指示に従わず、パンアメリカン機が滑走路上にいることを報告したのに離陸をやめなかったこと等を挙げているが、オランダ当局はこれに反論し、KLM機は離陸を許可されたものと確信して離陸態勢に入ったが、実際は許可が出ていなかったこと、運悪く偶然が重なったこと等を挙げている。

(甲第二三七号証)

10  日航クアラルンプール事故

昭和五二年九月二七日、香港発クアラルンプール行きの被告のDC八型機が、クアラルンプールに着陸直前、滑走路手前7.4キロメートルの丘陵に墜落、大破し、乗客二六名、乗員八名が死亡した。原因は、機長が滑走路を視認することなく最低降下高度以下に降下し続けたためとされている。

この事故を契機として、被告は、ジェット輸送機の離着陸時の一一分間に、事故の約八〇パーセントが発生しているという事実に着目して、航空機運航の離陸及び着陸の段階における安全阻害要因の調査解析を行い、諸対策を決定し運航安全の向上を目的とするCEM(Critical Eleven Minutes)委員会が設置された。

(甲第二〇号証、第二三九号証、第二四九号証)

11  日航羽田沖事故

昭和五七年二月九日、福岡発羽田行きの被告のDC八型機が、羽田空港への着陸のために降下進入中、C滑走路南端沖合約三六〇メートルの海上に墜落し、乗客二四名が死亡した。原因は精神的変調をきたしていた機長による異常操縦とされている。

(甲第二三九号証)

12  英国航空ガルングン事故

昭和五七年六月二四日、クアラルンプール発パース行きの英国航空のB七四七型機が、インドネシア上空を飛行中、インドネシアのガルングン火山の噴火による火山灰に遭遇し、四基あるエンジンのすべてが停止した。副操縦士、航空機関士はエンジンの再始動を試みたが序成功せず、機長は機体を操縦して、高度を下げ、ジャワ島の南洋上に着水することを考えたが、エンジン停止から一三分後、火山灰空域から脱出したことによって、エンジン再始動に成功した。

当時、運航乗務員は、エンジン停止の原因が火山灰にあることがわからず、また、事前にガルングン火山の噴火に関する情報を与えられていなかった。

当該英国航空機の機長は、同様の事態を二名編成機でうまく処理できると思うかとの質問に対して、「非常に難しいと思う、オートパイロットがどれだけ使えるかにもよるが、いずれにしても厳しいことには変わりはない。」と回答している。

(甲第二四五号証)

13  メキシコ航空セリトス上空衝突事故

昭和六一年八月三一日、ロサンゼルス郊外のセリトス上空で、メキシコ航空DC九型機と小型機であるPA二八型機が、空中で衝突し、セリトス市内の住宅地に墜落し、メキシコ航空機の乗客五八名、乗員六名、PA二八型機の乗客二名、パイロット一名、地上の住民一五名が死亡した。原因としては、PA二八型機が目印を見誤り、ロサンゼルス空港の管理空域(Terminal Control Area)に進入してしまい、当時、晴れており、視界は良好であったが、両機のパイロットが、何らかの原因で相互に発見するのが遅れたこととされている。

(甲第二四二号証の二)

14  東亜国内航空米子空港事故

昭和六三年一〇月一二日、米子空港で、東亜国内航空株式会社(現在の株式会社日本エアシステム)YS一一型機が離陸時に滑走路を逸脱するという事故が発生したが、その事故原因は、離陸滑走時高速状態において離陸断念の操作が行われたが、過走帯までに停止できなかったことによるものと推定される。なお、副操縦士が昇降舵を重いと感じ昇降舵操舵による機体の引き起こしができないと判断し離陸断念操作を行ったことについては、水平安定板・昇降舵まわりに付着していたスラッシュが離陸滑走中に凍結、氷着した可能性が考えられ、このことについては機体の防氷作業が実施されなかったことの関与が考えられる。また、滑走路内に停止できなかったことについては、離陸断念時の速度が大きかったこと並びに滑走路面にスラッシュがあったこと、主脚分担重量が小さかったことによるブレーキ効果の減少があったことの関与が考えられる。

(甲第二八九号証)

15  フライングタイガー航空クアラルンプール事故

平成元年二月一九日、フライングタイガーのB七四七型機(貨物機)が、マレーシア、クアラルンプール空港へ着陸降下中、管制官から、高度二四〇〇フィートに降下せよと指示されたが、「了解、高度四〇〇フィートに降下する。」と復唱し、その後、管制官からの訂正を受けずに、標高六〇〇フィートの丘に激突した。

(甲第二三一号証)

16  アビアンカ航空ニューヨーク郊外事故

平成二年一月二五日、南米コロンビア、ボゴタ空港を離陸しメデリン市空港を経由して運航してきたアビアンカ航空B七〇七型機の定期旅客便が、ジョン・F・ケネディ空港に降下進入をしようとしたが、悪天候によって航空管制官から、三回にわたって上空待機を指示され、その間搭載燃料の適切な管理を怠り、また、燃料がなくなりつつあるという緊急事態を航空管制官に正しく伝達できなかったため、二度目の計器進入中に燃料が枯渇してエンジンが停止し、ロング・アイランドの北岸近く、樹木の繁茂する住宅地の丘陵斜面に墜落し、七三名が死亡した。推定原因は、右に述べたほか、悪天気象下で過密な空港に進入する国際線に情報を提供する支援システムを運航乗務員が活用しなかったこと、連邦航空局による不適切なトラフィック・フロー・マネージメント、パイロットとコントローラー間で燃料枯渇寸前の緊急事態であることが容易に理解できる標準化された用語がなかったこと、一回目の着陸を試みた際に、ウィンドシア(急激な風向、風力の変化)に遭遇し、オートパイロット不具合のため手動操縦を長時間続けてきたことからパイロットが疲労しており、燃料事情の懸念によって強まったストレスが加わって、着陸することができなかったこと、機長が英語が不得意で、管制官との通信を副操縦士に任せており、それを理解していなかったと見られること等も事故の一因として指摘されている。

(甲第二四六号証)

17  マークエア航空アナラクリート空港事故

平成二年六月二日、マークエア、B七三七機(貨客混用機)は、フェリーフライト(航空機自体の移動)で、アラスカ州アンカレッジからアラスカ州アナラクリート空港へ向かって飛行したが、アナラクリート空港の滑走路の手前七マイルの地点で地上に激突した。原因として、機長が本来よりも早く降下を開始し、制限高度以下に降下したこと、その際、チャート上の安全情報等についての誤信があったこと等とされている。

(甲第二三〇号証)

18  アリタリア航空チューリッヒ国際空港事故

平成二年一一月一四日、アリタリア航空のDC九型機の定期旅客便が、チューリッヒ国際空港へ進入降下中、グライドスロープをキャプチャーできず、そのまま山の斜面に激突した。スイス連邦のAircraft Accident Inquiry Boardの事故調査報告書によると、この事故の原因は、VHF-NAV-1の誤作動、機長による高度計の読み間違い、GPWS(地上衝突防止装置)が作動しなかったこと、運航乗務員がVHF-NAVの作動不良時にflagが出ないこともあるのを知らなかったため計器の誤指示に気がつかなかったこと、運航乗務員が進入中の基本的手順を守らなかったこと、進入中のクルー・コーディネーションが不適切であったこと、副操縦士はゴー・アラウンドを開始しようとしたが、機長がそれを阻止したこと、着陸管制官は当該機体が高度四〇〇〇フィートQNHから降下を開始したことを見ていなかったこととされている。

(甲第二九五号証の二)

19  UALコロラドスプリングス墜落事故

平成三年三月三日、UALのB七三七型機の定期旅客便が、コロラド州デンバーを離陸してコロラド・スプリング空港へ向かい、同空港に着陸すべく滑走路への進入コースへのターン中、一時翼は水平となったが、すぐ右へのロールが始まり、機首が垂直に下を向くまでロールし、垂直になって地表に激突した。事故の原因は確定できなかったが、何らかの操縦系統の故障、あるいは周辺の地形によって発生した異常ともいえる強い大気の擾乱に遭遇し、操縦不能に陥ったことが考えられるとしている。

(甲第二九五号証の一)

20  全日空乱気流事故

平成五年二月一七日、全日空、B七六七型機が宮崎空港を離陸し、東京国際空港に向けて飛行中、同空港の南東約二〇海里の上空で、同空港への降下を開始したところ、関東地方上空の一面に積雲系の雲が観測され、雲にはいる前に、機長はベルト着用サインを点灯し、インターフォンで客室乗務員に対して着席するように注意を与え、さらに、雲を回避しながら降下を続け、並の乱気流に遭遇し、その後も揺れが続くことが予想されたので、座席ベルトを着用すること及び到着時刻が遅れることを機内放送で告知し、禁煙サインも点灯させ、高度三〇〇〇フィートへの降下を開始しようとしたところ、単発の強い乱気流に遭遇した。客室乗務員は機長からの最初の注意があったときには、全員着席して座席ベルトを着用したが、その後、今後も揺れが続くと予想される旨の機内放送があり、禁煙サインが点灯した後、客室乗務員の内の三名が、歩くことができる程度の揺れであったため座席を離れ着陸前の確認作業を開始し、他の客室乗務員二名も、着席したままベルトを外した状態で確認作業の開始時期を伺っていたところ、強い揺れがあり、客室乗務員五名全員が上方に飛ばされ、通路の床又は座席に叩きつけられた。二名が重傷、三名が軽傷を負った。

(甲第二三三号証)

21  日本エアシステム花巻空港事故

平成五年四月一八日、日本エアシステムのDC九型機が、花巻空港において、風向風速が大きく変動する強風下で、ウインド・シア(Wind shear 風向・風速の急激な変化)に対する十分な警戒をすることなく着陸のための進入を行い、過走帯付近を通過する際、激しいウインド・シアに遭遇したため、機体が急激に降下して、ハードランディングし、火災が発生した。この事故に関して、調査機関は、「本事故は、風向風速が大きく変動する気象条件下で着陸しようとした際、ハードランディングしたことによるもので、このような気象条件下で着陸する場合は、常に機を失せず着陸復行をすることも含めて安全上最適の措置を執るよう、細心の注意を尽くして運航することが必要である。なお、機長及び副操縦士は、定期航空運送事業に従事する運航乗務員としての使命を自覚して、それぞれの職分に応じ、よりいっそう安全意識に徹することが肝要である。」としている。

(甲第二五〇号証)

22  アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故

平成五年八月一八日、アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空の米軍チャーター貨物便のDC八型機が、キューバ、グアンタナモ湾米国海軍基地リーワードポイントの滑走路に進入中、滑走路の手前約四分の一マイルの地点で墜落し、三名の運航乗務員が重傷を負った。

事故を調査した米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、その報告書で、疲労に起因する機長ら運航乗務員の判断力と飛行遂行能力の低下が事故原因であり、機長は最終進入中に状況認識力を喪失し、その結果バンク角が深くなったとき速度を失い失速に入り、素早い回復操作を実施することができなかったとしている。

事故機の機長及び副操縦士は、事故の二日前、平成五年八月一六日の午後一一時にアトランタ空港に出頭したところから四日間のパターンの乗務を開始していた。同月一七日午前〇時六分にアトランタ空港を離陸し、Charlotte経由で、同日午前四時八分にYpsilanti空港に着陸した。ここで事故機の航空機関士が登場し、以後行動をともにした。同所で機材変更が実施され、午前七時四六分同空港を離陸し、セントルイス経由で、同月一七日正午ダラス空港に着陸していったん勤務を終了し、次の出頭まで一一時間の休養時間に入った。この間、機長は五時間、副操縦士は八時間、航空機関士は六時間の睡眠をとった。同月一七日午後一一時ダラス空港に出頭し、同月一八日午前〇時にダラス空港を離陸、セントルイス経由で、同日午前三時二五分にYpsilanti空港に着陸し、機材を変更し、搭載貨物の種類分けが行われ、同日午前六時二〇分、同空港を離陸、午前八時にアトランタ空港に到着した。当初の予定では、その後は休養時間で、同日午後一一時から勤務が開始されることになっていたが、スケジュールの変更が行われ、三名の運航乗務員は、再び空港に出頭し、同日午前一〇時一〇分アトランタ空港を離陸し、同日午前一一時四〇分ノーフォーク空港に着陸した。この空港で約二時間三〇分かけて貨物が搭載され、同日午後二時五分、この空港でブロック・アウト、同日午後二時一三分に離陸し、グアンタナモ湾のリーワードポイント海軍基地に向かい、同日午後四時五六分、事故が発生した。

平成五年八月一七日午後一一時にダラス空港に出頭してから事故までの三名の勤務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。同人らの勤務はリーワードポイント海軍基地に到着後、折り返しアトランタへ、フェリー便として帰還して終了することになっていたが、それを含めると勤務時間は約二四時間、乗務時間は一二時間であった。

事故後の公聴会で、機長は、「ベースからファイナルへ旋回したとき、何となく無気力でどうでもよい様な気分を感じたが、飛行場を探したか、パワーを増したか減らしたか覚えていない。ファイナルで副操縦士がアプローチの具合がうまくいっていないみたいなことを言っていた。ボイスレコーダーの記録を見ると本当にこうだったのか疑問を感じる。私は何回か彼を振り返ったが、無気力な感じと彼の言葉に無関心だったように覚えている。彼に聞き直さなかったし、誰にも質問を発しなかった。航空機関士が速度をコールしていた記憶もない。夜間、安全に着陸させようとしているのに、それらの言葉はいらだたしかったし、面食らいもした。多くのキューを確認しなければならないのに、なぜ無気力だったのかわからないが事故当夜はまったくそうだった。」と供述した。

米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、この事故に関して会社の対応を調査し、次のように述べている。アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)の会長は、乗務スケジュールの作成について、競争に残るためには長い勤務時間、すなわち、長い乗務パターンを指示しなければならないし、連邦航空規則が認可するぎりぎりまで乗務することもあり、それは航空業界ではごく普通のことだと述べた。会社によると、二四時間を超える連続勤務はアサインしないことになっているが、事故を起こした機長によると何回か二四時間の連続勤務をスケジュールされたことがあるという。会社は、運航乗務員が疲労で乗務できないときは、運航乗務員が必要な休養時間を確定し、ホテルで休養することになっていたが、そのようなことはほとんどなかったようである。疲れから乗務を断ったパイロットに対する会社の対応は確定できなかったが、そのポリシイは個々のパイロットの判断とその道徳的基準に任せているようであった。一般に個人が自分の疲労状態を正確に評価することは難しく、多くの場合、大して疲れていないと評価する傾向が強い。競争が激化している中で、極度に疲れた運航乗務員自身が、自己評価と自己申告により、会社の圧力に抗して更なる乗務を指示しないように求めることを期待し、これによって安全メカニズムが機能することを期待するのは現実的でない。競争圧力が高まると、航空会社が運航乗務員の生産性を高め、会社の利益を最大にするために連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運航することになり得る。会社自身がポリシイを変更することも、個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より積極的になることもあり得ないと判断されるので、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改正する必要がある。アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)運航乗務員のスケジューリングは疲労と能力低下の要因であったと確定する。

米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、この事故を契機として、連邦航空局に対して、疲労と睡眠問題について最新の研究結果が反映されるように、連邦航空法の乗務・勤務時間制限の見直しと改善を急ぐことを、優先実施項目(クラス二)として勧告した。

(甲第六九号証、第七三号証、第二九三号証の一及び二)

23  中華航空名古屋空港事故

平成六年四月二六日、中華航空の台北発名古屋行きのA三〇〇-六〇〇R型機が、名古屋空港に着陸降下中、副操縦士(二六歳)が機長に代わり操縦を担当したが、自動操縦を解除し、手動で操縦中、誤ってゴーレバーを作動させて自動操縦装置をゴー・アラウンド(着陸復行)モードにしてしまい、それによって機体の水平安定板(スタビライザー)が機首を上げるように作動してしまった。それに気がつかないまま、副操縦士は、機長の指示の下、何とか機首を下げようとエレベーター等を操作したが目的を達成できず、副操縦士に代わって操縦を担当した機長も、ゴー・アラウンドモードを解除できず、機体は機首を上げ、急上昇しながら急速に失速し、急角度で墜落した。この事故で、乗客二四九名、乗員一五名が死亡した。

A三〇〇-六〇〇R型機は、当時、最新の自動操縦装置を装備していたが、何らかの誤操作に伴って制御不能状態を発生させたことが数件報告されており、その状態を改善するための改修措置が製造会社から指示されていたが、中華航空はその改修を実施しておらず、また、パイロットは、新型の自動操縦装置の構造及び操作方法並びに右のような状況が発生することについて十分理解していなかった。

(甲第二四八号証)。

24  日航油圧故障

平成六年六月二七日、被告の大阪発札幌行きのB七四七型機が、札幌に着陸し、スポットに入る直前、後部客室で刺激臭を伴う煙が発生し、その後のスポットでの点検で、ナンバー二の油圧作動油が2.25ガロン減少していることが航空機関士席の計器で確認された。この際の整備点検で、作動油量の計器が交換されたが状況は変わらず、ナンバー二の作動油を1.5ガロン追加し、外部から漏れがないことを確認した上で、計器の故障として修理は次の羽田空港まで持ち越されることになった。大阪着陸後後部客室で再び異臭が発生し、一部の座席の床付近から煙が発生した。大阪で再び整備点検が行われた結果、最後部貨物室天井の油圧配管に割れがあり油圧作動油漏れが発見された。修理作業に時間を要するため、次便の札幌行きは欠航になった。

(甲第二四三号証の一)

25  日航エンジンフレームアウト

平成六年六月三〇日、被告のジャカルタ発デンパサール行きのB七四七型機が、ジャカルタへ向けて高度三万四五〇〇フィート付近を上昇中、突然第三エンジンが停止した。そのためINFLT ENG S/D CHECK LISTを実施しながらエンジン一基が停止していても巡航可能な高度三万三〇〇〇フィートへ降下中、更に第二エンジンが停止した。そのため、降下しながら二基のエンジンを同時に再始動しようと何度も試みて、ようやくエンジンの再始動に成功したが、依然、スラストレバーの動きにエンジンが追従しない状態が続き、高度三三〇〇〇フィートに到達した後、四本のスラストレバーを出したところでようやくエンジンが追従するようになった。デンパサールで一連の点検が行われたが、原因は特定できないまま、当該機体は折り返し復路の便に使用された

(甲第二四三号証の一)

26  カンザスシティ事故

平成七年二月一六日、エアー・トランスポート・インターナショナル航空のDC八型機が、マサチューセッツのウェストオーバーに向けて、第一エンジンを修理するために(当該機体の第一エンジンが故障していた。)、フェリー飛行(航空機自体を輸送するための飛行)として、出発しようとして、カンザスシティ空港を三基のエンジンのみを使用して離陸しようとしたところ、墜落、大破し、三名の運航乗務員が重傷を負った。米国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故の原因について、当該運航乗務員が三基のエンジンによる離陸についての充分な訓練を受けておらず、それに必要な知識を持っていなかったこと、連邦航空法においてフェリー飛行は運航乗務員に必要な休養時間を算出するときの基礎とされていないことに起因する当該運航乗務員の不十分な休養によって、運航乗務員が疲労していたこと等を指摘している。

(甲第五三七号証)

27  日航エンジンフレームアウト

平成七年八月、日本航空サイパン発成田行きのB七四七型機が、成田へ向けて高度三五〇〇〇フィートを巡航中、突然、第一エンジンのEPR(エンジン推力を示す圧力計)がフラックス(計器が激しく動くこと)し始めたので、乗務員は直ちにすべてのエンジン・イグニッションとアンチ・アイス(防除氷装置)を作動させたが回復せず、第四エンジンのEPRもフラックスし始め、第一エンジンが停止し、第四エンジンも停止した。

当該便の乗員は、直ちにエンジンを停止又は再始動する場合の必要な処置(M U L T I P L E  E N G I N E SHUTDOWN/RESTART CHECK LIST)を実施するとともに、緊急事態発生を宣言し、二基のエンジンで巡航可能な高度へ向けて降下を始め、降下中高度三万フィート付近で第四エンジンの再始動に成功し、その後第一エンジンも再始動できたため飛行を継続し、無事に成田空港へ到着した。

(甲第二四三号証の二)

28  日航香港空港機体尾部接触事故

平成八年三月二〇日、被告の関西国際空港発香港行きMD一一型機が、香港空港に着陸時に機体尾部を滑走路に接触させ、胴体後部を損傷させた。

当時、香港空港付近は、低高度に雲があって、小雨が降っており、視程は六キロメートルであり、顕著なウィンドシアは観測されていなかった。同機は、滑走路への最終進入旋回中に正規の進入経路を大きく右に外れ、機体は正規の進入路に戻るように動き、続いて滑走路の通常の着陸地帯に接地したが、管制塔によって接地時に機体の後部で火花と火災が目撃された。エンジン停止後の点検で胴体後部が滑走路に接触してかなりの損傷を受けたことが判明したが、旅客の負傷や、機体以外の物件に損傷はなかった。

事故調査委員会の調査は、この事故の原因に関し、低高度に雲があったため機長は曲線状の正規の進入路を維持できず、この経路より右側に進路を取り、この結果、進入が不安定になったこと、機体はほとんど水平姿勢で接地し、その後、機首上げの瞬間が発生したが、機長はそれをバウンドしたと受け止め、ゴーアラウンド(着陸復行)するために昇降舵で引き起こし操作を行ったので、機首上げ姿勢は増えたが、主脚の車輪が滑走路からわずか数インチ離れただけでもはやゴーアラウンドを行えない状態となっており、機体尾部が滑走路に接触したこと、機長はゴーアラウンドを断念してリバースレバーを操作し正常に再接地したこと、以上のように指摘している。

(甲第二九五号証の三)

29  日航成田空港離陸中断事故平成八年九月一三日、被告の成田発フランクフルト行きのB七四七-四〇〇型機が、成田空港滑走路を離陸のため滑走中、第四エンジンが停止し、離陸を断念した。管制塔から、タイヤからの発煙及び出火を指摘され、誘導路上で乗客・乗員が緊急脱出し、その際、一〇名が負傷した。

(甲第二四一号証)

30  日航パリ空港自動着陸事故

平成九年四月、被告の関西国際空港発パリ行きのB七四七-四〇〇型機が、シャルルドゴール空港の滑走路に自動操縦による着陸を実施中、機体が右にバンク(傾き)を始め、滑走路を右にずれて着地し、二個の滑走路端のライトを破損したが、乗員、乗客にけがはなかった。

(甲第二四七号証)

31  日航乱気流事故

平成九年四月一四日、被告のパリ発成田行きのB七四七-四〇〇型機が、成田空港に向けて降下中、乱気流に巻き込まれて機体が上下左右に激しく揺れ、乗客一名が重傷、七名が軽傷、乗員一名が軽傷を負った。乗員は、乱気流に巻き込まれる約三分前に、レーダーで積乱雲を確認したため、シートベルト着用のサインを点灯させ、警告音を数回ならした。

(甲第二三二号証)。

一三  シングル編成による二名編成機の運航業務の実情

1  サンフランシスコ線の乗務の実情

乙第一〇〇号証(五三頁から五六頁まで)及び証人の証言(平成一〇年六月二六日付けの証人調書一八七項から一九五項まで)によれば、は、平成六年二月、シングル編成による二名編成機(B七四七-四〇〇型機)の副操縦士としてサンフランシスコ線の往復乗務を行ったこと、この乗務は四日間にわたるものであり、往路は成田発日本時間一八時二分、サンフランシスコ到着現地時間一〇時一五分、乗務時間九時間一三分であり、サンフランシスコでの休養時間四六時間四五分、復路はサンフランシスコ発現地時間一二時一〇分、成田着日本時間一五時二三分、乗務時間一〇時間一三分であったこと、その復路において、乗客に急病人が出る事態が発生し、乗務の後半はその対応に忙殺されるという経験をしたが、その際に、二名でも努力して安全を確保しながら飛行することができ、特段の不安は感じなかったこと、は、右乗務までに副操縦士発令から起算すれば三〇年、機長発令から起算すれば二四年の経験を有しており、DC八型機の機長時代には成田からアンカレッジ経由でサンフランシスコに行く路線に運航していたが、B七四七―四〇〇型機の機長としてはサンフランシスコ線の路線資格を取得していなかったので、副操縦士として乗務したこと、以上の事実を認めることができる。

しかしながら、他方、証拠(甲第三〇八号証(八頁、一三頁、一五頁、一六頁、一七頁)、第三一〇号証(七頁)、第三一九号証(四頁から五頁まで、五頁から九頁まで)、第三二三号証(四頁)、第四三二号証、第四六七号証)によれば、乗員組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務員の声としては、次のようなものがあることが認められる。すなわち、シングル編成による二名編成機(B七四七-四〇〇型機)でサンフランシスコ線を運航するのは限界を超えており、マルティプル編成で運航するべきであること、サンフランシスコから成田への便の乗務では居眠りをしている運航乗務員がいること、フライト中交替で休まなければ着陸時に目が開かないこと、東京に帰ってもなかなか身体が元に戻らず、長い間に疲労がたまり不安であること、この乗務では、サンフランシスコ出発前に時差で十分就寝できない夜を過ごし、日本時間の午前一時前にベッドを離れ、午前三時にホテルを出て、日本時間の午前五時ころにサンフランシスコを離陸し、成田空港に着陸し、スポットに入ったのが日本時間の午後三時三八分であったこと(一〇時間四四分のフライト)、フライトの後の帰りの車の中で、同僚の機長と話をしている内に、自覚しないまま寝てしまったこと、この路線における特徴的な点として、夜間飛行が五時間三〇分(夏)から七時間三〇分(冬)もあり、日本時間の深夜帯に及ぶことも相まって、継続的な騒音と、機内気圧が地上のそれより二割程度減少している環境下において操縦席でじっと座っていると、必然的にレベルの低下が起こるので、意識レベルを一定以下に下げないように二時間に一回程度は離席によるリフレッシュを試み、また、操縦室内の沈黙があまり長くならないように会話をするというような努力は当然行っているが、それでも一瞬我に返るとマイクロスリープ(意識レベルの極端な低下)に陥っていたという経験をすることがたびたびあったこと、太平洋上には、大抵の場合、二箇所から三箇所の前線帯や乱気流が予測される空域を通過することがあり、特にこれらの空域に到着する二〇分から三〇分前には気象レーダーをモニターし、あるいは風や外気温度の変化傾向の把握や他機の揺れに関する情報を聴取し、当該空域を通過するまでの間、雲をよけるか、飛行高度や速度を変えるか、座席ベルトサインを点灯させるか等の判断を行うために、注意力を高め、一定程度の緊張を余儀なくされるが、特にこのような緊張する場面のあとに訪れる前述の意識レベルを低下させる環境に直面する時間帯にはこらえがたい眠気を感じること、これらの緊張感や眠気を我慢する時間帯の長短は、その時々の気象状態等の外的要因や心身状態等の内的要因により左右されるが、いずれにしてもこれらが交互に数回繰り返されることによって、確実に疲労は蓄積されて行くこと、起床してからおよそ一五時間から一七時間後、勤務を開始して一一時間後、乗務を開始して九時間後、しかも日本時間の深夜三時に最もパフォーマンスを発揮することが要求される進入・着陸を行うことになること、したがって、特に問題となるこの進入、着陸時の安全性については、これは乗務前の休養の質及び量とも充分であって、なおかつ運航状況も良好な場合には許容できる範囲にあるものと感じるが、いずれかの条件が厳しい事も少なからずあり、この場合は安全性に不安を覚えることもあったこと、ある運航乗務員がサンフランシスコ線の乗務の際に経験していた具体的な時間の経過は次のようなものであること、すなわち、便宜平成一〇年度夏ダイヤで説明すると、往路は自宅出発が日本時間一四時四五分、出頭時刻が日本時間一六時一五分、成田発日本時間一八時〇〇分、サンフランシスコ到着日本時間三時一〇分(現地時間一一時一〇分)、勤務終了日本時間三時四〇分(現地時間一一時四〇分)、ホテル着日本時間四時一〇分(現地時間一二時一〇分)、乗務時間九時間一〇分、勤務時間一一時間二五分であること、サンフランシスコ到着一日目は、ホテル到着後眠気をこらえつつ昼食をとり、日本時間六時(現地時間一四時)に就寝し、日本時間一〇時(現地時間一八時)に目覚まし時計で無理に起床して夕食をとり、日本時間一四時(現地時間二二時)に就寝するが、体内時計のために昼寝の感覚で三時間前後で目覚めてしまい、日本時間一七時(現地時間一時)にベッドから出て乗務のための事務作業や準備をするか、テレビ・読書で時間を過ごすが、翌朝には起きて日中に活動できるよう、ベッドから出ている時間があまり長時間にならないよう心掛け、少なくとも三時間から四時間は部屋の明かりを暗くしてベッドに横になり、日本時間二一時(現地時間五時)以降には本格的な睡眠が取れるので、就寝すること、サンフランシスコ到着二日目は、日本時間〇時ないし一時(現地時間八時ないし九時)ころには起床して、できるだけ日光を浴びながら身体を動かすようなことをし、うとうと眠ることを避け、二日目の夜に眠れるように備え、日本時間一一時(現地時間一九時)に夕食をとり、日本時間一五時(現地時間二三時)に就寝し、二時間ないし三時間後に目が覚めてしまうが、日本時間二時(現地時間一〇時)のモーニングコールまでに延べ六時間ないし八時間の睡眠を取ることができること、こうして滞在地(サンフランシスコ)における三晩の間に得られる睡眠時間は一六時間から一八時間程度であり、かつ体内時計の夜間に得られるものはその半分にも満たない時間となってしまうので、復路便乗務前の体調は、基地を出発するときとは大きな違いがあること、復路はホテル出発が日本時間三時(現地時間一一時)、出頭時刻が日本時間三時(現地時間一一時三〇分)、出発が日本時間五時(現地時間一三時)、到着が日本時間一五時三五分(現地時間二三時三五分)、勤務終了が日本時間一六時三五分(現地時間〇時三五分)、自宅着日本時間一七時三五分(現地時間一時三五分)、乗務時間一〇時間三五分、勤務時間一三時間〇五分であること、復路で、往路と比較してプラスになるのは、夜間飛行がないということだけであること、サンフランシスコでの時差調整は困難であり、休養の質も充分ではないので、サンフランシスコ出発時における心身の状態は、とてもそれから始まる過酷な勤務に耐えられるとは言えないこと、実際にこの乗務中に襲われる眠気は激しいものがあり、往路で発生するマイクロスリープを超えてしまうことが常であったこと、着陸の際、肝心の進入及び着陸時に至って疲労度が極限に近づいてしまい、注意力も散漫になったため、接地時にはかなりショックをかけた着陸をしてしまったこと、飛行機を壊さなかったことは不幸中の幸いであったが、乗務後、自分の運航を振り返ってみたときに細かいことを全く覚えていないことに気づき、背筋の凍る思いがしたこと、サンフランシスコ線の帰りの便では、どうしても睡魔に襲われるので、安全性に影響があると思われること、以上のように認めることができる。

乙第一〇〇号証(五三頁)及び証人の証言(平成一〇年六月二六日付けの証人調書一九〇項)によれば、は、シングル編成による二名編成機(B七四七-四〇〇型機)で成田ーサンフランシスコ線の往復乗務を行ったのは一度だけであり、前記のとおり当時既にベテランの機長であった上、路線資格の関係で副操縦士の立場で乗務したことが認められるから、がその際に感じたことと、繰り返しこの路線で運航業務に従事することにより疲労が蓄積していく場合とは疲労度が異なることが考えられる。他方、右に述べた運航乗務員の現場の声は、証人尋問のように法廷における反対尋問を受けていないから、額面どおりに受け取ることはできず、誇張も相当含まれていると考えるが、そのすべてが事実と異なるとは考えられないし、その中でも、前記のとおり、具体的な時間の経過を追ってサンフランシスコにおける三晩の間に得られる睡眠時間が一六時間から一八時間程度であり、かつ、体内時計の夜間に得られるものはその半分にも満たない時間となってしまうこと、それ故に復路便乗務前の体調は、基地を出発するときとは大きな違いがあり、実際にこの乗務中に襲われる睡魔には抗しがたいものがあるという指摘は、乗務の頻度、間隔にもよるが、この路線あるいは同様の運航スケジュールの路線での乗務を繰り返していれば、たしかに睡眠障害が生じる等して右のような状況が生じることがあり得ると思わせる説得力があり、その他の声と併せると、現実には運航の途中(例えば太平洋上を巡航中)で寝入っている実態が一部にあるのではないかと推測されるところである。

2  ロサンゼルス線の乗務における疲労度

甲第三〇八号証(二八頁から二九頁まで)によれば、ロサンゼルス線の乗務について、機長(非組合員)が名古屋からロサンゼルス(ブロックタイム一〇時間、フライトタイム九時間三四分)まで運航乗務に携わったが、出発は日本時間の午後六時五〇分と早く、後半は余り眠くなかったこと、ロサンゼルスの滞在が長いのでリフレッシュすることができ、余り疲れた感じはなかったこと、帰りの便はフライトタイム一一時間三七分でマルティプル編成であったため、ヨーロッパ線よりは一時間強短く、かつ、昼間のフライトであったから楽であったこと、ロサンゼルスでの長期滞在で身体を休めることができるようなスケジュールを重視したいこと、以上のような意見があることが認められる。もっとも、甲第三〇八号証(二八頁)によれば、この機長がシングル編成による二名編成機でロサンゼルス線の乗務に就いたのはこれが初めてであることが認められる。

他方、証拠(甲第三〇八号証(一六頁、二六頁、二七頁から二八頁まで、二九頁))によれば、乗員組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務員の声としては、次のようなものがあることが認められる。すなわち、ロサンゼルス線(往路)のシングル編成による運航は大変きつく、ロサンゼルスでの進入が日本時間の午前三時から五時ころとなり、生理的にも大変であること、名古屋発ロサンゼルス行きの運航時間帯が成田発の便より更に遅く、シングル編成でフライトタイムも長いことから、到着時の疲労は相当なものがあり、体の中があつく感じられること、到着後も現地時間が午後、ホテルで二時間から三時間睡眠をとった後、現地での夕食の時間となるが、起きていることにも非常に苦痛を感じること、一回フライトすると寿命がかなり短くなる感じがすること、初めて名古屋からロサンゼルスまでの運航乗務に携わったが、乗務ダイヤ一〇時間二五分は実際にはフライトプランで九時間一九分、実フライトタイムで九時間二三分、ブロックタイムでは九時間五〇分であり、航行上の天候も比較的良好で自分自身としてはあまり疲れないという自信があったが、フライトの後半にさしかかるとしばしば睡魔に襲われ、また、最後のロサンゼルス空港にむけて進入、着陸のころの判断力、反応などが鈍くなり、操作が遅れ気味になったこと、名古屋からロサンゼルスまでの運航乗務は完全徹夜フライトできつく、日曜日に出発する便は出発時刻が遅いので特にきついこと、ロサンゼルスでの進入、着陸のことを考えると途中休まないとミスを犯しそうな気がすること、勤務がきつく、精神的、体力的にモラルを保てる限界を超えていること等の意見があることがそれぞれ認められる。

ロサンゼルス線の場合は、復路(ロサンゼルス→成田等)がマルティプル編成であり、かつてのサンフランシスコ線のように復路もシングル編成による二名編成機で運航する場合とは異なるので、右に述べた運航乗務員の声も専ら往路(成田等→ロサンゼルス)に関して述べられているが、前記の反対趣旨の機長の意見に照らすと誇張が含まれている可能性を否定することはできず、証人尋問のように法廷における反対尋問を受けていないことからすれば、すべてをそのまま事実と受け取ることはできないが、乗務ダイヤが一〇時間未満のものはいざ知らず、名古屋からロサンゼルスまでの運航乗務のように乗務ダイヤが一〇時間を超えるもの(前記のように実フライトタイムで九時間二三分程度のもの)については、フライトの後半にさしかかるとしばしば睡魔に襲われ、また、最後のロサンゼルス空港にむけて進入、着陸のころの判断力、反応などが鈍くなり、操作が遅れ気味になったとの感想は、実感を率直に語っているように思われる。

一四  シングル編成による三名編成機の運航業務の実情

甲第三〇四号証(四頁)、第三〇六号証(五枚目から六枚目)、第三〇八号証(八頁、一一頁)、第三一一号証(八頁)、第三一二号証(三枚目)によれば、乗員組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務員の声、意見として次のようなものがあることが認められる。

成田からサンフランシスコやロサンゼルスまで乗務すると、サンフランシスコ及びロサンゼルス到着時には疲労困憊の状態である。

バンクーバーから成田まで乗務すると、飛行の後半には疲労感が強く、懸命の努力をもって安全運行を全うすべく努力はしているが、安全運行に特段の不安がないとはとてもいえない状況である。

成田からシドニーまでの乗務は、日本時間で午後九時から午前七時までの間全く眠ることができない、徹夜での一〇時間近い運航となり、特にきつく、安全上支障がある。途中のITC(赤道付近の積乱雲)、夏場の台風を避けながら、けが人を出さないように気を使いながら飛ぶことは本当に疲れる。何かアブノーマルな状況が発生した場合、安全にシドニーに着陸する自信がない。徹夜で乗務を続けてきた到着前の心身の状況は、決してよいとはいえず、着陸操作も機械的になりがちであり、幸運にも事故が起きなかったとしかいえない。シングル編成となって五年近く経過し、日本に帰ってから、腰を中心として疲れがなかなか回復しないようになった。従来なら、帰着の翌日をゆっくりしていれば、疲れが取れてゆくのに、今は二日から三日経過しても取れず、次のフライトに出ていくことになる。まるでボクシングのボディーブローがじわじわ効いてくるようだ。

成田→ホノルル→成田の臨時便、一泊三日の乗務に就いたが、ホノルル滞在二四時間未満で、復路の乗務時間は八時間四〇分かかり、三人ともほとんど口を開かなかった。眠ってはいないが、無言で睡魔と闘っている状況で、仮にエンジンが一基故障しても、エンジンが失速に入り、音が出るか、何らかの警報音が鳴るまでだれも気がつかないであろう。

一五  労働組合等との交渉及び本件就業規程変更の経緯に関する事実

1  前記のとおり、被告は、乗員組合に対し、平成五年一月二九日以来、被告の逼迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明したうえ、「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定を申し入れ、同年一一月一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝と二六回の団体交渉を含む各種協議、交渉を行ったが、妥結に至らず、あらかじめ通告していたところに従って勤務協定等の労働協約はすべて解約された。被告は、本件就業規程の変更に及び、全日本航空労働組合の意見を聞いたうえ、同年一一月一五日に所轄の労働基準監督署に届け出た。本件就業規程の変更に関して、全日本航空労働組合は「運航乗務員を組織していないので、意見は差し控える。」として意見を述べず、乗員組合、機長組合、先任航空機関士組合など運航乗務員の組合は反対の意見を表明していた。

本件各事件の原告らは、その後機長に昇格した者を除いても三七名である。その後乗員組合所属の副操縦士及び航空機関士のうち、合計八四六名に及ぶ者が当庁に本件各事件と同一の請求に係る訴えを提起し(外八〇二名が平成一一年三月に提起した平成一一年(ワ)第六二一九号及び立岡孝弘外四二名が同年六月に提起した同年(ワ)第一三九九六号各義務不存在等確認請求事件)、現に当裁判所に係属中であることは、当裁判所に顕著である。したがって、八八三名の運航乗務員が改定された本件就業規程の定める労働条件の内容が不当であるとして争っていることになる。この人数は、平成五年九月一七日の時点での副操縦士、航空機関士及び訓練生合計一四七九名の約六〇パーセントに相当する。

2  被告の運航乗務員の他の組合からの意見

(一) 機長組合の意見

甲第八七号証、第一六三号証、第二六四号証、第二七三号証によれば、被告の機長組合は、現在も、本件就業規程の変更に伴う勤務条件の変更は、安全運行に悪影響を及ぼしかねないとの認識の下に、これに反対していることが認められる。

また、第二七五号証によれば、平成五年一二月に行われた機長組合のアンケート(回答総数五五〇)において、本件就業規程の変更に伴う勤務条件の変更を適当であると回答した者は1.3パーセント、やむを得ないと回答した者は17.2パーセント、認められないと回答した者は77.0パーセントであったことが認められる。

また、甲第二六五号証によれば、平成八年七月から九月ころに行った機長組合のアンケートによれば、この一年間で自分が経験した機材の不具合(トラブル)が増加していると回答した者が45.9パーセント、増加も減少もしていないと回答した者が50.2パーセント、整備方式も含めた現在の整備体制の現状に疑問を感じると回答した者が81.8パーセント、現在の地上支援体制に問題があると回答した者が84.9パーセントあったことが認められる。

(二) 先任航空機関士組合の意見

甲第一六四号証、第二八八号証の一ないし三によれば、被告の先任航空機関士組合は、本件就業規程の変更に反対していることが認められる。

一六  被告が本件就業規程改定前に安全性について検討した内容

1  証拠(甲第三八〇号証、第三八一号証、乙第一〇六号証、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

平成元年二月ころ、被告の運航本部では、B七四七-四〇〇型機の導入をひかえて、当時の事業計画に対する乗員の応需能力の逼迫、特に副操縦士の不足が顕在化してくる状況にあり、対応策として南米線、シカゴ線、欧州直行便のダブル編成による運航をマルティプル編成にすること等についての交渉を乗員組合と行っていた。

被告は、昭和六二年二月策定した「六二-六五年度中期計画」(昭和六二年二月一八日付け、乙第一一七号証)において「運航維持能力向上施策」として「健康問題に配慮しつつ編成数を含む運航乗務員の勤務条件の総合的見直しを検討する」こととし、その翌年に策定した「昭和六三-六六年中期計画」(昭和六三年一月一二日付け、乙第一〇六号証)においても同旨の施策を確認していた。被告は、平成元年二月、この検討を行い、乗員組合への勤務協定の提示案を決定すべく、役員レベルの勤務検討委員会を設置した。運航本部内では同委員会のメンバーである運航本部長に対して必要な意見具申を適宜行うため、各種乗員部長を中心とする運航本部内の関係部長会をテーマごとに適宜開催することとなり、関係部長会で検討する資料を収集するために主席クラスの運航乗務員を主体としたアドバイザリーグループ会議が設けられ、同年七月までに議論が行われた。

運航乗務員の勤務条件の総合的見直しの基本的考え方は、乗員組合との勤務協定の原型が、ジェット機黎明時代の昭和三五年に当時の機材構成・機材性能を背景にした路線構成をもとに設定されたものであることから、その後の時代の変化、技術革新、路線構成の変化を踏まえ、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定し、併せて運航維持能力の向上に資するようにすること、なお、改定に当たっては、被告の運航乗務員の稼働が飛行時間当たりの生産性に十分反映されていないことに配慮しつつ、改定により図られた生産性向上の一定部分を還元すること、また、勤務条件の見直しに当たって、国内外他社(全日空、ユナイテッド、ルフトハンザ等)の勤務条件を参考にするとともに、乗員組合の勤務にかかわる要求についても検討することというものであった。アドバイザリーグループ会議の検討項目は、休日・休養(休日・休養の付与方法、水準、休日の固定化、連続勤務、スタンバイの在り方、ブランクデイの取扱い)、勤務・乗務環境、勤務・乗務時間制限(乗務・勤務時間制限、回数制限、デッドヘッドの取扱い、乗員編成)、スケジュール運用上の取扱い(乗務完遂の原則等)であった。

アドバイザリーグループ会議では、勤務時間、乗務時間制限について、乗務環境を整えれば九時間の壁を超えることは可能であろうとの意見、安全面、健康面を考えれば九時間の制限は妥当であるとの意見、路線によっては九時間超のところでもシングル編成の希望もあるが、条件次第であるとの意見、時間帯によって制限を変える考え方は合理的であるとの意見、路線を決めて試行的に行えばよいが、場合によっては元に戻すこともあることを明確にした上で行うべきであるとの意見、二名編成と三名編成では時間の進み方が異なるとの意見、九時間が基本であとは路線別了解事項で実施する方がよいのではないかとの意見が出され、改定の方向性として、時間帯によって制限時間を変えるという考え方は合理的であること、水準を決めるに当たっては条件整備が不可欠であること、一部路線から試行的に行うことも含めて考えることとされた。

運航本部内の関係部長会においては、勤務の条件と休日、手当を組み合せて検討すべきであるというのが全員の一致した意見であり、方向性としては、条件を整備した上で個々の路線について効率化を図ること、本部として乗員組合との交渉で解決可能な案を検討することとなった。しかし、南米線、シカゴ線、欧州直行便の編成問題、B七四七-四〇〇型機導入問題及び外国人航空機関士導入問題が同時に並行して進んでいたので、勤務協定改定を提案するにはタイミングがよくないとの判断が経営においてされ、勤務協定改定の提案は見送られた。

右に述べた検討の過程において、運航規程の乗務割の基準についての論議は行われなかった。当時の運航本部運航乗員企画部長であった被告の機長であるは、自分自身の経験及びそれまでの組合交渉等を通じて、運航乗務員の間では当時の勤務協定の一着陸九時間、運航規程の最大一〇時間の乗務時間制限は妥当なものであるという意見が大勢であると認識しており、同人自身、運航の安全性及び乗員の健康上の観点から、大幅に運航規程の基準を緩和してまで乗員の勤務条件を変更する考えはもっていなかった。当時、運航本部の上層部は乗員との信頼関係を維持したいと考えており、勤務協定を破棄してまで乗員の勤務条件の改定を強行するという考え方は運航本部内では少数であった。

2  乙第一一二号証、第一一四号証、第一一五号証、証人の証言(平成一一年一月二一日付けの証人調書三八項から四〇項まで、五六項から五九項まで、七三項)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

被告は、勤務協定ないし本件就業規程に定める勤務条件は、運航規程が定める安全基準の内側で、合理的、かつ、妥当な労働条件といえる内容はどういうものかという観点から検討すべきであると考えており、本件就業規程の改定に当たっては、構造改革施策の一環として国際コスト競争力を強化する目的で、人員効率を向上させることにより人的生産性を高めるという観点と、路線構成の変化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準にするという観点とから本件就業規程の改定を行った。

平成四年二月策定された「九二-九六年度展望と九二-九三年度事業計画」(乙第七号証)では、供給力の拡充、収益の極大化、徹底したコスト削減等について「構造改革委員会」を設置して取り組んでいくことが決定され、同年六月に出された構造委員会の答申(乙第八号証)では、主要構造改革項目の一つとして人件費効率の向上施策が掲げられた。そこで、運航企画部業務グループ長は、労務部運航乗務職グループの担当者とともに、人件費効率の向上のため運航乗務員の勤務基準改訂実施に向けて検討を進めた。前記のとおり、平成元年二月以降もアドバイザリーグループ会議等において乗務時間制限及び勤務時間制限等が検討されたが、今回の検討においては、人的生産性の向上と同時に、路線構成の変化や機材性能の向上等の運航の実情にマッチした、より合理的な勤務基準作りを目指すこととなり、編成の見直し、乗務時間制限及び勤務時間制限の緩和、スタンバイ制度の見直し、勤務時間算定基準や休日・休養の整理、連続勤務の導入等について検討が進められた。

ここで問題となる一連続の乗務における乗務時間・勤務時間制限の緩和について見ると、競合する他社がシングル編成で運航しているのに、被告がマルティプル編成で運航している路線があり、人的生産性を向上させるという観点からは、この点が他社に比べて効率が劣る最大のポイントであったが、その原因はシングル編成による連続する二四時間中の乗務時間・勤務時間制限が他社に比べて厳しいことにあった。そこで、被告の担当者らは、具体的にサンフランシスコ線やロサンゼルス線をシングル編成で往復することができるか、他社はどうか、勤務基準として適切か、ホンコン線、マニラ線の日帰り往復はどうかを検討し、国の基準が技術部長通達によって一二時閲となったこと、海外他社のみならず、全日空も運航規程の乗務時間制限を一二時間としていること等を総合し、オペレーションマニュアルの制限内であるならば安全性に関しては問題がないという認識から、勤務基準としては乗務時間制限を一一時間とした。その際、日本操縦士協会の答申を根拠に、三名編成機と二名編成機で乗務時間制限を区別する必要はないと判断された。前記の平成元年の検討当時の検討結果は参酌されたし、運航本部内には運航乗務員の職制がおり、乗員部長会が数回開かれて勤務条件改定の最終案が決定されたが、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点から改めて意見聴取が行われたことはなかった(乙第一一四号証の記載(一〇頁から一一頁まで)並びに証人及び同の各供述中右認定に反する部分(平成一〇年一二月二日の証人の証人調書二五〇項)は前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。)。なお、平成元年の検討当時運航本部運航乗員企画部長であった被告の機長であるは、平成二年一〇月から平成五年九月に退職するまで運航本部長付運航乗務員の職にあったが、平成四年の構造改革委員会の方針による「勤務基準の見直し」に際して、意見を求められたことはなかった。

3  甲第二五九号証(甲第三三〇号証はこれと同一の文書)によれば、被告は、本件就業規程の変更によって、運航乗務員の勤務条件を変更するに際して、サンフランシスコ線など具体的な路線についての安全検証の乗務は行っていないこと、また、被告の産業医の意見は聞いていないことが認められる。

一七 被告におけるフィードバックのシステム

1  機長報告書

乙第七一号証の一及び同号証の三によれば、被告のオペレーション・マニュアルは、機長が、関連法規若しくはオペレーション・マニュアルの定めによる場合及びその他必要と判断する場合には、飛行終了後、直ちにもよりの運航管理者又は運航担当者を通じ、各機種別運航乗員部長宛に機長報告書を提出しなければならないことを規定していること(オペレーション・マニュアル五-七-一)が認められる。

甲第四七七号証によれば、被告の機長は、平成一一年三月一五日のサンフランシスコから成田までの乗務について、乗務ダイヤのブロックタイムは一〇時間五〇分であるが、飛行計画の段階で既に一一時間一二分であり、実際の飛行では、飛行時間(離陸から着陸まで)が一一時間二九分及びブロックタイムが一二時間五分となったこと、巡航の前半と後半に揺れがあり、機内食のサービスと重なり、特に後半の揺れについては日本近辺に高度三万九〇〇〇フィート以下に乱気流があるとの情報がもたらされ、最終的には高度四万一〇〇〇フィートまで上昇して、機内食のサービスを終えたこと、向かい風が強く、成田空港上空で約一〇分間の空中待機を命じられたため、更に遅れたこと、巡航中、睡魔に襲われそうになり、通常の乗務における体調を維持できないほどの疲労感を感じたこと、この乗務は過去のサンフランシスコ便の乗務と比べて最もきつい勤務であったこと、乗務前の準備段階も含めると一三時間近くを休息なしで、トイレに立つ以外は座り詰めとなったこと、サンフランシスコと日本との時差は一七時間あり、いかなる自己管理能力、プロ意識をもってしても、このシングル編成は過酷だと思うこと、この乗務時には成田の天候はよかったが、機材故障、悪天候、ダイバージョン等があった場合、オペレーションマニュアルの運航の基本方針に抵触する恐れもあるので、安全上の見地からこの便はマルチ編成による運航を望むこと等を記載したキャプテン・レポート(機長報告書)を被告に対して提出したこと、これに対し、B七四七-四〇〇運航乗員部及び運航企画部は、当該乗務パターンが、オペレーションマニュアルの枠内である就業規程に則り設定された勤務であり、定められた乗務割に従って乗務を完了することに安全上の問題はないと考えていること、右機長が指摘したようなイレギュラー等の不測の事態の発生により乗務割の基準を超える場合には、運航の安全を最優先するとの観点から、乗務の中止、継続に関しては従来より機長の判断を尊重していること、冬期スケジュールのサンフランシスコ線の勤務についてはきつい勤務であることは認識しているが、安全運行に努めて欲しいことを右キャプテンレポートに対する回答としたこと、以上の事実が認められる。

2  セーフティ・レポート

乙第七一号証の一及び同号証の四によれば、被告のオペレーション・マニュアルが次のように規定していること、すなわち、被告の運航に従事する者が、事故の未然防止と安全対策への寄与を目的とし、自らの誤解や錯覚等に基づく誤った判断、操作、作業等のヒューマン・ファクターに起因する事例、その他事故の潜在的要因を含む事例についてセーフティ・レポートを提出することができること(オペレーション・マニュアル五-七-二)、セーフティ・レポートは、記名又は無記名によって、書面の提出又は電話等の使用を含む口頭の報告によって行うことができ、秘密保持のために必要な措置が執られていること、セーフティ・レポートは、セーフティ・レポート委員会に送付された後、安全上、技術上の検討を加えられ、必要なコメントともに運航関係者へフィードバックされ、また、その後の安全対策上有効な情報については運航安全委員会に報告されること、以上の事実を認めることができる。

3  通常の勤務における上司への報告

甲第四五六号証、第四六一号証、第四六七号証によれば、被告の副操縦士が、グループミーティングで、具体的な勤務について、無理があること、安全上問題があることを指摘したが、取り上げられなかったという体験をしたことがあることが認められる。

一八  本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一1)

1  科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性

既に認定した科学的、専門技術的見地からの検討の結果に基づいて、本件就業規程の内容自体の合理性を検討する。

(一) 技術革新の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大し、短時間にいくつもの時差帯を横切って移動する、時差の変化が大きい長距離運航が行われている。このような長距離運航は、運航乗務員のサーカディアンリズムを乱し、睡眠障害(睡眠不足)を引き起こす。一日のうちのどの時間帯に飛行するかによって睡眠不足と疲労への影響も異なる。運航乗務員は、絶え間ない周囲の雑音・騒音、暗い照明、自動化された操縦装置といったコクピットの環境において、長時間に及ぶ乗務を続ける。巡航中の仕事量は小さくてもこれが長時間続くため、運航乗務員の作業能力と覚醒度は低下し、長距離運航に特有の油断・自己満足(complacency)の問題が生ずるので、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることは、疲労、眠気、睡眠欠如により、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の重大な過誤に結び付く危険がある。長距離運航の便数が増加し、運航乗務員がその業務を繰り返すことにより、睡眠不足が累積し、疲労が蓄積することが懸念され、作業効率低下の度合いが大きくなり、航空機の航行の安全が損なわれるおそれがある。

(二) DLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究によれば、ハンブルグからロサンゼルス(アメリカ西海岸)への約一二時間のフライトについては、運航乗務員は、出発後九時間まではあまり疲労を感じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであったが、一〇時間後からは平均的にみてやや疲労している状態となり、一一時間後にはそのうちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があったこと、ロサンゼルスからハンブルグへの復路の約一二時間のフライトについては、平均的にみて、出発後五時間経過後からやや疲労している状態となり、九時間経過後にはかなり疲労している状態に近づいたこと、以上の結果が判明している。これは西方飛行の場合の結果であり、出発時間帯によって異なると思われるが、運航乗務員が出発後九時間ないし一〇時間後からはやや疲労している状態となり、一一時間後には運航乗務員によってはかなりの疲労感があったことは、注目に価する。同研究は、この結果をも考慮して、二名編成機のシングル編成での通常の乗務時間は一〇時間を超えてはならないこと、この通常の勤務時間を延長させることは、追加される勤務時間の長さと着陸する時刻や、一週間ごとの頻度を考慮して、例外的に認められるべきであること、とりわけ、夜間飛行を含む乗務中には、睡眠不足や二四時間周期の身体のリズムの影響で、運航乗務員の警戒心や作業能力が低下する可能性が高まり、二名編成機のシングル編成での長大路線の運航は運航乗務員に重大な作業能力の悪化を引き起こすことを指摘している。

(三) 米国航空宇宙局(NASA)のテクニカルメモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」によれば、二四時間中の累積の飛行勤務時間は一〇時間を超えないことが望ましく、二四時間中一二時間までは延長することができ、例外的に更に二時間延長することができるとしているが、能力を低下させる疲労は飛行時間一二時間を超えると増大し、セーフティ・マージン(安全の余裕度)が低下することになり得ることを指摘している。ここでいう飛行勤務時間とは、運航乗務員が飛行を含む勤務のために、出頭することを求められている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間(ブロック・イン・タイム)で終わる時間であって、飛行の準備のための業務(プリフライト業務)と飛行時間が含まれる。被告では、乗務時間の算定はブロックタイムによるのであり、運航乗務員の出発前の出頭時刻は国際線の場合一時間四五分又は一時間三〇分と定められている(甲第三号証、第四号証によりこの事実を認める。)から、飛行勤務時間は乗務時間に一時間四五分又は一時間三〇分を加算したものとなる。したがって、米国航空宇宙局(NASA)の提言によると、被告の乗務時間は、原則八時間一五分から八時間三〇分、延長された場合でも一〇時間一五分から一〇時間三〇分を限度とすることが望ましいということになるから、通常の予定乗務時間としては八時間三〇分を超えて予定しないことが望ましく、これを右の限度まで延長する場合には、延長した時間分だけ休養時間を加算しなければならないということになる。米国航空宇宙局(NASA)の右提言はセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んでいる数字であるが、提言に係る時間より長く設定すればするほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)は小さくなっていくことになる。

(四) 科学的、専門技術的検討の結果は以上のとおりであり、次の二点に集約できる。

(1) 休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることは、疲労、眠気、睡眠欠如により、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の重大な過誤に結び付く危険があるから、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んで乗務時間を制限する必要がある。この認定に反する証拠はない。

(2) 休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当である。通常の予定乗務時間をこれより短くすればするほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)を大きくしていくことになるし、通常の予定乗務時間をこれより長くすればするほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)が小さくなっていく。

航空機の運航の必要性、経済性も考慮しなければならないから、セーフティ・マージン(安全の余裕度)は大きければ大きいほどいいということはできず、安全性を損なわないことを不可欠の前提としつつ、航空機の運航の必要性、経済性も考慮して、通常の予定乗務時間を何時間に設定すれば必要なセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込むことができるかを検討しなければならない。米国航空宇宙局(NASA)の提言及びDLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究は、右と同様の立場から検討を行ったものということができ、それぞれの検討結果を総合して考えると、前記のとおり通常の予定乗務時間としてはおおむね九時間から一〇時間を超えて予定しないことが相当であるとしているものと理解することができる。

これに対し、検討委員会は乗務時間制限として一二時間を提言している。検討委員会も、もちろん、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んで乗務時間を決定しなければならないことを前提に、連続乗務時間を一二時間までに制限しておけば安全性に欠ける点はないと判断したものと考えられる。そこで、次の(五)で、検討委員会の右提言について検討した上で、米国航空宇宙局(NASA)の提言及びDLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究の検討結果と検討委員会の右提言とのいずれを採用するのが相当かを検討する。

(五) 検討委員会は、前記のとおり、新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕事量は三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下であると判断し、この判断を根拠に、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機のそれと同じであってよいと判断した。検討委員会がこのような判断を行ったのは、その前提として、前記のとおり、仕事量のレベルが疲労に大きな影響を与えるものと考えたからである。

しかし、前記のとおり、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることの問題点として、疲労、眠気、睡眠欠如により、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の重大な過誤に結び付く危険があることが指摘されている。この問題点に正面から取り組み、どのように解決すべきかを検討した上で、二名編成機の乗務時間制限の問題を検討する必要がある。すなわち、シングル編成による三名編成機及び二名編成機の乗務時間制限の問題は、航空機の航続距離が伸びたことにより長時間の連続飛行が可能になったことによって、交替要員なしで連続飛行を行う時間的限界を何時間と定めるのが相当かという問題を意味することになったのであるから、①シングル編成による三名編成機の乗務時間制限は、従来の運航実績、運航の実情に照らし相当なものであるということができるか(交替要員なしでの長時間に及ぶ連続飛行は、運航乗務員の疲労の蓄積等により航空機の航行の安全に支障があること等が懸念されるが、どのような問題があり、それはどのように解決され、あるいは解決されないまま問題が残っているのか)、②交替要員なしでの長時間に及ぶ連続飛行は、シングル編成による三名編成機の場合とシングル編成による二名編成機の場合とで違いがあるか否か、検討すべき点は何か(仕事量の異同に尽きるか)、以上のような問題点を検討しなければならないというべきである。たしかに、仕事量のレベルは疲労に大きな影響を与えると考えられるから、仕事量の異同を検討しなければならないが、既に述べたとおり、技術革新の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大し、時差の変化が大きい運航となっており、一日のうちのどの時間帯に飛行するのか、時差がどのように影響するのか、むしろ仕事量が軽減されたことによって長距離運航に特有の油断・自己満足(complacency)の問題がより深刻になると予想されているが、この問題に適切に対処するにはどうしたらよいかが検討課題として指摘されているのであるから、仕事量のレベルの比較にとどまらず、時差の変化が大きい長時間の運航に従事して低い仕事量の作業が長時間継続することにより運航乗務員に生ずる眠気・疲労の問題に正面から取り組む必要があると考えられる。

しかし、検討委員会は、シングル編成による三名編成機の長距離運航の運航実績を根拠に、交替要員なしに長距離運航を行うことの問題点を正面から検討することなく、それを行うことを所与の前提としたものと考えられる。検討委員会は、その上で、仕事量と疲労との定量的関係は確立されていないが、仕事量のレベルは疲労に大きな影響を与えるものと考えられるとして、新世代二名編成機と在来型三名編成機との疲労度及び仕事量についての比較を行った。すなわち、検討委員会の行った検討の重点はこの比較にあった。疲労度の右調査も、両者の比較を主眼としたものであり、時差の変化が大きい長時間の運航に従事して低い仕事量の作業が長時間継続することにより運航乗務員に生ずる眠気・疲労の問題に正面から取り組むものではなかったと考えられる。要するに、検討委員会は、シングル編成による三名編成機の長距離運航を通じて浮かび上がった長距離運航に伴う問題点自体は十分検討、考慮せず、専ら新世代二名編成機と在来型三名編成機の比較によって結論を出したものといわざるを得ない。

シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績自体は2で取り上げるが、以下においては、このような問題点があることを念頭におきつつ、シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績が、シングル編成による二名編成機の運航の安全性の根拠となるということができるか否かを検討する。

新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕事量が三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下であるということができるか否かの検討に当たっては、両者の同様の乗務における仕事量全体を比較する必要があることはもちろんであるが、シングル編成による二名編成機の従前の乗務時間制限は九時間であったから、この従前の制限乗務時間九時間を超えてシングル編成による二名編成機を運航する場合に、その九時間を超えて運航に従事している機長及び副操縦士の仕事量がシングル編成による三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下であるということができるか否かが判断の核心となることに注意しなければならない。

この観点から検討すると、新世代二名編成機は、全体的には機長及び副操縦士のルーティンワークを軽減しており、三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下にとどめているということができるから、シングル編成の二名編成機であっても、離陸から八時間ないし九時間程度の運航乗務であれば、その間にフライトイレギュラーが発生しても、ルーティンワークの軽減による余裕の中で賄うことが期待できるであろう。しかし、右の時間を超えて運航乗務に従事していると、仕事量としては少なくてもこれが長時間継続することにより機長及び副操縦士に疲労が次第に蓄積し、その判断能力等が低下していくことは否定できないから、そのような状態になってきた際にフライトイレギュラーが発生し、ゴーアラウンド(着陸復行)、ホールディング(着陸前の空中での待機)、ダイバート(代替空港への着陸)等を行う事態が発生したときには、操縦自体の仕事量が増加するだけでなく、航空交通管制(ATC)との交信、会社との交信、客室との連絡、乗客への連絡、クルー同士の意思の確認、刻々と変化する気象状況の把握等を行わなければならないことになるが、航空機関士が搭乗している三名編成機であれば、これらの作業を分担することによって機長及び副操縦士の仕事量の増加を防ぐことができるが、二名編成機ではこれらの作業をすべて機長及び副操縦士が背負うことになるから、精神的緊張を含めて機長及び副操縦士の仕事量の増加は無視し得ないものがある。

航空機の運航中に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合には、三名編成機と異なり、二名編成機では残りの一名ですべてに対処しなければならず、例えば、空中衝突回避のために機外見張りをするにしても、三名編成機と異なり困難があるし、殊に右の事態が着陸時等に発生すれば直接事故に結びつく危険性があり、二名編成機に「シングルパイロットオペレーションが可能」という前提があるだけでは、右危険を払拭できない。この前提は通常の運航についてしか当てはまらないからである。

B七四七-四〇〇型機のコクピットの設計思想に、航続距離の長大化による乗務時間の拡大を賄うような仕事量の減少、改善が織り込まれ、さらには、長時間低い仕事量の業務を継続することによって機長及び副操縦士に疲労が蓄積し、判断能力が低下する事態に備え、これに対する有効な措置が執られていたことを認めるに足りる証拠がないことは、前記のとおりである。

以上によれば、シングル編成による新世代二名編成機は、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できることを前提にするのであれば、シングル編成による三名編成機と同様に一〇時間から一二時間の運航乗務を遂行することは可能であるということができるが、フライトイレギュラーが発生したり、航空機の運航中に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合には、シングル編成による三名編成機よりも、機長又は副操縦士の仕事量が事態の深刻さに応じて増加することを否定できないから、離陸から八時間ないし九時間経過後に右のような事態が発生した場合については、シングル編成による三名編成機よりも安全性において劣るといわざるを得ない。

したがって、シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績が、シングル編成による二名編成機の運航の安全性の根拠となるということはできず、検討委員会が、シングル編成による二名編成機の乗務時間について、シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績を根拠に一二時間を提言したことは、合理的な根拠に基づくものとはいえず、相当ではないというべきである。

(六) 以上を要約すれば次のとおりである。通常の予定乗務時間としてはセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込む必要がある。これを見込まなければ、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できた場合は別として、運航乗務員が疲労のため既に余裕のない状態でフライトイレギュラーに対処しなければならないことになる危険がある。米国航空宇宙局(NASA)の提言及びDLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究に照らして考えれば、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を控え目に見込むにしても、通常の予定乗務時間としては一〇時間を超えて予定しないことが相当である。

本件就業規程は、出頭時間帯で乗務時間及び勤務時間の長短を区別する点では合理的であるが、出頭時間帯が六時から七時五九分まで及び一五時から二一時五九分までについて一〇時間三〇分の乗務時間を定め、出頭時間帯が八時から一四時五九分までについては一一時間に及ぶ乗務時間を定めており、交替要員なしで、したがってまた、途中での休憩なしでこのような長時間の連続した長距離運航を可能にする乗務時間を定めて、現に前記のとおり平成一〇年度冬期用乗務ダイヤではサンフランシスコから成田まで一〇時間五五分を予定して運航していたのであって、科学的、専門技術的見地からするとその合理性に疑問がある。

2  他の航空会社の場合との比較

(一) 二名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との比較

二名編成機をシングル編成で運航している長距離路線の実例のうち、口頭弁論終結の時点で乗務時間九時間を超える路線は、①フィンランド航空の成田-ヘルシンキ間(シベリアルート)の路線のうち、成田→ヘルシンキ(復路)、乗務時間一〇時間二五分と、②カナディアン航空のバンクーバー-成田間(太平洋ルート)の路線のうち、バンクーバー→成田(往路)、乗務時間一〇時間九分だけである。

被告が二名編成機をシングル編成で運航している成田-サンフランシスコ間の路線のサンフランシスコから成田までの乗務ダイヤでは乗務時間一〇時間五五分が予定されていたのであり、他社を上回る長時間のものとなっていた。乗務時間が一〇時間を超える場合には、乗務時間が長くなればなるほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)は減少していくから、乗務時間一〇時間九分、一〇時間二五分と比較しても、乗務時間一〇時間五五分ではセーフティ・マージン(安全の余裕度)が乏しくなる。したがって、被告がその運航の安全性について、これを下回る他社の実績を援用することはできない。

(二) 三名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との比較

各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は八時間から一二時間三〇分であり、運航実績としても、ほぼこれと同様であると考えられる。検討委員会が、新世代二名編成機と三名編成機について、各機長及び副操縦士の仕事量及び疲労度を比較検討し、新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕事量及び疲労度は三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量及び疲労度と同等又はそれ以下であると判断し、この判断を根拠に、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機のそれと同じであってよいと判断したこと、しかしながら、検討委員会の右検討及び判断には不十分な点があり、相当ではないことは、既に述べたとおりである。

シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績が、シングル編成による二名編成機の運航の安全性の根拠となるということはできない。

3  過去の運航実績、事故事例に照らしての検討

(一) 本件就業規程改定後六年間にわたって成田-サンフランシスコ線等が運航されているが、人身事故が発生したことを認めるに足りる証拠はない。このことは安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有する。

しかし、他方、実際に成田-サンフランシスコ線の乗務に携わった運航乗務員からは、サンフランシスコにおける三晩の間に得られる睡眠時間が一六時間から一八時間程度であり、かつ、体内時計の夜間に得られるものはその半分にも満たない時間となってしまうため、この乗務中に襲われる睡魔には抗しがたいものがあるという指摘がされ、あるいは成田-ロサンゼルス線の乗務に携わった運航乗務員からは、ロサンゼルス空港にむけて進入、着陸のころの判断力、反応などが鈍くなり、操作が遅れ気味になったとの感想が述べられている等、運航の現実には厳しいものがあり、運航乗務員の疲労度の面ではセーフティ・マージンがあるとは言い難い状況であって、運航乗務員にもっと余力がなければ、イレギュラーな事態が生じたときに対応しきれなくなる危険があることを否定することができない。

そうすると、本件就業規程改定後六年間にわたって成田-サンフランシスコ線等において人身事故が発生しなかったことが、本件就業規程の規定する乗務時間制限及び勤務時間制限の安全性を推認させる間接事実としての意義は、相当程度減殺されるものというべきである。

(二) 航空機事故は、件数は少ないが、その多くが離陸及び着陸の際に発生している。長時間飛行により運航乗務員が疲労し、その目視、判断の誤りを来すことが懸念されるが、前記の事故事例のうち、運航乗務員の疲労度が事故原因として取り上げられたものは多くなく、シングル編成による二名編成機又は三名編成機の長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものはない。

なお、米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故に関し、運航乗務員のスケジューリングは疲労と能力低下の要因であったと判断し、次のように指摘している。一般に個人が自分の疲労状態を正確に認識することは難しく、多くの場合、大して疲れていないと判断する傾向が強い。競争が激化している中で、極度に疲れた運航乗務員自身が、自己評価と自己申告により、会社の圧力に抗して更なる乗務を指示しないように求めることを期待し、これによって安全メカニズムが機能することを期待するのは現実的でない。競争圧力が高まると、航空会社が運航乗務員の生産性を高め、会社の利益を最大にするために連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運航することがあり得る。会社自身がポリシーを変更することも、個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より積極的になることもあり得ないと判断されるので、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改正する必要がある。米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、以上のように指摘しており、この事故を契機として、連邦航空局に対して、疲労と睡眠問題について最新の研究結果が反映されるように、連邦航空法の乗務・勤務時間制限の見直しと改善を急ぐことを優先実施項目として勧告した。

シングル編成による二名編成機又は三名編成機の長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因となった事案ではないが、航空機の航行の安全確保を考える上で貴重な指摘、勧告である。

(三) 結局、被告によるシングル編成での二名編成機の過去の運航実績だけでは安全性の根拠として十分とはいえない。また、シングル編成による二名編成機又は三名編成機の長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものはないが、シングル編成による二名編成機の長距離運航が、シングル編成による三名編成機の長距離運航の運航実績と比較して歴史も浅いことを考えると、右のとおり長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものがないことは、シングル編成による三名編成機の長距離運航の実績として受け取るのが相当である。

4  被告が勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり検討、考慮した内容

被告は、本件就業規程改定より前の平成元年二月から同年七月までの間、アドバイザリーグループ会議で勤務時間、乗務時間制限について検討している。この検討の際には、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点から検討したのであり、改定の方向性としても、時間帯によって制限時間を変えるという考え方は合理的であること、水準を決めるに当たっては条件整備が不可欠であること、一部路線から試行的に行うことも含めて考えることとしていた。しかし、被告は、勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり、右のうち、時間帯によって制限時間を変えるという考え方は取り入れたが、その余の考え方は取り入れておらず、時間帯を考慮した以外はむしろ一律に乗務時間制限及び勤務時間制限を緩和した。これは、被告が、勤務協定ないし本件就業規程に定める勤務基準は、運航規程が定める安全基準の内側で、合理的、かつ、妥当な労働条件といえる内容はどういうものかという観点から検討すべきであると考えており、本件就業規程の改定に当たっては、構造改革施策の一環として国際コスト競争力を強化する目的で、人員効率を向上させることにより人的生産性を高めるという観点と、路線構成の変化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準にするという観点とから本件就業規程の改定を行ったからであって、一連続の乗務における乗務時間・勤務時間制限の緩和については、結局、国の基準が技術部長通達によってシングル編成での二名編成機についても一二時間となったこと、海外他社のみならず、全日空も運航規程の乗務時間制限を一二時間としていること等を根拠に、運航規程の制限内であるならば安全性に関しては問題がないという認識から、勤務基準としては乗務時間制限を一一時間としたのであった。被告は、前記の平成元年当時の検討のように、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点から運航乗務員職制の意見を聴取することはせず、乗員部長会が数回開かれて勤務条件改定の最終案が決定されたにとどまった。

すなわち、被告は、勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり、前記のような個別、具体的事情を考慮しておらず、専ら技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))を受けてこれと同一の内容に被告の運航規程を改定し、これに基づいて本件就業規程を変更したものであり、技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となった検討委員会の最終報告以外に前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内容を決定したわけではなかった。

5  労働協約締結交渉等に表われる労働者自身の判断

被告は、本件就業規程改定に先立ち、乗員組合に対し、平成五年一月二九日以来、被告の逼迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明したうえ、「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定の改定を申し入れ、同年一一月一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝と二六回の団体交渉を含む各種協議、交渉を行っているから、乗員組合の理解を得ようと努力したことは事実である。しかし、結局、交渉は妥結に至らず、勤務協定等の労働協約はすべて解約され、本件就業規程が変更された。労働協約締結の交渉も取引自由の原則によって規律される分野であり、労使間で利益調整が行われた結果労働協約締結に結実するということができるから、乗員組合が安全性とは別の利害得失の観点からの考慮によって「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定の改定に反対したであろう可能性を否定するものではないが、乗務時間制限及び勤務時間制限等航空機の航行の安全に関係する勤務基準は、仕事がきつくなるのはいやだとか、その対価としていくら欲しいかという次元の問題にすべて還元されるわけではなく、運航乗務員の勤務による疲労度を左右し、運航乗務員自身の生命の危険に直結する問題である。運航乗務員は、自分の運航乗務員としての経験に照らし、被告の提案した乗務時間制限及び勤務時間制限等の勤務条件で安全に運航業務を遂行することができるか否かを判断することができるし、その判断は現に運航業務を遂行する運航乗務員の実体験に基づくものとして重要な意義を有する。運航乗務員が当該勤務条件で安全に運航業務を遂行することができると判断すれば、その判断は運航の安全性の担保としての意義を有するといわなければならない。しかるに、乗員組合、機長組合、先任航空機関士組合など運航乗務員の組合は本件就業規程の改定に反対の意見を表明し、副操縦士、航空機関士及び訓練生の約六〇パーセントに相当する八八三名が、改定された本件就業規程の定める労働条件の内容が不当であるとして訴えを提起して争っているから、本件就業規程の改定による乗務時間制限及び勤務時間制限の勤務条件については、右のような意味での運航の安全性の担保がないといわざるを得ない。

6  安全性の事後的検討に基づくフィードバックの機能

被告のオペレーション・マニュアルは機長報告書及びセーフティ・レポートについて定めており、被告においては、当該就業規則に基づいて行われた運航業務の実情を検討し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みが整備されているということができる。しかしながら、被告の機長が、平成一一年三月一五日のサンフランシスコから成田までの乗務について、実際の乗務時間、巡航中睡魔に襲われ、通常の乗務における体調を維持できないほどの疲労感を感じたこと等を記載したキャプテン・レポート(機長報告書)を被告に対して提出したが、B七四七-四〇〇運航乗員部及び運航企画部は、当該乗務パターンが、オペレーション・マニュアルの枠内である就業規程に則り設定された勤務であり、定められた乗務割に従って乗務を完了することに安全上の問題はないと考えていること、冬期スケジュールのサンフランシスコ線の勤務についてはきつい勤務であることは認識しているが、安全運行に努めて欲しいことを右キャプテンレポートに対する回答としており、それ以後サンフランシスコから成田までの乗務について運航乗務員の疲労度を調査する等の措置を執ったことを認めるに足りる証拠はない。

科学的な根拠に基づき、予定の立つ勤務と休養のスケジュール作成を可能にし、サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性を考慮した勤務時間制限及び乗務時間制限を行うべきことは、前記の米国連邦航空局の改定案及び米国運輸安全委員会(NTSB)の勧告が示しているところである。このような合理的な勤務時間制限及び乗務時間制限を定めることは容易なことではなく、米国連邦航空局の改定案がいまだに規則として結実していないことがそれを示しているといえよう。しかし、それをすぐに実現することが困難であっても、航空機の運航の安全のために検討を継続し、実現に結びつけることが大切である。他方、航空機の長距離運航の需要がある以上、それに応える必要があるから、右の検討が未了であっても、社会通念上一応合理的と認められる勤務時間制限及び乗務時間制限を取りあえず定める必要があり、定期航空運送事業者がその勤務時間制限及び乗務時間制限に基づいて乗務割を定めて運航することも、やむを得ないことである。しかしながら、その勤務時間制限及び乗務時間制限が運航の実情にかなった安全なものであるか否かはいまだ検証されていないのであるから、暫定的に運航の実績を見ながら、その勤務時間制限及び乗務時間制限に基づく乗務割の合理性を検討し、運航の安全の確保に努める必要があり、定期航空運送事業者は、運航の実情の把握に努め、運航乗務員から指摘された問題点について十分検討し、安全性について再検討し、必要な措置を執ることを要するのであって、このようなフィードバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能していると認めることができる場合に初めて社会通念上安全性の保障があるということができる。

本件についていうならば、検討委員会の最終報告は、サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性を十分検討したものということはできず、その乗務時間制限の根拠が十分とはいえないことは既に述べたとおりであるから、これに基づいて運輸省航空局技術部長が定めた基準の合理性も暫定的、限定的なものにとどまる。したがって、被告の定めた本件就業規程の内容が合理的なものであるか否かは、被告が運航の実情の把握に努め、運航乗務員から指摘された問題点について十分検討し、安全性について再検討し、必要な措置を執ることを要するのであって、このようなフィードバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能していると認めることができる場合に初めて、航空法施行規一五七条の三所定の要件を満たすものということができる。シングル編成による新世代二名編成機は、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できることを前提にするのであれば、シングル編成による三名編成機と同様に一〇時間から一二時間の運航乗務を遂行することは可能であるが、フライトイレギュラーが発生したり、航空機の運航中に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合には、シングル編成による三名編成機よりも機長又は副操縦士の仕事量が事態の深刻さに応じて増加することを否定できないことは前記のとおりであり、被告の運航乗務員が、被告に対し、その問題点を指摘していることは、既に述べたとおりである。しかし、被告は、前記のサンフランシスコ線の乗務についての機長報告書に対する被告の回答の内容からすると、当該機長の意見を踏まえて運航の安全性について十分再検討しているものとはいえないから、シングル編成による二名編成機で運航する場合の乗務時間制限及び勤務時間制限について、運航の安全性に係るフィードバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能していると認めることはできない。

7  本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の合理性に関する結論

通常の予定乗務時間としてはセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込む必要がある。これを見込まなければ、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できた場合は別として、運航乗務員が疲労のため既に余裕のない状態でフライトイレギュラーに対処しなければならないことになる危険がある。科学的、専門技術的検討の結果に基づいて考えれば、前記のとおり、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であるが、被告は本件就業規程改定により、これを出頭時間帯に応じて九時間、一〇時間三〇分及び一一時間とした。運航の安全性との関係で事の本質を端的に述べれば、被告は経営上の必要性を理由にセーフティ・マージンを削減した。したがって、被告が右のとおり定めた乗務時間制限が運航の安全性を損なわない程度のものである(必要最小限度以上のセーフティ・マージンが見込まれている。)というだけの合理的根拠があることが必要であるが、この合理的根拠は見出し難い。

すなわち、本件就業規程改定後六年間にわたってシングル編成による二名編成機で成田発のサンフランシスコ線等が運航されているのに、特段の事故が発生していないことは既に述べたとおりである。これは、事後的な事情であるとはいえ、安全性を裏付ける間接事実としての意味を有する。しかしながら、他方、被告が右のとおり定めた乗務時間制限は、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較しても他にあまり類を見ない突出した内容となっている。また、使用者(定期航空運送事業者)である被告は本件就業規程を変更するに当たり、専ら技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))を受けてこれと同一の内容に被告の運航規程を改定し、これに基づいて本件就業規程を変更したものであり、技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となった検討委員会の最終報告以外に、前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内容を決定したわけではなかった。被告が出頭時間帯に応じて乗務時間制限を定めている点は個別、具体的事情を一部考慮したものと評価できるが、一〇時間三〇分及び一一時間の乗務時間はセーフティ・マージンを大幅に削減するものであるから、これに代わるセーフティ・マージン確保の措置を講ずるか、右各乗務時間に基づく運航を試行的に実施して運航の実情を踏まえて安全性について再検討することが必要であるといわざるを得ない。しかるに、被告は、右代替措置を何ら講じていないし、本件就業規程に基づいて行われた運航業務の実情として、被告の運航乗務員が、被告に対し、その問題点を指摘しているにもかかわらず、被告は、当該機長の意見を踏まえて運航の安全性について十分再検討しておらず、運航の安全性に係るフィードバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能しているとはいえない。もともと、被告は、乗員組合と十分交渉し、乗員組合としても受入れ可能であるとして労働協約を締結した上で本件就業規程を変更したわけではなく、かえって乗員組合の反対を押し切って本件就業規程を変更したのであるから、安全性の確保については、自らが個別、具体的事情を踏まえて十分検討し、前記のとおりセーフティ・マージンを削減しても他の手段又は運航の実情に照らして問題ないことを確認しなければならないのであるが、実際には、国が作った基準の内側にあることを安全性の根拠にして本件就業規程を改定したというに等しく、前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内容を決定しておらず、セーフティ・マージンの代替措置の確保、フィードバックのシステムが現実的に機能しているともいえないのであって、被告が根拠にした技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となった検討委員会の最終報告に前記のような問題点があることを考えると、結局合理的な根拠に基づいているものということはできない。

そうすると、前記のとおり本件就業規程改定後六年間にわたって成田発のサンフランシスコ線等が運航されているのに、特段の事故が発生していないという運航実績だけでは安全性の根拠として十分であるとはいえず、シングル編成による二名編成機については、本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限に関する規定は、内容自体の合理性を欠くから、就業規則としての効力がない。

本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての勤務時間制限に関する規定は、この場合の運航についての乗務時間制限に関する規定とその目的、内容及び運航業務に及ぼす影響において不可分一体であり、乗務時間制限に関する規定の合理性と同様に考えられるべきであるから、シングル編成による二名編成機について右のとおり本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限に関する規定の内容自体の合理性を肯定することができない以上、シングル編成による二名編成機については、本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての勤務時間制限に関する規定についても、その内容自体の合理性を肯定することができず、就業規則としての効力がない。

そこで、確認の利益を有する各原告については、この点に関する勤務基準がどうなるかが問題となるが、右各原告と被告との間の労働契約における各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思であると解するのが相当であるから、シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する勤務基準は、連続する二四時間中、乗務時間九時間、勤務時間一三時間の各制限を超えてはならないというものであると解するのが相当である。

一九  本件就業規程中のシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一1)

1  科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性

シングル編成による三名編成機での長距離運航についても、運航乗務員の作業能力と覚醒度が低下し、長距離運航に特有の油断・自己満足(compla-cency)の問題が生ずるので、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることは、疲労、眠気、睡眠欠如により、重大な過誤に結び付く危険がある。科学的、専門技術的見地からすれば、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であるから、この基準を上回る乗務時間一一時間(本件就業規程がシングル編成による三名編成機について定める乗務時間)は、時間的にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がなくなっていることが懸念される。しかし、シングル編成による三名編成機での長距離運航の場合には、二名編成機と異なる点がある。長時間の運航により機長及び副操縦士に疲労が次第に蓄積し、その判断能力等が低下してきた際に、フライトイレギュラーが発生し、ゴーアラウンド(着陸復行)、ホールディング(着陸前の空中での待機)、ダイバート(代替空港への着陸)等を行う事態が発生したときであっても、航空交通管制(ATC)との交信、会社との交信、客室との連絡、乗客への連絡、クルー同士の意思の確認、刻々と変化する気象状況の把握等は、航空機関士がこれらの作業を分担することができるから、機長及び副操縦士は専ら操縦に専念することが可能となる。また、米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題する研究の調査結果が示すように、運航乗務員は計画的な休憩の機会を与えられれば、操縦席で良質の睡眠を取ることが可能であり、それが長距離飛行で経験される睡眠欠如に起因する居眠りを減少させ、居眠りによって起こりうる運航上の危険性を減らすことができる。三名編成機の場合にはこのような措置も可能であるが、二名編成機の場合については、右研究でもこのような計画的休憩は推奨されていない。このように、三名編成機の場合にはシングル編成であっても、航空機関士の存在がセーフティ・マージン(安全の余裕度)としての意義を有するから、長距離運航を行っても、航空機の航行の安全を損なわないだけの根拠があるということができる。

2  各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は八時間から一二時間三〇分であり、運航実績としてもほぼこれと同様であると考えられる。既に一〇年以上シングル編成による三名編成機で長距離路線が運航されているのに、特段の事故が発生していないし、被告が定めた乗務時間制限は、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較しても特に突出した内容とはなっていない。

3 シングル編成による三名編成機の運航業務の実情としては、厳しい業務であることは否定できないが、1及び2のとおり、航空機関士の存在によりセーフティ・マージン(安全の余裕度)が一応確保され、過去の運航実績上も十分なものがあることからすると、シングル編成による三名編成機の運航の安全に支障があるとまで断ずることはできない。本件就業規程の定めるシングル編成での三名編成機の勤務時間制限は、最大一五時間に及び、他の航空会社の場合を比べるとかなり長時間のものとなっていることは否定できないが、右のとおり、勤務時間の本体である乗務時間を制限する規定の内容自体の合理性を肯定できることからすると、乗務時間以外の拘束時間が長いことによって右の判断が左右されるものではない。したがって、本件就業規程改定によるシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運行についての乗務時間制限及び勤務時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。

二〇  「一連続の乗務に係わる勤務」をもって乗務時間制限及び勤務時間制限を行う規定について

原告らは、「連続する二四時間」から「一連続の乗務にかかわる勤務」への変更の問題点を指摘するが、勤務基準として、任意の連続する二四時間で規制しない限り、間に一二時間の休養時間が入っても航空機の航行の安全が損なわれることを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する規定の内容自体の合理性は一応肯定できないわけではない。航空法施行規則一五七条の三が航空機乗組員の乗務時間が二四時間ごとに制限されなければならないことを規定し、被告のオペレーション・マニュアルも連続する二四時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限を規定しており、これらを遵守しなければならないことは被告が自認するところであるから、右変更に係る不利益は、オペレーション・マニュアルの制限一杯まで乗務時間及び勤務時間並びに着陸回数の増加があり得ることに帰着する。そうすると、この点の変更は、就業規則の不利益変更の問題として右の各点につきその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。

二一  本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一2)

1  科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性

科学的、専門技術的見地からすれば、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であり、勤務時間としては一二時間から一三時間を超えて予定しないことが相当である。二回着陸の場合には、後記のとおりルフトハンザ航空が予定着陸回数が二回以上の場合に一五分から二時間の幅で予定最大勤務時間を逓減していることに照らし、一回目の着陸による負荷の増大を考慮し、通常の予定乗務時間としては九時間程度を限度とすることが望ましいと考えられる。この通常の予定乗務時間はセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んでいる数字であるが、これより長く設定すればするほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)は小さくなっていくことになる。したがって、本件就業規程が乗務時間八時間三〇分を九時間三〇分へ変更し、かつ、勤務時間一三時間を一四時間へ変更した点については、予定着陸回数が二回であることからすると、二回目の運航の終了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっているのではないかが懸念される。

2  諸外国の規制、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合との比較

(一) 諸外国におけるシングル編成の最大勤務時間の制限は、おおむね次のとおりである(比較しやすいように細部の異同を捨象した。)。

英国は二名編成機が九時間(最短)から一二時間三〇分(最長)、三名編成機が九時間(最短)から一四時間(最長)である。

ドイツは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一〇時間(最短)から一四時間(最長)である。

フランスは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、八時間(最短)から一四時間(最長)である。

オランダは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一四時間(最短)から一六時間(最長)である。

スイスは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一一時間(最短)から一四時間(最長)である。

デンマークは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一〇時間(最短)から一四時間(最長)である。

オーストラリアは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一一時間である。

シンガポールは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一六時間である。

カナダは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一五時間である。

香港は、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、九時間(最短)から一四時間(最長)である。

(二) 証拠(甲第五七号証、第七九号証の二、第三三四号証の四)によれば、次の事実を認めることができる。

ノースウェスト航空は、予定着陸回数に応じた区別をせず、予定最大勤務時間を一三時間とし、実勤務時間でも一五時間以内としている。

ユナイテッド航空は、予定着陸回数が一回の場合を別として、予定最大勤務時間を一二時間とし、実勤務時間でも一四時間以内としている。

英国航空は、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が二回の場合につき、基地発のときの出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一二時間三〇分としている。

エール・フランス(フランス国営航空)は、出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一三時間三〇分としている。

ルフトハンザ航空は、シングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一四時間としているが、予定着陸回数が二回以上の場合は一五分から二時間の幅で予定最大勤務時間が逓減する。

KLMオランダ航空は、シングル編成による三名編成機での予定着陸回数が二回以下の場合の予定最大勤務時間を一二時間三〇分としているが、同社は、出頭時間帯別に実勤務時間に対応した「上乗せ時間」を算出することとしており、これらの合計時間が右予定最大勤務時間の範囲内に収まるようにしている。

カンタス航空は、予定着陸回数を問わず、シングル編成による三名編成機での予定最大勤務時間を一一時間とし、最大実勤務時間を一二時間としている。

シンガポール航空は、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が二回の場合につき、基地発のときの出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一二時間三〇分としている。

(三) 右によれば、改定後の本件就業規程の予定最大勤務時間一四時間は、諸外国の基準と比較すれば特に突出していないが、他の航空会社の予定最大勤務時間と比較すると、予定時間としては規制の緩やかな部類に入っている。

3  過去の運航実績、事故事例に照らしての検討

(一) 該当するパターンとして次のようなものがある。

(1) 成田・香港を一日で往復するパターン(成田→香港→成田)

成田→香港 五時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

香港→成田 三時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分

(2) 成田・マニラを一日で往復するパターン(成田→マニラ→成田)

すなわち、成田→マニラ四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)及びマニラ→成田四時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)で、乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分である。

成田→マニラ 四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

マニラ→成田 四時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)

乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分

(3) デンパサール(バリ島)→ジャカルタ→関西国際空港を一日で行うパターン

デンパサール→ジャカルタ 一時間三五分

ジャカルタ→関西国際空港 六時間二五分

(二)(1) 乙第一〇〇号証(五三頁)及び証人の証言(平成一〇年六月二六日付けの証人調書一八四項、一八五項)によれば、は平成五年一一月一日以降成田→香港→成田の日帰りの往復乗務を数多く経験しているが、その往復を通じて安全に不安を感じたことはないことが認められる。

(2) これに対し、甲第二七〇号証、原告a本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付け本人調書一四八項から一六八項まで、平成一〇年三月四日付け本人調書一二〇項から一四一項まで)によれば、原告aは副操縦士としてホンコン線を多数回往復乗務したことがあること、原告aが成田発午前一〇時一五分の香港行きに乗務する場合の日程は、午前五時起床、午前六時自宅を出発、午前七時四五分ころ成田オペレーションセンター到着、午前八時四五分出頭時刻、午前一〇時一五分成田を出発、日本時間午後二時一五分香港到着、おおむね日本時間午後三時二五分ころ香港を出発(前掲各証拠には明示的には表れていない。)、午後八時〇五分ころ成田に到着するというものであったこと(甲第五五二号証の一によれば、平成一〇年度冬期の運航ダイヤであるが、七三一便は成田午前一〇時発、日本時間午後二時香港到着、七三二便は日本時間午後三時一〇分香港発、午後七時五〇分成田到着であることが認められ、この事実に基づいて考えると、原告aの場合はおおむね右に認定したようなものであったと推認することができる。原告a本人の供述中この推認に反する部分は採用することができない。)、原告aは午後八時すぎに成田に到着すると相当疲労困憊しており、眠気に襲われそうになったり、努力していても集中力が低下していることを実感していたこと、以上の事実が認められる。また、甲第四五九号証及び原告a本人尋問の結果(平成一〇年三月四日付け本人調書一四一項)によれば、原告らで問題とされている着陸二回の乗務の後、休日が付与されなかった者は特にいないが、その後訴えを提起したは名古屋とマニラ間の日帰り乗務を二日間連続して行ったことが認められる。そのほか、香港線の乗務について、本邦より、香港、マニラ、グァム、サイパンへの日帰り往復乗務はとてもきつく、明らかに安全性や効率の悪い運航となっており、もしダイバート等が発生したら継続勤務など考えられないとの機長の意見(甲第三〇八号証一一頁)、往路はともかく、復路の乗務では、機内で口を開くのも億劫になるくらい疲れを覚え、ささいなミスを犯しやすくなっているとの機長の意見(甲第三二六号証七頁)があり、また、東南アジアの貨物便、クアラルンプール→バンコク→成田の深夜二回着陸、勤務時間一二時間のパターンは体にきつく安全上も問題であり、早朝、成田に着陸する際にランディングチェックリストを読み上げる時、外国人航空機関士は意識を失った状態であったとの被告の機長の意見(甲第三〇八号証九頁)や、デンパサール線での帰りの徹夜便、しかも二回の着陸で、関西国際空港への早朝への着陸はかなり厳しいとの機長の意見(甲第三〇八号証一一頁)がある。右各意見は陳述書によるものである。陳述書による立証であっても、定型的、外形的な事実や被告が確認することが可能であり、確認してしかるべき事実であるため、被告が反対趣旨の陳述書を提出し、あるいは人証としての取調べにおける反対尋問の機会を求めない以上、被告としてもその事実を積極的に争わない趣旨であると理解してよい事実又は科学技術上の知識等の範疇に入る事実その他の客観的事実であれば、これによって心証を形成することに格別問題はない。前記各意見は、そのような事実とは異なり、自己の体験に基づくとはいえ、事実の評価を伴う意見と見るべきであって、その証明力は限定されたものにとどまるが、原告a本人尋問の結果のほか、前記各意見によれば、問題とされている着陸二回の乗務が相当に厳しい勤務であることはうかがわれるところであり、原告aが成田発午前一〇時一五分の香港行きに乗務した場合のように、午前五時起床、午前八時四五分出頭時刻、午前一〇時一五分成田を出発、日本時間午後二時一五分香港到着、おおむね日本時間午後三時二五分ころ香港を出発、午後八時〇五分ころ成田に到着するという勤務形態では、たしかに、成田に着陸するころには相当の疲労があり、集中力が低下していておかしくないから、運航乗務員は、苦労しながら並々ならぬ努力で二回目の着陸に取り組んでいるものと考えられる。経験豊富な機長であれば安全に不安を感じるほどでないとしても、運航乗務員一般について同列に論ずることは必ずしも適当ではないから、右に述べたことは、証人の前記証言と必ずしも矛盾するものではない。

(二) 過去の事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が二回の場合の勤務時間が一四時間以上であったことが事故原因とされているものはない。このことは安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有する。

4  被告が、シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限を各一時間延長するに当たって、個別、具体的事情を考慮して安全性について十分検討したことを認めるに足りる証拠はない。また、運航乗務員自身の判断による安全性の担保がないことは一八、5で述べたとおりである。

5  以上によれば、次のとおりである。本件就業規程が、乗務時間を八時間三〇分から最大で九時間三〇分に変更し、かつ、勤務時間一三時間を最大で一四時間へ変更した点については、予定着陸回数が二回であることからすると、二回目の運航の終了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっていることが懸念される。また、改定後の本件就業規程の予定最大勤務時間一四時間は、諸外国の基準と比較すれば特に突出していないが、他の航空会社の予定最大勤務時間と比較すると、予定時間としては規制の緩やかな部類に入っている。他方、過去の事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が二回の場合の勤務時間が一四時間以上であったことが事故原因とされているものがないことは安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有するが、運航乗務員にとっての勤務の実情が相当に厳しいものであることからすると、二回目の運航の終了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっているとの懸念を払拭できない。しかるに、被告が、本件就業規程の改定に当たって、個別、具体的事情を考慮して安全性について十分検討したことや、安全性に関する事後的検討に基づいて適切な措置を執ったことを認めるに足りる証拠はなく、また、運航乗務員自身の判断による安全性の担保がないことからすれば、二回目の運航の終了間際に必要最小限のセーフティ・マージン(安全の余裕度)が確保されていることの証明はないことに帰する。この勤務基準の下で当然のことのようにこのような乗務が反復、継続されていき、さらに、名古屋とマニラ間の日帰り乗務が二日間連続して行われた実例が示しているように、二日間にわたってこのような乗務が繰り返されることが例外ではなくなると、航空機の航行の安全を損なうおそれがある。このことは、改定後の本件就業規程の当該規定の勤務基準としての内容自体の合理性に疑義があることにほかならない。

したがって、改定後の本件就業規程中、シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性を肯定することはできない。

この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であり、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思であると解するのが相当であるから、シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する勤務基準は、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分、勤務時間一三時間の各制限を超えてはならないというものであると解するのが相当である。

二二  本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一3及び同一4)

1  科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性

二一、1で述べたとおり、科学的、専門技術的見地からすれば、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であり、勤務時間としては一二時間から一三時間を超えて予定しないことが相当である。ルフトハンザ航空が予定着陸回数が二回以上の場合に一五分から二時間の幅で予定最大勤務時間を逓減していることに照らし、各回の着陸による負荷の増大を考慮し、通常の予定乗務時間としては三回着陸の場合で七時間三〇分程度、四回着陸の場合で六時間程度を限度とすることが望ましいと考えられる。このガイドラインに照らすと、本件就業規程がシングル編成による予定着陸回数が三回の場合の乗務時間制限を従前から七時間三〇分とし、予定着陸回数が四回の場合の乗務時間制限を従前から六時間としていることには問題はなく、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を従前から一二時間とし、また、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限を一〇時間から一一時間へ変更した点についても、セーフティ・マージン(安全の余裕度)の点では格別問題はないように思われる。

2 諸外国の規制、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合との比較

諸外国におけるシングル編成の最大勤務時間の制限及び他の航空会社(外国のものを含む。)の場合との比較は、二一、2(一)及び(二)で述べたとおりである。

改定後の本件就業規程のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の予定勤務時間一二時間(この点は変更がない。)及び一一時間は、諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較して特に突出していない。

3 過去の運航実績、事故事例に照らしての検討

(一)  該当する運航のパターンとして次のようなものがある。

(1) 羽田→広島→羽田及び羽田→函館→羽田という二区間の乗務を一日で行うパターン

乗務時間合計五時間一五分、勤務時間合計一〇時間二五分

(2) 羽田→秋田→羽田の二往復の乗務を一日で行うパターン(過去三回あった。)

乗務時間合計各約三時間二〇分、勤務時間合計一〇時間二七分、一〇時間四〇分、一〇時間四三分

(3) 福岡→ソウル→広島→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン

(4) 羽田→伊丹→札幌→伊丹→羽田の乗務を一日で行うパターン

(5) 福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン

(二)  甲第三五八号証(二五頁から二七頁まで)、第四一二号証(二頁)及び第五一〇号証(一頁)によれば、四回着陸の勤務が相当に過酷なものであることがうかがわれるが、これらによっても、航空機の航行の安全が損なわれるほどのものとまで認めるに足りない。

(三)  過去の事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が三回の場合につき勤務時間が一二時間以上、及び四回の場合につき勤務時間が一一時間以上であったことが事故原因とされているものはない(もっとも、米国での事故事例で参考になるものとして、四日間のパターンの乗務を行うべく一日目の深夜に離陸して同日二回着陸を行い、一一時間の休養時間後、翌日深夜に離陸して三回着陸を行い、更に離陸したが、四回目の着陸を行うべく滑走路に進入中、滑走路の手前の地点で墜落したという事故がある(グアンタナモ湾事故)。事故までの三名の勤務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。本件就業規程の乗務時間制限及び勤務時間制限は前記のとおりであるから、この事故の場合とは異なる。)。このように特段事故が発生していないことは、本件就業規程の予定着陸回数が三回又は四回の場合についての乗務時間制限及び勤務時間制限の安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有する。

4 以上によれば、次のとおりである。まず、本件就業規程がシングル編成による予定着陸回数が三回の場合の乗務時間制限を従前から七時間三〇分とし、予定着陸回数が四回の場合の乗務時間制限を従前から六時間としていることには問題はなく、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を従前から一二時間とし、また、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限を一〇時間から一一時間へ変更した点についても、セーフティ・マージン(安全の余裕度)の点では格別問題はないように思われ、諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較しても特に突出していない。また、過去の事故事例で、この点で問題になるようなものは見当たらない。前記のとおり、四回着陸の勤務が相当に過酷なものであることがうかがわれ、航空機の航行の安全の観点からすると、運航の間の休養時間の設定の仕方に検討を要するように思われるが、労働条件の基準自体で、予定着陸回数が三回又は四回の場合につき、運航の間の具体的な休養時間を定めて規制している諸外国の基準や他の航空会社の基準等は、本件の証拠上明らかではなく、どの程度の頻度・時間の休養時間を定めるのが相当かの基準が明らかでないため、被告の運航スケジュールでどの点に不相当な点があるかを押さえることができない。そうすると、予定着陸回数が三回又は四回の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限を定める本件就業規程の当該規定が不合理であるとはいえない。したがって、本件就業規程改定によるシングル編成による予定着陸回数が三回又は四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。

二三  本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一6)

科学的、専門技術的見地から見てマルティプル編成の場合の乗務時間を一五時間に制限する規定が相当であることを認めるに足りる直接の証拠はない。しかし、諸外国の基準及び他の航空会社と比較して被告の勤務基準が特に突出していることを認めるに足りる証拠はない。運航実績及び過去の事故事例から見ても、特に問題は認められない。

したがって、本件就業規程改定によるマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限についての乗務時間制限及び勤務時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。

二四  本件就業規程中の勤務完遂の原則に関する規定の内容自体の合理性(請求二)

本件就業規程一二条一項は、「乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は、開始後完遂することを原則とする。但し、他の乗員と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があると機長が判断した時は中断しなければならない。」と規定している。この規定の意味は、離陸した航空機は着陸させなければならないといった当然のことを規定することにあるのではなく、予定された乗務開始後その終了前に、天候、空港、機材の異変等の様々な事情により乗務時間制限又は勤務時間制限を超える事態が発生した場合において、専ら航空機の運航の観点からだけであれば当該運航乗務員がそれ以上の運航を中止することが可能なときであっても、予定された勤務を完遂するために必要な運航業務(例えばダイバート)を更に続行しなければならないことが原則であることを明らかにするとともに、その例外として勤務を中断する場合の要件を定めていることにあるものと解するのが相当である。

1  事故事例に照らしての科学的、専門技術的見地からの検討

前記のとおり、米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故に関し、運航乗務員のスケジューリングは疲労と能力低下の要因であったと判断し、次のように指摘している。一般に個人が自分の疲労状態を正確に認識することは難しく、多くの場合、大して疲れていないと判断する傾向が強い。競争が激化している中で、極度に疲れた運航乗務員自身が、自己評価と自己申告により、会社の圧力に抗して更なる乗務を指示しないように求めることを期待し、これによって安全メカニズムが機能することを期待するのは現実的でない。競争圧力が高まると、航空会社が運航乗務員の生産性を高め、会社の利益を最大にするために連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運航することがあり得る。会社自身がポリシーを変更することも、個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より積極的になることもあり得ないと判断されるので、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改正する必要がある。米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、以上のように指摘している。

本件就業規程は、乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務を開始後完遂することを原則とする旨明記する一方で、その例外として、機長が運航の安全に支障があると判断した場合に中断しなければならないこととしているが、原則を明確に定めつつ、例外については、何も明確な基準を定めず、既に乗務時間制限、勤務時間制限を超過し、疲労が蓄積している状態の中で、機長に、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があるか否かの判断をすることを求める内容となっており、米国国家運輸安全委員会(NTSB)の右の指摘に照らすと、航空機の航行の安全を確保する安全弁の設定方法としては相当ではないといわざるを得ない。

2  他の航空会社の基準との比較

甲第三三四号証の四(一五頁、五二頁、五五頁)、第三四〇号証の一(九頁)、乙第一〇四号証の三(二四頁)によれば、次の事実を認めることができる。

ユナイテッド航空においては、一時間三〇分を限度としてパイロットの同意なしに延長を命ずることができ、パイロットが同意した場合でも合計勤務時間一四時間三〇分を超えて延長することはできないことを原則としているが、太平洋路線及び大西洋路線ではこの合計勤務時間による制限はない。

英国航空においては、機長が安全な運航を保障できる場合、勤務時間制限を超えて勤務時間を延長してよいが、緊急の場合を除き、通常の勤務時間制限を超えて延長できるのは最大限三時間までとされている。

ルフトハンザ航空においては、勤務協定ではすべて機長の判断にゆだねられているが、法により延長は二時間までと定められているので、この制約を受ける。

3  現場の実情

甲第三一六号証(五頁から六頁まで)、第三二七号証(一八頁から一九頁まで)及び原告a本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付けの本人調書一二一項から一四四項まで)によれば、機長の声として、あるいは副操縦士から見て、本件就業規程の定める勤務完遂の原則の下では、機長が乗務を中断する決断をすることが困難な立場に置かれていることが指摘されている。

4 本件就業規程の勤務完遂の原則を定める前記規定は、極限的な状況もあり得る中で、何ら明確な基準を定めることなく、乗務を中断する決断をすることが困難な立場に置かれている機長に航空機の航行の安全をゆだねているものであるから、事故事例に照らしての科学的、専門技術的見地からの検討によっても、他の航空会社の基準と比較しても、相当なものではなく、航空機の航行の安全を損なう危険のある規定であり、内容自体の合理性がないといわざるを得ない。

5 よって、機長が他の乗員と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があると判断した場合でない限り、運航乗務員が、乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務を開始後これを完遂しなければならない義務の不存在確認を求める原告ら(確認の利益を有する原告らに限る。)の請求は理由がある。

原告らは、さらに、乗務割の一連続の乗務の実施中、機長が他の乗員と協議の上決定した場合を除き、着陸回数、乗務時間及び勤務時間についての各制限を超えて乗務(勤務)する義務のないことの確認を求めているが、その内容は、右のとおり認容した義務の不存在確認のほかは、着陸回数、乗務時間及び勤務時間についての各制限を超えて乗務(勤務)する義務のないことに尽きるのであり、これらは原告らが別に請求している内容と重複するものであるから、重ねて確認を請求することは不適法である。

二五  本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限を定める規定の内容自体の合理性(請求三)

1  科学的、専門技術的見地からの検討

月間及び年間の乗務時間制限は、従来は勤務協定によりそれぞれ八〇時間及び八四〇時間であったが、本件就業規程改定によりそれぞれ八五時間及び九〇〇時間に延長された。しかし、右のとおり改定された本件就業規程の月間及び年間の乗務時間制限の規定が、科学的、専門技術的見地から見て相当であることを認めるに足りる証拠はない(この点の証拠自体が存しない。)。

2  諸外国の基準及び他の航空会社との比較

(一) 乙第一〇八号証によれば、諸外国の月間及び年間の乗務時間制限に関する基準は、次のとおりであることが認められる。

(月間乗務時間)  (年間乗務時間)

米国  一〇〇時間 一〇〇〇時間

英国  一〇〇時間 九〇〇時間

ドイツ 一〇〇〇時間

(勤務時間制限は月間二一〇時間及び年間一八〇〇時間)

(二) 甲第七一号証、第七九号証の一によれば、ノースウェスト航空、ユナイテッド航空、英国航空及びカンタス航空では、シミュレーター勤務時間、地上勤務時間、離基地時間等を乗務時間に換算する乗務時間換算制(credited hour system)が採られていること、他方、ルフトハンザ航空、エールフランス(フランス国営航空)及びシンガポール航空ではこのような制度が採られていないこと、以上の事実を認めることができる。

(三) 被告は乗務時間換算制を採用していないから、この制度を採用している航空会社と比較すれば、被告の月間及び年間の乗務時間制限が緩やかであることは否定できないが、右に述べたように、被告同様、乗務時間換算制を採用していない航空会社もあるから、そのことをも勘案すると、被告の月間及び年間の乗務時間制限の基準が特に突出しているということはできない。

3  運航実績及び過去の事故事例から見た検討

甲第五四六号証によれば、原告sが、平成九年五月に、副操縦士として、成田とロンドンの往復乗務、成田とアトランタの往復乗務、成田からロサンゼルスまで及びロサンゼルスから関西空港までの各乗務、関西空港から羽田までのデッドヘッド、成田からシカゴまでの乗務にそれぞれ就き、同月の乗務時間は八三時間七分となったこと、原告sは月末には疲労がかなりたまり、万全とはいえない体調で乗務したこと、シカゴでは夜十分睡眠が取れず、昼間も眠気が残ったこと、帰国後の休日はひたすら身体を休め、次の乗務に備えることで精一杯であったこと、以上の事実が認められる。しかしながら、右認定事実に基づいて本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限の規定が航空機の航行の安全を損なうものとまでいうことはできず、他に過去の運航実績上これを認めるに足りる証拠はないし、過去の事故事例から見ても特に問題は認められない。

4 したがって、本件就業規程改定による月間及び年間の乗務時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。

二六  本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定の内容自体の合理性(請求六)

1  科学的、専門技術的見地からの検討

国内線連続乗務日数は、従来は勤務協定により最長三日とされていたが、本件就業規程改定により最長五日に延長された。右のように改定された本件就業規程の定める国内線連続乗務日数が、科学的、専門技術的見地から見て相当であることを認めるに足りる証拠はない(この点の証拠自体がない)。

2  他の航空会社との比較

甲第三五八号証(三〇頁)によれば、全日空及び日本エアシステムでは国内線連続乗務日数が最長四日と定められ、その日数には待機(スタンバイ)が含められていることが認められる。それらと比較すると、本件就業規程の定める国内線連続乗務日数最長五日は長いものとなっている。

3  運航実績及び過去の事故事例から見た検討

甲第三二一号証及び第三七九号証(三頁から四頁まで)によれば、国内線連続乗務日数最長五日という類型には当てはまらないが、国際線を含め、四日間の連続乗務ないし五日間に近い連続乗務を経験した運航乗務員は、四日目以降になると疲労が蓄積し、四日目の乗務では航空交通管制(ATC)との交信を間違えたり、小さいミスをしたりする度合いが増え、五日目の乗務で進入時から着陸にかけて注意力の欠如を感じたりしたことが認められる。米国での事故事例では、四日間のパターンの乗務を行うべく一日目の深夜に離陸して同日二回着陸を行い、一一時間の休養時間後、翌日深夜に離陸して三回着陸を行い、更に離陸したが、四回目の着陸を行うべく滑走路に進入中、滑走路の手前の地点で墜落したという事故がある(グアンタナモ湾事故)。事故までの三名の勤務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。この事故は直接の先例にはならないが、一連続の乗務にかかわる勤務の実態と連続乗務日数とが複合的な事故原因となることを示している。

4  本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定の内容自体の合理性

国内線連続乗務日数を定める勤務基準の内容自体の合理性を判断するに当たっては、一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限並びに着陸回数の規制と総合的に考察することが相当である。

被告の国内線連続乗務日数最長五日は、国内の他の航空会社と比較して長い上、本件就業規程は、連続乗務日数が五日の場合において、特に四日目及び五日目の一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限を強化したり、着陸回数を更に限定する等の特則を定めたり、休養時間の加算をする等の措置を全く執っていないから、合理的制約のないまま、連続乗務日数最長五日と一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間の上限に近い線で乗務させる運航スケジュールとが組み合わされる危険がないとはいえない。被告は、本件就業規程改定後、国際線を含め、四日間ないし五日間の連続乗務を現に命ずるようになっているから、今後右のような組み合わせでの運航スケジュールで運用される可能性を否定できず、また、勤務基準の内容自体の合理性の問題であるから、被告が現時点でその制限枠の上限まで運用していないことによって合理性が備わるわけではない。

被告が本件就業規程を改定して連続乗務日数を最長五日に延長するに当たって、一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限並びに着陸回数の規制との関係を含めて航空機の航行の安全に支障が生じないようにすることを具体的に検討したことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定は、運用次第では航空機の航行の安全を損なうおそれがあり、内容自体の合理性を欠くといわざるを得ない。

この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であり、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思であると解するのが相当であるから、国内線連続乗務日数に関する勤務基準は、最長三日であると解するのが相当である。

5 よって、国内線連続乗務日数三日を超えて乗務する義務の不存在確認を求める原告ら(確認の利益を有する原告らに限る。)の請求は理由がある。

二七  本件就業規程変更の必要性

1  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 被告の経営状況について

(1) 経常損益の推移(甲一二五、甲一四六の二、甲二一四、甲五五四ないし甲五五七、乙一二ないし乙一六、乙一八、乙一九、乙三六、乙一一七、証人)

被告の昭和五九年度以降平成四年度までの経常損益の推移は次のとおりであった(△は損失を示す。)。

昭和五九年度  二二〇億円

昭和六〇年度 △ 一六億円

昭和六一年度   三六億円

昭和六二年度  三二四億円

昭和六三年度  四三六億円

平成元年度   五二七億円

平成二年度   二四八億円

平成三年度  △ 六〇億円

平成四年度  △五三八億円

平成五年度  △二六一億円

平成六年度    二八億円

平成七年度    四三億円

平成八年度  △一六九億円

平成九年度    七六億円

平成一〇年度  三二五億円

右のとおり、被告の業績は、昭和五九年以降平成二年ころまで、好調な経済の情勢下で、飛躍的に需要が伸びたことや原油価格が下落したことにより順調に推移してきており、第一次オイルショックによる燃油の高騰により営業費用が増加した影響を受けた昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二六六億円、九八億円、羽田沖事故のあった昭和五七年度に二七一億円、御巣鷹山事故のあった昭和六〇年度に一六億円(ただし、営業利益は一九二億円の黒字)のそれぞれ経常損失を計上したことがあるほかは、平成三年度に経常損失を計上するまで経常利益を上げてきている。当時は、政府機関をはじめ各種の経済研究機関は平成元年以降も我が国のGNPについて、三ないし五パーセント内外の伸びを想定しており、被告も年間六パーセントの事業規模の拡大を計画していた。ところが、平成三年ころ、旧ソ連邦の崩壊や東欧諸国の政治的経済的混迷を迎える中で世界経済は低迷を深め、日本においても、個人消費と民間設備投資の減退は景気後退の度を強め、バブル経済の崩壊をもたらすこととなった。こうした経済情勢は航空需要に多大な影響を及ぼし、その結果、被告は、それまでと一転して平成三年度から五年度にかけて三期連続で経常損失を計上することになり、営業損益に関しても、それぞれ一二九億円、四八一億円、二九三億円の営業損失を計上し、特に、平成四年度は、営業損失四八一億円、経常損失五三八億円と、被告の創業以来最も巨額の赤字となった。また、過去に被告が経常損失を計上した際は売上高は若干なりとも増加していたのが、平成三年度から平成五年度にかけて、売上高も、それぞれ前期比0.4パーセント、7.2パーセント、5.0パーセント減少した。

(2) 営業収入の状況(乙一二、乙一四、乙二〇、乙二一、乙三七、証人)

右の世界経済の低迷が世界の航空需要に与えた影響は大きく、特に国際線における状況は、世界的に深刻であり、平成三年度の有償旅客キロ(PPK)は第二次大戦後初めて対前年度比マイナス3.7パーセントを記録し、世界の主要国際線航空会社の多くは赤字になった。

一方、被告においては、国際線総需要が四パーセントの増加を示し、被告も経常利益を計上していた平成二年度、既に有償旅客キロ(PPK)が3.5パーセント低下しており、日本発着国際線の供給シェアも昭和六一年度に32.1パーセントであったのが、平成元年度には26.4パーセント、平成二年度には二四パーセントに低落していた。しかも、被告の売上げの内訳は、国際線の旅客収入・貨物収入が営業収入の全体の六五パーセントを占め、国内線が二五パーセント、手荷物収入・郵便収入・付帯事業収入等が残りの一〇パーセントと、国際線収入の割合が極めて高かったことから、世界の経済情勢、日本のバブル崩壊の影響を受け、国際線ビジネス旅客と日本発着貨物の需要が大幅に落ち込んだ。そのため、被告の国際線収入は、昭和五五年以降、順調に増加し、昭和六三年度、平成元年度では対前年度比一〇パーセント前後の増加となっていたのが、平成二年度には2.7パーセントの増加にとどまり、平成三年度に前年度比マイナス3.2パーセントに転じて以降平成四年度対前年度比11.0パーセント、平成五年度7.1パーセントとマイナス比が続くことになった。

(3) イールドの推移(乙二二ないし乙二四、証人)

ただ、右のとおり被告の営業収入は落ち込んでいるものの、旅客数全体でみると、必ずしも減少し続けているわけではなく、営業収入水準が最も高かった平成二年度の旅客数と比較すると、平成五年度一〇八パーセント、平成六年度一二〇パーセントと増加している。そこで、収入を有償キロ(PPK)若しくは有償トンキロ(RTK、有償の搭載物(旅客、貨物等)の重量に大圏距離を乗じたもの)で除したイールド(単位当たり収入、旅客一人ないし貨物一トンを一キロメートル輸送した場合の収入)の推移を、被告の国際線についてみると、昭和六一年以降平成二年までは上昇を続けているが、同年をピークに以降急激に下降し、平成六年度には平成二年度に比較してマイナス二八パーセントになっている。右数字は、旅客数の増減がなかったと仮定した場合、平成六年度の売上高が平成二年度の二八パーセント減となることを意味する。

このようなイールド低下の原因は、バブル経済の崩壊以降、消費者の低価格志向が定着してきたこと、ファーストクラス、ビジネスクラス等高額商品の需要が減少したこと、価格競争の激化にあった。

平成三年以降、世界経済の低迷により航空需要が低迷し、空席を抱えることになった各航空会社は、価格政策を大きく転換させ、低価格を前面に押し出して需要の喚起とシェアの維持を図った。特に外国航空会社は、当時進行していた円高によって一層の価格値下げ余力を獲得し、市場で激しい価格攻勢を続けた結果、市場では海外旅行の低価格化が定着し、需要の減退とともに一人当たりの運賃単価も低下することになった。また、各企業は、景気回復が遅れる中で、出張、渡航費用を大幅に削減したため、運賃単価の高額なファーストクラスやビジネスクラスの旅客は大幅に減少した。それを昭和六一年度と比較すると、平成三年度は若干下回る程度であったのが、平成四年度は約六割、平成五年度は五割以下となっている。例えば、平成四年度の成田=ロンドン往復航空券で比較すると、ファーストクラスが約一三〇万円、ビジネスクラスが約七〇万円、エコノミークラスは季節に応じて一〇万円ないし三〇万円であり、エコノミークラスの最も安い時期で比較すると、ファーストクラスの運賃は、エコノミークラスの一〇倍以上になり、ビジネスクラスもエコノミークラスの七倍となるのであって、高額商品の需要の減少は、営業収入の減少に大きな影響をもたらす。

なお、このようなイールドの低下は、一過性のものとは考えられなかった。航空運送は、従来高い運賃である特定のお客が利用するものと認識されていたのが、現在では完全に日常の交通手段であるとの認識が定着し、その結果、一般的な消費行動の中で航空運送も低価格が求められるようになってきたからである。

(4) コスト競争力(甲五一、甲五二、甲五三の一、二、甲一四二、甲一四三、乙二五ないし乙二九、乙三四、乙四六、乙五〇、乙七七、乙七九、乙八〇の一、証人、証人)

被告における営業費用の内訳及びその推移を見てみると、昭和六〇年ころまでは半分以下であった固定費(機材費、人件費、不動産賃借料、広報宣伝費等)が平成二年になると逆転し、変動費(燃油費、販売手数料、整備費等)が四三パーセントで、固定費が五七パーセントを占めるに至り、昭和六〇年以降固定費は、生産量の伸びを上回って拡大してきている。営業費用のうち、変動費は生産量に応じて拡大するが、固定費は生産量と関連するものの、生産量に応じて増加するというのではなく、それよりも落ち着いた増勢を示し、その結果、生産量一単位当たりのコストは低減するものである。ところが、被告においては、八〇年代後半以降、固定費の伸びが生産量(ATK、有効トンキロ、許容搭載重量×距離)の伸びを上回ってきている。それは、変動費の中で燃油費の占める割合が大幅に低下したのに対し、固定費の中の機材費、人件費の割合が高くなってきたためである。昭和六〇年から平成三年にかけての五年間に機材費は1.86倍になっており、機材費には運航委託費も含まれるが、機材費が増加した主たる原因は航空機の購入であった。しかし、機材費の伸びは、当時、全日空や日本エアシステムも同様であり、それぞれ1.97倍、1.98倍と高い伸びを示していた。とはいえ、固定費の増加の結果、損益分岐利用率(ブレークイーブン、収支均衡となるのに必要な利用率であり、単位当たり収入が低いほど、単位当たりコストが高いほど、ブレークイーブンは高くなる。)は、昭和六二年度以降六五パーセントを超え、平成四年度には六八パーセントに近い値になった。一方、利用率(ロードファクター、全体の生産量のうち、実際に売れた量を示す指標)はバブル経済の影響による強い需要に支えられ、平成二年ころまで七〇パーセント前後の高い値であったが、それもバブル経済の崩壊とともに低下し、平成四年度には六五パーセントを下回った。

また、被告と外国他社との単位当たりコスト(費用を有効座席キロ若しくは有効トンキロで除したもの、有効座席一席若しくは許容搭載重量一トンを一キロ輸送した場合にかかる費用)を比較すると、平成二年度以降、被告の円建て単位当たりコストは、平成三年度二三円、平成四年度20.3円、平成五年度19.3円と低下したものの、急速な円高によりドル建て単位当たりコストは上昇し、米国他社の自国通貨建てコストが上昇しているにもかかわらず、ドル建てで被告のコストと比較すると、平成四年ころ、被告のコストは外国他社より二ないし三割高くなった。

被告の固定費に占める人件費の割合は、平成二年度で二六パーセントと固定費の中で最も高率になっている。そして、平成三年度から平成五年度にかけての被告の運航乗務員生産量単位当たりの人件費(運航乗務員総人件費/有効トンキロ)を外国他社と比較すると、ルフトハンザに次いで被告が高く、平成三年度及び平成四年度の運航乗務員一人当たり人件費(運航乗務員総人件費/運航乗務員数)を外国他社と比較すると、平成三年度はルフトハンザ、キャセイパシフィックに次いで被告が高く、平成四年度はキャセイパシフィックに次いで被告が高かった。しかも、被告は、外国他社がほとんど行っていない運航委託を行っているため、本来は人件費となるものがサービス委託費として処理されている関係から、実質的な人件費率及び有効トンキロ(ATK)当たりの人件費、運航乗務員一人当たりの人件費はいずれも更に高くなる。例えば、人件費率について、運航委託費を含めて、米国四航空会社(平均)の国際線で比較すると、米国四航空会社二七パーセントに対し、被告三三パーセントとなり、外国他社と比較して被告の人件費率が必ずしも低いということはできない。また、このように一人当たりの人件費が高騰したのは、人件費は自国通貨建ての割合が多いため、被告においては円高の影響を強く受けたことも一因であり、被告の賃金水準を国内他社と比較すると、運航乗務員についての基本賃金モデルで、すべての年齢において被告よりも全日空の方が高くなっており、乗務手当も全日空、日本エアシステムの方が高くなっている。

ところで、被告においては、その運航乗務員の総数は、平成四年度末で二四八〇名で、二〇年前の約1.5倍に相当する一方、この間の総生産量(有効トンキロ)は約3.7倍に拡大しており、運航乗務員の一人当たりの物的生産性は約2.5倍に向上した。平成五年度の実績で、一人当たりの生産量について外国他社と比較すると、上位に位置している。この物的生産性の向上は、主としてジャンボ機保有比率の拡大と国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸び、さらには昭和六〇年以降の大型機の積極的導入によってもたらされたものである。すなわち、ジャンボ機保有比率の拡大と長大路線の増加は乗員一人当たりの生産量を引き上げ、B七四七―四〇〇やMD一一等二名編成の機材の登場はこれに拍車をかけ、乗組員の数を変えないで、あるいはむしろこれを減らしつつ船体を巨大化させて一回当たりの積荷を増加させ、かつ長距離を往復する航路が増加した結果であったが、そのような大型化も限界状況にきていた。

(5) 営業外収支(乙一八、乙三四、証人)

航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、その借入金に対する支払金利が巨額の営業外損失となるという構造的体質を持っている。被告は、平成元年度まで毎年二〇〇億円台の巨額の営業外損失を計上しているが、その大部分は金融収支の損失であり、航空機の売却等で営業外収益を計上できる場合にその赤字幅が小さくなったり、黒字に転化したりしてきた。平成二年度、平成三年度は、受取利息及び配当金が三四五億円、三〇一億円と膨れ上がっていたため、営業外損失も小幅の赤字ないし黒字になっていたが、平成四年度以降受取利息及び配当金が半減する一方、支払利息は四〇〇億円台から四〇七億円台と急増し、金融収支は二六〇億円台から三五〇億円台の赤字となった。もっとも、平成四年度には所有株式の売却等により三四三億円の営業外収益、平成五年度には二六六億円の航空機材売却益をそれぞれ計上したため、営業外損益は五七億円の赤字ないし三一億円の黒字となった。

(6) 営業外収支と航空機材等の設備投資(甲二八、甲二九、甲三三、甲一五四、甲一五五、甲二〇五、甲二〇八、甲二〇九、甲二一四、甲二一九、甲五七六、乙七、乙三四、乙三五、乙三六、乙三七、乙八一、乙八三、証人)

被告は、生産性の向上のためには適切な事業規模の拡大が必要であるとの判断から、平成三年度、経営方針として供給の拡大を目指し、大量の航空機材を購入し、外国人乗務員を導入し、他社への運航委託を次々と行った。こうした拡大基調は、バブル経済崩壊後の平成六年度直前まで続けられた(ただし、昭和六〇年度から平成二年度の機材費の伸びについてみると、被告が1.86倍であるのに対し、全日空、日本エアシステムはそれぞれ1.97倍、1.98倍であり、被告は、旅客便総生産(ASK)の伸びにしても他の二社に劣っている。)。

被告が特に平成三年度に事業規模の拡大が必要と判断した理由は、まず、当時の景気低迷について、政府機関をはじめとする各種の経済研究機関と同様、深刻な事態に至ることを予想しておらず、一、二年で回復に向かうものとの見通しを持っていたこと、また、アジア地区を中心として人・物の流れは拡大傾向にあり、中長期的に見た日本の海外渡航需要は順調であろうと見られていたにもかかわらず、日本発着の国際線旅客に対する被告の供給力は他社に比較し、相対的に弱体化していたことである。被告は、シェアが大きければ販売力、価格支配力が強くなること等から、成長している市場においては、シェアを維持することは重要な経営政策であると考えていた。さらに、航空事業では、路線・便数等の行政の認可を得なければ生産量の拡大はできないが、航空機・運航乗務員の手当てにはかなりの年月が必要であり、権益配分の際に適切に対応できる体制ができていなければ他社に権益を確保されてしまうという事情があるところ、当時三大プロジェクトという大きなビジネスチャンスが到来しつつある状況にあったことから、被告は、これに適切に対応して将来の発展につなげなければならないと考えていた。

具体的には、平成四年から平成八年の五年間の年平均投資額は三三〇〇億円、投資総額一兆六〇〇〇億円に上る。その内訳は、航空機二五〇〇億円、地上設備及びその他設備七〇〇億円であり、被告グループ内で五五機(B七四七―四〇〇型機四〇機、MD一一型機一〇機、B七七七型機五機)の機材購入が計画されたが、その投資総額は、平成三年度期末までの被告の資産が総額一兆五八〇二億円であるのに対し、この五年間の設備投資はこれを上回るものであった(なお、後記のとおり、被告において、構造改革施策以降投資額は毎年見直しが行われている。)。こうした設備投資は、被告の支払金利の増加だけでなく、減価償却費の増加も招いた。

また、被告は、大型機の相次ぐ導入によってその企業規模を拡大してきており、旅客を対象とした航空機の営業機数では、平成二年以降大幅な増加はないものの、大型化が進んだ結果、一機当たりの座席数が増加したため、総座席数は着実に増加してきている。しかし、被告が導入した大型機の中で最も代表的な国際線長距離用のB七四七―四〇〇型機の一機当たりの一日二四時間中の平均稼働時間をみると、平成四年度のIATAのデータによれば、世界の主要航空会社中最低の七時間三三分であり、最高のルフトハンザ航空の一五時間〇九分の半分以下という低稼働状況にある。各社とも航空機の新規導入に当たっては、当初稼動が低い水準にある傾向はあるものの、おおよそ二四時間中一三ないし一四時間の水準となっているが、被告では導入当初の平成二年には六時間四七分、その後次第に上昇したものの平成六年でも九時間三八分と最低の水準となっていて(なお、平成一一年は、一一時間に伸びている。)、航空機材を有効に利用した座席提供がなされていない状況にある。その原因は、被告の場合、B七四七―四〇〇型機を国内線に導入していたことにもあるが、座席利用率が低下していることとも一つの要因であった。被告の座席キロと旅客人キロの推移をみると、大型機の導入により総座席数が増加するとともに提供座席数が増加し、旅客人キロも増加しているが、座席利用率(旅客人キロ/座席キロ)は、国際線、国内線ともに平成二年以降低下し、特に国内線について利用率の低下が著しい。さらに座席一席当たりの旅客人キロは、特に平成二年74.25パーセントであったのが、それ以降低下し、平成五年67.54パーセント、平成六年66.40パーセントとなった(なお、平成七年は68.03パーセント、平成八年は68.94パーセントとやや回復している。)。

(7) 特販費(甲三〇ないし甲三四、甲一五一、甲二〇六、甲二一四、乙七九、乙八四)

特販費とは、一定の販売額を達成した代理店に支払われる「販売報奨金」のことであり、実質的には券面額と実収入の差額として生じるものである。会計上は、これを控除した上で売上げを計上することが認められているため、その具体的な金額はどの帳簿にも記載されていない。したがって、必ずしも全貌は明らかではないが、被告の公表及び乗員組合が公表された代理店手数料率を用いて推計(平成六年度以降)したところによれば、次のとおりである。

昭和六一年度  六五一億円

昭和六二年度 一〇〇七億円

昭和六三年度 一七〇〇億円

平成元年度  一七〇〇億円

平成二年度  二二〇〇億円

平成三年度  二三〇〇億円

平成四年度  二三〇〇億円

平成五年度  二五〇〇億円

平成六年度  二一〇〇億円

平成七年度  二五〇〇億円

平成八年度  二九〇〇億円

平成九年度  三一八八億円

平成一〇年度 三二五〇億円

右のとおり、特販費は、増加傾向にあり、被告の経常レベルでの赤字が最も大きかった平成四年度についてみると、赤字額五三八億円は売上高の5.2パーセントであるのに対し、特販費は22.2パーセントとなっている。

被告が特販費の投入を行うようになった目的は、もともとオフ期の販売促進が目的であったが、円高メリットを利用して価格攻勢を強める外国他社への対抗策にもなった。しかし、なお、この特販費の多寡が反映されるパック旅行の価格は被告を利用する場合高額に設定されているほか、平成九年六月二一日付け「週間ダイヤモンド」に掲載された旅行社一五二六社を対象としたアンケート結果によれば、被告の料金に対する評価は、主要航空会社五四社中最低であった。また、同誌には、ヨーロッパ路線についての販売報奨金の記載があるが、それによれば、日系エアラインは片道正規料金四三万七四〇〇円に対し四万円、欧州系中堅エアラインでは一〇万円を支払っている旨記載されている。

(8) 外国人乗務員の導入及び運航委託(甲三三、甲三五の二、甲一二六、甲一二七の一、二、甲一二九、甲二〇八、甲二〇九、甲二一一、乙七、乙三六、乙六五、証人)

被告は、年度毎の具体的な事業計画とは別に毎年度末に翌年度から五か年度にわたる事業展望を策定しているが、平成二年度末、平成三年度末の五か年度の事業展望は、各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしていた。その根拠は、政府機関や各種経済機関が平成三年度以降もGNPは三ないし五パーセントの成長を続けることを予測していたことをもとに、三大プロジェクトの進展による需要の拡大を想定すれば、平成三年度から平成七年度までの間の総需要は各年国際線で九パーセント、国内線で六パーセント拡大すると予測されたこと、一方、被告のイールドの伸びは将来期待できないとの判断や円高、物価上昇を前提に収益率を維持するためには年5.5パーセントの規模拡大が必要であったこと等である。しかし、事業規模を拡大するには、機数と乗務員を増加させなければならないところ、乗務員の増加には相当の期間を要するため、被告は、運行維持能力の補完として運航委託を採用することを計画した。

そして、被告が運航委託に投じた具体的な費用は以下のとおりであった。

運航委託費   平成四年度 平成五年度

エバーグリーン 一八五億円 一二〇億円

カンタス航空  九九億円  九〇億円

JUST    一一億円  二一億円

JAZ     二八億円  二八億円

(合計)    三二三億円 二五九億円

しかし、平成三年度から平成八年度までの実際の事業規模の拡大は、景気低迷が長期化したこともあり、実際には三ないし五パーセント程度にとどまった。

また、被告は、右の運航委託のうち、平成六年三月二一日、エバーグリーン、カンタス航空の運航委託を打ち切っている。

(9) ドル先物予約(甲三五の一、甲三八、甲三九の一、二、甲四三、甲九六、甲一三二、甲五七六、甲一三三の一ないし三、甲一三四、甲一三五、甲二〇七、甲二一四、甲五七九、証人)

被告は、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年にわたる長期の為替買入予約を行った。被告が行った先物予約は一一年間で平均一ドル=一八四円で、合計約三六億六〇〇〇万ドルとなっている。ところが、ドル相場は被告の行った予約開始から約二か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため、結局は、為替差損が発生した。各年度に発生した為替差損は以下のとおりであり、決済の終わった平成六年度分も含め、確定した実損の総額は約一七六三億円、平成七年、八年度の損失額の見込みも加えて、損失は二二〇〇億円に達する。

予約年度 ドル予約額 レート 実勢レート 為替損益推計

(百万ドル) (円)  (円) (億円、未満四捨五入)

昭和六〇  三 一八四 221.68 ///

六一 二八七 一九五 159.88 一〇一

六二 三二三 一九一 138.45 一七〇

六三 三三一 一九二 128.27 二一一

平成 元 三三一 一九二 142.82 一六三

二 三三二 一九一 141.52 一六四

三 三二六 一八六 133.31 一七二

四 三三一 一八六 124.73 二〇三

五 三九三 一八四 107.79 三〇〇

六 三四七 一七九  98.59 二七九

七 四八八 一七一 ////// 四三九

(平成八年度見込み)

八 一六八 一五五 //////

被告が為替予約をしたのは、為替が変動相場制の下では、外貨取引の非常に多い企業では常に為替リスクにさらされているため、為替の変動によって被りかねない損失に備え、リスクヘッジのために一般的に為替予約を行っているところ、被告も航空機の購入等により恒常的に大量のドルを必要としているので、リスクヘッジのためであった。そこで、被告は、将来必要とされるドル需要の三分の一については為替予約を行った。将来必要とされるドル需要の三分の一について為替予約を行ったのは、為替相場が予約条件に照らし不利な方向に進んでもそれは三分の一に止まり、残り三分の二は逆に有利になるからである。しかし、一〇年間もの長期予約であることについては、監査役が「極めて危険」と警告していた。

ところで、被告では、昭和五六年度にドル建て・マルク建てで長期為替予約を行い、これにより五四億円の差益を得たことがあり、同年度は羽田沖事故による需要減退があったため経常利益が二億円しかなかったにも関わらず、ドル建て・マルク建て長期為替予約差益が五四億円生じたため、配当が可能となった。

なお、昭和六一年度から為替予約したドルは、航空機購入の支払に充てられ、帳簿上は差損が表面化せず、実損額も決算報告されていないが、円換算では一機当たり他社より約八〇億円高い航空機を購入したことになっただけでなく、平成二年度以降毎年約六〇億円程度減価償却費が増加することとなった。それを平成二年度についてみると、固定費六一八三億円の一パーセント程度に相当する。

(10)  証人による被告の経営状況に対する分析(甲二一四、甲二一八、証人)

証人は、被告の経営状況について、大要次のように分析している。

被告の平成四年度の経常損失について、運輸通信公益事業を営む資本金一〇〇〇億円以上の法人に限っても、毎年三〇パーセント以上が損失を計上しており、長期的な欠損法人は存続し得ないことになるため、企業は平均的には欠損、利益を繰り返しながら成長していくものであると言え、このようにみると、長期的には、何ら異常な事態という性格のものではない。

また、資本利益率(一年間にわたって投下された資本額に対する利益あるいは損失)で、平成四年度の被告の損益をみると、経常損失でマイナス3.2パーセント、営業損失でマイナス2.8パーセントであり、経常損失では、昭和四九年度のマイナス9.7パーセント、五七年度のマイナス4.3パーセントを下回り、営業損失では、昭和四九年度のマイナス8.2パーセントを大幅に下回り、昭和五七年度の1.3パーセントを若干上回る程度であるから、従来の被告の収益状況からみると、平成四年度の損失は相対的に小さな水準である。

大企業の公表利益は、一般的に会計制度によって実際よりも小さく計算されるものであり、企業の実態を認識するためには、「利益の費用化」、「資本の費用化」による利益の縮小を考慮に入れて試算しなければならず、「利益の費用化」については、耐用年数を著しく短期間とすることで減価償却費を過大に計上していることや現実離れした引当金(例えば、退職給与引当金は四〇パーセント程度計上しているが、従業員が一度にそれだけ退職すると、企業は成り立たない。)を計上していること、「資本の費用化」については、資本準備金に充てられている株式プレミアム(株式の発行価額が額面額を超えた場合に生じるその差額)は実質的には利益であることなどを踏まえると、被告の場合、経常レベルでの実質的な資本利益率は、平成四年度でマイナス一ないし二パーセントであり、昭和四九年度、昭和五七年度のマイナス二ないし三パーセントをも下回っている。

被告の赤字の原因として、例えば、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて行われた為替予約による為替差損がなければ、収支はほぼ見合う状況であり、また、固定費合計が一貫して上昇傾向にあるところ、人件費は大きな負担とはなっておらず(固定費に占める人件費比率はほぼ二五パーセント前後で大きな変動はない。)、減価償却費も航空機材のリース化や償却方法の変更によって縮小しているが、航空機材賃借料の増加、支払利息を中心とする営業外費用の昭和六〇年以降の顕著な増加、航空機の稼働率の低さ(B七四七―四〇〇について、主要航空会社中最低である。)、座席利用率の低下(平成元年度には74.25パーセントだったのが、平成五年度には66.40パーセントとなっている。)などからして、旅客需要を大幅に超えた、航空機材を中心とした設備の導入が主要因である。

これを損益分岐点分析(企業の収益構造を分析するために、一般的に使用されており、日本銀行の「主要企業経営分析」においても航空運輸業の大手二社について、この分析を行っており、主要企業との比較分析に利用されている。損益分岐点は、損益分岐利用率と異なり、経常損益レベルで企業の収支構造の分析を行う際に使用される。)でみると、損益分岐点は、平成五年三月期110.2パーセント、平成六年三月期105.2パーセントとなった。これは言い換えると、平成五年、平成六年三月期では、実際の事業収入よりも、10.2パーセント、5.2パーセントそれぞれ多くなければ、収益が均衡しない収益構造となった。

さらに、被告の特販費について、不明朗であることを強く非難するとともに、平成四年度の経常損失にしても、その額が特販費の23.4パーセントに当たるから、それが節約されれば、黒字に転換できたとする。

そのほか、被告においては、内部留保(証人は、利益準備金、任意積立金、当期未処分利益金、特定引当金、退職給与引当金、貸倒引当金、減価償却費、資本準備金としている。)は、平成四年度前後も二〇パーセント以上の高い水準を維持している。

これらのことから、被告の低収益性は、企業経営に当たってはことさら異常な状況ではなく、被告の内部留保は極めて高い水準にあり、赤字は企業の経営基盤をおびやかすような水準のものではないと結論付ける。

しかし、証人は、一方、世界的な規模で進んでいる航空事業での規制緩和政策は、被告の収益性に大きな影響を与えており、世界の航空業界は、規制緩和の流れの中で、厳しい競争に直面しており、被告においても収益構造の再構成が課題であるとし、その方策として、長期的で安定的な安全確保、適正な投資、融資計画に基づく事業の拡大などを挙げるとともに、不明朗な会計操作を批判し、公正な会計処理とその情報開示の必要性を指摘する。

(二) 関連会社・子会社への投資等(証人)

(1) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)(甲二七の一、二、甲三六、甲三七、甲一三〇の一、二、甲一三二、甲五七五、甲五七六)

日本ユニバーサル航空は、早朝・深夜の旅客便に搭載されない、いわゆる「オーバーフロー貨物」の摘み取り、宅配貨物の航空移転を見込んで、平成三年一月一一日に被告、日本通運、ヤマト運輸の合意に基づき設立された(同年一二月時点での被告の出資率は69.3パーセント、出資額は七億五百万円)。そして、同年一〇月一六日から専用貨物機を羽田=札幌線に就航させ、運航を開始したが、新千歳空港の二四時間運用化の遅れにより、当初計画していた早朝・深夜の一日二便往復体制が、一日一便往復での運航になったのに加え、貨物需要が当初の見込みを大幅に下回ったことから計画どおりの運航ができず、平成四年九月に日本通運とヤマト運輸から、同年一〇月からの積み荷保証の打ち切り通告を受け、運航開始から一年後の平成四年一〇月一日に運航休止となった。この運航休止に至る間に生み出された赤字補填のため、被告はJUST社に対し約八億円の追加投資を行った。また、JUST社設立に当たり貨物用航空機が必要となったため、被告は、急遽、海外他社から中古旅客機を購入し、貨物機への改造を行い機材を仕立てたが、予定を大幅に上回る改造費を要することになり、新品を購入するよりも高額の二〇〇億円をかけることになった。それにもかかわらず、当該改造貨物機は、JUST社の不振からJUST社に購入させることができず、四機(ただし、そのうち一機は平成五年三月から使用されている。)が遊休機材として米国に保管されることとなり、その保管費用は一機年間三〇〇〇万円であった。また、JUST社の乗務員はほとんど外国人運航乗務員に頼っていたため、運休になった後も、免許維持のために、飛ばない外国人運航乗務員に賃金の支払を続けた。しかし、結局、その後免許も失効し、運航不可能な状況で会社だけが存続していたが、平成九年度決算では、一六億九八〇〇万円の損失を計上し、資産価値は五億三二〇〇万円まで下落し、平成一一年三月解散に至った。

なお、JUSTの累積損失は約二四億円に達するが、被告は、平成一〇年三月期にJUSTの株式の評価替えを実施し、それに伴う特別損失約一七億円を計上した。

(2) CAC(シティ・エアリンク株式会社)(甲一三一、甲五七六)

CACは、都市間の新しい高速公共交通機関として、本業とのネットワーク効果を考慮して開始された事業であり、主として、羽田=成田空港間のヘリコプターによる旅客輸送を行う目的で、昭和六二年六月三日に設立されたが、就航率、ヘリポートの設置、空港内のアクセス・発着枠・運用時間帯などの事業を左右する技術上の諸問題の解決や諸規制の緩和がなされず、累積損失を重ねた上、収支の改善は困難と判断されて、平成三年一一月運休となった。そして、被告は、この累積損失を解消するため、平成四年度、CACに対し約一三億円の追加投資を行い、併せて約三億円の債権放棄を行った。

その後、被告は、株式を一三億七八〇〇万円で取得しながら平成七年度に清算し、一三億一一〇〇万円の損失を出した。

なお、CACについては、当初から運行関係者から技術的な問題点を指摘されており、平成四年時点で、その経営状況に関し、乗員組合から問題点を指摘されていた。

(3) エセックスハウス・ホテルに代表される日本航空開発(JDC)の事業展開(甲四〇、甲四一、甲四二の一、二、甲四三、甲一三二、甲三九〇の一、二、甲二一〇、甲五七六、甲五七七の一、二、甲五七八)

日本航空開発(JDC)は資本金一二〇億円、被告が67.1パーセントの株式を有する子会社であり、「ホテルを世界的に展開しようとするならアメリカでの知名度を得ることが不可欠」であるとして、エセックスハウス(ニューヨーク)、日航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香港などを所有直営方式で展開してきた。そのうち、エセックスハウス・ホテルは、ニューヨーク・マンハッタン地区の「四つ星」ホテルにランクされており、昭和六〇年、JDCが、マリオネット社から一億七五〇〇万ドル(当時の為替レート一ドル=二四〇円で換算すると四二〇億円)で購入したものである。その際、JDCは、自ら不動産鑑定機関の正式鑑定書を取得することなく、ファースト・ボストン社の略式鑑定で、マリオネット社の言い値で購入した。それは、高級ビルでも一平方メートル当たり三二〇〇ないし五四〇〇ドル(五番街のティファニーでも六五〇〇ドル)が相場と言われる中で一平方当たり一万八〇〇〇ドルとかなり高額であった。また、その購入資金は、日本生命その他から合計一億七五〇〇万ドル(八〇パーセントに当たる一億四五〇〇万ドルを日本生命から平均年利一二パーセントで借入れ)の借入れによって賄った。

昭和六二年三月二〇日付けの「JDC監査の報告」には、JDCについて、同時並行的な急激なホテル展開により、早晩、財務的に破綻に瀕するほどの経営状況にあり、JDCの招く経営破綻は、その規模からいっても、単に一子会社の問題にとどまらず、親会社の大きな負担となり、その経営にも重大な影響を及ぼすおそれが多分にあるもので、事業運営の意義は全くない旨指摘されている。さらに、この監査報告書では、エセックスハウス・ホテルの問題解決なくしては、JDCの経営の建て直しはあり得ず、同ホテルについては、経営のメドが立たない場合には、たとえ、現在、損失を被ることがあっても、エセックスハウス・ホテルを売却し撤退を行ってでも、今後被る莫大な損失を防止すべきである旨指摘されている。

しかし、JDCは、平成元年には、五四〇〇万ドルの見積もりで同ホテルの改修工事を行い、超過分として更に一億四一〇〇万ドルの費用をかけており、その総コストは購入価格の倍以上にも上った。

また、被告は、平成元年に米国へのホテルへの投資会社としてPWC社(PACFIC WORLD CORPORATI0N)を、米国に資本金二〇〇ドルで設立し、当時約一九一億円の投資を行い、平成四年には更に約六二億円もの投資を行った。この六二億円の投資の目的は、主にエセックスハウス・ホテルの改装資金及び米国の高利返済に充てるというものであった。

このように、被告がエセックスハウス・ホテルへの投資を続けたのは、元来ホテル事業は装置産業であり、収益を上げるようになるまでに長期間を要するものとの考えからであった。

しかし、その後エセックスハウス・ホテルは赤字を出し続け、被告は、平成九年六月二七日、JDCに対し、なおも三一九億円に上る財務支援を行い、その他修理、運営維持費用を併せて九〇〇億円以上の費用をかけたが、結局、平成一一年一月二四日に米ホテル運営会社に二億五〇〇〇万ドル(二八五億円)で売却することを発表した。また、被告は、その他の日航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香港のいずれからも撤退した。

(4) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRANSPORT(HSST))(甲四三ないし甲四六、甲一三二)

被告は、昭和四七年から都心=成田空港間のアクセスとして、HSSTを開発してきたが、昭和六〇年に、それまで約五二億円を投下していたHSSTの一切の技術等を、一億二〇〇〇万円で株式会社エイチ・エス・エス・ティに譲渡した。しかし、エイチ・エス・エス・ティは事業化のメドがたたず、しかも開発資金の大半を借入金に頼っていたために、負債は平成四年九月頃の時点で約九〇億円に上り、その経営は行き詰まった。その結果、平成五年一月同社の負債を整理し、同社の営業権・特許権を引き継ぐ新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社が大手企業四九社の出資を受けて設立された。同社の設立に当たって、被告は、二五億八〇〇〇万円を出資し、エイチ・エス・エス・ティ社が抱えていた債務のうち、約八億四〇〇〇万円の債権を放棄した。

右投資について、被告は、「新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社は、愛知県東部・横浜ドリームランド線などの大型誘致案件を中心に、受注・建設を推進し、実現性の高い国内プロジェクトへの技術販売・建設請負による収入を前提とし、平成八年度には単年度黒字化、二〇〇〇年には累損一掃、さらに二〇〇一年には五パーセント程度の配当を開始する計画である」旨の説明をしている。しかし、HSSTそのものの技術については運輸省からの事業認可という形での承認は得ているものの、実際に運行させるとなると、軌道の設置等について建設省や自治体の承認が必要となることから、そのまま事業化するには多くの問題を解決しなければならず、この事業が被告に貢献利益をもたらすような事業体になるまでに長期間を要することが予想される。

なお、国内誘致の案件について、被告は、平成四年、HSSTについて「新技術の優位性はすでに多くの関係者から高く評価されており、(愛知県東部丘陵線と横浜ドリームランド線については)HSSTの採用をすでに正式に決定しています」と文書で説明しているが、東部丘陵線について、愛知県は、「現在機種選定委員会でHSST、新交通システム、モノレールの三機種で選定作業を行っている。夏頃決定される予定」(企画部交通対策課平成一一年四月時点)と説明している。

また、ドリームランド線について、横浜市は、「数年前にドリーム開発からドリームランド線(以前はモノレールが走っていた)をHSSTに施設変更したいという申請があった。しかし、ドリーム開発の親会社のダイエーは経営が厳しく新規投資ができない状態で、計画は足踏み状態」(都市計画企画調査課)としている。

そして、平成九年度決算では、エイチ・エス・エス・ティは二〇億五〇〇〇万円の損失を計上し、その資産価値は五億三〇〇〇万円まで低下した。

(5) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)(甲一三二、甲五七六)

被告は、米国ハワイ州オアフ島西海岸のコオリナ・リゾートの開発・経営を目的として、昭和五三年四月一八日設立のPPHを昭和六三年三月に買収して、同社を被告の子会社にした(これらのために平成二年度に三五億円、平成三年度に九五億円を投資している。)。被告がコオリナ・リゾートの開発を計画したのは、ハワイの旅行商品価値を高める目的であった。しかし、コオリナ・リゾートについては、コオリナ・ゴルフ場(平成二年)とイヒラニ・リゾート&スパホテル(平成五年)のみ完成したものの、ショッピングセンターについては着工未定となっている。

そして、PPHは平成九年度決算で、二一〇億三四〇〇万円を損失として計上した。

(三) 航空業界をめぐる状況(乙四、乙七、乙九、乙四〇ないし乙四二、証人)

定期航空運送事業は平成六年八月一日をもって雇用調整助成金の対象業種としての指定を受けるなど、被告に比べ円高や国際線における競争激化の影響をさほど強く受けない他の国内航空各社も含め、国内経済の深刻な不況の影響を受けたため、各社とも人件費効率の向上等一連の構造改革に取り組んだ。

また、世界的に見ても、英国航空以外の欧米各社は九〇年代に入ってから軒並み大赤字となった後、レイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革、サービスの外注化等の合理化策に積極的に取り組み、コスト競争力を強めた結果、平成六年度に黒字化している。英国航空については、既に昭和五五年から昭和五八年にかけて一万七〇〇〇名もの人員削減という大きな経営改革を実施したため、九〇年代には好調な業績を上げるに至っていた。

さらに、需要の低迷と収支の悪化が続く中で、日本では、三大プロジェクトの完成が間近に迫っていた。それに伴い、被告は、その事業展開や機材更新、増強などにより新たな投資と費用の拡大を余儀なくされることになると同時に、発着枠の拡大に伴う外国他社の参入などにより他社との競争の激化は必至の情勢であった。

しかも、長期的にみると、世界の航空界は自由化、競争促進の方向へ進んでおり、熾烈な競争の下に企業の淘汰が予想されるような状況であった。

(四) 経営状況の悪化に対して被告が行った対策(乙四ないし乙一一、乙三〇ないし乙三三、乙三八、乙三九、乙四七ないし乙四九、乙五〇、乙五一、乙五八、乙六四の一ないし八、証人)

被告は、平成四年二月に「九二―九六年度展望と九二―九三年度事業計画」と題する中期展望と事業計画を発表した。これは、平成三年度において、湾岸戦争により需要が低迷する中、被告の企業競争力の低下傾向が強まり、一人当たり生産量(ATK生産性)、販売量が前年比でマイナスを記録するとともに国際線旅客便の供給シェアが昭和六二年の三四パーセントから二四パーセントに低下したこと、この航空会社を取り巻く環境の厳しさはなお引き続くと予測されたことから、ブレークイーブン(損益分岐利用率)が高い赤字体質から脱却し、コスト競争力を高めることを最重要経営課題の一つに掲げ、社長を委員長とする構造改革委員会を設置して収益の極大化、徹底したコストの削減等に取り組んで行くこととしたものであった。

被告は、右事業計画に従い、平成四年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改革委員会」を設置し、同年六月一日、構造改革委員会は検討を重ねた結果を構造改革委員会報告にまとめて発表した。その内容は、構造改革の目標を低ブレークイーブン体制の構築に置き、①国内線の充実など事業運営体制の再構築、②路線の再編成など生産面の改革、③人件費効率の向上などコスト構造改革、④イールドの向上など販売構造改革、⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等、コスト競争力の強化を最重要課題とするものであった。コスト構造の改革においては、投資規模の抑制を含めた投資の見直し、人件費効率の向上、コストの外貨化が主要構造改革項目と定められ、そのうち人件費効率の向上に関しては人員効率の向上と単価水準の一層の適正化を図る施策を講じるものとされた。

被告は、同年以降右施策に従い、シアトルへの乗り入れ休止等不採算路線の見直しを図る一方、パリ直行便の増便等高需要高収益路線の増強を内容とする国際線路線の再編成、為替等の国際的な経済変動の影響を受けにくく、競争環境も比較的緩やかで安定した事業分野であると同時に運航乗務員養成の場を確保できる国内線の路線拡充、需要の変動に対する柔軟な対応を可能にする運航委託など運航形態の多様化等収入増強策及びコスト競争力の強化に着手した。さらに、被告は、平成四年度、前年度よりも多額の赤字が確実な見通しとなったことから、平成五年一月「九三―九四年度サバイバルプランと九七年度までの中期展望」を策定し、構造改革施策の前倒しをするとともに、航空機導入の抑制、航空機調達及び運用におけるリース方式の活用、三大プロジェクト投資の圧縮、新規関連事業投資の原則凍結等により「九二―九六年度展望と九二―九三年度事業計画」に比較して、各年約一〇〇〇億円の投資削減を行うことにするなどの見直しも行った(なお、平成六年一月の「九四―九五年度サバイバルプランと九八年度までの中期展望」では、投資額を一五〇〇億円削減し、投資総額について前回の計画を半減し、四四〇〇億円規模にすると、更に見直しが行われている。)。被告は、営業費用の削減についても努力した結果、平成四年度は、前期比4.0パーセント減の一兆〇八二〇億円に抑制するなどしたが、損益は五三八億円の経常損失を計上した。平成五年度においてもこれらの施策は更に継続して実行され、特に前記③人件費効率向上などコスト構造改革は、同年度以降の経営の最重要課題として地上職、客室乗務職及び運航乗務職など被告の全部門にわたって実施されることとなった。

本件の勤務基準の改定は、この人件費効率向上などコスト構造改革とつながりがあり、労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務グループ長以下が一緒になって、人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改訂実施に向けて検討を進め、路線構成の変化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準の作成と、人的生産性の向上という観点から立案された。すなわち、それまでの勤務基準を定める旧勤務協定は、いわばジェット機の黎明期(第一世代機といわれるDC八型機が導入された時代)であった昭和三六年に締結されたジェット協定を原型とし、昭和四一年に締結された「運航乗員の勤務に関する協定書」とほぼ同内容の勤務基準を定めるものであって、制定後二〇年以上を経過していた。その後、めざましい技術革新の下に機材の性能が大幅に向上した第三世代機、第四世代機が順次主力機となり、長距離路線の直行便化が進められる等、路線便数も当時とは大きく変化した。他社はこうした運航環境の変化に対応してシングル編成による乗務の制限時間を延長する等の措置を採ったりしていたが、被告ではこのような路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見直しがなされないまま運航乗務員の勤務が続けられてきた。例えば、昭和六一年当時には乗務時間制限に関する国の具体的基準が定められていなかったという状況の下で、全日空はその運航規程を改定して三名編成機シングル編成の乗務時間制限を一二時間とした上で、一一時間を超えるロサンゼルス線のシングル編成による運航を始めたり、昭和六〇年から、欧州線直行便の開設、米国との航空協定による他社の太平洋路線への参入等により競争が激化する中で、米国他社が太平洋線をシングル編成で運航し、あるいは欧州線直行便をマルティプル編成で運航したりしているのに対して、被告は太平洋線をマルティプル編成で、あるいは欧州直行便をダプル編成で運航していた。

地上職に関しては、平成四年度の定員に対し同五年度は七〇〇名の定員削減を実施したほか、整備作業等の一部を海外に展開することによりコストの外貨化を図り、これによって人件費効率の向上を実現し、さらに特別早期退職優遇措置の実施、管理職進路選択制度及び管理職転進援助休暇制度を各導入して管理職等の削減を図り、賃金等の面においては日曜祝祭日手当の定額化、シフト手当の解消、冬季手当の減額、通勤制度の見直しなどにより人件費効率の向上を図った。客室乗務職に関しても、外国人客室乗務員比率を増加させることによりコストの外貨化を図ったほか客室業務の委託化推進、前記特別早期退職優遇措置の実施による人員削減を実現し、通勤制度を見直し通勤費の削減を図り、さらに賃金面においては特別乗務手当の見直しなどを実施した。

また、右の施策とは別に、会社は役員賞与の不支給、役員報酬の減額、役員専用車の廃止、役員数の削減、顧問の勇退、広報宣伝販促費、日常交通費等の大幅削減、さらには管理職月例賃金の減額、賞与の減額など経費の削減を行った。例えば、役員賞与は平成三年度決算以降不支給となっているほか、報酬は現在一三ないし三〇パーセントの減額が行われている。役員専用車は平成四年度以降代表取締役を除きすべて廃止された。平成五年度には役員数を三名削滅し、また二〇名の顧問が勇退した。

(五) 航空審議会の答申(乙四三、証人)

航空審議会は、運輸大臣の諮問機関であり、三四名の委員で構成され、うち三名は航空会社の委員であり、残り三一名は労働界、言論界、マスコミ、学識経験者その他の産業界からの委員である。その航空審議会に設けられた競争力向上小委員会(委員一五名)は、平成六年六月「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」という答申を行った。その答申は、「我が国航空企業を取り巻く環境が急激に変化しつつあることを受け、今や緊急の課題となっているその競争力向上のため、航空企業及び行政の双方が採るべき方策についてとりまとめたもの」とされているが、「我が国航空企業の国際競争力の向上を図るための課題」の項では、「我が国航空企業の向上を図るためには、以下の課題に適切に対処し、低コスト体質への転換及び収益力の強化を図ることが必要である。その場合、基本的には、我が国航空企業自らがこれらの課題に積極的に取り組むことにより、国際競争力の向上を図るべきことはいうまでもない。そのためには、競争意識を社内に徹底させるとともに、その意識を持ってこれらの課題に取り組むことが極めて重要である」とし、これを受けて「我が国航空企業の国際競争力の向上を図るための方策」の項では、低コスト体質への転換を図るに際しては、総費用に占める固定費の割合が他産業と比べて相対的に高いために固定費を中心にコストの削減を進めるべきであること、整備作業の海外への展開や乗務員への外国人の導入等コストの外貨化を幅広く進めるべきであること、各社が業務を共同化することによりコストを削減すべきであること等を指摘するほか、収益力の強化の方策、さらには行政による環境の整備として色々な規制の見直しを進めるべきだとの提言をする等広範な内容の答申になっている。

(六) 本件就業規程の変更による経済的効果及び人員削減効果(甲四七、甲四八、甲八七、甲四七六の一ないし三、甲四七八、乙一一四、乙一五〇、甲五六九、証人、証人、証人、原告F本人)

本件就業規程の変更は、乗務時間、勤務時間の規制の緩和、指定便スタンバイの廃止等を内容とするものであるところ、乗務時間、勤務時間の規制の緩和により、これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能となり、指定便スタンバイを廃止することによりスタンバイの起用範囲が拡大され、当該要員の効率化が図られることになる。

時間制限の緩和による具体的なマンニング削減効果(本件就業規程の変更前後の必要乗員数の差)については、証人は一八〇名とし、証人は、平成五年下期一〇〇名(二〇ないし三〇組に当たり、それは、平成五年三月一八日に開催された「平成五年度実行委員会」説明会において、乗員組合に説明された。)、平成六年度四月時点で機長約五〇人(会社在籍機長数の約四パーセント)、副操縦士約七〇人(同副操縦士数の約九パーセント)、航空機関士約三〇人(同航空機関士数の約六パーセント)の合計約一五〇人とし、平成一一年一月時点で約二五〇名とする。一方、原告Fは一一〇名としている。平成一一年一月時点で被告と原告らの試算に差が生じているのは、主として計算の前提となる算入要素に差異があるからで、例えば、原告らは、当時運航のなかった路線や就業規則の変更前後を問わずマルティプル編成である路線については算入していないが、被告は、これらについてダブル編成の想定で算入したりしているためである。また、経費については、特定経費で約三億円との数字が上がっていたが、具体的な資料はない。

(七) 本件就業規程変更後の被告の経営状況等(甲五五四ないし甲五五八、甲五七八)

本件就業規程変更後の被告の経常損益の状況は、既に述べたように平成五年度は二六一億円の経常損失を計上したが、平成六年度二八億円、平成七年度四三億円の経常利益をそれぞれ計上し、平成八年度は再び一六九億円の経常損失を計上したものの、平成九年度七六億円、平成一〇年度三二五億円の経常利益をそれぞれ計上している。

そして、平成一〇年三月一九日に開催された経営協議会において、被告は、平成九年度業績を下方修正し、併せて「九八―二〇〇一年度中期計画」を発表した。その内容は、ホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計上し、被告本体の累積損失五七六億円と合わせて、一五四六億円の損失を資本準備金等を取り崩し一掃するというものであった。平成九度損益計算書をみると、損失処理計算書で任意積立金、利益準備金、資本準備金を合計で一五一七億円取り崩していると表示されている。これに伴い関連事業の見直し・整理を行い本業集中を図るという計画であった。

なお、平成九年度の有価証券報告書によれば、子会社・関連会社合計一〇社の損失金額は、合計六〇七億三〇〇〇万円であった。

2  次に、前記認定を踏まえ、本件就業規程の変更の必要性の有無について判断する。

ところで、原告らは、本件就業規程の変更は、賃金を除く基本的な労働条件(乗務によって生ずる疲労、眠気、睡眠障害、体内リズム障害等を適切に規制し、安全に運行することに専念できるよう保障した勤務基準ないし条件)の一方的な不利益であり、労働者の健康、ひいては運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものであるから、その必要性については、「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性」がなければならないとし、それがあるというためには、抽象的、一般的な経営危機による経費削減というだけでは足らず、本件就業規程変更時の具体的なコスト削減効果の予測、実際のコスト削減効果、実現されたコスト削減効果の被告の財政全体に対する比率、本件就業規程変更以外により打撃的でない他に取りうる手段のないこと、本件就業規程変更を行うべき緊急性について、被告は主張、立証しなければならない旨主張する。

本件就業規程の変更内容は多岐にわたっているが、前記のとおり、乗務時間制限及び勤務時間制限等のように航空機の航行の安全にかかわるものについては、変更後の内容が、運航業務に従事する時間が過大なものであったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すようなものであれば、変更後の規定の内容自体の合理性が否定されるし、運航乗務員の生命、身体の安全に対する危険が許容限度を超えて存在する以上、不利益性が著しく大きいから、たとえ、変更の必要性が高度であっても、法的規範性を是認することができるだけの合理性はないと解すべきであって、この見地に立って既に判断してきたとおりである。これに対し、航空機の航行の安全に直接関係しない勤務基準を定める規定については、最高裁判所の判例法理に従い、変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断すべきである。この判断に当たっては、経営状況の悪化はもとより、本件就業規程の改定に伴うコスト削減効果の予測、実効性、代替可能な他の手段の有無、緊急性といった事情も一要素として考慮されることになるのは論を待たない。しかし、一方、判断に当たって考慮すべき事情はそれらにとどまらないし、状況に応じて、考慮すべき事情にも差異を生じることになり、これもまた、各条項ごとに個別的な検討が必要となるというべきである。

各条項についての個別的な検討は、後述するとして、まず、ここでは、全体としての本件就業規程の変更の必要性の内容及び程度について検討する。

3  被告は、本件就業規程の変更の必要性について、業績悪化を背景とした構造改革施策の実施の一環として人件費効率の向上を図る目的であった旨主張する。

(一) そこで、まず、被告の経営状況について検討することとする。

(1) 被告の経常損益の推移をみると、被告は、第一次オイルショックによる燃油の高騰により営業費用が増加した昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二六六億円、九八億円、羽田沖事故のあった昭和五七年度に二七一億円、御巣鷹山事故のあった昭和六〇年度に一六億円(ただし、営業利益は一九二億円の黒字)のそれぞれ経常損失を計上したことがあるほかは、平成三年度に経常損失を計上するまで経常利益を上げてきている。ところが、平成三年以降、被告は、平成三年度六〇億円、平成四年度五三八億円、平成五年度二六二億円と三期連続の赤字となった。被告にとって、平成三年度は完全民営化(被告は、もともとその株式を国が三〇パーセント保有する特殊法人であったが、それは昭和六〇年一二月に廃止されている。)以降の会計年度(昭和六一年度)でいえば初めての赤字であっただけでなく、平成四年度の経常損失額は、特殊法人の時代を含めた創業以来最高額であり、それまで、赤字になっても短期で業績を回復してきた被告にとって三期連続で経常損失を計上したのは極めて異例のことであった。営業損益についても同様で、被告は、昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二七一億円、一一億円、昭和五四年度に三億円、昭和五七年度に八三億円の営業損失を計上したことがあったほかは、営業利益を上げてきたのが、平成三年度一二九億円、平成四年度四八一億円、平成五年度二九三億円と三期連続で巨額の損失を計上したのであり、被告にとってやはり極めて異例なことであった。売上高も、それまでは経常損失を計上した年度でさえ、若干なりとも増加していたにもかかわらず、平成三年度一兆一一四六億三二〇〇万円で前期比0.4パーセント、平成四年度一兆〇三三九億六〇〇〇万円で前期比7.2パーセント、平成五年度九八二三億一三〇〇万円で前期比5.0パーセントのそれぞれマイナスと三期連続で減少している(以上前記1(一)(1)、乙一三ないし乙一五、乙一八、証人)。しかも、被告の売上げの六五パーセントを占める国際線収入は、前期比で、平成三年度マイナス3.2パーセント、平成四年度マイナス11.0パーセント、平成五年度マイナス7.1パーセントと、三期連続、かつ売上高全体のマイナスを上回る割合で減少を続けた(前記1(一)(2))。また、国際線総需要が四パーセント増加し、被告も経常利益を上げていた平成二年度、既に有償旅客キロ(PPK)が前期比3.5パーセントマイナスとなっており、日本発着国際線の供給シェアも昭和六一年度に32.1パーセントだったのが、平成二年度には二四パーセントにまで低落していた(前記1(一)(2))。

このように三期連続で、売上高が減少し、経常損失及び営業損失を計上し、特に平成四年度は過去最高の経常損失を計上したこと、しかも、被告の売上げの主要部分を占める国際線収入の分野での売上げ減の割合が大きく、経常利益を上げていた平成二年度ころから有償旅客キロ、日本発着国際線の供給シェアの各低下の傾向があり、被告の国際競争力が相対的に低下していた事情がうかがえることからすれば、さらなる売上げ減、経常損失及び営業損失を生じ続けることも予想されるような状況であったということができるのであって、被告の経営状況が悪化していたことは明らかであり、被告が危機感を抱くに十分な事態に陥っていたというべきである。

(2) ところで、原告らは、証人の分析(前記1(一)(10))を根拠として、単会計年度の経常損失だけで経営状況を固定的に捉えることは誤りを犯すことになる旨主張する。

確かに平成三年度まででいえば、被告の単会計年度の業績悪化は短期間で回復している(なお、二期連続で赤字であった昭和四九、昭和五〇年度を見ても昭和五〇年度については赤字額が大幅に減少しており、業績の回復は顕著であるということができる。)し(前記1(一)(1))、国際線の営業を主力としているため世界情勢の影響を受けやすい被告の場合、そうした外部的な要因が取り除かれることで急速に業績を回復させることも考えられ、単会計年度の経常損失だけで経営状況を固定的に捉えることが適当でない場合があることは否定できず、その限りで原告らの主張にも理由がないわけではない。しかし、一方、単会計年度の赤字であっても、その原因及び今後の見通しによっては、重大な意味を持つこともあり、それを無視し得ない場合もあるというべきである。そして、被告においては、平成三年度以降三期連続で経常損失を計上した上、被告の営業の主力である国際線に関し、既にそれ以前から国際的競争力の相対的な低下傾向が見られていたことからすると、単会計年度の経常損失だけによる判断ということはできないと同時に、平成四年度の赤字は、見過ごしにできない問題があったというべきである。

なお、原告らは、単会計年度の計上損失だけで経営状況を判断するのは誤りだとする根拠として、平成六年度以降被告が経常利益を上げていることも主張するが、既に被告は、平成四年六月に構造改革施策を策定して以降、経営状況を改善するための施策を順次実施していた(前記1(四))のであるから、その後被告の経営状況が好転したからといって、本件就業規程の変更当時被告に経営状況の悪化という事態は生じていなかったことの根拠とはならない。

(3) また、原告らは、証人の分析(前記1(一)(10))を根拠に平成四年度の経常損失、営業損失を資本利益率(投下した資本額に対する割合)でみると、それほど大きなものではないと旨主張する。

しかし、原告らが比較の対象として挙げる昭和五〇年(昭和四九年度)、昭和五八年(昭和五七年度)は、いずれも被告が完全民営化される以前のことであるし、航空業界をめぐる状況も当時とは異なる(特に、業界全体の自由化、規制緩和の流れの中で競争が激化し、運賃の低価格化が進行している状況下(前記1(三))では、短期間での大幅な売上げ増を期待するのは困難である一方、経営状況の変化に迅速に対応できなければ、重大な結果を招くことにもなりかねないことは容易に推測できる。)ことからすれば、単純に比較することはできない上、繰り返し述べてきたように平成四年度のみ赤字であったのではなく、平成三年度から年々売上高が減少し、三期連続で経常損失、営業損失を計上し、被告の国際的な競争力の相対的な低下傾向が見られる状況だったことからすれば、被告の経営状況に問題点があったことは明らかであり、平成四年度の赤字も資本利益率の観点から見て大きなものではなかったとしても、企業経営の中で通常生じうる程度の赤字で被告にとって深刻なものではなかったということはできない。

(4) さらに、原告らは、証人の分析(前記1(一)(10))を根拠に企業の本当の実力(体力)を評価するには、「公表された利益」から、引当金、貸倒引当金、退職給与引当金、減価償却による「利益の費用化」、資本準備金による「利益の資本化」たよる「実質的な利益」の縮小化を考慮に入れなければならないとし、これを前提として被告の実質的資本率を経常損益のレベルで推計すれば、平成四年度はマイナス一ないし二パーセントにすぎない、内部留保も高い水準を維持しており、被告には十分な企業体力がある旨主張し、現に被告が平成一〇年、資本準備金一二九九億円、利益準備金七三億円、任意積立金一四四億円の取り崩しを行って、特別損失九七〇億円、累積損失五七六億円を一掃したことで明らかであるとする。

確かに、引当金、貸倒引当金、退職給与引当金、減価償却費、資本準備金を計上できないような会社であれば、それこそ単会計年度でも赤字が発生して資金繰りに窮すれば倒産に直結するのであり、その意味でいえば、被告が平成三年度から三期連続で赤字であったとしても、なお経営を存続していくことができるだけの、いわゆる企業体力があり、直ちに倒産するという状況にはなく、その限度では、原告らの主張は肯定できる。

しかし、資本準備金、利益準備金、任意積立金等を取り崩してまで損失を一掃しなければならないという状況自体、既に健全な経営状況とは到底いえず、経営者としては、直ちに何らかの対策を求められる事態であるということができる上、その後も赤字が恒常化することが予想されるとすれば、近い将来倒産の危機に瀕することは明らかなのであるから、経営者としては、そのような場合、これを放置することはできないのであって、経営上深刻な事態であるというべきである。

(5) したがって、本件就業規程の変更当時、被告の経営状況はまさに倒産の危機に瀕していたということはできないとしても、少なくとも被告が早急に何らかの対策を講じなければならないとの危機感を抱くのも当然である程度に悪化していたということはできる。

(二)  しかし、被告が前記のような経営状況にあったとしても、本件就業規程の変更の必要性は、直ちに肯定されるわけではない。本件就業規程の変更によっても、経営状況の改善に何らの寄与もないとすれば、そもそも就業規則を変更する意義はないからである。それには、被告の経営状況悪化の原因や被告の収支構造の問題点について検討した上、本件就業規程の変更が被告の達成しようとした目的との関係で有効なものであったかどうかについて検討する必要がある。

そこで、まず、被告の経営状況悪化の原因及び収支構造の問題点について検討する。

(1) 被告においては、平成三年度から平成五年度にかけて、売上高が減少しており、それぞれ前期比0.4パーセント、7.2パーセント、5.0パーセント減少しており、それを被告の収入のうち、その六五パーセントを占める国際線の旅客収入・貨物収入についてみると、やはり平成三年度に前期比マイナスに転じ、平成四年度11.0パーセント、平成五年度マイナス7.1パーセントの減少と売上高全体の減少を上回る割合で減少している(前記1(一)(1))。これは、平成三年ころの世界経済の低迷、バブル経済の崩壊が大きな原因であったことは、国際線の平成三年度の有償旅客トンキロが第二次大戦後はじめて対前年度比マイナス3.5パーセントになったこと(前記1(一)(2))からも明らかであるといえる。しかし、被告においては、営業収入水準の最も高かった平成二年度、国際線収入は2.7パーセント増加しているものの、昭和五五年以降順調に推移し、昭和六三年度、平成元年度では前期比一〇パーセント前後の増加を示していたこと(前記1(一)(2))からすると、既にそのころから国際線収入の伸びにかげりが見え、さらに国際線総需要が四パーセント増加していたにもかかわらず、被告の有償旅客キロは3.5パーセント低下し、日本発着国際線の供給シェアも昭和六一年度の32.1パーセントから二四パーセントにまで低落するという状況になっていたこと(前記1(一)(2))からすれば、被告の売上高減少の原因は、世界経済の低迷やバブル経済の崩壊のみではなく、被告の国際競争力の相対的低下傾向にもあったということができる。ただ、旅客数でみると、必ずしも減少しているわけではなく、営業収入水準の最も高かった平成二年度と比較しても、平成五年度、平成六年度は、一〇八パーセント、一二〇パーセントと増加しているというのであり(前記1(一)(3))、結局、平成二年度に比較して平成六年度にはマイナス二八パーセントにもなったイールド(単位当たり収入)の低下、言い換えれば運賃単価の低下も売上高減少の一因であったということができる。こうしたイールド低下の原因には、バブル経済崩壊後の景気回復が遅れる中で各企業が出張、渡航費用の削減に努めた結果、エコノミークラスと比較して、運賃単価が七倍から一〇倍以上もの高額になるファーストクラスやビジネスクラスの旅客が大幅に減少したこともあるが、消費者の低価格志向、価格競争の激化にあった。そして、世界の航空界が自由化、競争促進の方向に進んでいることや航空機の利用が日常的な交通手段となって、消費者の低価格志向に変化が望めないことに照らせば、イールドの伸びは期待できないとした状況であったという(前記1(一)(3))。

これらのことからすると、被告の営業収入の減少の原因としては、平成三年ころの世界経済の低迷、バブル経済崩壊のみならず、被告の国際競争力の相対的低下及び運賃単価、すなわちイールドの低下があったということができる。

(2) ところで、原告らは、こうした低収入単価は、巨額の特販費の投入によって被告自らが作り出したものである旨主張し、また、巨額の特販費のわずかを削減するだけで、被告の業績の悪化は回避できる旨主張する。

確かに、特販費が年々増加傾向にあるのは明らかであるし、特販費は、会計上控除して売上げを計上することが認められていることから、違法であるということはできないものの、帳簿に記載されないため、それが適正なものであったかどうかについて後に検証することができないもの(前記1(一)(7))で、そうした支出の方法の当不当の問題が生じる余地はある。

しかし、低価格化は、平成三年以降、世界の航空会社が価格政策を大きく転換させ、低価格を前面に押し出して需要の喚起とシェアの維持を図ろうとしてきた状況を無視して考えることはできず、円高を背景に外国航空会社が価格値下げ余力を獲得し、市場で激しい価格攻勢を続け、それが消費者の低価格志向にも合致した結果であり(前記1(三))、被告はむしろその対抗策として特販費を増加させなければならない状況に追い込まれていたというべきで、被告が自ら低収入単価を作り出したということは到底できない。また、こうした特販費の投入を被告が行わないとすれば、外国航空会社の価格値下げに対抗できず、更に売上高を減少させるおそれがあったことは、消費者の低価格志向からしても容易に推測できることであって、原告らの主張するように、単純に特販費の削減によって業績悪化を回避することができたとはいえない。すなわち、世界的な低価格化の傾向の中にあって、原告らの主張するように、特販費を削減した場合、実際に被告が上げただけの営業収入を維持できない可能性も多分にあり、かえって営業収入が減少するおそれもあったことは否定できないからである。

なお、この点に関し、証人も、特販費が帳簿に記載されず、不明瞭な支出であることに対しては、強く非難するものの、その必要性までを否定していないことからも、右のようにいうことができる(証人)。

もっとも、被告が不必要なまでに特販費を投入していたというのであれば、原告らの主張も根拠のないことではないが、平成九年時点でさえ、被告の料金に対する評価は世界の主要航空会社中最低であり、例えば、ヨーロッパ路線について、被告のキックバックが欧州系中堅エアラインの半額以下であること(前記1(7))に照らせば、被告の特販費の投入が直ちに不必要なまでの、あるいは不適切というべき程度の額に達していたということはできない。

したがって、直ちに特販費の投入が被告の業績悪化の原因であるということはできない。

(3) これまで、主として営業収入について検討してきたが、営業経費もまた営業損益に重要な影響を与えるものであるから、この点について検討する。

被告においては、昭和六〇年ころまでは営業経費中半分以下であった固定費(機材費、人件費、不動産賃借料、広報宣伝費等)が平成二年度になると逆転し、変動費(燃油費、販売手数料、整備費等)の四三パーセントに対し、固定費が五七パーセントを占めるに至り、固定費の伸びが生産量の伸びを上回るようになっている。被告において、ブレークイーブンをみると、昭和六二年度以降六五パーセントを超え、平成四年度には六八パーセントに近い値になる一方、ロードファクターは平成四年度六五パーセントを下回り、営業レベルでいえば、収支が均衡しない状況となった。また、単位コストを外国他社と比較すると、平成二年度以降、被告の円建て単位コストは低下したものの、急激な円高によりドル建て単位コストは上昇し、米国他社の自国通貨建てコストの上昇にもかかわらず、ドル建てで被告の単位コストを比較すると、平成四年ころ、外国他社より二ないし三割高くなった。(以上前記1(一)(4)

これらのことからすると、営業損益の悪化は、単位コストの上昇、すなわちブレークイーブンの上昇とロードファクターの低下に原因があり、平成二年度以降その割合が年々増加している固定費がブレークイーブンの上昇に影響を与えたことは否定できない。

ここで、原告らは、ブレークイーブンロードファクターによる分析は、営業レベルのものにすぎないから巨額の営業外収益、営業外費用の発生する被告においては、その収支構造を正確に示すものとはいえず、被告の収支構造を把握するためには損益分岐点分析が必要である旨主張する。確かに、経常損益レベルで収益構造を検討しなければならない場面では、原告らの主張するように損益分岐点分析が有効であるということはできる。特に、被告においては、後記のとおり、営業外費用についても問題があることからすれば、損益分岐点分析は不可欠ともいえる。しかし、被告においては、売上高自体が減少し、平成三年度から平成五年度にかけて、一二九億円、四八一億円、二九三億円の営業損失を計上し(前記1(一)(1))、平成三年度及び平成五年度では、その額はそれぞれ六〇億円、二六一億円と経常損失を上回っている状況であることからすれば、営業損益の悪化が無視できない問題であることは明らかである。しかも、航空業界における規制緩和が進行していく状況の中にあっては、競争が激化するのは必至であり(前記1(三))、被告がその中で存続していくために、営業レベルに問題があるとすれば、もはやそれを放置することができないことも明らかであり、営業レベルでの分析に意味がないということはできない。

固定費のうち、人件費についてみると、自国通貨建ての割合が高いことから円高による影響を強く受け、被告の運航乗務員生産量単位当たりの人件費及び運航乗務員一人当たりの人件費は、外国他社と比較すると極めて高くなってしまった(前者についてはルフトハンザに次いで、後者についてはキャセイパシフィックに次いでそれぞれ被告が高い。)。また、固定費に占める人件費率も、運航委託費を含めて国際線だけで比較すると、単純に被告が低いということもできない。なお、被告において、運航乗務員一人当たりの生産性は二〇年で2.5倍に向上し、平成五年度の実績で、外国他社と比較しても上位に位置しているということができるのであるが、それは主として、国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸びと大型機の積極的な導入によってもたらされたものであるが、被告においては、それはもはや限界状況にきており、大型機の導入が遅れている外国他社と異なり、この面で生産性を向上させることは困難な状況に来ていたという。(以上前記1(一)(4))

(4) これに対し、原告らは、被告の経営状況悪化を営業費用の面でみると、その原因は、過大な設備投資及び不要な運航委託である旨主張する。

被告の設備投資には航空機の購入も含まれており(平成四年から平成八年までの五年間に五五機、二五〇〇億円の計画)、これらが被告の固定費を上昇させることになるのは明らかである。また、設備投資には多額の資金を必要とし、多額の借り入れを行うことになるが、それは支払利息の増加を招くことになるだけでなく、設備投資によって減価償却費も増加することから、これらが営業外収支の悪化を招き、ひいては経常損益に悪影響を及ぼすことも否定できない。

もっとも、航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、その借入金に対する支払金利が巨額の営業損失となるという構造的体質を持っていること、昭和六〇年度から平成二年度について被告の機材費の伸びが1.86倍であるのに対し、全日空、日本エアシステムの機材費の伸びがそれぞれ1.97倍、1.98倍であること、被告は、旅客便総生産(ASK)の伸びにしても他の二社に劣っていること(前記1(一)(5))に加え、古い機材を新しい機材に更新することは不可欠であるし、大型機の導入は、運航乗務員一人当たりの生産性を高めることになり、単純に不必要であったということはできないことなどからすると、直ちに過大投資であったとは言い難い面はある。

しかし、被告においては、主要な大型機B七四七―四〇〇の稼働時間が平成二年六時間四七分、平成四年七時間三三分、平成六年九時間三八分で、それぞれ一四時間五四分、一五時間〇九分、一五時間五〇分で主要航空会社中最高のルフトハンザと比較すると極めて短く、座席利用率も平成元年度の74.25パーセントから平成五年度66.40パーセントと低下しているほか、遊休化している機材もある。(以上前記1(一)(6))

こうした事実に照らすと、被告において、B七四七―四〇〇型機が国内線にも多く使用されていたことを考慮してもなお、被告の設備投資に需要を超える面があったことは否定できない。

また、平成六年三月二一日にエバーグリーン及びカンタス航空に対する運航委託を打ち切っていること(前記1(一)(8)からすると、実際には、運航委託に一部不要なものがあったことも否定できない。

ところで、設備投資及び運航委託は、平成二年度末、平成三年度末の五か年度の事業展望において、各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしたことを前提に行われたものであるところ(前記1(一)(6)、(8))、この間の実際の事業規模の拡大が三ないし五パーセントにとどまったため、結果として、設備投資が需要を超えることになり、運航委託に一部不要なものがあったということになったのであるが、政府機関や各種経済機関が平成三年度以降もGNPについて三ないし五パーセントの成長を続けることを予測していたこと、中長期的には日本の海外渡航需要は順調であろうと予測されたにもかかわらず、日本発着の国際旅客に対する供給力が低下していたところ、シェアの維持は極めて重要であったこと、三大プロジェクトの進展による需要の拡大が予想されたこと、一方、イールドの伸びは将来的に期待できなかったこと、三大プロジェクトに備え、機材の準備や運航乗務員の確保は短期間に行えるものではないことなどの事情に基づいて行われたものであった(前記1(一)(6)、(8))。

これらのことからすれば、設備投資及び運航委託に関する被告の経営判断が直ちに誤りで非難されるべきものであるとはいえない面はあるが、結果として、設備投資が需要を超え、運航委託の一部に不要なものがあったのは前述のとおりで、それが被告の経営状況の悪化の一因となっていることは否定できない。

(5) 次に営業外収支について検討する。

航空運送事業は、航空機の購入をはじめ、巨額の設備費を必要とし、その借入金に対する支払金利が巨額の営業損失となる構造的体質を持っているとしても、被告においては、平成元年度までは、毎年二〇〇億円台の営業外損失を計上する程度であり、平成二年度、平成三年度はそれを巨額の受取利息及び配当金で補い、小幅の赤字にとどめてきたのが、平成四年度以降、受取利息及び配当金は半減する一方、支払利息は四〇〇億円以上と急激に増大し、大きな営業外損失を計上することになっている(前記1(一)(5))。

既に営業費用について述べたように、被告は、設備投資を行うについて、結果として被告の予想どおりの経済成長が現実のものとはならなかったことや三大プロジェクトへの対応を前倒しで行ったことから、設備投資が需要を超え、それが支払利息を増大させたことは明らかである。

したがって、この面でも、需要を超えた設備投資が被告の経営状況悪化の一因であったことは否定できない。

(6) また、原告は、被告の経営状況悪化の原因として、ドル先物予約の失敗を主張する。

被告は、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年にわたる長期の為替買入予約を行ったが、ドル相場が被告の行った予約開始から約二か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため、巨額の為替差損が生じ、昭和六〇年度から平成八年度まで(ただし、平成七年度、平成八年度は推計)の累計で二二〇〇億円に達する。平成三年度から平成五年度にかけては、それぞれ一七二億円、二〇三億円、三〇〇億円の損失となっている(前記1(一)(9))。ただ、被告は、為替予約したドルを航空機購入の支払に充てたため、帳簿上は差損を生じていない。しかし、円高により、円換算すると、一機当たり他社より約八〇億円高い航空機を購入したことになり、営業費用のうちの機材費(固定費)を増加させることになったと同時に、平成二年度以降、営業外費用のうち、減価償却費を毎年約六〇億円増加させることになり、それは、営業外損失全体からみると、一パーセント程度に相当する(前記1(一)(9))が、営業外収支に影響を与えなかったということはできない。

ところで、被告のように、航空機の購入など、外貨取引の非常に多い企業は常に、為替リスクにさらされているため、将来の為替変動によって被りかねない損失に備え、リスクヘッジとして為替予約を行うのが一般的であり、被告もリスクヘッジの目的で為替予約を行った(前記1(一)(9))。監査役の警告にもかかわらず、長期間の為替予約を行った点については、当不当の問題が生じる余地があるにしても、監査役の警告に従わないことが直ちに経営判断の誤りということもできないし、期間が長いことや過去に被告が為替差益を上げたという事実(前記1(一)(9))だけから、被告の行ったドル先物予約が投機目的であったと結論付けることはできないこと、被告のように外貨取引の多い企業の場合、為替予約自体は有効であること(証人)などに照らせば、結果としての為替予約の失敗について、直ちに被告の責任を云々することはできないというべきである。また、減価償却費自体は、被告の減価償却の方法の変更によって、平成三年以降減少傾向にある(甲二一四)。もっとも、だからといって、為替予約が営業外収支に影響を与えなかったとはいえないことは、既に述べたとおりである。

(7) さらに、原告らは、被告の経営状況の悪化は、子会社・関連会社に対する無謀な投資が原因である旨主張する。

被告の子会社・関連会社への投資及びその損失については、前記1(二)のとおりであり、原告の主張する被告の子会社・関連会社(平成九年度有価証券報告書(甲五五七)によれば、被告の子会社・関連会社は合計約二〇〇社ある。)の収支状況は悪く、被告の投資が被告にとって利益とならなかったものといわざるをえない。しかも、子会社・関連会社の損失は、平成九年度有価証券報告書の中で関連事業費評価損として掲げられ、その額は合計六〇七億円余りに上っており、また、平成九年度被告がホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計上し、資本準備金等を取り崩して一掃しており(前記1(八))、そのことからしても、被告の子会社・関連会社への投資が多額の損失を招き、被告の財務内容を悪化させる結果になったことは否定できない。

しかし、一方、被告の経常収支の悪化の観点からみると、これらの子会社・関連会社の投資とその失敗がどの程度の影響を及ぼしたのか判然としない面もある。例えば、JUSTについては、機材の購入を被告が行っている(前記1(二)(1))ので、機材費、借入金及び減価償却費の増加という形で被告の経常収支に影響を与えた可能性はあるものの、その他については、関連事業評価損として計上されている範囲で被告の財務内容に影響を及ぼしたことは明らかであるにしても、経常収支への影響はなお明らかではない。

(二)  これらのことからすると、被告の経営状況悪化の原因は、営業収支の面では、イールドの低下、円高による人件費の高騰、需要を超えた設備投資、運航委託費などであり、営業外収支の面では、設備投資に伴う支払利息の増加、減価償却費などであり、被告の健全な企業体質を阻害する要因として子会社・関連会社への投資及びその経営の悪化を挙げざるを得ない。こうしてみると、被告の経営状況等悪化の原因は、主として営業費用中の固定費にあるといえるものの、具体的には種々の原因によっていることが分かる。これに対して、被告が平成四年六月に構造改革施策を策定して以降、被告が実施してきた対策を検討してみなければならない。右のように経営悪化には種々の原因があるにもかかわらず、その多くを放置し、本件就業規程の変更という、いわば労働者のみにそのしわ寄せをすることは、経営状況の改善を図ろうとする観点から有効といえないばかりか、相当ともいえず、その必要性を肯定することはできないというべきだからである。

ただ、原告らの主張するように、経営状況悪化は経営者の責任であるとして、そのことから直ちに本件就業規程変更の必要性を否定する議論に与することもできない。確かに、既に業績が悪化した状況下において、緊急性、必要性に劣る投資を漫然と行い続けるなどの事情があれば、その妥当性を問われることは当然のことであるし、経営責任があるとすれば、別途それが追及されることになることも、また当然である。しかし、現に客観的に経営状況が悪化しているのに、その責任が経営者にあるからという理由で、経営者が、例えば、その対策として就業規則の変更が極めて有効であるにもかかわらず、それをできないとすれば、経営状況の悪化を徒らに放置することになり、更に重大な結果を招くことにもなりかねず、経営者としてはそのようなことが許されるはずもないからである。

(三) このような状況に対し、被告の取った対策、すなわち、構造改革施策は、①事業運営体制の再構築、②生産面の改革、③コスト構造改革、④販売構造改革、⑤意識構造改革を柱とし、具体的には、①については、国内線の拡充、新規事業投資の見直し・効率化、②については、不採算路線を廃止し、高需要高収益路線の増強を内容とする国際線路線の再編成、需要の変動に対応できるような運航委託、航空機のリース化を図ること、③については、航空機投資及び設備投資の削減、人件費効率の向上、④については、人員削減、人件費の直接的な削減、客室乗務職及び運航乗務職への外国人の導入、整備作業の海外展開や本社業務の一部移転などコストの外貨化、⑤については、国際旅客に関し外人業務旅客やエコノミークラスの旅客への取り組み強化、国内旅客に関しサービス強化、価格維持などのイールドの向上、流通戦略、⑥については、新しい労使関係の構築、業務運営の見直し等を行うものであり、ブレークイーブンの高い体質から脱却し、国際コスト競争力の強化を最重要課題とするものの、その具体的な施策は被告の経営全般にわたるものである(前記1(四)、乙八)。

さらに、「九三―九四年度サバイバルプランと九七年度までの中期展望」は、収支改善を最優先し、九三年度「収支均衡」、九四年度「黒字化」の実現、九五年度以降は安定的な黒字化を目指すことを目的とし、①国内線重点展開の推進、②抜本的な費用並びに投資の見直し及び効率化の推進によるコスト競争力の再構築、③マーケット構造の変化に対応した販売・流通戦略の再構築、④九五年度以降は環境の変化に即応しうる事業計画上の「柔軟性」確保を重点施策とするもので、構造改革施策を前倒しし、深化させた内容である(前記1(四)、乙九)。

これらを具体的に経営状況悪化の原因との関係でみると、国内線の拡充、サービス強化、国際線路線の再編成、マイレージ制度の導入、増大する個人旅行への対応、自社系流通の育成(乙八、乙九)などは、売上高の増加を図るものであり、人員削減、人件費の直接的な削減、航空機投資及び設備投資の削減、運航委託や航空機のリース化、客室乗務職及び運航乗務職への外国人の導入、コストの外貨化、国際線路線の再編成などは、営業費用の削減、イールドの向上を図り、航空機及び設備への需要を超えた投資を是正すると同時に、支払利息及び減価償却費の削減を図る。特に投資削減については、航空機、三大プロジェクト等投資の抑制だけでなく、新機関連事業投資の原則凍結なども含め、「九三―九四年度サバイバルプランと九七年度までの中期展望」は、「九二―九六年度展望と九二―九三年度事業計画」に比較して、さらに平成五年度以降各年一〇〇〇億円の投資削減を図っており(乙九)、これは子会社・関連会社への投資を含むもので被告の財務内容の健全化をめざすものである。投資の削減は、その後も「九四―九五年度サバイバルプランと九八年度までの中期計画」において、平成六年度の投資は、一五〇〇億円削減し、前計画を半減する四四〇〇億円まで削減することとされている(前記1(四))。また、国内線の拡充は、運航乗務員のマンニングが逼迫しつつあった被告にとって、運航乗務員の訓練確保の場の拡大という観点からも重要であった。

右によれば、被告は、国際コスト競争力の強化を最重要課題とし、本件就業規程の変更を除いても、同時並行的に経営状況悪化の原因に対応した、経営状況を改善するための全般的な手段を講じていたということができる。

もっとも、被告は、イールドの向上や営業費用削減のためにも種々の手段を講じてはいるが、既に述べたように実際問題として、イールドの向上はそれほど容易には期待できず、また大型機の導入による物的生産性の向上も既に限界状況にあり、さらに円高による人件費の増加により、一人当たりの人件費、有効トンキロ(ATK)当たりの人件費が外国他社に比較して高くなってしまったという実情があった(前記1(一)(4))。しかも、外国他社は、九〇年代に入ってからレイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革、サービス外注化等の合理化策を積極的に進め、英国航空の場合は、昭和五五年度から昭和五八年度にかけて一万七〇〇〇人もの人員削減を行い、早くも九〇年代には好調な業績を上げており、コスト競争力を強めてきた。さらに三大プロジェクトの完成に伴い、被告としては、新たな投資と費用の拡大ばかりでなく、発着枠の拡大による外国他社との競争激化も予想される状況にあった(前記1(三))。また、ここ二〇年余りの間に性能が大幅に向上した新鋭機の導入に伴って、長距離路線の直行便化が進められる等、路線便数も大きく変化してきた中で、昭和六一年全日空は、運航規程を改定して三名編成機シングル編成の乗務時間を一二時間として、一一時間を超えるロサンゼルス線のシングル編成による運航を開始したり、米国他社が太平洋線をシングル編成で運航し、欧州線直行便をマルティプル編成で運航するようになったのに対し、被告においては、ジェット機の黎明期に制定された旧勤務規程のまま、太平洋線をマルティプル編成、欧州線直行便をダブル編成で運航しているという状況であった(前記1(六))。さらに、平成六年六月、運輸大臣の諮問機関である航空審議会に設けられた競争力小委員会は、「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」という答申を行い、それによれば、航空企業を取り巻く環境が急激に変化しつつあることを受けて競争力の向上が緊急課題であることを前提として、低コスト体質への転換及び収益力の強化を図ることが必要であり、低コスト体質への転換を図るに際しては、固定費を中心にコストの削減を進めるべきこととしている(前記1(五))。

これらのこと、すなわち、他社がコスト競争力を強化していたこと、被告もまたコスト競争力強化のために経営全般について対策を講じようとしていたこと、航空業界においては、規制緩和が進行する中で競争が激化していくなど環境が急激に変化しつつある中で競争力を向上させなければならないこと、そのために低コスト化を図ることは、いわば共通認識ともいえたこと、そして、被告は、経営状況悪化の原因に対する種々の対策を同時並行的に実施していたことなどからすると、本件就業規程の変更は、経営状況悪化の原因を従業員のみにしわ寄せするものとはいえず、人件費効率を向上させてコスト競争力強化を図るものであるとすれば、それは必要かつ急務であったというべきである。

(四) ところで、構造改革施策以降の被告の経常損益は、平成六年度二八億円、平成七年度四三億円とそれぞれ経常利益を上げ、平成八年度には一六九億円の経常損失を計上したものの、平成九年七六億円、平成一〇年度三二五億円とそれぞれ経常利益を上げており(前記1(一)(1))、営業損益も平成七年度には黒字に転じている(甲一二三など)被告の経常収支は改善してきており、実際に経費や投資の削減も実行され、人員削減等も開始された(乙三〇、乙三八、乙三九)。こうしたことによれば、被告の構造改革施策が一定の効果を上げてきたことがうかがえる。

そして、本件就業規程の変更による効果については、抽象的には、乗務時間・勤務時間制限の緩和により、これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能となり、また、指定便スタンバイを廃止することによりスタンバイの起用範囲が拡大され、当該要員の効率化を図ることができる。具体的には、根拠は必ずしも判然としないものの、特定経費三億円の削減効果があるとされる。そして、マンニング削減効果については少なくとも一〇〇名以上と予測されている(なお、マンニング削減効果について二五〇名との算定もあるが、路線の算入に不適切なものがあり、右数値は信憑性に欠ける。以上前記1(七))。マンニング削減効果とは、就業規則変更前後での運航乗務員の必要数の差であり(前記1(七))、直ちにそれだけの人員を削減して人件費を削減するというような手段ではないが、被告の運航乗務員養成制度では、機長になるまで最短でも一二年を要するなど乗務員の要請には時間がかかるところ、平成七年ころから機長の大量退役時代を迎え、マンニングの逼迫が予想されていたこと、しかも、運航乗務員の採用実績が、大量に採用した昭和四〇年代でも年間一二〇名から二八〇名、少数採用の昭和五〇年代では年一五名程度であったこと(甲二〇八、甲二〇九)などからすると、一〇〇名以上のマンニング削減効果は大きいというべきである。すなわち、本件就業規程の変更により、機長の大量退役時代に入っても、運航乗務員を増加させずに運航を維持していくことができるとすれば、人件費の増加を抑制し、固定費に占める人件費の割合を相対的に低下させていくことができるのであり、人件費効率の向上に資するものであるということはできる。

(五)  以上のとおり、被告の経営状況、経営状況悪化の原因、それに対応して被告が種々の手段を講じてきたこと、外国他社がコスト競争力を強めるべく人件費削減等の合理化のみならず、勤務基準の見直し等も行っていること、規制緩和に伴い、こうした世界的な競争は一層激化していくものと予想されること、被告においてはマンニングが逼迫しつつある状況にあったこと、本件就業規程の変更により一定の人件費効率の向上が望めたことなどからすれば、人件費効率の向上を目的とする本件就業規程の変更全般についてみれば、必要性を認めることができる。

二八 本件就業規程改定に伴うシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限の変更の合理性(請求一1)

本件就業規程改定によるシングル編成での三名編成機の予定着陸回数が一回の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限が、運航の安全に支障があるとまで断ずることができないことは、既に述べたとおりである。

乗務時間は、本件就業規程改定前は九時間であったが、本件就業規程改定により最大一一時間に変更され、前記のとおり運航されているのであるから、運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように運航乗務員が実情を訴えていることからすれば、その程度も相当大きいといわざるを得ない。また、本件就業規程が一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う不利益もこれに加わらないとはいえない。

しかし、本件就業規程改定によりシングル編成での乗務時間を最大一一時間にすることによってシングル編成での長距離運航が可能になるから、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。

また、シングル編成での三名編成機の長距離運航に伴う問題点については、航空機関士の存在によりセーフティ・マージン(安全の余裕度)が一応確保され、過去の運航実績上も十分なものがあることからすると、本件就業規程改定後の乗務時間制限によるシングル編成での三名編成機の運航の安全に支障があるとまで断ずることはできず、諸外国の基準及び他の航空会社の場合と比べて特に突出しているとはいえない。休養時間の点については、本件就業規程は、一連続の乗務にかかわる勤務の前には連続一二時間の休養を予定し、予定乗務時間が九時間を超えて一〇時間以内の場合は一二時間の休養時間に六時間の休養時間を加算し、予定乗務時間が一〇時間を超えて一一時間以内の場合には一二時間の休養時間に九時間の休養時間を加算し、予定乗務時間が一一時間を超える場合は一二時間の休養時間に一二時間の休養時間を加算し、予定乗務が出発地の時間で二二時から五時に当たる場合はその時間を加算することとしているから、乗務時間制限を従前の九時間から最大一一時間にまで延長したことに伴う不利益を緩和する措置が執られている。ただし、本件就業規程は、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生して休養時間が次の一連続の乗務にかかわる勤務の前に確保できない場合は、少なくとも一〇時間の休養を与えることとしており(なお、休養時間が予定した時間の一二分の一〇に満たなかった場合には、所定の休日に加えて一日の休日を基地帰着後に与えることとしている。)、しかも、予定乗務時間が九時間を超える場合については、長時間の乗務時間に見合った休養時間の最低保障に関する特則がないから、航空機の遅延等の事態により到着時刻が相当遅延したときには、その遅延分だけは休養時間が減少することとなる。これでは乗務時間制限を最大一一時間にまで変更されたことによる前記の不利益を緩和する措置として十分であるとはいえず、この例外規定を併せて考えるならば、本件就業規程改定によるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は、その休養明けの次の乗務に係る航空機の航行の安全に支障を来すおそれがあり、その合理性に疑義が生ずるが、この例外規定は、予定乗務時間が九時間以内の場合に限って適用があるものと解するのが相当である。すなわち、改定後の本件就業規程は、予定乗務時間が九時間を超える場合には、一連続の乗務にかかわる勤務の前に予定する連続一二時間の休養のほか、前記のとおり乗務時間を加算することとしており、航空機の遅延等の事態が生じてもこれらの休養時間は保障する趣旨であると解するのが相当である。

右に述べた、セーフティ・マージン(安全の余裕度)の一応の確保及び過去の運航実績に照らし、本件就業規程改定後の乗務時間制限によるシングル編成での三名編成機の運航の安全に支障があるとまで断ずることができないこと、諸外国の基準及び他の航空会社の場合と比べて特に突出しているとはいえないこと、休養時間が確保されていることの各点を併せて考えれば、本件就業規程改定によりシングル編成での三名編成機の乗務時間制限を最大一一時間にした規定の内容自体の合理性を肯定することができる。

以上を総合的に考慮すれば、本件就業規程改定によりシングル編成での三名編成機の乗務時間制限を最大一一時間にしたことは、それによる不利益が相当大きいが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。

また、改定後の本件就業規のに定めるシングル編成での三名編成機の勤務時間制限は、最大一五時間に及び、他の航空会社の場合と比べるとかなり長時間のものとなっていることは否定できないが、そのことに伴う不利益は、主として運航業務に携わる乗務時間が長いことにあり、それ以外の勤務時間に起因する不利益の具体的内容は、拘束時間が長いことを別にすれば、必ずしも明らかでない。勤務時間の本体である乗務時間については、前記のとおりこれが他の航空会社と比べて特に突出しているとはいえず、乗務時間制限を定める規定の内容自体の合理性を肯定できることからすると、勤務時間制限を定める規定の内容自体も合理性をも肯定できるというべきである。そうすると、本件就業規程を改定してシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての勤務時間制限を最大一五時間にしたことはそのことに伴う不利益を法的に受忍をさせることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。

二九 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の変更の合理性(請求一3及び4)

改定後の本件就業規程は、シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の乗務時間制限を七時間三〇分とし、予定着陸回数が四回の場合の乗務時間制限を六時間とし、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を一二時間としている。これらの点は従前と変更はない。変更した点は、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限を一〇時間から一一時間へ延長したことである。この変更した点を含めて本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定が不合理であるということができないことは既に述べたとおりである。しかし、本件就業規程改定により、右のとおり勤務時間制限が一時間延長され、前記のとおり運航されているのであるから、運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように勤務の実情として相当過酷なものがあることからすれば、不利益の程度も相当大きい。

しかし、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるから、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。また、前記のとおり、四回の運航の間の休養時間の設定の仕方次第では航空機の航行の安全が損なわれる事態が生ずることが懸念されるが、航空機の航行の安全が直ちに損なわれるほどのものと認めるに足りる証拠はなく、改定後の本件就業規程の定めるシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の予定最大勤務時間をそれぞれ一二時間(この点は変更がない。)及び一一時間とする勤務基準は、諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較して特に突出していないから、内容自体の合理性は一応肯定することができる(この点については二二で既に述べたとおりである。)。

そうすると、本件就業規程改定により、シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限一〇時間を一一時間へ変更したことは、それによる不利益が相当大きいが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

三〇 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加の合理性(請求一5)

本件就業規程改定により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことによって、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回数が増加したことになり、これに伴って乗務時間及び勤務時間も増加することになるから、この負担増は運航乗務員にとって不利益に当たるものが含まれている。

しかし、本件就業規程改定の結果、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回数が増加したことになるもののうち、まず、シングル編成による一連続の乗務にかかわる予定着陸回数が二回から四回までの場合に該当するものについては、(これら各場合に関する規定自体が変更されているため、その規定の内容自体の合理性を別とすれば)運航乗務員にとっては乗務を命じられる業務内容が異なることになっただけであり、あえて不利益があるというほどのことではなく、仮に不利益があるとしても、そのような運航が可能になったことが本件就業規程の改定の意味であり、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できるから、右各場合に関する規定の内容自体の合理性の有無に応じて、変更の合理性を肯定又は否定すれば足りる。

次に、本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴って着陸回数が五回以上に増加した点は、運航乗務員にとって従前の勤務基準の下では命じられることがなかった業務を命じられるようになったことになるから、不利益に当たる。

甲第三五八号証(一四頁)、第五二〇号証及び第五三〇号証によれば、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回数五回の運航が実際に行われたことがあり、この乗務に就いた副操縦士は、最後の乗務では緊張感を維持することが困難となり、とにかく勤務を早く終えたいという意識が働き、疲労感も伴い、管制指示を聞き漏らし、通常ではしないような操作ミスをしたことが認められる。

連続する二四時間以内の着陸回数が四回を超える場合に、科学的、専門技術的見地から見て、航空機の航行の安全が損なわれないということができるか否かについては、この点に関する証拠自体が存しないから、科学的、専門技術的見地から見て、連続する二四時間以内の着陸回数が四回を超えても航空機の航行の安全が損なわれないことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。しかしながら、乙第一〇四号証の二及び同号証の三によれば、ルフトハンザ航空及び英国航空は六回までの着陸を想定して乗務時間制限を行っていることが認められるから、連続する二四時間以内の着陸回数が四回を超えるにしても、他の航空会社の基準に照らしてこれと同等程度のものにとどまると推認することができるのであり、内容自体の合理性は肯定できないわけではない。本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限については、これに関する規定の変更の合理性が認められることは既に述べたとおりである。他方、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるから、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。

そうすると、本件就業規程改定により、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回数五回の運航が可能となったことは、それによる不利益が相当大きいが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

三一 本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の変更の合理性(請求一6)

本件就業規程の改定により、マルティプル編成の場合の乗務時間制限一、四時間は一五時間に変更されているが、マルティプル編成の場合の乗務時間制限を一五時間と定める規定の内容が不合理であるということができないことは、既に述べたとおりである。しかし、右のとおり乗務時間制限が一時間延長されたことにより、該当する路線については運航乗務員の勤務の形態がダブル編成からマルティプル編成となったため、運航乗務員は、操縦席に着いている時間が長くなり、運航中の休憩時間が短くなり、その取り方が変わった等の不利益を受けている(この事実は、甲第三〇六号証、第三〇七号証、第三一〇号証、第三二六号証、第五二七号証、第五二九号証によりこれを認める。)。したがって、運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがない。

しかし、本件就業規程の前記の点の改定により、運航に必要とされる人員がある程度削減されたものと考えられ、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。また、前記のとおり、本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限を一五時間と定める規定は、諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較して特に突出していないし、運航実績及び過去の事故事例に照らして特に問題は認められないから、不合理であるということはできず、内容自体の合理性は一応肯定することができる。また、証人の証言によれば、運航乗務員の前記の不利益の程度は特に大きいとまではいえないことが認められる。

そうすると、本件就業規程改定により、マルティプル編成の場合の乗務時間制限一四時間を一五時間へ変更したことは、それによる不利益があるが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。

三二 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限の規定の変更の合理性(請求三)

月間及び年間の乗務時間制限は、従来は勤務協定によりそれぞれ八〇時間及び八四〇時間であったが、本件就業規程改定によりそれぞれ八五時間及び九〇〇時間に延長された。改定後の本件就業規程が右のとおり定めている点については、これによって運航の安全に支障があるとまでいうことができないことは既に述べたとおりである。しかし、本件就業規程改定により、右のとおり月間及び年間の乗務時間制限が延長され、前記のとおり運航されているのであるから、運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように運航乗務員が実情を訴えていることからすれば、その程度も相当大きいといわざるを得ない。

しかし、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるから、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。また、前記のとおり、本件就業規程が月間及び年間の乗務時間制限を右のとおり変更したことによって運航の安全に支障があるとまでいうことができず、改定後の右乗務時間制限は諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較して突出しているとはいえないし、運航実績及び過去の事故事例に照らして特に問題は認められないから、内容自体の合理性は一応肯定することができる。

そうすると、本件就業規程改定により、月間及び年間の乗務時間制限を右のとおり変更したことは、それによる不利益が相当大きいが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

三三 本件就業規程中の休養に関する規定の変更の合理性(請求四)

1  宿泊を伴う場合の最低休養時間の保障について(請求四1)

甲第一号証(七八頁、八六頁、八七頁)、第九号証(一〇頁から一二頁まで)、第一七号証、乙第一一四号証(二一頁)、証人の証言(平成一一年三月四日付けの証人調書二七二項から三三四項まで)によれば、旧勤務協定では、宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とすること、ただし、連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合は、宿泊地において一二時間の休養を取らずに飛行することができること、「宿泊地」とはあらかじめ乗員交替地として定められた場所をいうこと、以上のとおり定められていたこと、昭和五七年二月九日に発生した日航羽田沖事故を受けて、運輸大臣は、同年三月九日、被告に対し、「安全運航確保のための業務改善について」と題する文書で勧告をし、この勧告の中に、「乗務スケジュールの中に、宿泊地における休養時間が十分とはいえない事例が見受けられる。従つて乗務割の基準中に、宿泊地における休養時間に関する規定を定め、その確実な実施を図る必要がある。」という所見を掲げていたこと、同年四月九日の参議院公害及び交通安全対策特別委員会において日航羽田沖事故が取り上げられ、当時の被告代表取締役及び専務取締役が参考人として出席したが、その際同委員会に運輸大臣の右勧告に対する改善策を記載した文書を提出したこと、この文書には、「運航乗務員の国内線宿泊地における休養時間につきましては、ご指摘の趣旨をふまえできる限り早急に労使間協定の改訂を行い規定化し、確実な実施をはかってまいる所存であります。なお、当面は国内線宿泊地における休養時間が不足することのないようスケジュールの作成及び運用に充分配慮いたします。」と記載されており、当時の被告専務取締役は、同委員会において、「本日以後は組合との協定が成り立つまでの間、ホテルにおける時間が十時間を割らないように配分をするということで実行してまいります。」と述べたこと、被告は、同年四月一〇日、乗員組合に対し、国内線に関しては、あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに、勤務終了後に原則として一二時間の休養を与える旨の提案をし、協定締結を求めたが、協定締結には至らなかったこと、改定後の本件就業規程では、従前の宿泊地という概念がなくなり、代わりに「一連続の乗務に係わる勤務」という概念が規定され、これを前提として、「一連続の乗務に係わる勤務の前には連続一二時間の休養を予定する。また、休養に先立ち予定する乗務が以下に該当するときは、一二時間の休養時間にそれぞれの時間を加算した休養時間を予定する。(後略)」(一六条一項)、「前項の定めにかかわらず、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し前項で予定した休養時間が次の一連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は、少なくとも一〇時間の休養を与える。(後略)」(一六条二項)、「第一項ないし第二項の定めにかかわらず、休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が、第一〇条に定める制限時間内であれば、一〇時間の休養をとらず乗務を継続させることができる。」(一六条三項)と規定されているが(第二分冊、第二、一、5、(三)参照)、一連続の乗務にかかわる勤務の継続中に宿泊が予定されている場合については、その最低休養時間を保障する旨の規定が手当てされていないこと、被告は、運輸大臣の前記勧告を受けて、あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに、勤務終了後に十分な休養時間を確保する方針を打ち出したのは、国内線に限ってであり、国際線については同様の方針を打ち出しておらず、現に休養時間が一二時間に満たない実例もあったこと、被告が国際線について同様の方針を打ち出さない理由として挙げるのは、連続する二四時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限の枠内で徹夜便の乗務や時差のある乗務を行うことは必然的に生ずることであり、到着地における休養が昼間の場合か夜間の宿泊を伴う場合かで休養時間を設定する基準を別にすることに合理的な理由はないと考えていることであること、以上の事実を認めることができる。

右認定に基づいて考えれば、本件就業規程改定前には、労働協約、就業規則又は労働契約において、あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに、宿泊を伴う場合には、勤務終了後に原則として一二時間の休養時間が与えられることを内容とすることが定められたことはなく、被告が自己の判断で国内線についてそのような運用を行っていたものと解するのが相当である。

甲第三五八号証をもっても右認定を左右するに足りず、他に右認定に反する証拠はない。

したがって、本件就業規程が一連続の乗務にかかわる勤務の継続中に宿泊が予定されている場合についてその最低休養時間を保障する旨を規定していないことは、不利益変更には当たらない。また、右保障規定がないことを理由に、直ちに、本件就業規程の乗務時間制限等の規定が合理性を欠くとまでいうことはできない。もっとも、日航羽田沖事故を契機に運輸大臣が改善を勧告し、参議院公害及び交通安全対策特別委員会において同様に指摘された点は、宿泊地における休養時間を十分確保する必要があるということであり、このことは国内線であると国際線であるとを問わずに妥当することであって、被告が挙げる理由が両者を区別する合理的な理由となるとは考え難いから、国際線についても、一連続の乗務にかかわる勤務の継続中に宿泊が予定されている場合についてその最低休養時間を保障することが相当であり、早急に改善のための措置が執られることが望まれる。

2  乗務のために目的地に移動するデッドヘッド後の最低休養時間の保障について(請求四2)

旧勤務協定では、運航乗務員が東京から連続して一二時間以上航空機に便乗する場合には、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間を与えることを原則とし、便乗した航空機の遅延等、やむを得ない場合には当該地到着後連続一八時間を与えた後に乗務することができることとしていた(甲第一号証(九〇頁))。また、従前の「東京-サンフランシスコ間デッドヘッド後の休養時間に関する覚書」では、東京からサンフランシスコまでのデッドヘッドについては、右に準ずる取扱いが取り決められていた。これに対し、改定後の本件就業規程では、運航乗務員が連続して便乗する場合で勤務時間が一五時間を超える場合は、次の乗務にかかわる勤務の前に連続一五時間の休養を予定することとし、便乗する便の遅延等やむを得ない場合には、到着後少なくとも一〇時間の休養を与えることとしているが(一六条四項)、運航乗務員が連続して便乗する場合で勤務時間が一五時間を超えない場合は、一連続の乗務にかかわる勤務の前には連続一二時間の休養を予定するという規定(一六条一項)が適用されることになる。

旧勤務協定にいう連続二四時間が休養時間を意味するのか、総経過時間を意味するのか争いがあるが、本件就業規程改定により運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがない。

しかし、被告は、前記認定の経営上の必要性に照らし、人員効率を高め、経費面で削減可能なものはできる限り削減するという方針の下にこの点の改定を行ったものと考えられ、その必要性自体は一般的には肯定できる。また、右に述べたように休養が予定されるから、次に乗務する航空機の航行の安全に支障がないと認めることができ、諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかではないものの、内容自体の合理性も肯定できないわけではない。

そうすると、本件就業規程改定により、乗務のために目的地に移動するデッドヘッド後の最低休養時間の保障を前記のとおり変更したことは、それによる不利益があるが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

3  自宅待機(スタンバイ)終了後の最低休養時間の保障について(請求四3)

旧勤務協定では、自宅待機(スタンバイ)終了後、次の乗務に先立ち、国際線対象の場合は一二時間の、国内線対象の場合は六時間の休養を得なければ次の乗務についてはならないこととされていた(甲第一号証(九〇頁))。これに対し、改定後の本件就業規程では該当する規定がなく、被告は右の最低休養時間の保障を廃止する意図で規定しなかったものである。したがって、本件就業規程改定により運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがない。

自宅待機(スタンバイ)といえども、運航乗務員は、その間、被告の指示を受け次第、業務を遂行することができるように出勤する義務を負っており、適時にこの義務を履行することができるようにするために、自宅ではあっても場所的に拘束される等被告の指揮命令下に置かれて労務の提供を継続しているのであるから、性質上は手待時間であり、労働時間に該当する。また、甲第二二〇号証(四五頁から四六頁まで)、第三一一号証(二頁から三頁まで)及び原告a本人尋問の結果(平成一〇年三月四日付け本人調書八一項)によれば、運航乗務員は自宅待機(スタンバイ)中いつ呼び出しを受けるか気にかかり、精神的なストレスがあることが認められる。しかし、自宅待機(スタンバイ)中の負担は実際に乗務その他の勤務をする場合に比べて小さいから、その終了後休養時間まで付与しなければ次の乗務に係る航空機の航行の安全に支障があることまで認めるに足りる証拠はない。

被告は、前記認定の経営上の必要性に照らし、運航乗務員の生産性を高めるという見地からこの点の改定を行ったものと考えられ、その必要性自体は一般的には肯定できる。他方、改定後の本件就業規程は、一連続の乗務にかかわる勤務の前に予定する連続一二時間の休養に自宅待機(スタンバイ)を包含することができると規定しており(一九条一項)、この措置が採られると連続一二時間の休養中の大半を自宅待機(スタンバイ)が占めることになるので、疑問がないわけではないが、自宅待機(スタンバイ)中の負担が実際に乗務その他の勤務をする場合に比べて小さいことからすると、次に乗務する航空機の航行の安全に支障がないと認めることができないわけではなく、諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかではないものの、内容自体の合理性も肯定できないわけではない。

そうすると、本件就業規程改定により、自宅待機(スタンバイ)終了後の最低休養時間の保障を廃止したことは、それによる不利益があるが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

三四 本件就業規程中の国際線乗務後の基地における休日に関する規定の変更の合理性(請求五)

国際線乗務後の基地における休日について、旧勤務協定は別表9のとおり定めていた。改定後の本件就業規程は、別表10のとおり定めているほか、離基地期間中の最大時差が八時間以上の場合は、別表10の休日に連続して一日の休日を与え、離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した一日当たり乗務時間が六時間以上の場合は、別表10の休日及び右時差に伴う休日に連続して一日の休日を与えることとしている。この結果、離基地日数一日の場合には、旧勤務協定では一日の休日が与えられたが、改定後の本件就業規程では乗務時間が六時間以上のときに一日の休日を与えられるほかは休日が付与されなくなった。また、離基地日数九日の場合及び離基地日数一二日から一四日までの場合の休日数は、右のようにして付加される場合を別として、各一日だけ削減された。したがって、本件就業規程改定により運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは否定できない。

しかし、右のとおり、改定後の本件就業規程が最大時差が八時間以上の場合や、一日当たり乗務時間が六時間以上の場合に休日を付加することとしていることを併せて考えると、運航乗務員が受ける不利益の程度は右の限度で減殺されている。また、離基地日数一日の場合で、かつ、乗務時間が六時間未満のときにまで一日の休日を与えなければ、その後の運航の安全に支障を来すほど運航乗務員に疲労が蓄積することを認めるに足りる証拠はなく、離基地日数九日の場合及び離基地日数一二日から一四日の場合の休日数が各一日削減されたことにより、その後の運航の安全に支障を来すほど運航乗務員に疲労が蓄積することを認めるに足りる証拠もない。諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかではないが、右に述べた各点からすると、改定後の本件就業規程の内容自体の合理性は一応肯定できる。他方、前記認定の経営上の必要性に照らして考えると、被告が右の限度で休日制度の合理化を図ったことには、必要性があったものということができる。

そうすると、本件就業規程改定による不利益はあるが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。

三五 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する規定の変更の合理性(請求七)

1  甲第一号証(九〇頁、九一頁、九四頁)、第二二〇号証(四五頁から四六頁まで)、第三五八号証(三一頁、三三頁から三八頁まで)、乙第九〇号証、第一一四号証(一四頁、二二頁、三五頁から三七頁まで)、第一二〇号証、第一四三号証、証人の証言(平成一一年一月二一日付けの証人調書八八項から八九項まで、一三一項、一八三項、平成一一年三月四日付けの証人調書七二項から七五項まで)、原告a本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付け本人調書三八項から四九項まで、平成一〇年三月四日付け本人調書六八項から一一八項まで)、原告F本人尋問の結果(平成一一年三月二五日付け本人調書一五三項から一七九項まで、平成一一年五月一三日三六四項から三七六項まで)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 旧勤務協定は、待機(スタンバイ)について次のとおり規定していた。

(1) 国際線

イ STAND BYは、指定された便について行うものとする。

ロ STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始ぎり、最後の便の出発時刻の四時間後に終了する。

ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはならない。

(2) 国内線

イ 自宅STAND BY

(イ) 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。

(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務についてはならない。

ロ 出社STAND BY

(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を限度とする。但し、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定しなければならない。

(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはならない。

(ハ) STAND BY中に連絡を受けた時は、STAND BYすべき便に遅延が生じた場合においても乗務するものとする。

(二) 旧勤務協定では、国際線については、一二時間の待機(スタンバイ)拘束時間があったが、待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用は指定された便について行うこととされており、また、待機(スタンバイ)すべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始まることとされていたので、待機する運航乗務員にとってどの便に乗務することになるのか予測可能性があり、これに備えて準備しやすかった。国内線については自宅待機(スタンバイ)拘束時間が一八時間であり、起用対象は限定されていなかった。被告は、旧勤務協定下で、当初は特定の一便を指定していたが、昭和六〇年三月以降二便を特定して指定するようになった。被告は、指定した二便の間の当該運航乗務員が乗務資格を有するすべての便を指定できるという見解であったが、運用上は、待機(スタンバイ)からの起用の対象となる便があらかじめ指定便として表示されていた運航乗務員から起用し、指定されていた二便の間の便に該当する場合には、当該運航乗務員に対する業務依頼の要素があると説明し、当該運航乗務員の協力を得て乗務に就いてもらう扱いであった。また、被告は、乗務割により予定されている次の乗務と時間帯、行き先が同一ないしこれに準ずる二便を指定する運用を行っていた。

改定後の本件就業規程は、国際線、国内線を問わず、待機(スタンバイ)拘束時間を八時間に短縮したが、待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象を待機(スタンバイ)開始時刻以降、当該日の二四時までに開始する勤務とすることを規定し、国際線について待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象について、あらかじめ指定していた二便とその間の便に起用対象の範囲を限定する制度を廃止しただけでなく、あらかじめ指定していた特定の便への起用を優先させる運用を取り止めた。この改定は、他の改定と併せて運航乗務員必要数削減を企図して行われたものであり、現に削減効果が達成されている。

被告は、本件就業規程の改定後の平成一〇年一〇月一〇日、午前四時から正午までの間待機(スタンバイ)中であった原告Fに対し、午前四時五分ころ、出頭時刻が午前五時ころの便への乗務を指示したことがあり、原告Fは乗務を命じられた便の路線に関する情報の整理等をする十分な時間的余裕がないまま空港へ出頭しなければならなかった。また、運航乗務員は、乗務を指示される便の予測可能性が失われたため、今後待機(スタンバイ)中からの起用の頻度が多くなれば、体調の管理が以前よりも難しくなることが考えられる。さらに、一回の自宅待機(スタンバイ)中の運航乗務員について見れば拘束時間が大幅に短くなり、負担が軽減されたが、月間で見れば、自宅待機(スタンバイ)中の運航乗務員の総経過時間とそれ以外の業務の就業時間の合計時間の枠までは、勤務割に自宅待機(スタンバイ)中の運航乗務員を取り込むことが可能であるから、今後仮に被告が現時点までの運用を改め、待機(スタンバイ)中からの起用の頻度を増やせば、月間では、運航乗務員の負担が軽減されたことには必ずしもならなくなる。

2 右認定に基づいて考えると、本件就業規程の改定によって、一回当たりの待機(スタンバイ)中の運航乗務員の拘束時間が大幅に短縮されたことは、運航乗務員にとって負担が軽減された点であるが、今後仮に被告が現時点までの運用を改め、待機(スタンバイ)中からの起用の頻度を増やせば、月間では必ずしも運航乗務員の負担が軽減されたことにはならなくなる。他方、国際線についても、待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象が待機(スタンバイ)開始時刻以降当該日の二四時までに開始する勤務とすることとされ、国際線について待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象について、あらかじめ指定されていた二便とその間の便に起用対象の範囲が限定される制度が廃止されただけでなく、さらに、運用上あらかじめ指定していた特定の便への起用を優先させることとしていた措置が取り止められたことにより、運航乗務員の受ける不利益は相当大きいものがある。

待機(スタンバイ)は、天候や機材の故障、予定されていた運航乗務員の急病等の不測の事態が発生した場合に、定期航空運送事業者が、公共交通機関の使命を果たすべく、運航を確保し、定時制を維持することができるようにするために必要不可欠な制度であり、労使双方ともこの点の認識では一致している。また、被告の現時点までの運用が過度のものであったり、運航乗務員に特に大きな負担をかけるものであったことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、被告は、本件就業規程改定後、午前四時から正午までの間待機(スタンバイ)中であった原告Fに対し、午前四時五分ころ、出頭時刻が午前五時ころの便への乗務を指示したことがあり、原告Fは乗務を命じられた便の路線に関する情報の整理等をする十分な時間的余裕がないまま空港へ出頭しなければならなかった。このような事態が現在頻繁に生じていることを認めるに足りる証拠はないが、被告は、指定便制度の制約を撤廃し、より効率的、弾力的な運用が可能であるようにし、運航乗務員の生産性を高め、他の改定と併せて運航乗務員必要数削減を企図して待機(スタンバイ)の改定を行ったものであり、前記認定の経営上の必要性に照らすと、その必要性自体は一般的には肯定できないわけではないとしても、右に述べたように運航乗務員必要数削減を企図して行われたものであり、現に削減効果が達成されていること、改定後の本件就業規程による待機(スタンバイ)に関する勤務基準が前記のような内容であるにとどまり、対象となる便を限定し、又は準備のための時間的余裕を織り込む等の制限規定を設けておらず、右の点の改定により、運航乗務員が、乗務を命じられた便の路線に関する情報の整理等をする十分な時間的余裕がないまま空港へ出頭しなければならない事態が現に生じていること、被告が、前記のような不測の事態が生じた場合だけでなく、運航乗務員のマンニング状況を見ながら、営業サイドからの要請に基づく臨時便設定や客数の状況による機材変更等の検討を行っていることをも併せて考えると、今後被告が更に運航乗務員の人員削減を迫られる等の事情が生じた場合、被告が仮に現在の運用を改めて待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用の頻度を増やし、そのような運用が反復継続、更に拡大されることによって、本来例外的措置であるはずのものが常態化していけば、運航乗務員の乗務の本来のスケジュールから次第に掛け離れたものになっていき、乗務を指示される便の予測可能性が失われたことによる不都合が増大し、あるいは運航乗務員が体調の管理が難しくなる等、恒常的に運航乗務員に無理を強いるものになっていくおそれがないとはいえない。本件就業規程の右改定が効率性、人的生産性を主眼に行われたものであるだけに、右のような懸念がある。これは、本件就業規程の待機(スタンバイ)に関する規定に合理的な制限が付されていないためであるから、勤務基準としての合理性に疑義があることを物語っているものである。

したがって、本件就業規程の前記規定については、その内容自体の合理性を肯定することができない。

そうすると、本件就業規程の右の点の改定は、経営上の必要性は理解できるものの、経営改善のための方策としては適当なものとはいえず、内容自体の合理性を肯定することができないから、従前と比べて不利益を受けていることを考慮するまでもなく、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。

この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であり、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思であると解するのが相当である。従前の勤務基準は、制度としては、国際線について待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象について、あらかじめ指定された二つの便とその中の間の便に起用対象の範囲を限定するというものであり、待機(スタンバイ)は、待機(スタンバイ)すべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始まり、最後の便の出発時刻の四時間後に終了するというものであったと解するのが相当である。しかし、最後の便の出発時刻の四時間後に終了するという点は待機(スタンバイ)の終了時刻に関するものに過ぎず、また、最初の便について待機(スタンバイ)開始後四時間後の便であるという点は起用対象を限定するものであるが、原告の請求はこの点の確認を求める主旨ではない。原告らは、第二番目の便については出発時刻が四時間以内に予定された便であることを要することの確認を請求しているが、その根拠について何ら主張立証がない。また、原告らは、別紙請求七1(路線群の区別)記載の区分による一便または同一の路線群に属する便を指定することを要すると主張するが、被告が運用として行っていたことはさておき、乗務機種及び路線室等に起因する制約以外には右のような制約が勤務基準として(制度として)存したことを認めるに足りる証拠はない。また、被告が原告ら主張のような運用を行っていたとしても、規範意識を持ってこれを反覆継続していたことまでを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告ら(確認の利益を有する原告らに限る)の請求は、国際線については待機(スタンバイ)に先立ち、あらかじめその対象便として指定された二つの便とその間の便でない限り乗務する義務のないことを確認する限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

原告j外一一名は本件就業規程の変更された平成五年一一月一日当時運航乗務員訓練生であり、その後に運航乗務員になった者であるから、運航乗務員となったときに本件就業規程の適用を受けることになったものと解するのが相当であるが、本件就業規程の前記規定は、その内容自体の合理性を肯定することができないから、原告j外一一名も含めて、原告ら(確認の利益を有する者に限る。)のこの点の請求は理由がある。

3  甲第三五八号証及び弁論の全趣旨によれば、自宅待機(スタンバイ)から起用される業務の範囲が、従前は乗務だけであったのに、本件就業規程の改定後は乗務だけでなく、シミュレーター勤務、出社スタンバイ乗務以外の勤務にまで広げられたことが認められる。たしかに、自宅待機(スタンバイ)の本来の趣旨とは異なる面があるが、シミュレーター勤務、出社スタンバイ乗務以外の勤務に起用することが不当であるとまではいえず、運航乗務員にとってさほど不利益が大きいとも考えられないから、不利益変更に当たるというほどのことではない。したがって、この点に関する原告ら(確認の利益を有する者に限る。)の主張は理由がない。

三六 結論

以上の次第であって、原告らの請求に係る訴えのうち、確認の利益を欠く等の理由で不適法なものは却下し、適法な訴えについては、原告らの請求のうち、シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、勤務完遂の原則、国内線の乗務の連続日数及び待機(スタンバイ)に関し、主文掲記の限度で義務の不存在を確認したが、その余は理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官松井千鶴子 裁判官植田智彦)

別紙

請求二(ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間制限)

(1) シングル編成の場合

予定着陸回数

乗務時間

勤務時間

1

9時間

13時間

2

8時間30分

13時間

3

7時間30分

12時間

4

6時間

10時間

(2) マルティプル編成の場合

乗務時間

勤務時間

14時間

20時間

別紙

航空局技術部長通達(平成4年)別表

定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗務員の連続24時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準

(制定・空航第五七七号 平成二年六月二六日、一部改正・空航第二〇四号 平成四年三月三一日、一部改正・空航第九八五号 平成四年一二月二一日)

最少航空機乗組員

乗員編成

乗務予定時間

2名の操縦士

1名の機長及び1名の操縦士

12時間以下

1名の機長及び2名の操縦士

12時間超

2名の操縦士及び

1名の航空機関士

1名の機長及び1名の操縦士並びに

1名の航空機関士

12時間以下

1名の機長及び2名の操縦士並びに

2名の航空機関士

12時間超

別紙請求七1(路線群の区別)

一 本邦内・韓国地域

二 中国地域

三 台湾を含む東南アジア地域

四 グァム、サイパンを含む太平洋地域

五 西南アジア地域

六 北極地域

七 ヨーロッパ地域

八 ロシア地域

九 北アメリカ地域

一〇 南アメリカ地域

別紙

運航規程上乗務時間及び勤務時間の基準表

乗員編成

連続24時間中

1暦月

乗務時間

3暦月

乗務時間

1暦年

乗務時間

乗務

勤務

着陸

85時間

255時間

ただし4半期について240時間を超えないこと

900時間

基本編成

P.I.C. ・・・・・・・・・・・・・1名

機長/副躁縦士・・・・・1名

または

P.I.C. ・・・・・・・・・・・・・1名

機長/副操縦士・・・・・1名

セカンド・オフィサー

/航空機関士・・・・・・・1名

国内線

8時間

13時間

6回

国際線

12時間

15時間

5回

その他の編成

P.I.C. ・・・・・・・・・・・・・1名

機長/副操縦士・・・・・2名

または

P.I.C. ・・・・・・・・・・・・・1名

機長/副繰縦士・・・・・2名

セカンド・オフィサー

/航空機関士・・・・・・・2名

国際線

15時間

20時間

-

注1) その他の編成において、副操縦士がS.I.Cとなる場合の副操縦士の要件については、オペレーション・マニュアル第5章に定める。

注2)その他の編成においては、機内に仮眠設備を設けること。

注3)休養施設における連続3時間以上の休養により、勤務を中断することができる。ただし、一連続勤務において二回以上の勤務の中断を予定してはならない(一連続勤務とは所定の休養から次の所定の休養までの間における乗務のための一連の勤務をいい、この間の乗務時間、勤務時間及び着陸回数は連続24時間中の基準が適用される。)。

別紙

香港の勤務時間制限(甲第559号証)

一 2名編成機・3名編成機の時差調整済みの運航乗務員の飛行勤務時間

出発時刻

着陸回数と飛行勤務時間制限

1回

2回

3回

4回

5回

6回

7回

8回超

7:00~7:59

13:00

12:15

11:30

10:45

10:00

9:15

9:00

9:00

8:00~12:59

14:00

13:15

12:30

11:45

11:00

10:15

9:30

9:00

13:00~17:59

13:00

12:15

11:30

10:45

10:00

9:45

9:00

9:00

18:00~21:59

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

9:00

9:00

22:00~6:59

11:00

10:15

9:30

9:00

9:00

9:00

9:00

9:00

注1)2名編成機の飛行勤務時間に、9時間以上の飛行区間がある場合(ただし、飛行勤務時間が開始された現地時間の02:00~05:59時の時間帯にまたがる、あるいはその時間帯内で終了する飛行区間の場合は8時間とずる。)、交替乗員の資格を有するパイロットをもう一名乗務させなければならない。

二 2名編成機・3名編成機の時差調整されていない運航乗務員の飛行勤務時間

飛行前の休養時間

着陸回数と飛行勤務時間制限

1回

2回

3回

4回

5回

6回

7回超

~18:00

13:00

12:15

11:30

10:45

10:00

9:15

9:00

18:00~30:00

11:30

11:00

10:30

9:45

9:00

9:00

9:00

30:00~

13:00

12:15

11:30

10:45

10:00

9:45

9:00

別紙

英国航空の乗務時間・勤務時間制限

(乙第104号証の3)

一 3名編成機

1 長距離路線(LONGHAUL)(シングル編成)

表1:基地発・米大陸行

出頭時刻

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

6:00~7:59

12:30

11:45

11:00

10:15

8:00~12:59

12:30

12:30

12:30

11:45

13:00~17:59

12:30

12:15

11:30

10:45

18:00~21:59

12:00

11:15

10:30

9:45

22:00~5:59

11:00

10:25

9:30

9:00

表3:基地発・その他

出頭時刻

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

6:00~7:59

12:30

11:45

11:00

10:15

8:00~12:59

12:30

12:30

12:30

11:45

13:00~17:59

12:30

11:45

11:00

10:15

18:00~21:59

11:30

10:15

10:00

9:15

22:00~5:59

10:30

9:45

9:00

8:30

表4:基地帰着・時差調整なし

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

12:15

1130

10:45

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

30:00~

12:30

12:15

11:30

10:45

表5:基地帰着・時差調整有り、

出頭時刻 8:00~12:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

12:30

12:30

11:45

18:00~30:00

12:30

12:15

11:30

10:45

30:00~

12:30

12:30

12:30

11:45

表6:基地帰着・時差調整有り、

出頭時刻 13:00~7:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

12:15

11:30

10:45

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

30:00~

12:30

12:15

11:30

10:45

表7:基地外・時差調整なし

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

11:45

11:00

10:15

18:00~30:00

11:30

10:45

10:00

9:15

30:00~

12:30

11:45

11:00

10:15

表8:基地外・時差調整有り、

出頭時刻 8:00~12:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

12:30

12:00

11:15

18:00~30:00

12:30

11:45

11:00

10:15

30:00~

12:30

12:30

12:00

11:15

表9:基地外・時差調整有り、

出頭時刻 13:00~7:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

11:45

11:00

10:15

18:00~30:00

11:30

10:45

10:00

9:15

30:00~

12:30

11:45

11:00

10:15

2 短距離路線(SHORTHAUL)(シングル編成)

表11:基地発

出頭時刻

着陸1回

2回

3回

4回

5回

6回

6:00~7:59

12:00

11:45

11:00

10:15

9:30

9:00

8:00~12:59

12:00

12:00

12:30

11:45

11:00

10:15

13:00~17:59

12:00

12:00

11:30

10:45

10:05

9:15

18:00~21:59

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

22:00~5:59

11:00

10:15

9:30

9:00

9:00

9:00

表12:基地外、時差調整なし

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

2回

3回

4回

5回

6回

~18:00

30:00~

12:00

12:00

11:30

10:45

10:00

9:15

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

表13:基地外、時差調整有り、

出頭時刻 8:00~12:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

2回

3回

4回

5回

6回

~18:00

30:00~

12:00

12:00

12:00

11:45

11:00

10:15

18:00~30:00

12:00

12:00

11:30

10:45

10:00

9:15

表13:基地外、時差調整有り、

出頭時刻 13:00~7:59

乗務に先立つ

休養時間

着陸1回

2回

3回

4回

5回

6回

~18:00

30:00~

12:00

12:00

11:30

10:45

10:00

9:15

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

3 マルティプル編成、ダブル編成の場合の勤務時間(1回着陸)

表14

勤務時間

編成

条件

表1~表13の1回着陸の場合の制限時間+30分

マルティプル編成:操縦士または航空機関士を1名追加(合計4名)

乗務後2泊

ベッドまたはCクラスの座席が1つ必要

表1~表13の1回着陸の場合の制限時間+30分~2時間

マルティプル編成:操縦士及び航空機関士を1名ずつ追加(合計5名)

乗務後2泊

乗務後前泊地と5時間以上の時差があるときには、乗務前にも2泊

2つのべッド及びCクラスの座席が2つ必要

表1~表13の1回着陸の場合の制限時間+2時間~4時間

(合計15時間未満)

マルティプル編成:操縦士及び航空機関士を1名ずつ追加(合計5名)

乗務前、乗務後、それぞれ2泊

2つのベッド及びCクラスの座席が2つ必要

表1~表13の1回着陸の場合の制限時間+2時間~4時間

(合計15時間以上)

ダブル編成:操縦士2名及び航空機関士1名を追加(合計6名)

乗務前、乗務後、それぞれ2泊

3つのベッド及びCクラスの座席が3つ必要

表1~表13の1回着陸の場合の制限時間+4時間以上

ダブル編成:操縦士2名及び航空機関士1名を追加(合計6名)

乗務前、乗務後、それぞれ2泊

3つのベッド及びCクラスの座席が3つ必要

表14:基地発

出頭時刻

マルティプル編成(4名)着陸1回

マルティプル編成(5名)着陸1回

米大陸行・その他着陸1回

ダブル編成(6名)

米大陸行

その他

米大陸行

その他

6:00~7:59

13:00

13:00

15:00

15:00

15:00~

8:00~12:59

13:00

13:00

15:00

15:00

15:00~

13:00~17:59

13:00

13:00

15:00

15:00

15:00~

18:00~21:59

12:30

12:00

15:00

15:00

15:00~

22:00~5:59

11:30

11:00

15:00

14:30

15:00~

表15:基地帰着

乗務に先立つ

休養時間

マルティプル編成(4名)着陸1回

マルアイプル編成

(5名)

着陸1回

ダブル編成

(6名)

着陸1回

時間調整なし

時間調整有り

出頭時刻

8:00~12:59

時間調整有リ

出頭時刻

13:00~7:59

~18:00

13:00

13:00

13:00

15:00

15:00~

18:00~30:00

12:30

13:00

12:30

15:00

15:00~

30:00~

12:30

13:00

13:00

15:00

15:00~

表16:基地外

乗務に先立つ

休養時間

マルティプル編成(4名)着陸1回

マルティプル編成

(5名)

着陸1回

ダブル編成

(6名)

着陸1回

時間調整なし

時間調整有り

出頭時刻

8:00~12:59

時間調整有り

出頭時刻

13:00~7:59

~18:00

13:00

13:00

13:00

15:00

15:00~

18:00~30:00

12:00

13:00

12:00

15:00

15:00~

30:00~

13:00

13:00

13:00

15:00

15:00~

二 2名編成機(B747-400型機)(甲第57号証)

1 シングル編成

表①:基地発

出頭時刻

最大乗務時間

6:00~7:59

8:45

8:00~12:59

9:15

13:00~17:59

8:45

18:00~21:59

8:15

22:00~5:59

8:00

表②:その他・時差調整なし(出発地連続3泊未満)

乗務に先立つ

休養時間

最大乗務時間

~18:00

8:30

18:00~30:00

8:00

30:00~

8:30

表③:その他・時差調整有り(出発地連続3泊以上)

乗務に先立つ

休養時間

最大乗務時間

~18:00

9:30

18:00~30:00

8:15

30:00~

9:00

表④:基地発・その他

出頭時刻

着陸回数と最大勤務時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

6:00~7:59

12:30

11:45

11:00

10:15

8:00~12:59

12:30

12:30

12:30

11:45

13:00~17:59

12:30

11:45

11:00

10:15

18:00~21:59

11:30

10:15

10:00

9:15

22:00~5:59

10:30

9:45

9:00

8:30

表⑤:基地帰着

乗務に先立つ

休養時間

着陸回数と最大勤務時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

12:15

1130

10:45

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

30:00~

12:30

12:15

11:30

10:45

表⑥:第三地点間

乗務に先立つ

休養時間

着陸回数と最大勤務時間

着陸1回

着陸2回

着陸3回

着陸4回

~18:00

12:30

11:45

11:00

10:15

18:00~30:00

11:30

10:45

10:00

9:15

30:00~

12:30

11:45

11:00

10:15

2 マルティプル編成、ダブル編成の場合の勤務時間

表⑦

勤務時間

編成

条件

表①~表⑥の1回着陸の場合の制限時間+30分

マルティプル編成:操縦士を1名追加(合計3名)

乗務後2泊

ベッドが必要

表①~表⑥の1回着陸の場合の制限時間)+30分~2時間

マルテイプル編成:操縦士を1名追加(合計3名)

乗務後2泊

乗務後前泊地と5時間以上の時差があるときには、乗務前にも2泊

2つのベッド及びCクラスの座席が2つ必要

表①~表⑥の1回着陸の場合の制限時間+2時間以上

ダブル編成:機長1名、副操縦士1名を追加(合計4名)

乗務前、乗務後、それぞれ2泊

2つのべッド及びCクラスの座席が2つ必要

表⑧:基地発

出頭時刻

マルティプル編成

(4名)着陸1回

マルティプル編成

(5名)着陸1回

ダブル編成(6名)

着陸1回

6:00~7:59

13:00

15:00

15:00~

8:00~12:59

13:00

15:00

15:00~

13:00~17:59

13:00

15:00

15:00~

18:00~21:59

12:00

15:00

15:00~

22:00~5:59

11:00

14:30

14:30~

表⑨:基地帰着・第三地点間

乗務に先立つ

休養時間

マルティプル編成(4名)着陸1回

マルティプル編成(5名)

着陸1回

ダブル編成(6名)

着陸1回

基地帰着着陸1回

第3地点間着陸1回

~18:00

13:00

13:00

15:00

15:00~

18:00~30:00

12:30

12:00

15:00

15:00~

30:00~

13:00

13:00

15:00

15:00~

別紙

ルフトハンザ航空の勤務条件

一 三名編成機の勤務時間(乙第104号証の2)

出発時刻

着陸回数と勤務時間制限

着陸1回

2回

3回

4回

5回

6回

6:01~7:00

13:50

13:00

12:15

11:30

10:00

-

7:01~15:00

14:00

13:30

13:15

12:30

11:00

9:00

15:01~18:00

13:50

13:00

12:15

11:30

10:00

8:00

18:01~23:00

12:50

12:00

11:15

10:30

9:00

7:00

23:01~6:00

11:50

11:00

10:15

9:30

-

-

二 二名編成機の勤務時間(甲第57号証)

出発時刻

編成と勤務時間制限

CAP+F/O

CAP+F/O+F/O

CAP+F/O+F/O+SF/O

CAP+F/O+F/O+SF/O+F/O

6:01~7:00

10:50

13:50

14:30

16:45

7:01~15:00

11:00

14:00

14:30

16:45

15:01~18:00

10:50

13:50

14:30

16:45

18:01~23:00

9:50

12:50

14:30

16:45

23:01~6:00

8:50

11:50

13:45

16:45

別紙

シンガポール航空の勤務条件

一 三名編成機の勤務時間(甲第79号証の2)

表①:基地発

出頭時刻

着陸回数と最大勤務時間

1回

2回

3回

4回

5回

6回

6:00~7:59

12:00

11:45

11:00

10:15

9:30

9:00

8:00~12:59

14:00

13:15

12:30

11:45

11:00

10:15

13:00~17:59

13:00

12:15

11:30

10:45

10:05

9:15

18:00~21:59

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

22:00~5:59

11:00

10:15

9:30

9:00

9:00

9:00

表②:その他

乗務に先立つ

休養時間

着陸回数と最大勤務時間

1回

2回

3回

4回

5回

6回

~18:00

30:00~

13:00

12:15

11:30

10:45

10:00

9:15

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

9:00

9:00

二 二名編成機の勤務時間(甲第57号証)

表①:シングル編成の場合(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊以上)

出頭時刻

最大

乗務時間

着陸回数と最大勤務時間

各Sector7時間未満

各Sector7時間以上

~3回

4回

~2回

~3回

~4回

6:00~7:59

8:30

11:30

10:45

11:30

10:45

10:00

8:00~14:59

9:00

12:30

11:45

12:30

11:45

11:00

15:00~21:59

8:30

11:30

10:45

11:30

10:30

10:00

22:00~5:59

7:30

9:30

9:00

9:30

9:00

9:00

表②:ICAP+2F/Oの場合(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊以上)

出頭時刻

着陸回数と最大勤務時間

1回

2回

3回

4回

6:00~7:59

13:00

12:15

11:30

10:45

8:00~14:59

14:00

13:15

12:30

11:45

15:00~21:59

13:00

12:15

11:30

10:45

22:00~5:59

11:00

10:15

9:30

9:00

表③:2CAP+1F/O又は2CAP+2F/Oの場合

(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊以上)

出頭時刻

編成と最大勤務時間

2CAP+1F/O

2CAP+2F/O

6:00~7:59

14:00

17:30

8:00~14:59

14:30

17:30

15:00~21:59

14:00

17:30

22:00~5:59

12:30

17:30

表④:シングル編成の場合(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊未満)

乗務前

休養時間

最大

乗務時間

着陸回数と最大勤務時間

各Sector7時間

未満

各Sector7時間以上

~3回

4回

1回

2回

3回

4回

~18:00

30:00~

8:20

11:30

10:45

11:30

10:45

10:00

9:45

18:00~30:00

8:00

10:30

9:45

10:30

9:45

9:00

9:00

表⑤:1CAP+2F/Oの場合(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊未満)

乗務前

休養時間

着陸回敷と最大勤務時間

1回

2回

3回

4回

~18:00

30:00

13:00

12:15

11:30

10:45

18:00~30:00

12:00

11:15

10:30

9:45

表⑥:2CAP+1F/O又は2CAP+2F/Oの場合

(時差二時間以内の場所の中で乗務前勤務なし、連続三泊未満)

乗務前

休養時間

編成と最大勤務時間

2CAP+1F/O

2CAP+2F/O

~18:00

30:00~

14:00

17:30

18:00~30:00

13:00

17:30

別紙

カンタス航空の勤務条件

一 三名編成機の勤務時間(甲第79号証の2)

① B747

編成

出頭

時間帯

着陸回数

仮眠設備

ON DECK

HR

最大

乗務時間

最大

勤務時間

最大実

勤務時間

シングル

-

-

無し

8:00

11:00

12:00

3PILOT

+2F/E

-

3回以下

無し

8:30

(12:45)

12:00

14:00

3PILOT

+2F/E

22:01-

06:59

3回以下

有り

8:30

(12:45)

14:00

16:00

7:00-

22:00

9:00

(13:30)

14:00

16:00

3PILOT

+2F/E

-

-

有り

-

-

14:00超

-

括弧内の数字は、協定の中に直接規定されていないが、下記の方法(労使で確認済み)で計算した結果。

3PILOT+2F/E:乗務時間×2/3=ON DECK HR

二 二名編成機の勤務時間(甲第57号証)

① B747-400

編成

出頭

時間帯

着陸回数

ON DECK HR

最大

乗務時間

最大

勤務時間

最大実

勤務時間

シングル

-

-

8:30

11:00

12:00

シングル

+1S/O

-

-

8:30

12:45

14:00

16:00

シングル

+2S/O

-

1回

8:30

17:00

17:00

-

② B767

編成

出頭

時間帯

着陸回数

ON DECK HR

最大

乗務時間

最大

勤務時間

最大実

勤務時間

シングル

-

-

8:30

11:00

12:00

別表

1

B-747

DC-8

B-747

1暦月

80

80

3暦月

-

220

1暦年

840

840

別表

2

予定着陸回数

乗務時間

勤務時間

1

9:00

13:00

2

8:30

13:00

3

7:30

12:00

4

6:00

10:00

別表

3

乗務時間

勤務時間

14:00

20:00

別表

4

就業時間

乗務時間

4週間

161

-

1暦月

175

80

3暦月

495

-

1暦年

-

840

別表

5

区間

時間

東京―名古屋間

3時間

東京―新潟間

3時間

東京―仙台間

3時間

東京―福島間

2時間30分

別表

6

就業時間

乗務時間

1暦月

175

85

3暦月

495

-

1暦年

-

900

別表

7

予定着陸回数

1

2

3

4

出頭時間帯

制限

乗務時間

勤務時間

乗務時間

勤務時間

乗務時間

勤務時間

乗務時間

勤務時間

06:00~07:59

1030

1430

0900

1330

0730

1200

0600

1100

08:00~14:59

1100

1500

0930

1400

0730

1200

0600

1100

15:00~21:59

1030

1430

0900

1330

0730

1200

0600

1100

22:00~05:59

0900

1300

0830

1300

0730

1200

0600

1100

別表

8

乗務時間

勤務時間

1500

2000

別表

9

基地を離れた日数

(出発・帰着の日を含む)

連続休日数

1~2日

1日

3~5日

2日

6~8日

3日

9~11日

4日

12~14日

5日

別表

10

離基地期間

(勤務開始日・終了日を含む)

連続休日数

2日

1日

3日~4日

2日

5日~9日

3日

10日~14日

4日

別紙日本航空運航本部乗員部・路線室図

別表 確認の利益-1

原告らの現在の所属路線室等

原告

氏名

所属路線室等

時期等

証拠等

(認定の証拠)

1

A

B747―400副操縦士移行訓練

平成9年6月3日~

甲592

2

B

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和60年3月24日~

甲592

3

C

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和57年9月26日~

甲592

4

D

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和60年3月17日~

甲592

5

E

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和56年6月22日~

甲592

6

F

DC10乗員部(第1)路線室

平成9年9月27日~

甲592、甲358

7

G

機長(昇格前:B747―400乗員部米州(第2、第3)路線室)

甲592、★

8

H

B767乗員部(第1)路線室

平成9年2月13日~

甲592

9

I

B767乗員部(第1)路線室

平成9年2月13日~

甲592

10

J

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和63年1月14日~

甲592

11

K

DC10乗員部(第1)路線室

平成9年9月~

甲592、甲379

12

L

B767乗員部(第1)路線室

平成7年6月23日~

甲592、甲466

13

M

機長(昇格前:B747―400乗員部米州(第2)路線室)

甲592、★

14

N

B747乗員部欧州(第1)路線室

平成8年5月5日~

甲592

15

O

B767乗員部(第1)路線室

平成10年5月~

甲592、甲441

16

P

B747副操縦士移行訓練

平成7年10月18日~

甲592

17

Q

B747乗員部フライトエンジニア室

平成9年6月5日~

甲592

18

R

機長(昇格前:B747―400乗員部米州(第2)路線室)

甲592、★

19

S

DC10乗員部(第1)路線室

平成5年1月1日~

甲592

20

T

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和60年3月23日~

甲592

21

U

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和60年3月30日~

甲592

22

V

B747乗員部欧州(第1)路線室

平成8年7月1日~

甲592

23

W

B767への移行訓練

平成9年4月1日~

甲592

24

X

B747乗員部欧州(第2)路線室

平成8年11月5日~

甲592

25

Y

機長(昇格前:DC10乗員部(第2)路線

甲592、★

26

Z

DC10乗員部(第1)路線室

平成5年6月27日~

甲592

27

a

機長(昇格前:B747乗員部アジア・オセアニア(第2)路線室)

甲592、★

28

b

B747副操縦士移行訓練

平成9年3月28日~

甲592

29

c

B747乗員部米州(第2)路線室

平成7年7月1日~

甲592、甲456

30

d

B747乗員部アジア・オセアニア(第1)路線室

平成6年3月1日~

甲592

31

e

MD11乗員部(第1)国際路線室

平成7年10月30日~

甲592、甲461

32

f

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和56年10月16日~

甲592、甲442

33

g

MD11乗員部(第2)国際路線室

平成7年10月30日~

甲592、甲223

34

h

B747乗員部アジア・オセアニア(第1)路線室

平成10年7月1日~

甲592、甲419

35

i

B747乗員部フライトエンジニア室

昭和56年10月12日~

甲592

36

j

B747―400乗員部欧州(第1)路線室

平成9年5月1日~

甲592、甲475

37

k

DC10乗員部(第2)路線室

平成8年5月8日~

甲592、甲463

38

l

MD11乗員部(第2)国際路線室

平成8年12月18日~

甲592、甲451

39

m

B747乗員部アジア・オセアニア(第2)路線室

平成9年2月1日~

甲592、甲508

40

n

B747―400乗員部米州(第1)路線室

平成8年9月1日~

甲592

41

o

B747―400乗員部米州(第2)路線室

平成8年9月1日~

甲592、甲467

42

p

B747乗員部アジア・オセアニア(第2)路線室

平成9年7月1日~

甲592

43

q

DC10乗員部フライトエンジニア室

平成7年4月7日~

甲592

44

r

B747―400乗員部米州(第3)路線室

平成8年6月1日~

甲592

45

s

B747―400乗員部米州(第1)路線室

平成8年9月1日~

甲592、甲546

46

t

DC10乗員部フライトエンジニア室

平成5年6月4日~

甲592

47

u

DC10乗員部(第2)路線室

平成9年4月1日~

甲592、甲464

48

v

B747―400乗員部米州(第1)路線室

平成8年9月1日~

甲592

49

w

B747―400乗員部米州(第3)路線室

平成8年12月3日~

甲592、甲376

50

x

B747―400乗員部欧州(第3)路線室

平成8年9月1日~

甲592、甲447

51

y

B747乗員部欧州(第1)路線室

平成8年9月1日~

甲592、甲439

52

z

MD11乗員部(第1)国際路線室

平成9年5月5日~

甲592

★=弁論の全旨(被告平成11年7月15日付け最終準備書面p15参照)

別表 確認の利益―2

別表 確認の利益―3

別表 確認の利益―4

別表 確認の利益―5

別表 確認の利益―6

別表 確認の利益―7

別表 確認の利益―8

別表 確認の利益―9

別表 確認の利益―10

別表 確認の利益―11

別表 確認の利益―12

別紙 確認の利益―13

他の航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限(乙第158号証)

3名編成機

2名編成機

航空会社

乗務時間

勤務時間

乗務時間

勤務時間

乗務前・後の勤務乗務

1

日本航空

11+00

15+00

11+00

15+00

1+45・0+30(成田発)

2

全日空

11+00

14+00

11+00

14+00

1+30・0+45(成田発)

3

キャセイ航空

(11+00)

14+00

〔9+00〕

14+00

4

シンガポール航空

(12+30)

14+00

9+00

12+30

1+00・0+30

5

カンタス航空

8+00

11+00

8+30

11+00

6

ユナイテッド航空

12+00

13+30

8+00

-

1+00・0+30

7

ノースウエスト航空

(11+30)

13+00

8+00

-

1+00・0+30

8

カナディアン航空

(12+30)

14+00

(10+30)

12+00

1+00・0+30

9

エアカナダ航空

(10+30)

12+00

(10+30)

12+00

1+00・0+30

10

英国航空

(11+30)

12+30

9+15

12+00

1+00・0+00

11

エールフランス航空

10+00

14+00

9+30

14+00

12

ルフトハンザ航空

(12+00)

14+00

4200マイル

〔概ね9+30程度〕

14+00

1+30・0+30(基地発)

1+00・0+30(成田発)

13

ルフトハンザ貨物航空

12+00

14+00

12+30

14+00

14

KLMオランダ航空

9+00

12+30

9+00

12+00

15

カーゴルクス航空

(12+00)

14+00

11+00

-

注:( )は、最大飛行勤務時間から想定される最大乗務時間

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例